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汝はいかにして“縄文族”になりしや──《JOMON TRIBE》外伝 ❺| 「マジョリティかお前は」|クダユカコ

縄文時代のタトゥーを現代に創造的に復興する「JOMON TRIBE」。その壮大なプロジェクトに自らの身体を捧げる「縄文族」とは一体どのような人々なのだろうか。自身「縄文族」のメンバーである辻陽介が「族」の仲間たちに話を聞く。

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 2020年の暮れ頃、縄文族界隈がザワついていた。いや、正確には僕周りの縄文族のあいだで、ある女性の存在が密かに話題になっていた。

「なんかすごい女の人いますよね」

 きっかけは大島托のフェイスブックに投稿された一枚の写真だった。

「Reaction diffusion by free hand」というメッセージと共に大島が投稿したその写真には、見慣れない一人の女性の身体が写っていた。まっさらなヴァージンスキンの表裏を鎖骨下から足元まで覆い尽くす縄文文様。まだ筋彫りの段階ではあったが、全身を使って一つの文様を描き出すような大胆なライン取りと、そのラインの隙間を埋める細やかでアブストラクトなパターンとの対比は鮮烈で、いよいよシーズン3を迎える縄文族シリーズに吹き入る新風を感じさせるものだった。とりわけ目を引いたのは、乳房の輪郭をなぞるように渦巻く太い流線。大胆だ。それにしても、一体この人は誰なんだろうか。

 僕が彼女と初めて会ったのは、その大島の投稿からおよそ二ヶ月後、高尾山の麓の大島宅で行われた味噌作り会に参加した時だった。

「ああ、辻さんは初めてですよね。こちらクダさんです」

  クダユカコというその女性は、その日、地元大阪からタトゥー施術を受けに東京の大島宅を訪れていた。一見したところ、年のころ40代前半くらいだろうか。理知的で控えめな雰囲気の女性で、語弊を恐れずに言えば、全身規模のタトゥーを入れそうなタイプにはあまり見えなかった。クダさんはちょうどその日の施術を終えたばかりのところだったようで、入れたてほやほやの太腿のタトゥーは塗られたヴァセリンによって生々しく黒光りしていた。

「クダさんは凄いんですよ。2週間に一度、6時間のペースで施術を進めてるんで、まだ半年くらいなのにほぼ完成ですからね」

 一ヶ月から二ヶ月に一度の施術、しかも毎回2時間程度で「もう限界」と音を上げるために、施術開始から4年経つにもかかわらずまだ完成の見通しがつかない僕に対する大島流の嫌味、では多分なく、これは単純にクダさんが凄いのだ。タトゥー施術、とりわけハードなブラックワークの施術に伴う体力の消耗は、おそらく未経験の人が想像している以上に激しい。しかも、大阪から東京までの交通手段は、毎回夜行バスだという。とても僕には真似できない。大島いわく、タトゥーに関しては一般に女性の方が男性よりもはるかにタフな傾向があるらしいが、それにしてもだ。

「すごいっすね」

 心の底からそう呟くと、クダさんは「まあ、なんとか」と苦笑する。朝から針を浴び続けていたせいだろう。その顔に血の気はなかった。

 7月、完成した縄文タトゥーを纏って縄文族撮影会を訪れていたクダさんと再会した。心なしか前よりも明るい雰囲気を放っている。撮影の待ち時間、クダさんが縄文タトゥーへと辿り着いた経緯を聞いた。

(ところで現在、新宿ビームスジャパンの4階にて『JOMON TRIBE 2』と題した縄文タトゥーの展示が行われている(2021年9月28日まで)。また、10月9日にはおおばキャンプ場にて開催される『MOVEMENT ONENESS GATHERING』にて縄文族のトークセッションが行われる予定だ。是非とも足を運んで欲しい。詳細は記事下部にて)

 


 

 

写真/大森秀明

 

「縄文に夢中になってたタイミングで都築響一さんの記事に出会って」

―えーと、では基本的なところから。クダさんは普段は何をされてるんです?

