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汝はいかにして“縄文族”になりしや──《JOMON TRIBE》外伝 ❼| 「希薄化した身体をタトゥーによって再設定する」|有賀慎吾(現代美術家)

縄文時代のタトゥーを現代に創造的に復興する「JOMON TRIBE」。その壮大なプロジェクトに自らの身体を捧げる「縄文族」とは一体どのような人々なのだろうか。自身「縄文族」のメンバーである辻陽介が「族」の仲間たちに話を聞く。

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 魔女文化はヌーディズムとも接点がある、と円香は話していた。

 ヌーディズムと言えば、僕には裸の付き合いをした友がいる。2017年、ドイツはフランクフルトでの話だ。

 フランクフルトで裸の付き合い、と言っても別に下ネタではない。もちろん、かの有名なFKKに友人と遊びに行っちゃいました、というような海外風俗レポートをしようというのでもない。

 現代美術家・有賀慎吾(以下、アルシン)と僕は、その時、フランクフルトの美術大学の展示室にいた。いや、「いた」というより「あった」と書いた方が正しいだろう。“JOMON TRIBE in Frankfurt” と題されたその展示会場で、僕たちは現地の観衆に取り囲まれながら、現代に蘇りし縄文人の生きた模型として、一糸まとわぬ姿で展示台の上に置かれていた。

 今でも覚えている。会場を訪れていた子連れのお母さんが、展示台上の縄文人の勇敢な裸体に気づくや、釣れていたまだ小さな娘さんの眼を慌てて両手で覆い隠そうとしていた姿を。Entschuldigung」。視線をまっすぐ遠方に向け、無表情を維持しながらも、僕が心の中でそう呟いていた、というのは、本筋とは全く関係のない余談である。

 とにかく、アルシンと僕とはそういう裸の関係だった。ただ、実はそれ以前もそれ以後も、僕はアルシンとはじっくり腰を据えて話をしたことがなかった。共通の友人も多く、年齢的にも同学年、距離感としてはとても近いところにいたのだが、たまたまそういう機会が巡ってこなかったのだ。

 ちなみに縄文族においてはアルシンの方が僕より先輩になる。もし縄文族が「ガチンコ縄文クラブ」なるテレビ企画だったとすれば、アルシンは亜鶴などと並んでその第1期生にあたる。

 というわけで、満を辞して縄文族の先輩と腰を据えて話してみたい。アルシンさん、汝はいかにして縄文族になりしや。

 


 

©︎Shingo Aruga

 

 

「僕はなぜか勝手に自分は縄文系だってずっと思ってきたんです」

アルシンさんはほぼ縄文族の第一期生ですよね。

「入れ始めたのは2015なんで、割と早い方でしたね」

縄文タトゥーを知ったきっかけはなんだったんです?

「当時、僕自身もじゃぽにか1として参加していた《オキュパイスクール》2というトークイベントがあったんですけど、そのイベントがケロッピー前田さんの主催だったんですよね。ある回のオキュパイスクールでケロッピーさんと大島托さんが『縄文タトゥープロジェクトを始めます』みたいな立ち上げの発表をしていたんです。もうその日のイベントが終わった後の打ち上げで『俺もやりたいです』って大島さんにお願いしてましたね」

1 有賀慎吾が参加していたアートコレクティブ。

2 白夜書房ビルのBSホールにてケロッピー前田主催の元に定期開催されていたトークイベント。

知ってすぐにだったんですね。

「そう。とても興奮したんですよね。僕はちょうどその頃、縄文土偶をモチーフにした作品を制作していた時期でもあったし、縄文の文化や土偶や土器のフォルムや文様のパターンに関心があったんです。タトゥーについてもずっと入れたいという思いはあって、ただどんなものがいいかなって考えているうちに入れる機会を逃していたところでもあり。だから、話を聞いてすぐに『これだ』『いまだ』って思ったんです」

縄文タトゥーの話の中で一番ビビッときたのはどこらへんだったんです?

