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汝はいかにして“縄文族”になりしや──《JOMON TRIBE》外伝 ❸| 「タトゥーとは“不自由で遊ぶ”こと」|オイルペインター・亜鶴

縄文時代のタトゥーを現代に創造的に復興する「JOMON TRIBE」。その壮大なプロジェクトに自らの身体を捧げる「縄文族」とは一体どのような人々なのだろうか。自身「縄文族」のメンバーである辻陽介が「族」の仲間たちに話を聞く。

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 二人目の縄文族に話を聞こう。縄文族の切り込み隊長、身体というメディウムの極北的な探究者、オイルペインターの亜鶴だ。

 亜鶴の生き様は彼の容貌に全て現れている。特にその背面は圧巻の一言だ。足のくるぶしから頭頂部までを覆い尽くす、黒、黒、黒。一見して、もはや黒い文様が入っている、という感じですらない。淵まで黒に飲み込まれたその肉体において文様をなしているのは、むしろほんの僅かに残された素肌の方だ。

 ところどころに隆起しているケロイドはサスペンションの痕跡だという。時に穴を開け、時に皮を剥ぎ、時にステロイドを投与してバルクアップを試みる亜鶴の身体的実践の数々については、弊誌上の亜鶴の連載『SUCIDE COMPLEX』にも纏められている。毎回とても刺激的な内容となっているので、是非とも一度お読みいただきたい。

 尖りきったビジュアルとラディカルな制作物の一方、正面を振り返ったその顔をおっかなびっくり覗き込めば、意外にもその目は優しく、人懐っこい。宝塚生まれの中高一貫私立校出身。亜鶴、こう見えてお育ちが良いのだ。日々ツイッターにあげられる手料理品の写真からも、実は繊細で几帳面なタイプであることが伺える。

 最近は退屈を持て余し、10数年振りにローラーブレードを始めたんだとか。亜鶴がなんばの街中をローラーブレードで滑走する姿は想像するだにエモく、まだ2021年だというのにどことなく世紀末感がある。もちろん、職務質問は日常茶飯事。教育というものはえてして狙い通りにはいかない。

 現在は大阪で愛犬と同棲中だという亜鶴は、いかにして縄文族になったのか。まずはタトゥーとの馴れ初めから話を聞いた。

 


 

亜鶴

 

「一発目、針が入った瞬間に、もう終わったなって思いましたね」

──亜鶴さんが最初にタトゥー入れたのはいつでしたっけ?

「最初は10代っすね。右腿の裏に入れました」

──10代でタトゥーを入れた動機は?

「もともと、スケーターファッションが好きだったんすよ。当時、スケーターはみんなディッキーズのハーフパンツを履いてて、海外のスケーターとか足首とかにタトゥーとかバンバン入っててカッコいいなって思ったんが始まりっすね。コットンマウス・キングスとか憧れましたね」

 

亜鶴(16歳の頃)

 

──なるほど。で、実際に入れてみて、どうでした?

「一発目、針が入った瞬間に、もう終わったな、これでもう引き返せないって思いましたね。ただテンションは上がった。短パンでも隠れる場所を選んだから露出がしづらいんだけど、見せたくて仕方なくて。だから学校から帰ったら短めの短パンを履いて、頑張って裾をまくりながらチャリで走ってましたね」

──そこからすぐに増えていったんです?

「いや、学生だったんで金がなくて。タトゥーが増え始めたのは20くらいからっすね。ただ身体改造は結構10代の早いうちからバンバンやってて、ていうのもピアスとかはお金なくてもできるんすよね。当時はサスペンションとかブランディング(焼印)とかをメインでよくやってました。で、20歳くらいでバイトとかしっかりするようになってお金が入ってきところで、タトゥーも増えてった感じっすね」

 

亜鶴(初めてのサスペンション)

 

──それはもう、「もっと増やしたいんだ」って衝動があった?

「ん~、入れて当たり前みたいな感覚でしたね。だから、とにかく予算を捻出しないと、みたいな感じ。今月は一個もタトゥー入れてない、やばい、ちゃんと彫り師さんたちにお布施しないと、みたいな」

 


 

 実は縄文族において、亜鶴のようなタイプは少数派だ。ハードな身体改造の実践経験があるというものも少なく、なんなら縄文タトゥーがファーストタトゥーという人も割といる。その点、亜鶴は中学生の頃から身体改造コミュニティに出入りしてきた筋金入りの改造ラバーであり、縄文云々以前にタトゥーという行為そのものに骨まで魅せられているニードルジャンキーでもある。だから亜鶴にとって縄文族との出会いは、縄文タトゥーとの出会いというより、タトゥーイスト大島托との出会いを意味していた。

 


 

──縄文タトゥーを入れることになったきっかけは?