「地元で働いてますね。メーカー勤務です。機械設計を担当してます」

―いわゆる会社員?

「そうです。月~金で。土日はレコード屋やってます。家庭ではシングルマザーで、高校生の子供が二人いますね。上が娘で下が息子」

 

クダさんは大阪府寺内町で古レコード・古着・古本のショップ「ポクー・レコード」を週末限定で経営している。

 

―そうだったんですね。失礼でなければ、ご年齢は?

「43歳です」

―クダさんは去年の9月から縄文族に参加されてると聞いてますけど、そもそものきっかけはなんだったんです?

「2019年の暮れに阿佐ヶ谷のTAVギャラリーでやってた縄文族展(《JOMON TRIBE 2》)に行ったのがきっかけですね。展示を知ったのは都築響一さんの『ROAD SIDERS WEEKLY』の記事でした。ずっと読者なんです。いつも刺激もらってて。で、縄文タトゥーの記事を見た時にこれはすごいなってなって」

―もともと縄文文化に関心があったとか?

「そうですね。昔から自分なりに自分のルーツを掘り下げるということをずっとやってて、まあライフワークみたいなものですよね。西日本をバイクで旅して回ったり、地方の歴史資料館を巡ったり。ただ、子供が生まれてからはそういう活動をあまりできていなかったんですけど、ここ数年で子供が高校生になり余裕もできたので、また再開していて。その中で、縄文時代にも関心を持つようになってたんです。

自分なりに歴史とか調べてる中で、今の価値観をちゃんと見つめ直す上では、近過去よりもっと遡らないとダメだなって思って。で、遡れるまで遡ろうとすると、縄文時代とかそのちょっと前の石器時代に向き合うことになる。実際に調べてみると、縄文時代って自分が思っていたようなイメージと全然違うんですよね。

それからは色んな遺跡に足を運んで、縄文時代の美術品とかを見たりしてました。実際すごい美しいじゃないですか。そんな感じで縄文に夢中になってたタイミングで都築さんの記事に出会ったんです。で、これは絶対に見にいかないとって展示を見に大阪から東京まで行ったんですよ」

―実際に縄文族展を見てみてどうでしたか?

「シンプルにすごいと思いましたね。ネットで見ていた画像と違って迫力があったんですよね。その時、ケロッピーさんや大島さんはいなかったんですけど、TAVギャラリーのオーナーさんからモデル募集してるらしいという話をチラッと聞いてたんです。ただ、その時は自分が入れるとはまだ思ってなくて。タトゥーって文化は好きなんですけど、周囲に入れてる人もそんないないし、知り合いで彫り師さんとかもいないし、自分ごととしてタトゥーと向き合ったことはそれまでなかったので。

でも、大阪に帰って、しばらく考えているうちに『入れたい』って思うようになってきたんですよ。考えてみると、今の自分は条件的にも入れれるな、と思って。まあ一部の温泉に行けなくなるとか、プールに行けなくなるとか、会社はどうすんねんとか、いろいろ考えてみたんですけど、いや、全然入れれるわって。ちょうど有給休暇も溜まってたので東京にも通えるなって。それで、思い切って大島さんにメールしてみたんです」

 

写真/大森秀明

 

「世の中にはマイノリティって呼ばれる存在があるじゃないですか。自分はそこやっていう自覚が強くある」

―思い切りましたね(笑)。で、実際に大島さんと連絡を取り合って、いざ東京で施術となったわけですよね。緊張しました?

「緊張しましたね。どんな人かもわからなかったし。自分のそれまでとは全く関係ないところに飛び込んでいくんで、一体どうなるかも分からなかったし。でも大島さんの作品見てこの人は間違いないなっていう確信はあったんです。もともと美術畑出身で、アートはすごい好きだし、それなりに見てきてもいるので、大島さんの作品を見たときに、どういう人がどういう気持ちで何を見てきて今これをしてるのか、直感的に分かったんですよね。なんていうか、そこに揺るぎなさを感じて、だから、まずこの人に会いたいっていうのもありました」

 

クダさんは趣味で絵も描いている。画像はクダさんの作品。

 

―月並みな関心なんですけど、クダさんと同じような状況で、全身にタトゥー入れたいって思う人、それなりにいると思うんです。でも、どうしても葛藤はあるじゃないですか。仕事もそうだし、子供もそうだし。そこらへんはお子さん達とは話し合われたりしたんです?