「すでにその時点で縄文タトゥーのプロトタイプのような作品を大島さんは彫っていて、そのオキュパイスクールの会場でも作品写真を公開していたんです。そこに彫り込まれていた蛇行する線や渦巻きのパターンを見て『これが自分の体に欲しい』って強く思ったんですよね。そして、大島さんの他の作品も見てみたらどれもすごかった。佇まいを含めて、この人なら信用できる、きっと美しいものを彫ってくれるに違いないって思ったんです」

なるほど、一目惚れですね(笑)。ところで、さっき話していた縄文土器をモチーフにした作品というのは〈双頭土偶〉のことですよね。あの作品は面白い。僕もすごく好きです。そもそもアルシンさんはなぜ双頭の土偶を作ろうと思ったんです?

 

©︎Shingo Aruga

 

「あの作品のコンセプトには三つの時制、超過去、超未来、そして超現在という時制を設定しているんです。それぞれ別の作品になってるんですけど、〈双頭土偶〉はその三つのうちの超過去を表現した作品です。

僕にとって超未来のイメージは、二つの頭部つまり二つの意識で一つの身体をシェアすることができるような世界なんです。そうすることで二つの矛盾したことを同時に言うことができるようになる。そういうアンバビバレントな状況が当たり前になる。それが僕にとっての超未来で、実際、そういう映像作品も作りました。

一方、超過去とは何かというと、それが縄文なんです。縄文時代の出土品の中には今のところ双頭土偶はないんですけど、僕はきっとその時代の人たちは矛盾したことを同時に考えるような思考体系を持っていたんじゃないかという気がしていて。だから縄文土器のフォルムからシミュレートする形で〈双頭土偶〉というイマジナリーな出土品を作ってみたんです」

 

©︎Shingo Aruga

 

面白いです。ちなみに超現在はどういう位置付けになっているんですか?

「僕が設定した超未来と超過去に挟まれている時間が超現在です。過去と未来をイマジナリーに再現することで、いまここの現在が偶有性に左右されるものでしかなく、決して絶対的なものではないということを炙り出したかった。それによってこの現在を超現在へと変容させたいと思ったんです」

そうした作品をまさに制作している最中だったこともあって、縄文族へと吸い寄せられていったわけですね。

「ただ、縄文への関心自体は割と古くからありましたね。自分はどこから来たんだろうっていう漠然とした問いのようなものがずっとあって、よく弥生系とか縄文系とかで遺伝子を分けるじゃないですか、僕はなぜか勝手に自分は縄文系だってずっと思ってきたんです。それはおそらく、僕が今日の社会の中で普通に生きてきて、ものすごく生きづらさを感じていたし、どこか疎外感を感じていたりもしたからなんだと思う。なんで自分はそう感じてしまうんだろうと思った時に、縄文時代の遺物が醸し出す造形性や、遺物から推察されたライフスタイルなどに居心地の良さを感じたんですよね」

ある種、自分は異種族なんだというような感覚があって、縄文がその感覚を受け止めてくれる受け皿として機能していた、と。アルシンさんは長野県出身でもありますしね。

「そうなんです。僕の家は元々は諏訪の周辺で、まさに縄文土器が大量に出土するエリアなんですよね。だからそういう意味でもシンパシーがあったんだと思います。あとこれは縄文タトゥーを入れて以降の話だけど、遺伝子のハプログループを調べてくれる研究機関があって、一度、自分の遺伝子を調べてもらったことがあるんです。そしたら父方Dタイプの縄文系だったんですけど、母方のミドコンドリアDNAの方はN9aというタイプで、中国南部や台湾先住民に多い遺伝子タイプだったんです。彼らは縄文人ではないけど、とても近しい文化を持っていて、タトゥー文化なども豊富にあります。文様も渦巻きとか螺旋が多用されてて、そういうのを調べてみたら、すごくしっくり来たんですよね。だから、僕にとってタトゥーを入れるということも特別なことをしているって感覚があまりなくて、自分にとってとても自然なことだし、今は自分の皮膚に文様があることで安心するって感覚なんです」

 

「土器を着たいですか? それとも土器になりたいですか?

