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かつて祖先は、歌い、踊り、叫び、纏い、そして屍肉を喰らった──生命と肉食の起源をたどるビッグヒストリー|辻村伸雄インタビュー・前編

かつて僕たちの祖先はスカベンジャー、すなわち「屍肉漁り」であったという。肉食の持続可能性がさまざまな側面から危ぶまれている今日、僕たちはあらためて「肉」と「食」の起源へと向かい、その歴史をふたたび編み直す必要があるのではないだろうか。ビッグヒストリーの研究家・辻村伸雄氏に話を訊いた。

 


 

かつて僕たちの祖先はスカベンジャー、すなわち「屍肉漁り」であったという。

肉食の持続可能性がさまざまな側面から危ぶまれている今日、僕たちはあらためて「肉」と「食」の起源へと向かい、その歴史をふたたび編み直す必要があるのではないだろうか。

アジア・ビッグヒストリー学会の会長であり、論文「肉と口と狩りのビッグヒストリー」の著者である辻村伸雄氏に話を訊いた。

(Interview&Text_Yosuke Tsuji)

 


 

人類は今後も「肉食」を続けることができるのか

HZ 現在、従来の「肉食」を今後も継続していくということに対し、物理的、環境的、倫理的に、乗り越えることの難しい課題がさまざまに浮上しています。たとえば分かりやすいところでは、先30年で見込まれている人口増大に対して、それに見合っただけの食肉の生産が可能なのか、という問題がある。あるいは、首尾よく食肉を増産しえたとして、その際に掛かる環境への負荷は一体どの程度のものになるのだろうかという疑問もあります。

これは一例に過ぎませんが、果たして人類が今後も「肉食」を続けることができるのか、あるいは「肉食」を続けるべきなのかという問いを踏まえ、今、あらためて、人類と肉の関係を見直していく必要が生じているように感じます。

その点、辻村さんが雑誌『たぐい』に寄稿された論文「肉と口と狩りのビッグヒストリー」は、まさに「肉食」という行為を、ビッグヒストリーの手法によって、その起源からたどり直すものでした。そこで今回は「肉食」のビッグヒストリーについて、あらためて辻村さんにお話をお伺いしたく思っております。

 

『たぐい』vol.1

 

辻村 よろしくお願いします。ただ、まずはじめに言っておかなければならないこととして、私は「肉食」の専門家ではありません。私はビッグヒストリーの研究家であり、今回はたまたま「肉食」をテーマに論文を書かせていただいただけなんです。

とはいえ、私自身、「肉食」というテーマを考えるにあたっての基盤になるような見通しが欲しかったというのもありました。近年、ベジタリアニズムやヴィーガニズム、動物倫理のようなものが、以前よりも注目を集めてきており、また、私自身、そうした方々が主張していることに妥当を感じています。自分自身としても、この問題をきちんと考えなければならないと感じていたんです。

ビッグヒストリーの魅力というのは、いろいろな物事を根本から捉え直すためのパースペクティブを得られるという部分にあります。たとえば「肉食」であれば、それが可能となるためには、まず「肉」そのものであったり、それを「食」すための「口」が存在しなければならず、ビッグヒストリーはそうした根本の起源から考えていくことができる。そこで、あらためてこのテーマを、考えうる最果てまで遡って捉え直してみたいと思い、この論文を書いたんです。

HZ 実際に論文を読ませていただきましたが、非常に刺激を受けました。これまで僕は大雑把に「狩猟による肉食」というものが人類にとっての肉食の起源だと思ってきたんです。しかし、実際のところはそうではなく、肉食はその起源において「屍肉食」であったのではないか、と。そして、それだけではなく、人類が肉を喰らうということを始めたまさにその時、音楽、装飾、芸術、宗教などの「文化」も同時に萌芽したのではないか、と。

これは人類にとっての「文化」そのものの捉え方を覆すかもしれないポテンシャルを持った新しい視点だと思います。とはいえ、結論を急ぐ前にまずは順を追って、大元となる起源、人類という種を超えた肉食の起源についてから、聞いていきたいと思います。

 

ある生命が他の生命を「食べる」ということ

HZ さて、「肉食」の起源を考えるにあたって、まず最初のポイントとなるのは、やはり「肉の誕生」ということになるのでしょうか?