「まあそりゃ『私入れるわな』みたいなことは話しましたね。反対してましたよ、子供は。『お母ちゃんが遠い人になってしまう』みたいな感じで(笑)。まあでも、そういう反応やろなっていうのはわかってましたし、タトゥーを入れても人間ってそんな変わらへんねんでっていうところを見せたいって気持ちもあったんで。

実際に入れ出してからは、息子の方は『あ~あ、取り返しのつけへんことして』みたいな感じでしたね。父親がいないぶん、男としてしっかりしないと、みたいな気持ちがあるんでしょうけど。時々親みたいな感じになるんです。『まあ言い出したら聞かへんしな』みたいに言ってました。娘はある時から『カッコいい』って言い出しましたね。『私も入れたい』って。最初は嫌がってたんですけどね。今は羨ましそうにしてますね」

 

撮影/大島托

 

―いい話ですね(笑)。家族外の反応はどうですか?

「職場には見せてないです。制服があって、ポロシャツの長袖に長ズボンなんで、絶対に見えないようにしてる。見せてもなんちゃないけど、説明するのが面倒臭いんで。まあ全く理解ないですから、普通の人たちなんで。別に知ってくれなくていいわって感じです。

ただ週末のレコード屋は寺内町っていう富田林にある重要伝統的建造物群保存地区内にあって、まあそこらの人は自分らの街に誇りを持ってるような人たちなんですよね。だからなにがしか言われるのかなと思ってたんですけど、意外と受け入れてもらってますね。もともと個性的な人が多いので。言われるとしても『痛かったんちゃう?』くらいのもの。拍子抜けするくらい寛容でしたね。

よく言われるのは風呂屋とかプールですけど、もともとそこに執着もないんで、だからタトゥーを入れたことでのデメリットは今のところ特に感じてないですね」

―実際そんなもんですよね。ところで、さっき縄文時代の話が出ましたけど、自分のルーツを訪ねて縄文時代に関心を持つ人、あるいはその流れで縄文時代のタトゥー文化に興味を抱く人って、決して少なくないと思うんですよ。ただ、そこから「じゃあ全身に縄文タトゥー入れよう」となるかと言えばなかなかなりませんよね。そこにはやっぱり溝がある。クダさんがその溝を踏み越えたのはどうしてだと思います?

「うーん、色々あると思うんですけど…、どこかマイノリティでありたいって気持ちがずっとあったんですよね。私、ずっと身体にコンプレックスがあって、人に自分のことを見られたくないってずっと思ってきて。ただ、齢も重ねて、仕事もそこそこいいポジションについて、ここ数年はなんだか自分で自分がイキってるなって思うところがちょっとあったんですよね。若い頃のマイノリティ感を失ってきてる気がして、マジョリティかお前は、みたいなツッコミが自分に対してあって。この先どう生きてこうかって考えたときに、それなりに仕事で頑張っていいところ目指すみたいなそういうコースもあるかもしれんけど、それは私じゃないな、とも思ったんですよ。周りがどう思うかはわからないけど、やっぱり自分のやりたいことやりたいなって思って」

―平凡な人生は送りたくない、というような?