文様ということでいうと、アルシンさんは文様を入れられる側だけではなく文様を入れる側にもなったことがあるわけですよね。 実際に土偶を作るにあたって文様とはどう向き合っていたんです?

「土偶を作ろうとしたとき、なんとなく縄文っぽいくらいのノリで作ってしまうと絶対に偽物っぽくなっちゃうと思ったんです。なので実際の縄文人たちがどういう意識で、あるいはどういうパターン性の中で文様をつくっていたのか、というところを深く想像しました。多分、基本的な造形は手で行っていたんじゃないかと思うんですけど、それでいうと、僕の手には縄文の遺伝子が流れているわけです。だから、自分の手の中にある縄文の遺伝子を信頼して、縄文土偶を真似するというよりは、僕が縄文人の身体になって手に作らせるという意識で制作しました。そう言えば、その時の感じって大島さんに体に下線を引かれている時の感じとすごく似てるんですよ。一度紙の上でデザインしたパターンを、僕の身体のフォルムや表面の起伏などに応じて、皮膚の上でデザインしなおしていました。大島さん曰く、体毛の流れまで観察するそうです。プロフェッショナルだと感心しました」

 

©︎Shingo Aruga

 

大島さんの下線の引き方って何か独特な感じがありますよね。そう言えばアルシンさんの縄文タトゥーの文様はどういう風に決まっていったんですか?

「デザインを決める時、大島さんに『土器を着たいですか? それとも土器になりたいですか?』って言われたんですよね。それは要するに体の前面のパターンと背面のパターンを繋げるのか離すのかという選択だったんですが、僕はそこで『土器になりたい』って答えたんです。だから僕はあれ以来、土器なんですよ(笑)

それこそ辻さんと一緒にドイツのフランクフルトで生きた展示物になったじゃないですか。あれはまさに土器として存在しているような感じがして、しっくりきましたよね」

 

“JOMON TRIBE in Frankfurt” 2017(写真:ケロッピー前田)

 

懐かしい。ただ、すごくよく分かります。あの現場に立ってみたら自意識がスコーンって抜けたんですよね。中身が空っぽになった。まさに器になる体験だったなと僕も感じていました。ただ、ああいう場だからそれを強く感じたわけだけど、そもそも僕らの存在そのものが器のようなものじゃないだろうかとも、それ以来、考えてはいるんですけどね。

「分かります。このプロジェクトはそういうことをあらためて感じさせてくれますよね。そこについてはケロッピーさんの存在は大きいと思います」

―ケロッピーさんに撮影されている時、僕らはまさに土器ですからね。コンセプトとしてそれでいいんだと思います。人間が土器になるというところにこそプロジェクトの骨子がありますから。

「そうですよね。それでいうと、縄文土器って日本中から出土してるじゃないですか。でも、ほとんどのものはバラバラに砕けていたりするんですよね。質より量みたいな感じで、土器の破片ばかりがたくさん出土してる。でも、あれが大事なんですよね。量で圧倒する感じ。縄文族も今たくさん増えてるじゃないですか。それはすごくいいことだと思う。それぞれは破片なんだけど、集まった時に何かが組み上がるんじゃないかって気がするんです。破片が繋がって一つのツボになるように、集められることで初めて見えてくることがあるんじゃないかなって」

いずれカウントできないレベルになるんじゃないですかね。そしたら大集会だ。

「そのうち、大島さんじゃない人も彫り始めていくかもしれないですしね。そして、その時に縄文タトゥーは否応無く本物になる。プロジェクトとしてではなく、個人に還元されないひとつの歴史現象として縄文タトゥーが蘇る。オリジナルの縄文土偶にしたってすごくクオリティが高くて「これは本物だ」ってなるようなものから、きっとそういう土器を模して作られたであろう、やや完成度のイマイチな土器もある。ただ、別にそれは紛い物ではないんですよね。そういう風に文様や文化は伝播していくものだと思うんです」

オリジナルとコピーという概念がそもそも縄文時代にはなかったようにも思いますしね。いいと思ったら当たり前のように模倣していただろうし。

「そうそう、物質としてはサイズ感もバラバラだし、綺麗なものからそうでないものまで様々なんだけど、それでもそれらは同じものなんですよね」

 