辻村 肉食の起源ということでいえば、もちろん「肉」そのものがなければ「肉食」は成立しません。ただ、それよりもさらに遡って、まずはある生き物が別の生き物を食べるという行為の起源を考えてみたいと思います。

生命は約40億年前に深海の熱水噴出孔あたりで誕生したと言われていますが、その時に生きていた古細菌は、主に熱水噴出孔からでる硫黄を、また真正細菌は、海中のアミノ酸や糖などを体内に取り込んで、化学合成することによって生きていました。

その後、他の細菌を食べることで栄養を摂ることができる細菌が出現します。細菌は単細胞生物ですので、口もなければ、肉もない。だから、自分の体全体を使って他の細菌を飲み込んで吸収していたわけですけど、ある生命が他の生命を食べるという点においては、これが肉食と狩猟の一番の根源に当たるものと言えると思います。

HZ その後、今で言うところの「肉」が誕生することになるのが、約5億7000万年前ですね。その誕生までに実に35億年もかかっている。

辻村 そうですね。エディアカラ紀になってようやく筋肉を持った生物が誕生したわけです。その前段階で、多細胞生物というものが誕生していたわけですが、その多細胞生物が動く、運動を行う上で、筋肉が必要とされるようになったということですね。それこそ最初は海底を這うといったような運動であったわけですが、そこでようやく肉というものが出てきました。

HZ さらに、そうして誕生した「肉」を食べるためには「口」という部位が存在しなければなりませんよね。

辻村 口の出現は約5億3000万年前、カンブリア紀のことだと言われています。この時期に、口、そして歯が現れたんです。また、食べるということを考える上では咀嚼する、噛み砕く、ということができなければいけませんよね。そのためには「顎」(あご)もなければいけない。その「顎」が現れたとされているのは約4億6000万年ほど前ですね。そこで初めて咀嚼するということができるようになった。

それ以前の7000万年ほどの期間は顎がない状態ですから、「食べる」と言っても噛むことができないわけで、歯があると言っても、捕食対象が口を通過する際に歯でこそぎとるというような使い方だったのではないかと想像します。ちなみに、特定されている最古の肉食動物が現れたのも、このカンブリア紀ですね。オットイアなどの鰓曳動物です。こうして、動物が他の動物を襲い、その肉を口で喰らうという本格的な肉食が始まったんです。

 

人類はかつてスカベンジャーであった

HZ こうして肉食が誕生し、また肉食を通じて栄養を摂取する生物が多数誕生することになったわけですね。では、ここから人類と肉食の関わりについてお聞きしていきたいのですが、僕が非常に面白いと感じたのは、辻村さんが論文で引用されているポリフォニー研究者のジョーゼフ・ジョルダーニアの論です。いわく人類はかつてスカベンジャーであった、つまり人類にとって最初の肉食は「屍肉漁り」であったのだ、と。

辻村 ジョルダーニアはそのような主張をしています。もちろん仮説ですが、私は説得力のある議論だと感じています。

あらためて整理しておくと、もともと人類の祖先というのは森の中で木の上に暮らしていて、その時期というのが非常に長かったんです。食べていたものは、果物や種、草、木の実、木の皮など。つまり、そもそも人類はベジタリアンだったんです。

そうしたものを食べて生きている動物というのは、たくさんの肉を消化する胃腸というものを備えていません。ただ、木の実には繊維質が少なく、脂肪分も多く含まれているため、おそらく木の実を食べているうちに脂質を消化する小腸が発達したのではないかと言われていますね。

HZ そもそも人類の祖先が木の上で暮らしていたというのも、安全性の上からだったと言われているわけですよね。要するに、自分たちを捕食する肉食獣がいる地上よりも、木の上の方が捕食されづらかった。しかし、その後、人類の祖先は地上に降り立ち、またサバンナへと出ていくことになる。

