Floating Away ──精神科医と現代魔術師の西海岸紀行|PROLOGUE 1「エデンの西 LA大麻ツアー2019」
精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulの、大麻、魔女文化、VR技術を巡る、アメリカ西海岸紀行。2019年、西海岸の「いま」に迫る。
エデンの西へ──LA大麻ツアー2019
2019年4月末から5月上旬にかけての10日間にわたり、ロサンゼルス~サンフランシスコにおいて、医療大麻、嗜好用大麻の現状、そして西海岸の魔女文化の最前線をリサーチする旅を行った。旅のメンバーは筆者・遠迫憲英と、共同執筆者である現代魔術実践家のBangi vanz Abdulの二人。この原稿は、これから数回に渡って掲載する旅行記の、筆者視点のプロローグにあたる。
今回の旅において、筆者は主に大麻に関する取材を担当している。そもそも筆者にとっての旅の動機は、昨今世界的に拡大しつつある、医療大麻の合法化、ひいては嗜好用大麻の非犯罪化~合法化の実状を、大麻開放の先進地であるロサンゼルスにて、自分の目で見て体験してみたいというものだった。
筆者がこの取材旅行をBangiと企画し始めたのは今年の3月上旬だった。その頃、奇しくも日本では電気グルーヴのピエール瀧がコカインで逮捕され、そのニュースに世論が沸騰していた。マスコミによるピエール瀧への批判に対し、ネット、特にTwitterでのネチズンの反応が、通り一遍の薬物使用者へのバッシングではなく、むしろピエール瀧を擁護するような論調が大多数を占めていたこと、相棒の石野卓球の軽妙な援護もあり、単純に違法薬物を使用したことへの非難を超えた議論を呼んでいたことは、筆者にとって実に新鮮だった。
薬物に対する「ダメゼッタイ」的な思考停止した価値観を疑い、可否を含めて多様な議論が行われる土壌が、いよいよ日本にも醸成されつつあるということだろうか──そんな筆者の思いを裏付けるかのように、この転換は大衆レベルから直ちに政治レベルへと波及していった。WHOによる大麻の非犯罪化の勧告、そして、3月19日の国会において公明党の秋野公造議員が行った質問に対し、医療用大麻製剤エピディオレックスが難治性てんかんの治療薬として臨床治験をすることが可能となったことを、厚生労働省が正式に認めたことは、日本において長らく大麻を巡る議論そものがタブー視されてきたことを踏まえるなら、大転換と言っていい。
どうやら、日本人の大麻に対する認識の潮目は、いま確実に変化しつつある。そうであればこそ、この取材旅行の意味は大きいだろう。Bangiとともに急いでスケジュールの調整を始め、4月26日のLA行きの便をリザーヴした。
なぜいま世界は“大麻”へと向かっているのか
大麻の効果、効能は多岐に渡る。人類は古来、大麻を様々な方法に利用してきた。
中国や日本でも古くから治療薬としての記録があり、あるいは神道の宗教的祭事などにおいても、大麻は欠かせない供物として重宝されてきた。20世紀の初頭に一度は世界的に規制対象となった大麻ではあったが、現代、特に1960年代以降は、大麻は自由の象徴として、あるいは資本主義的な拝金主義へのカウンターカルチャーとして、あらためてその存在感を強めている。60年代後半のサマー・オブ・ラブの時代にはL.S.D.と共に大麻は愛と自由の象徴とみなされ、ベトナム反戦運動の精神的な支柱の一つとなった。さらに大麻を経由した瞑想や東洋思想への関心の高まりは、人々の意識を深く内面へと向かわせ、後にニューエイジといわれる、スピリチュアルブームの原動力ともなった。
筆者は、医療用としての価値はもとより、そういった精神活性化作用をもつ大麻が合法化され、許容されている社会の姿に興味があった。市民が日常的かつ合法的に大麻を嗜好する社会を、自分の目で見てみたかったのだ。それは、おそらく世界に遅れて大麻が合法化されるであろう日本の、10年後の社会を予見することになるようにも思われた。
カリフォルニア州では1996年に医療用大麻が合法化され、20年後の2018年1月1日に嗜好用大麻も合法化された。そもそも60年代ヒッピー文化の影響をそのミームのうちに色濃く残すカリフォルニアである。かねてよりマリファナの香りは日常の慣れ親しんだ文化のひとつであったかもしれないが、一昨年に住民投票で嗜好用大麻の合法化をあらためて勝ち取ったという事実は、この薬物に対するカリフォルニア市民の関心の高さを再確認させるものだった。合法化から一年と少し、彼の地の空気を直に吸ってみたいと、そう思った。
筆者は日本で精神科の医師として働いている者である。大麻への関心は、20年以上前にインドへ旅行した頃から持ち続けている。当時は大麻を体験したければ、一つの伝統文化として大麻文化をもち、社会的にも大麻に対して寛容であったインドに行くというのが、もっともポピュラーな方法の一つだった。
実際に筆者はインドで大麻を体験し、大麻がインドでは宗教と深く関係していること、神話的世界へのアクセス方法として大麻が日常的に使用されていること、また大麻の依存性や中毒性についても、身体的な依存性はなく、精神的依存性についてもそれほど強くないということを経験的に知った。何より、当時から人間の精神世界に深い関心を有していた筆者にとって、大麻の精神活性的な作用としてのいわゆる「トリップ」には、リラクゼーション作用や、瞑想的な作用とともに、自己の内面を見つめ、自己実現や自己探求に向かわせる、サイコロジカルな作用があることを知ることができたのは、大きな収穫だった。