「平凡…というのともちょっと違うかな。世の中にはマイノリティって呼ばれる存在があるじゃないですか。自分はそこやっていう自覚が強くあるんです。具体的にどうこうというより、マジョリティの人たちから絶対に外れてるっていう意識がずっとある。でも見た目は普通やから、そのマジョリティの人らに変に仲間意識を持たれてしまうところもあって、そういうのも癪だなってのもあって(笑) 」

―分かります(笑)。よくタトゥーに関して、本当に個性があるんだったら見た目なんかにこだわるはずないんだ、みたいな理屈で批判しようとする人いますけど、実は見た目ってすごい大事なんですよね。頭で何を考えているか、口先で何を話しているか以上に、その人がどのようななりをしているかに、その人の思想が体現されているような気がする。特にタトゥーは着脱できないもんですしね。

「そうですね。だから、それで仲間外れにされてもいいやって思って。わかってくれる人がいるんだったらそっちの仲間で生きていけた方が絶対に楽しいですから」

 

撮影/大島托

 

「タトゥーは身体と共にあるから、入れた人の身体とともに消える。生きたアートですよね」

―クダさんは驚異的な速度で全身の作品を完成させたわけですけど、実際に全身に纏ってみてどうですか?

「やっぱ嬉しいですよね。頑張った甲斐があったなあって。すごいきれいじゃないですか。大島さんの仕事は圧倒的だし、これまで自信のなかった体が、すごい好きになりました」

―柄についてはどのように?

「全部お任せです。大島さんの作品になれるならなんでもええやってのもあったし。あと私はアート作品における『所有』って観念があんまり理解できなくて。たとえば今は分割所有なんてことも言うじゃないですか。でも、それってなんなんやろって。まあ私もアートは好きだから作品とかを買うことはあるんですけど、買って家に持ち帰って飾って…。でも自分が死んだらその作品は自分の所有ではないし。持ってるっていうことが一体なんなのかってことがわからないんですよね。お金を出して所有するってって悪いことじゃないけどあんまり純粋じゃないなって思う。でもタトゥーは身体と共にあるから、入れた人の身体とともに消える。生きたアートですよね。そこがすごい面白い。そこに興味があって、そこに飛び込みたい気持ちが生まれたってのもあるんです」

―著作権や所有権という近代的な権利感覚ではタトゥーの存在を捉えることが難しいんですよね。それが彫り師の作品なのか、彫られる人の作品なのか、まさに誰のものなんだって話もありますし。あるいはタトゥーの成り立ちに関してもオリジナル/コピーみたいな概念が当てはまらないところもある。アートにおいてはマーケットの都合もあってか、作品がどうしても作家に帰属していきがちですけど、タトゥーの側からそれを眺めてみると奇妙さを感じなくもない。

「ゴッホの名画が銀行の金庫に眠っているとか意味がわからないですよね。本来、人類で共有するものやと思うし。作品は美しいのにその行為は醜いぞ、と」

―あとポイントとしては、タトゥーはやがて必ず消えていく、というところですよね。

「消滅していく。経年変化とかそういうところも含めて作品が生きているんですよね」

 

 


 

 クダさんはなんだか少し嬉しそうだった。多分、こういう話を思う存分にできる相手が身近にはあまりいないのだろうと思う。入り口こそ異なれど、それぞれが似たようなことを考えながらこの縄文族に辿り着いているということを知り、僕もまた嬉しかった。

 多分、クダさんの会社の同僚は、クダさんの「正体」には気づいていないのだろう。そう思うと、ますます縄文族が秘密結社めいた存在に思えてくる。別にみんなで何かひとつの目的を共有しているわけではない。インタビューを続けていても、それぞれの共通点と同じくらい、相違点もまた浮き彫りになっている。では、一体何が僕たちを縄文族として繋ぎ合わせているのだろう。あるいは、クダさんのいうところの「マイノリティ」という語に、そのヒントが隠されているのかもしれない。

 最後に、クダさんの考える縄文タトゥーの魅力について、聞いた。

 


 

―最後に縄文タトゥーの魅力について今どう思ってますか?