「部族の人たちがずっと守ってきたような伝統的なタトゥーとはちょっと違うんだけど、僕らも僕らで必要だからやっている」

アルシンさんならではの話でもあるのでもう少し深追いしたいんですが、「土偶を作る」ってやっぱり面白い体験だと思うんですよね。というのも、ただ鑑賞して理解するのと、手を動かして作りながら理解するのとでは、解像度にかなり差が生じると思うんです。制作には身体性が伴われる以上、土偶を作る際の動作の中とかにも発見があったりするんじゃないかなって。実際、制作してみて気づいたこととかはありしました?

「そういう気づきは色々あったように思いますね。写し取るだけの土偶は一体も作ってないので。おっしゃる通りで、絵を描く時もそうだし、体を使って作品を作る時は全般そうなんだけど、論理的なものや言語的な意味からいったん遠ざかって、身体に落とし込むみたいなことをやらないと作れなかったりするんですよね。実際、作品には自分の身体がそのまま写し込まれるんです。たとえば土器なら、手のサイズや肉厚や握力、目の良さや悪さ、あらゆる部分が土に写し取られていく。だから身体の感覚を開いた状態で作らないと、より縄文土偶らしい土偶は作れないんですよね。

あとさっきも言ったように、ちょうど僕は土偶の作品を作っている最中にタトゥーを彫り始めたんで、それもまた面白かったですね。タトゥーって痛いじゃないですか。いつもタトゥーの痛みが残っているうちに家に帰って土偶に文様を入れてたんです。土偶の場合は、まず手でフォルムをつくって、そこから棒状のもので文様を刻んでいくんだけど、さっき彫られたばかりだから『痛そう』とか思うわけですよ。土偶の沈線と自分のタトゥーの線が呼応しているような感覚。そういう作り方をしていたということに一体どんな意味があるのかは分からないけど、自分にとってはそれが重要なことのような気がしたんですよね」

 

写真:大島托

 

面白いです。彫られた日の夜に今度は自分が彫る側にまわる。そうしたことを含めた縄文タトゥーという体験全体の中で、アルシンさんは何を感じました?

「タトゥーを入れる以前は、僕の身体ってすごく希薄だったんですよね。身体なんてなければいいのにって思ってたくらい。別にこの物理的身体である必要も感じてなくて、アバターなどのように代替可能でもっといいデザインの身体が獲得できるならそっちの方がいいくらいに思ってたんです。でも、そうじゃなくなった。身体感覚が変わったんですよね。

それは文様が身体のフォルムと一体だということに気づいたからでもあるんです。すごく自然なんですよね。ただ、この身体にこの文様だから自然なのであって、他ではそうはならないんです。僕の身体は代替可能なものじゃなくなったんですよ。そして、その文様が痛みとして皮膚に記憶されていて、かつ、美しさを作り出している。本当に面白い行為ですよね」

分かります。僕も大島さんに下絵を体に描かれている時にタトゥーの概念が変わりました。縄文タトゥー以前も僕には多少のタトゥーがあったんだけど、僕はそれまでタトゥーというものは文様なり絵柄なりを身体の表面上に入れる行為として理解していたんですよね。でも、違った。タトゥーイングとは身体そのものを文様にすることだったんだとその時に気づいたんです。自分自身もまたひとつの文様パターンとなり世界を織り成すアラベスク文様の一部として彫り込まれていくこと、それこそがタトゥーイングなんだ、と。

「あの下絵を描かれている時って神聖な儀式みたいな感じがありますよね。自分の身体のデザインを丸裸にされる感じ。その上でそれを美しく、自然な状態にしてもらえる。身体の起伏に応じるように線が描かれていく感じ。決して身体の形状に反していないんですよ。まず文様があって、それが描かれるためのキャンバスとしての身体があるんじゃない。まず身体があって、そこに文様が伸びていく。あるいはそれらが同時に生成するような感じ」

 

写真:大島托

 