政治的フロントラインに立たされた大麻
これまで筆者は、日常的に臨床に携わる中で、不眠に悩まさされる患者たちや、日々のストレスのなかでリラックスする方法を見失っている患者たちを数多く目にしてきた。不眠症に対して処方される、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、大麻よりもはるかに強い依存性がある。漫然と処方されるこれら睡眠薬の依存症、離脱症状の問題が社会問題になるほどの広がりをみせている近年、身体的、精神的依存性の観点からも、精神科医として再び大麻への関心を強めていったことは、半ば必然であった。
たとえば、通常処方されるベンゾジアゼピン系の睡眠薬であれば、規定量を超えて大量に服薬した場合、呼吸抑制や窒息による死亡のリスクが非常に高い。一方、大麻であれば、経口摂取の致死量は通常使用量の約1万倍といわれ、オーバードーズによる死亡はまずありえない。
また大麻のもつリラクゼーション作用も、重症のうつ病にこそ適応しないだろうが、軽症の抑うつ気分の解消や、ストレスの発散には十分効果があるように思われる。うつ病患者特有の、物事を真正面から捉えがちな生真面目な思考を、大麻のリラクゼーション効果によって相対化するといった効果も期待できよう。あるいは、自分の隠し持った本心に気づいたり、サイケデリックに曲がった側面から現実を捉えることで認知の変更を果たしたり、悲観的な受け止め方のスキームから楽観的な受け止め方のスキームへと移行させたり、そうした様々な可能性だってあるかもしれない。
今「かもしれない」と書いた。そこには理由がある。医療用大麻が合法化し、嗜好用大麻が合法化されたアメリカにおいてさえ、大麻の使用にはまだ民間療法、自己治癒的な側面が大きいのだ。現在、大麻の治療的作用が数多く報告され、目下エビデンスが重ねられている最中とはいえ、大麻の効能の全容については未知の部分も多いというのが実情なのである。
ただ、その存在自体が非合法とされ、臨床研究自体が禁止されていた時代から比べれば、大麻が医療の世界において一気にその存在感を増していることは間違いない。一人の医師として、日々進捗を続ける医療大麻に関する研究の成果には非常な関心を抱いており、また大いに期待もしている。
さらに、筆者が大麻に注目している理由は、その臨床的可能性にとどまらない。2019年現在、大麻は人々の思想的立場やイデオロギーのリトマス試験紙として、間違いなく政治的フロントラインに存在している。合法か、非合法か。自由か、不自由か。あるいはそうした二元論を超えたさまざまな政治的立場が、大麻を巡って今まさに喧々諤々としているのだ。
しかし、いずれの立場に組みするにせよ、まずはその現実を知らないことには何も始まらない。筆者が今回の取材旅行を企画することにした背景には、そうした理由がある。そして、せっかくLAへと向かうのであればと、盟友であるBangiにも声をかけた。彼は西海岸でいま盛り上がっている魔女文化や、VR技術の最先端に関心があるという。いずれも実に面白そうだ。併せて取材することになった。
さて、長くなってしまったが、次回からは、筆者とBangi、交互の執筆によって、大麻をはじめとするアメリカ西海岸文化の現在をレポートしていきたいと思う。このプロローグを合わせて全6回となる予定だ。なお、取材においては映像も撮影しており、こちらはレポート連載の終了後に、長編映像としてネット公開予定である。取り急ぎ、トレイラーを制作したのでご覧いただけたら幸いだ。
筆者自身、現地へ行って、現地の人々と会話することで、初めて見えてきたことも多い。この取材記が、日本の文化の現状を再考察する一つのきっかけとなれば、嬉しく思う。
(文/遠迫憲英)
〈Floating Away ──精神科医と現代魔術師の西海岸紀行〉
PROLOGUE 1 「エデンの西 LA大麻ツアー2019」by Norihide Ensako
PROLOGUE 2 「トランスする現代の魔女たち」by Bangi Vanz Abdul
SCENE1「ビバリーヒルズのディスペンサリー・MEDMEN」by Norihide Ensako
SCENE2「魔女とVRのジェントリフィケーション」by Bangi Vanz Abdul
SCENE3「グリーンラッシュはいずこへ向かうか」by Norihide Ensako
SCENE4「ビッグ・サー/沈黙の源泉」by Bangi Vanz Abdul
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遠迫憲英 えんさこ・のりひで/精神科医。大学時代は音楽活動、格闘技に熱中。またバックパッカーとしてインド、東南アジア、中米、地中海沿岸など各地を放浪する。幼少期から人間の意識についての興味が深く、古代の啓明とテクノロジーの融合を治療に活かすべく精神科医を志す。平成21年にHIKARI CLINIC(http://hikariclinic.jp/)を開院。
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〈MULTIVERSE〉
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