最近、身近な仲間が30代後半にさしかかったり、40代を越えたりしたタイミングで、何らかのパラノイアに苛まれている状況をよく目にする。
唐突だが、僕は今から顔面を公募する。正確には、僕は僕の顔面に入ることになる、タトゥーのデザインを一般公募する。つまり、僕の顔は今この瞬間より、あなたの手に委ねられる。
アナルの内部を指で刺激し始めてしばらくすると、次第に身体全体が肛門化するような感覚が現れ始めた。あるいは粘膜そのものになるような感覚と言うべきなのだろうか。この際、重要なことはしっかり粘膜にフォーカスをあてることだ。
ゑsrxdcfyvグビン;:m」、:>…。。bvc、xkjzdghf、jygk。hlj;kl、。mんbv、cmせt5rkちょk;p:l、・mん。、bvmcxdfyg。hlj;k
昨今、たとえばメディアには派手な髪や、以前は醜いとされてきた体型、不可思議なメイクをした人たちが「多様性」のバーゲンセールのごとく投げ売りされている。”理解しちゃっている私たち”のPRのために。去勢されていることにさえ気付かず。
僕は今、GoProのタイムラプスにハマっている。あまりに僕の性格にぴったりのアイテムだと思うのだが、タイムラプスの何が僕の心をとらえているのだろうと考えてはたと気がついた。タイムラプスは泥酔状態と同じような感覚なのだ。余りに似ている。
8月の三越の展示についてだ。それはしょっぱなから大変だった。39度近くある炎天下の中、僕に出された指示は長袖を着用しての搬入だった。残念なことに、その指示を出してきたのは百貨店ではなく本展のキュレーターであったようだった。
今ここで出来ることを兎にも角にも進めていかなければ、という気持ちではある。こんなところで朽ち果てたくないからこそ、足掻いてみている。何も出来ないということが、僕にとっては一番の恐怖であったのだと痛感している。
タトゥー、身体改造、ボディビル、異性装……絶えざる変容の動態に生きるオイルペインター亜鶴の、数奇なるスキンヒストリー。第十二回は「ハイヒール」について。点で感じる地面を通じた世界観の再構築。
亜鶴 あず/1991年生まれ。美術家。タトゥーアーティスト。主に、実在しない人物のポートレートを描くことで、他者の存在を承認し、同時に自己の存在へと思慮を巡らせる作品を制作している。また、大阪の心斎橋にて刺青施術スペースを運営。自意識が皮膚を介し表出・顕在化し、内在した身体意識を拡張すること、それを欲望することを「満たされない身体性」と呼び、施術においては電子機器を一切使用しないハンドポークという原始的な手法を用いている。
【Twitter】@azu_OilOnCanvas