そうですね。あるいはさっきアルシンさんがしていた、以前は身体が代替可能なものとして感じられていたけどそうではないということに気づいたという話、それもまたタトゥーイングの持つ普遍的な効果の一つじゃないかな、と思います。僕も縄文タトゥー以前は思考と身体をどっか分けて考えてたんですよね。僕が考えていることと、僕の肉体とは別物である、と。ただ、僕が考えていたり、表現していたりすることはいずれも、この身体でなければ出てこなかったものなんだということを、縄文タトゥー以降、すごく自覚するようになったんです。

「全く同じですね。多分、みんなそれを感じてるんじゃないかなって思います。特に男性はそうかもしれない。男性と女性で比べると、女性の方が身体からの逃れられなさを感じる機会が多いと思うんです。生理とか、妊娠とか、身体と向き合わざるを得ない状況が多い。一方、男性が身体を感じる時って病気とか怪我とかなんらかのエラーが身体に生じた時くらいなんですよね。日常的に言えば男性も女性も空腹や睡眠とかで身体を感じるわけだけど、逃れられなさという点で言えば女性の方が如実に感じているんじゃないかなって気がする。

あるいは、スポーツやセックスをしたり、ドラッグなんかを使うこともまた、能動的に身体状態を変容させることによって身体にあらためて向き合う行為でもありますよね。僕の場合はそれに該当するのが作品制作です。制作をする場合はどうしても身体に意識を明け渡す必要があるので。タトゥーはそうした行為にも似てはいるんだけど、同じかというとまたちょっと違う気がするんです。

その違いは何かって考えると、それが選択した痛みであるというところなのかもしれないって思ったりします。選択的な痛みと、その結果としての美。現代の都市部に生きていると、自分の身体についてさえ色々と忘れてしまうことが多いじゃないですか。本来、生きていれば内なる自然に翻弄されてしまうはずなのに、それを忘れることができちゃう。それは身体性が希薄だから。その希薄化した身体をタトゥーによって再設定しているような気がするんですよね。

だから、それは部族の人たちがずっと守ってきたような伝統的なタトゥーとはちょっと違うんだけど、僕らも僕らで必要だからやっている気がするんです。決して余暇的なものではなくて、やるべくしてやってる。そういう自然さを感じています。たしかに現代のタトゥーは個人による選択が前提にあって、自分らしさの表現なのかもしれないけど、その経験や行為自体にはやはり自然さがある。僕らはこの地球上で自然の一部として生きてるけれど、一方で自然とは人間からすれば圧倒的な他者として働いたりもする。そのような他者が常に皮膚の上にいるような感じ。その感覚なにか安心のようなものがあるんですよね」

 

写真:大島托

 

たしかに僕らの場合は強制性はないですからね。あくまでも、あえてタトゥーを入れているわけで。その「あえて」にどんな意味があるのか。それこそハイデガーの話じゃないですけど、僕らはこの世界に頼んでもいないのに産み落とされちゃった存在なわけですよね。その意味では誰しもがある種の被害者としてこの世に生を受けているとも言える。「あえてタトゥーを入れる」という行為には、そうした世界と自分との関係性、ともすれば被害者であることしかできないような関係性を、誕生の痛みを再び、今度は自覚的に再現することによって、設定し直しているようなところがある気もするんです。生まれ直しの儀式というか。そんな感じがある。

「その感覚、とても分かります。すごくしっくりきますね。同じ感じ方してる。だからやはりそうなんだと思う。世界というか自然というか、そうしたものと繋がり直すためのツール。タトゥーがあんまりにも痛いもんだから、その痛みには意味があるはずだって僕らは考えすぎてしまってるのかもしれないけど(笑)」

それはありえますね(笑)。でも、そういう考えすぎちゃうところを含めてタトゥーは本当に面白い。アイデンティティを視覚的に示して内と外を分かつようなものでもありつつ、一方で個を脱却して世界と繋がり直すためのものでもある。〈双頭土偶〉じゃないけど、アンビバレンスがあるんですよね。