「たしか2015年かな、オキュパイスクール(白夜書房のBSホールでケロッピー前田主催のもと定期開催されていたトークイベント)に遊びに行った時に喫煙所にいたら大島さんがいたんすよ。なんか変なおっさんおるな思ってたら、『自分、大島托っていいます』って話しかけられて、『あ、知ってる!』って思って、そっからっすね」

──すでに大島さんの存在を知ってたんですね。

「インスタで作品を見てたんですよね。だから縄文タトゥーもはすでに見てはいて、ただそれが『縄文タトゥー』ってくくりでやってるってことは理解してなかったです。で、その時に『今縄文タトゥーってプロジェクトやっててモデル探してるから良かったらどうです』って言われて、ちょうど僕も背中全面空いてたから、そのまま決めちゃった。大阪に帰って2、3週間後にはまた東京に来て入れてましたね」

 

作品(亜鶴/2016)

 

──亜鶴さんの身体、特にフロント面は様々なジャンルのタトゥーが混在してますよね。和彫、アメトラ、マシニックと色々入ってて、特にトライバルにこだわってるって感じじゃない。縄文タトゥーっていうコンセプト自体は亜鶴さんにとっては割と副次的だったんですかね?

「別になんでも良かったんすよね。まあ、もともとは和彫が好きやったんで背中は和彫かなって思ってたんだけど。ただ当時からタトゥーをバックボーンにアーティスト活動やっているって自負も強かったんで、なんていうか、一緒に面白いことできる人を探してたんすよね。そのタイミングで大島さんと会って、絶対にこの人は面白いって思って、なんか一緒にしたいなと思ったんです。だから大島さんがアメトラ彫る人やったら、多分、僕の背中はアメトラになってただろうと思う。彼が黒いのが好きだったからこうなってるだけで」

 

亜鶴(背面、施術過程)

 

──たまたまにしてはかなり真っ黒に染まってますけどね(笑)。亜鶴さんは縄文族の中でもブラックアウト面積がかなり広いわけですけど、自分の中ではどうですか? 黒に潰されていくっていう過程については。

「うーん、実際に今みたいな感じになって思うのは、黒の塗りつぶし系は異物感が出ますよね。タトゥーの人っていう認識もされない。たとえば和彫りだったらガラ悪そうとか怖そうとか、なんとなく雰囲気で分かるじゃないですか、その人間のキャラクターが。そこが僕の場合、なんだかよくわからんとなる。化け物感っていうか明らかに異物のものがそこにいるってことしか分からない。そういう存在になっちゃったなと思ってます」

──確かに記号的に理解されることを拒絶してる感じ、ありますよね。そうなってみて気分的にはどうです?

「あらためて自分がどうしたいのかっていうのを考えるようになったかな。周りに対して『自分とはこうなんだ』ってちゃんと打ち出していかないと、ただただ『わけわからない』で終わっちゃうから」

 

猫とコルセットと亜鶴

 

──笑)。それにしても亜鶴さんはここ数年だけでも、手の甲、首、頭部、顔とものすごいペースで範囲が拡張してますよね。街中で浴びせられる視線も如実に変わっていったんじゃないです?

「まあ二度見、三度見ですよね。夏場、僕はサングラスをかけるんですけど、そうすると僕がどこ見てるの分からないから、相手がしっかりこっちを見てくるんですよ。別にそれに関してはどうこうないですよ。『ですよね』みたいな感じ。僕もこんなんが前にいたら見るしね(笑)」

 

亜鶴の顔

 

 


 

 僕が亜鶴を面白いと感じているポイントの一つもここにある。一見、亜鶴は客観性などとうの昔に便所に流しましたとでもいうような風貌をしているが、実は亜鶴ほど他者からのまなざしを重んじている人間はあまりいない。亜鶴は「誰が何を言おうが関係ない、俺は俺の好きにやる」といった無頼では決してない。自分がこうしたら周囲はこう反応するだろうということをつねに意識している。その上で最も面白そうな選択肢をチョイスしている。

 サービス精神が強い。あるいは、主体性が薄い、と言ってもいいのかもしれない。もう少しだけ私見を述べさせてもらうなら、亜鶴とはひとつの伽藍堂なのだ。そして、亜鶴はその内側の伽藍堂を埋め合わせるように、容器の表面、つまりは皮膚を、焼き、削り、切り裂き、穴を穿っていく。

 だから多分、亜鶴にとって身体改造やタトゥーは、いわゆる自己表現ではないのだ。むしろ、亜鶴において、自己(思考)とはつねに表現(身体)に遅行するものとしてあり、そのタトゥーとは、世界に対して己が何者かを示すためのものではなく、何者かとしての己を世界において生成するためにある。そしておそらく、それは有史以来、人類が普遍的に行ってきたタトゥー(や身体改造)という行為に深く内蔵された、最もプリミティブな作用のひとつでもある。

 宝塚生まれの優等生をして黒い肉塊へと至らしめた、タトゥーという行為の尽きせぬ魅力について、あらためて亜鶴に聞いてみた。

 


 

 

「選択肢を狭めていった先で最後に残ったラインが一番クリアーなんです」

──亜鶴さんにとってタトゥーは当たり前のものすぎて、ことさらにタトゥーについて語るということ自体に不自然さがあるかもしれないんだけど、あらためてタトゥーの魅力ってどこにあると思ってます?