辻村 はい。その原因として、寒冷化と乾燥化による熱帯雨林の縮小があったと言われています。それによって森で得られる食べ物が乏しくなっていった。森自体も小さくなり、また生えている木もまばらになっていく中で、おそらく自然とこれまで食べてきたもの以外の食料というものを求めざるを得なくなったのでしょう。こうして人類の祖先は長く続いた木の上の暮らしを終え、地上に降り立ったのだと言われています。

HZ そして、地上に降り立った人類の祖先が手にすることになった新しい食料が「肉」であった、と。

辻村 そうです。ただ、その時、700万年前の人類は丸腰でした。発見されている最古の石器が330万年前のものですから、少なくとも数百万年の間、人類は丸腰でサバンナを生き延びていたということになります。当然、人間は特に足も早くなければ攻撃力も低い。ライオンのように、獲物を仕留めるための強力な顎や牙も備えていません。もちろん武器もありませんでした。これでは狩猟はできません。そうした状況において、人類の祖先はいかにして「肉」を得、またサバンナを生き延びることができたのか。

この問いに対し、ジョルダーニアは人類の最初の肉食が「屍肉漁り」だったのではないか、と言っているわけですね。この人類が「屍肉漁り」をしていたということ自体は、一般的にも言われていることなんです。去年放送されたNHKスペシャル「人類誕生」でもそのことは指摘されていました。ただ、ジョルダーニアの説の面白さは、この「屍肉漁り」の中に歌や踊りの起源を見出しているというところにあるんです。

先ほども言いましたが、人類はもともと自力で他の動物を狩って食べるための肉体的な能力が劣っていたわけです。だから、最初はライオンなどの他の肉食獣が狩った動物の肉を食べるしかなかった。そして、その食べ残しの肉を得るために、食事中のライオンなどに集団で接近し、威嚇することで追い払ったのではないかとジョルダーニアは言うんです。

HZ その威嚇の方法が歌であり踊りであった、と。

辻村 はい。顔を塗りたくり、毛皮をかぶり、髪を大きなアフロにし、石を打ち叩き、地面を踏みらし、みんなで叫び、歌い、踊った。その激しい歌と踊りによってライオンを脅かして追い払い、食べ残しである屍肉を手に入れていた。それが人類にとっての肉食の始まりだとジョルダーニアは考えているんです。

 

『人間はなぜ歌うのか? 人類の進化における「うた」の起源』(ジョーゼフ・ジョルダーニア著/森田稔訳)

 

芸術や音楽は人類が生き伸びるために必須のものだった

HZ そして、そのジョルダーニアの仮説が正しいのだとすれば、人類は屍肉を獲得する上で身を守る手段として、歌や踊り、あるいは身体装飾などの芸術を始めたのだと考えられることになるわけですね。

辻村 これは別の論文(「歌う惑星――初音ミクのビッグ・ヒストリー的意味」『別冊 ele-king 初音ミク10周年』所収)に書いたことですが、人間が歌を歌ったり、音楽をしている時というのは、脳の深い部分が活性化されるということが分かっているんですね。その時に活性化されている脳の部分が他のどのような時に活性化されているかというと、命に関わる危機が訪れた時、ある種のエマージェンシー(緊急事態)において、なんです。その理由がなぜなのかを考えた時、ジョルダーニアの仮説は非常に面白い。

自分たちが生き延びるためには食べ物を得なければならない。ただ、そのためには自分たちが身体能力ではとてもかなわない、恐ろしい相手に立ち向かっていかなければならない。その恐怖を乗り越えるために、集団で変装し、歌い踊っていた、ということなんです。

HZ ジョルダーニアは「戦闘トランス」という言葉を使っていますね。普段であれば、自己防衛本能から退却してしまう場面において、歌や踊りによってある種のトランス状態に意識を運ぶことで、集団で意識を鼓舞していたのではないか、と。現在における歌やダンスの作用を考えても、これは合点がいきます。

