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ケロッピー前田 『クレイジーカルチャー最前線』 #25 身体改造の未来を予言するクローネンバーグの新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

驚異のカウンターカルチャー=身体改造の最前線を追い続ける男・ケロッピー前田が案内する未来ヴィジョン。現実を凝視し、その向こう側まで覗き込め、未来はあなたの心の中にある。

クローネンバーグが描きだす奇想的未来

 デヴィッド・クローネンバーグ、8年ぶりの新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』公開に日本中が揺れている。全国の映画館や映画配信チャンネルでは過去作品の特別上映が組まれ、現在80歳を迎えるボディホラーの巨匠の過去作が身近なものとして蘇っている。それというのも、今回の新作がクローネンバーグ自身の作品の数々のオマージュを含んでおり、さらには特殊メイクや有機体デザインのメカニックなど、往年のクローネンバーグのファンを大いに喜ばせる内容となっているからだ。そればかりか、ギリシャのアテネをロケ地として怪しい雰囲気の近未来を描きながらも、レア・セドゥやクリステン・スチュワートといった魅惑の女優たちと老年のダンディズムを貫くヴィゴ・モーテンセンによって、倒錯的なエロティシズムの世界が際立つ大人の作品に仕上がっている。クローネンバーグならではの独特な作風さらに研ぎ済まされ、完成されているのだ。

 

© Serendipity Point Films 2021 配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES

 

 身体改造ジャーナリストを自称する立場から言わせてもらえば、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は身体改造カルチャーの未来を予言している素晴らしい映画である。

 モーテンセン演じる主人公ソール・テンサーは身体改造アーティストであり、公開手術が人気のアートパフォーマンスとなっている近未来が描かれている。パートナーのカプリース(レア・セドゥ)は、進化加速症候群という病に冒されたソールが体内に次々に生み出す臓器にタトゥーを施し、それを摘出する。そこは痛みや感染症がなくなった未来、だが当局は人類の進化が誤った方向に進むことを危惧して秘密捜査班を設け、「臓器登録所」として新たな臓器の誕生を管理&監視しようとする。それに対して、ソールは秘密捜査に協力すると同時に、当局の捜査官とも内通する。一方、反体制グループはプラスチックなどの産業廃棄物を消化する臓器を持つ新たな人類への進化を推進し、その消化器官を持つ少年の遺体解剖をソールに持ちかけるのだ。

 

© Serendipity Point Films 2021 配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES

 

 ここでひとつ断っておくと、未来を描いた映画だが、本作にはスマートフォンもインターネットも人工知能も出てこない。その代わり、人々は甲虫の内部をくり抜いたような「オーキッド・ベッド」で寝苦しい夜を過ごし、骨の骨格を持ちゆらゆらと左右に動く「ブレックファーストチェア」で食べにくそうに食事をする。また、公開手術で使われる解剖モジュール「サーク」は棺桶のような形をしており、いくつもの触手がコントローラの操作で主人公のお腹を切り開く。近未来映画としてみるより架空の未来を寓話的に描いた作品と思ってみた方が楽しめるだろう。

 公開手術は気持ちが悪い残酷行為のようにみえるかもしれないが、「公開手術は新しいセックス」というセリフにある通り、それは官能的な行為であり、パフォーマンスの鑑賞者たちにも言い知れぬ興奮を与えている。また、作中では顔面の至る所に「傷をつけて皮膚を剥がす(スキンリムーバル)」のショーを行う女性が登場し、それに感化されてヒロインのカプリースは額に三日月状の素材をいくつもインプラントした。ちなみに筆者も2005年の自身の作品展にて、額の一部の皮膚を剥がし、皮膚標本作品を公開パフォーマンスとして制作している。それらは実際に行われていることなのである。

 さらに作中には強い印象を残す「イヤーマン」こと、クリネックという存在がいる。ここですぐに連想されるのは。左腕に「第3の耳」を持つ現代アートのパフォーマー、ステラークである。実際、彼が1976年に東京で行ったパフォーマンスでは目や口を縫い合わせており、それらが参照されているのは確実だろう。とはいえ、ステラークの「第3の耳」はバイオポリマーを素材とし、将来的には耳としての機能を持たせるように計画されており、「イヤーマン」とはそのコンセプトは大きく異なる。また、90年代に現代アートの作家オルランは、世界の名画の美女の要素を自らの顔面に施すべく、美容整形手術をパフォーマンスとして披露して一世を風靡した。その後、彼女は額に2つのインプラントを施して公開手術に終止符を打つと、主にCGを用いて、非西洋圏の民族的な彫刻に見られる身体装飾や加工を自らに施して、新たな美の基準に挑んでいる。本作に限らず、クローネンバーグはタトゥーやピアス、さらに過激な身体改造まで広くリサーチしていることだろう。

 

© Serendipity Point Films 2021 配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES

 

 そして本作のクライマックスは少年の解剖ショーである。プラスチックを消化する臓器とはどんなものなのか。少年の父にして反体制グループのリーダー、ラングは「進化に抗うのではなく自然に従ってみてはどうか」とソールに忠告する。その問いは鑑賞者にも向けられたものである。あなたは未来の身体を受け入れる勇気はあるのかと。

 ここで改めてクローネンバーグがボディホラーとして描いてきた身体と精神の変容は、その暴走による恐怖、悲劇、破滅でエンディングを迎えていたことが思い起こされる。それに対して、本作はクローネンバーグ自身の勝利宣言であったと思うのだ。ここから次なる未来への扉が開かれんことを願う。

 

 

【配信情報】

8/29 21:00 – 23:30

https://www.dommune.com

 「デヴィッド・クローネンバーグ 進化と官能のメタフィジックス」刊行 & 「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」公開記念 「クローネンバーグの進化と倒錯」

出演:ケロッピー前田、後藤護、上条葉月、ヒロシニコフ、大久保潤

観覧募集 https://cronenbergdommune.peatix.com

 

【刊行情報】

ケロッピー前田『モディファイド・フューチャー

フューチャー・ワークス

価格2800円+税

古代、未来、現代の日本の身体改造。ニューラリンク最新レポート、ステラーク、サイバーパンク。バイリンガル日英版

8/31発売! イベント販売 8/31 BURST公開会議 9/2 デパートメントH  9/17 フェチフェス 10/3 改造人間祭 11/11 文学フリマ

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PROFILE

ケロッピー前田 1965年、東京都生まれ。千葉大学工学部卒、白夜書房(のちにコアマガジン)を経てフリーに。世界のカウンターカルチャーを現場レポート、若者向けカルチャー誌『BURST』(白夜書房/コアマガジン)などで活躍し、海外の身体改造の最前線を日本に紹介してきた。その活動はTBS人気番組「クレイジージャーニー」で取り上げられ話題となる。著書に『CRAZY TRIP 今を生き抜くための”最果て”世界の旅』(三才ブックス)や、本名の前田亮一名義による『今を生き抜くための70年代オカルト』(光文社新書)など。新著の自叙伝的世界紀行『クレイジーカルチャー紀行』(KADOKAWA)が2019年2月22日発売! https://amzn.to/2t1lpxU