「だから言語的に説明するのが難しいんですよ。真逆のもの……、いや、でも本当はそれって真逆じゃないんですよね。言語的に説明しようとするから真逆になるだけであって、それは単に言語の問題なんだと思う。感覚においてそれらは同じことですからね。だからタトゥーって決して特別なことじゃないんですよ。縄文時代、あるいはそれ以前からずーっと行われてきて、現代に至っても行われている。それは自然な生に馴染んでいるからだと思うし、実際に自然なものとして僕たちもやっている」

むしろ、ようやくまともになれた、みたいな感覚すらあります。

「多分、縄文族プロジェクトって別に突飛な企画でもないんですよ。起こるべくして起こった、ごく自然な現象なんだと思います。だから、どうなっていくのかが楽しみですよね。多分、もっともっと面白い展開が待っている気がします」

 

写真:ケロッピー前田

 


 

 アルシンはインタビュー中、幾度か「自然」という言葉を口にしていた。いずれも、タトゥーは人間の生にとって自然な行為である、という文脈において用いられている。この点に関して、僕にもまたアルシンと同様の体感がある。要は、タトゥーと共にある生に、自分の本来的な生のありようを感じているということだ。

 本来的な生というものが存在する、と安易に想定してしまうことは、もちろん危うい。本質主義がいかなる悲劇を生み出してきたかは、歴史の教科書を少しでも読むだけで一目瞭然だ。自然という概念もまた似たような危うさを持つ。自然という語は常に不自然なものの存在を指し示すものでもある。そのように不自然のレッテルを貼られてしまった対象がどういう扱いを受けるか。それについては、それこそ今日の日本におけるタトゥーをめぐる状況を見れば簡単に伺い知ることができる。

 だから、補足しておきたい。ここでアルシンと僕が語っていることを単純に受け止めて、タトゥーをすればより充実した、より豊かな、本来的な生が味わえるんだ、タトゥーのない生は非本来的で、貧しく、不自然な生なんだ、と思ってしまうのだとすれば、そういうことではないからだ。これはあくまでも、アルシンの身体、そして僕の身体の話である。あるいは、そこで語られた自然や本来性とは、僕らの身体と、僕らの身体を取り巻いてきた特定の環境に紐づけられている。ここで交わされていた話はあなたの身体についての話ではない。つまり、ただちに一般化はできないということだ。

 もちろん、タトゥーという行為は面白い。「身体性が希薄」になりがちな現代においては是非ともおすすめしたい遊びだ。だが、縄文タトゥーそのものの内に何か答えのようなものがあるわけではない。いつ、どこで、どういう流れで、どういうテンションで、どういうコンディションで、そこに到達するか次第でも、感じ方はガラリと変わってくるだろう。アルシンと僕にとっては、縄文タトゥーはまさに本来的な生へと至るためになされるべき自然な行為であったが、その本来性とはあらかじめそう定められたものとしてあったのではなく、それ自体、タトゥーイングのプロセスにおいて生成したひとつの物語に過ぎない。この点はくれぐれも見誤らないでいてほしい。

 話中にもあるように、縄文タトゥーの文様は身体の輪郭に沿って、皮膚の起伏に呼応しながら描かれる。そのようにして描かれた文様には何か普遍性のようなものを感じさせる力があるが、一方でその身体の形状はどこまでも特異なままだ。果たして、あなたの特異な身体が至るべき自然で本来的な形とはどのようなものだろうか。タトゥーを入れる入れないに関わらず、是非一度、代替のきかない自分の身体とあらためて向き合ってみてほしい。汝はいかにして汝になりしや。これは縄文族(を勝手に代表して言わせてもらえば)から皆さんへの宿題だ。

 

(文/辻陽介)

 

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辻陽介 つじ・ようすけ/1983年、東京生まれ。編集者。2011年に性と文化の総合研究ウェブマガジン『VOBO』を開設。2017年からはフリーの編集者、ライターとして活動。現在、『HAGAZINE』の編集人を務める。『BABU伝—北九州の聖なるゴミ』を弊誌にて連載中。

 

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〈MULTIVERSE〉

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