辻村 はい。ただ、個人的にすごく面白いと感じるポイントは、ジョルダーニアの説が正しい場合、芸術や音楽といったものが人類が生き延びるために必須のものだった、ということです。現代においては、それらは「おまけ」というか、余暇的に楽しむものとして捉えられがちなんですが、人類がサバンナに出て、体一つでどうにかして生き延びなければならない、その生き延びるための手段が芸術であったということなんです。岡本太郎が聞いたら大喜びしそうな話ですよね(笑)

HZ ガブリエル・アンチオープという歴史学者が『ニグロ、ダンス、抵抗』という本で黒人奴隷のプランテーションにおけるダンスについて論じていますが、その書き出しの一文が「ダンスとは反逆である」というものでした。プランテーションの黒人奴隷たちはまさに生存のために、隷従を強いる支配者に立ち向かうために、歌い踊っていたんです。

あるいは、現代におけるファーストサマーオブラブやセカンドサマーオブラブも、踊ることを通じた社会的抵抗であり、それもまた広い意味での生存のためのアクションです。時として、歌や踊りのそうした作用は権力によって、民意の昂揚や、ある種のガス抜きとして利用されてしまうこともありますが、いずれにせよ、サバンナでライオンに立ち向かった頃よりずっと、人類は連綿と歌い踊ることで戦ってきたと言えるように思います。

辻村 やはり人間というのは「踊る生き物」なんです。僕たちは一晩中走り続けることはできませんが、一晩中踊り続けることはできる。それは人類にとって「踊り」が自然なことだからだと思うんです。

HZ ただ一方で、歌や音楽にはリラックスを促す効果もありますよね。いわばチルしたい時にも、人は音楽を聞くわけです。

辻村 そうですね。ジョルダーニアも、音楽の根源的な役割は二つあったのだと言っています。一つは、ここまでに説明したような、生き延びるために敵を威嚇し、戦闘トランスを引き起こすような集団歌唱としての音楽。そして、もう一つ、ジョルダーニアが挙げているのが、平和な時に口ずさむような鼻歌やハミングなどの音楽です。

この鼻歌やハミングは周囲に敵がいなくてリラックスできる状態であることを集団や他のメンバーに伝えるサインであったのではないかとジョルダーニアは書いています。つまり、それが集落内に鳴り響いている限りは、安心してリラックスしていられた。

一方には威嚇のための激しい音楽があり、一方には安全を知らせる穏やかな音楽があった。ただ、どちらも人類の生存に関わっているという点では変わりません。

HZ 人間にはアッパーとダウナーの両方が必要ということですね。それは21世紀の今に至っても変わらないように思います(笑)

 

ライオンこそが人類にとって最初の「観客」だった?──共進化する文化

HZ ところで、人類の肉食をめぐって、食人についても少し踏み込んでみたいと思います。現在においても、つい最近まで食人の風習を有していた少数部族などが実際に存在していますが、かつてはかなり広範に食人文化が存在していたのではないかとも言われています。ジョルダーニアも食人について言及していますね。いわく、人類は食人を通じて、肉食獣たちを教育していたのではないか、と。

辻村 ジョルダーニアのいう教育とはつまり、肉食獣が一度、人間の肉の味を覚えてしまったら、その後に再び狙われる危険性が高まるので、仲間が捕獲された際に、その死体の奪還を行なっていたのだという話ですね。そして、その奪還した仲間の死体を仲間たちで食していたのだ、と。

要するに、人類は自分たちを襲ってくる肉食獣に、自分たちに手を出したら痛い目にあうぞ、と分からせる必要があったんです。だから、危険を冒してまで死体の奪還に向かったわけですが、これは人類だけに見られる特異な行動です。他の動物は仲間が襲われ、すでに殺されたことが明白な場合、深追いということはしませんから。

また、なぜ食べたのかという点に関していえば、自分たちの肉を食べれるのは自分たちだけだということを、他の動物に見せつけるという行為だったのではないか、それがカニバリズムの起源だったのではないか、とジョルダーニアは考えています。