「なんやろ…、まず向き不向きはあると思いますね。タトゥーに向いてる性格とそうじゃない性格がある。僕の場合、これはイメージ上の話なんですけど、漠然とゴールが定まってない中でなんでもしていいよと言われると困っちゃうんですよね。僕は何がしたいとか特にないから、その自由な状況に不自由さを感じちゃうんです。その点、ピアスとかタトゥーとかって、制限がかかるじゃないですか。職業もそうだし、人からこう見られてしまうみたいなのもそうだし、それをしたことによって確実に選択肢は狭まるんです。で、グーっと狭めていった先で、最後に見えてくるラインがあるんで、じゃあここに向かおう、となれるんです。ただ、そこを進んで行った先で、また選択肢が増えて分からなかくなってくるんで、そしたらもっと狭めていく。それをずっと試してる感じなんすよね」

──不自由が不足していてしんどい、と。逆説的ですけど、その状況に不自由さを感じているわけですよね。

「そうそう。まだ選択肢があるなあ、もっと狭めないとってなる。多分、そこで最後に残ったラインが一番クリアーなんですよ」

 

作品(亜鶴/2020)

 

──まあ僕は勝手に亜鶴さんはいずれ体のどこかを切断するまでいくんだろうなと思ってますよ。

「可能性はありますし、切断していいかなって部位の目星はすでにつけてますよ。あるいは、全部データになっちゃった、とかも面白いですよね。まあこんな風に不自由で遊べる人はタトゥーに向いてると思う」

──その点で言うと亜鶴さんの中で身体改造とタトゥーは一つの大きな遊びであって、そこに区別はなさそうですね。

「そうっすね。シンプルで派手なものが好きなんですよ。だから全部黒くなっちゃうみたいなのはマッチしてる。耳がでかいほうがやばい、みたいな。黒ければ黒いほうがすごい、みたいな」

──どこか修行みたいなノリもありますよね。孫悟空が道着をあえて重くしていく、みたいな。

「あるんじゃないかな。タトゥー入れて、いざかさぶたも剥げて、それが自分のものになった時に、なんかしらを超えた感じはするんで。それを修行って捉えてもおかしくはないかな。時間もかかるし、痛いし、お金もかかるし。そんなんをわざわざやってるわけですから」

 


 

 エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を引くまでもなく、人間にとって自由とは必ずしも望ましいものではない。あるいは、完全なる自由という状態が実在し、我々はそれを目指し続けなければいけないというアイディアそのものが、人類がその昔にうっかり抱え込んでしまった宿痾のようなものだとも言えるかもしれない。僕も亜鶴と同じだ。過剰する自由に不自由さを感じ、不自由さを求めてタトゥーという自由に手を伸ばした。不自由、と言えば、日本のタトゥーをめぐる状況は、依然としてかなり不自由な状態が続いている。最後に、亜鶴がこうした状況についてをどう思っているのか、聞いてみた。

 


 

──亜鶴さんはタトゥーをめぐる日本の社会状況についてはどう思ってます?

「好きにしたらいいんじゃない? としか思わないですね。でも一個思うのはタトゥーってビジュアルに訴えるものってみんな思ってるじゃないですか。案外そこだけじゃないよ、とは言いたいかな。僕はタトゥーのビジュアルとか関係なく、大島さんが面白いから身体を預けてるわけで、何入れるとかは正直、二の次、三の次なんですよ。むしろ行為に興味がある。でも、多くの人は『何を入れる』とか『意味合いが』とかにいまだ止まってる。そこが分かりやすいからだと思うけど、でもその奥はあるよ、と思うんですよね。飽きたらどうするのって聞くけど、そういうことじゃないからって」・

 


 

 その「奥」、については、多分、実際にハードにタトゥーを入れてきた人間じゃないと分からない。あるいは何万字かを費やして懇切丁寧に説明すれば、頭で理解させることくらいならできるかもしれない。だが、それは結局、知ったことにはならない。何かを読んだくらいで何かを知った気にならないこと。自分の体を使って、自分の感覚を通して、「内側から知ること」©️ティム・インゴルド)その誠実さを、今日も亜鶴は内側に伽藍堂を抱えた真っ黒けな身体によって体現し続けている。

 

誠実さ

文/辻陽介

 

汝はいかにして“縄文族”になりしや④を読む>>

 

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辻陽介 つじ・ようすけ/1983年、東京生まれ。編集者。2011年に性と文化の総合研究ウェブマガジン『VOBO』を開設。2017年からはフリーの編集者、ライターとして活動。現在、『HAGAZINE』の編集人を務める。『BABU伝—北九州の聖なるゴミ』を弊誌にて連載中。

 

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