HZ ある種のデモンストレーションですね。

辻村 はい。あるいは、そうした行為が宗教の起源になったとも言われています。これは食人に限らず、屍肉漁りのための威嚇にも言えることですが、いつもはしないボディペイントをして、屍肉や仲間の死体を得るために、集団で歌い踊ることである種のトランス状態、非日常的な状態に突入していくわけです。もちろん、その際に自分が犠牲になるかもしれないわけで、仮に自分の命のことだけを考えたなら、そうそうできることじゃない。

ただ、立ち向かったうちの何人かはライオンに殺されたとしても、集団としては食料を獲得することができ、それによって仲間たちは生存することができる。そうした共同体意識、利他的な意識というものが、生まれていく契機にもなったのではないか。さらに、万が一、仲間がやられてしまった場合、その仲間の死体を取り戻して、みんなで分かち合って食べていたわけで、そうした行為が、死や他者の命をめぐる儀礼を生んでいった可能性もあります。

HZ まさに芸術や宗教を含む「文化」が萌芽する契機となった、ということですね。個人的にとても面白いと思ったポイントは、歌や踊り、身体装飾、あるいは儀礼的食人においてもそうですが、それらの行為の起源において、想定されていた鑑賞者が同じ人間ではなく肉食獣たちであったという点です。

辻村 そうですね。相手があって初めて生まれてきたものだと思います。人間が自分たちの中だけで勝手に作り出したものではない。他の生き物との関係性の中で生じてきたものなんです。

HZ はい。中でも僕はジョルダーニアが著書『人間はなぜ歌うのか?』において「眼点」について言及していた部分を非常に面白く読みました。眼点とはようするに目を模した装飾のことですが、これを目の瞼の上に描くことで、自分たちを狙う肉食獣に対し、眠っている時でもつねに視線を与えようとしていた、とジョルダーニアは書いています。

僕は兼ねてより身体改造に関心があるのですが、身体改造の中でも起源的なものの一つにアフリカのスカリフィケーションがあります。これは皮膚に傷をつけ、あえて細かいケロイドを大量に作ることで、皮膚上に模様を描くというものですが、どこか皮膚を硬い鱗状に見せているようにも感じられる。これもきっと、始原においてはその見せる対象が人ではなく肉食獣で、あるいは肉食獣に捕食を警戒させるための装飾であったのではないかと、そんことを思ったんです。

辻村 面白いですね。サバンナは危険ですから、眼点と同様に、スカリフィケーションもまた、夜を安全に生き延びるために始まったものだったのかもしれません。ただ、忘れてはならないのは、そうした文化の発明が一方通行であったわけではないということ。それこそ、人類とライオンは共進化してきたという可能性もあるんです。

当時、人類は自分たちをより大きく見せるためにアフロヘアにしていたと考えられていますが、それを言えばライオンの鬣(たてがみ)もそうなんですよね。お互いに、影響を与え合いながら、同時に、相互に、変わっていったという可能性があるんです。

HZ あるいはアフロヘアーの方がライオンの鬣よりも先行していたかもしれませんね。

辻村 ええ、その可能性だってある。いずれにしても、人類に特有の文化というわけではないんです。猫だって威嚇に際して毛を逆立てますよね。あるいは、威嚇のために動物が立ち上がるというのも、自分をより強大に見せるためです。いずれも自らの内から生まれてきたものではなく、他者を念頭に置いて、その相互作用の中で生まれていった文化なんです。

HZ そのように考えると、たとえばパンクやヘヴィメタルへと至る連続性もあるように感じます。あるいはヤンキーの巨大なアイロンパーマやリーゼントもそうかもしれません。反抗的であったり戦闘的であったりする音楽や文化と結びついたファッションが髪の毛を大きく逆立てる傾向にあるというのは、ライオンの鬣と文化的に通底しているとも言えそうですね(笑)

辻村 そうですね。あるいは人間が大きな建造物を作りたがるというのも同じことかもしれません。ピラミッドや現代の高層ビルを始め、権力者が自分の力を示すために高さのある建造物を作ろうとする発想には、「自分を大きく見せたい」という生物的な起源があるんじゃないかと思います。

このように見ていくと、しばしば語られる自然と文化の二元論にはやはり無理があるんです。もともとが絡まり合いの中で発生しているものであり、自然から切り離された文化、文化から切り離された自然というものは、やはり存在しないんです。

HZ ウィルダネス(※)をめぐってはさまざまな議論がなされているようですが、やはり「手つかずの自然」が存在するというのは幻想に過ぎないように僕も思います。ライオンは野生的で、人類は文化的である、という見立ては、アフロと鬣の相同性ひとつをとっても、強引だなという気がしてしまいますから。

※ウィルダネス…地球上で人間の手が加えられていない自然環境のこと。原生地域。

辻村 人類学者の奥野克巳さんの言い方をお借りするなら、そうした他の生き物との絡まり合いの仕方こそが「文化」なんです。だから、人類の歴史の中で文化が変容し続けているというのは、その付き合い方のモードが変わってきているということなんですよ。

後編を読む>>

 

〈INFORMATION〉

2019.11.24 @ ジュンク堂書店・池袋本店

デイヴィッド・クリスチャン『オリジン・ストーリー』刊行記念トークイベント「ビッグヒストリー:新たな起源の物語」開催

 

デイヴィッド・クリスチャン氏

 

〈内容〉

世界はどのように始まったのか、私たちはどこからやって来たのか――

創世記や古事記など、私たちの祖先はそうしたことを伝えるオリジン・ストーリー(起源の物語)を語り継いできました。

それらのいとなみを受け継ぎ、現代の科学にもとづきもう一度オリジン・ストーリーを作り直してみようという試みがビッグヒストリーです。

今回、その主唱者であるデイヴィッド・クリスチャン氏が最新刊『オリジン・ストーリー』の刊行に合わせ、初めて来日されます。

このトークショーではクリスチャン氏とともに、同書の中国語版の翻訳者・孫岳(スン・ユエ)氏、日本語版の解説者・辻村伸雄氏をお迎えし、ビッグヒストリーや本書の醍醐味、宇宙において人間はどういう存在なのかについて、お三方に語り合っていただきます。

会場にはサイン本をご用意しております。(逐次通訳あり)

 

〈講師〉

デイヴィッド・クリスチャン(マッコーリー大学 卓越教授)

孫岳(首都師範大学 教授)

辻村伸雄(アジア・ビッグヒストリー学会 会長)

 

〈SCHEDULE〉

2019年11月24日 18:00開場/19:00開演

 

■イベントに関するお問い合わせ、ご予約は下記へお願いいたします。

ジュンク堂書店池袋本店

TEL 03-5956-6111

東京都豊島区南池袋2-15-5

https://honto.jp/store/news/detail_041000039445.html?shgcd=HB300

 

 

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辻村伸雄 つじむら・のぶお/1982年、長崎生まれ。アジア・ビッグヒストリー学会 会長。国際ビッグヒストリー学会 理事。2016年より桜美林ビッグヒストリー・ムーブメント 相談役・ウェブマスター。2019年に桜美林大学・片山博文教授らとともに日本初となるビッグヒストリーの国際シンポジウムを実現。近著に「肉と口と狩りのビッグヒストリー――その起源から終焉まで」(『たぐい』Vol. 1、亜紀書房、2019年)。ビッグヒストリーの名づけ親であるデイヴィッド・クリスチャンの集大成となる最新刊『オリジン・ストーリー 138億年全史』(筑摩書房)の解説を担当。近日、著者のクリスチャン教授らと同書の刊行を記念したトークショー「ビッグヒストリー:新たな起源の物語」(https://honto.jp/store/news/detail_041000039445.html?shgcd=HB300を開催予定。

 

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〈MULTIVERSE〉

「かつて祖先は、歌い、踊り、叫び、纏い、そして屍肉を食らった」生命と肉食の起源をたどるビッグヒストリー|辻村伸雄インタビュー

「そこに悪意はあるのか?」いまアートに求められる戦略と狡知|小鷹拓郎インタビュー

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