「なんか…すごい嬉しかったんですよね。自分の周りに縄文好きはあまりいなくて、まあ世間的には縄文ブームみたいなのもあったけど、タトゥーっていうところから掘り下げてる人って他にいないじゃないですか。ケロッピーさんと大島さんはそれを本気の遊びとして取り組んでて、それがすごい面白いし嬉しくて。なんかずっと閉塞感を感じていたから勇気をもらったんですよね。

私、15年前くらいからオーガニックの食事をしているんですけど、当時はそういう市場もなかったんですよ。ごく最近じゃないですか、みんなが当たり前にオーガニックって言うようになったのって。私は割と原理主義的な方なので、ストイックな農業で育てられた作物を食べてるんです。変な話、9ヶ月でタトゥーを達成できたのもそこが大きいかなと思う。ここまで体ができてなかったら無理だったと思う。

最近、多くの人が漠然と昔が良かったって言うようになりましたよね。でもその曖昧さが私は嫌なんです。ていうのも石器時代から現代まで人類はずーっと流動的で変化し続けているわけじゃないですか。その昔っていうのが一体どこの昔を指してるのか分からない。一体どこに戻ろうとしているのか分からない。それに戻ろうという時に、これまで時代を作ってきた人たちの作ってきたものを否定するのかと言えば、それは違うと思うんですね。そんなことをずっとぼんやり思ってて、その中で色々と探してて、それに対する回答の一つが、縄文を掘った時に出てくるんじゃないか。そういう気がしてるんです」

 

写真/大森秀明

 


 

 たまにふと思うことがある。

 縄文時代はまだ終わってはいないんじゃないか、と。

 歴史学や考古学は過去を通時的に整理し、ソリッドに区分しようとする。それはおそらく、研究上の必要があってのことなのだろうと思う。だが、実際のところ、歴史をそれほどパキッと区分することはできるのだろうか。たしかに権力のありかは移行したかもしれない。大多数の生活様式は変化したかもしれない。しかし、その変化は決して一律に、また突発的に起こったことではなかったはずだ。この日までが江戸時代で、次の日からは明治時代です、だなんて、それはあまりに権威中心主義的な歴史観というものではないだろうか。

 多分、縄文的なものは、歴史学的な「縄文時代」が終わって以降も、なお遍在していた。それは何も柳田國男が「山人」と呼んだ人々、あるいは縄文要素を色濃くとどめたアイヌ民族や琉球民族に限定した話ではない。この群島に棲まう人々の暮らしのほとり、文化や習俗の周縁、信仰や精神性の片鱗に、濃淡はあれど、縄文のミームはその命脈を保ち続けていたはずだ。弥生時代、飛鳥時代、平安時代、室町時代、江戸時代、あるいは現在に至るまで、縄文は時代の大河の支流として連綿と並走を続けていたはずだ。

 ならば令和の今日、あえて縄文タトゥーを入れることの意義もクリアーになる。つまり、はるか彼方より流れ続けてきた縄文の細流に、ブリコラージュした筏によって再び漕ぎ出していくこと。教科書的に単線化された歴史観に、異形のオーパーツへと生成したこの身体を、楔として打ち込むこと――。

「一体どこに戻ろうとしているのか分からない」

 クダさんは「縄文を掘った」時にその回答が見つかるかもしれないと言っていた。それは何も過去を“掘り起こす”ことばかりを意味するとは限らないだろう。縄文タトゥーとは、今ここにある僕たちの「内なる縄文」を“彫り起こす”試みでもある。僕が縄文タトゥーを「歴史実践」と呼ぶ所以だ。

 

写真/大森秀明

 

(文/辻陽介)

汝はいかにして縄文族になりしや⑥を読む>>

 

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辻陽介 つじ・ようすけ/1983年、東京生まれ。編集者。2011年に性と文化の総合研究ウェブマガジン『VOBO』を開設。2017年からはフリーの編集者、ライターとして活動。現在、『HAGAZINE』の編集人を務める。『BABU伝—北九州の聖なるゴミ』を弊誌にて連載中。

 

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〈INFORMATION〉

新宿ビームスジャパン(4F)にて展示『JOMON TRIBE 2』(大島托 x ケロッピー前田)が開催中

TBS系『クレイジージャーニー』でお馴染みの身体改造ジャーナリスト・ケロッピー前田がタトゥーアーティスト・大島托と太古の謎に挑む!縄文の文様を現代人の身体に実際に彫り込むことで蘇生する「縄文タトゥー」の衝撃再び!日本から発信する新たなカルチャームーブメント、待望の展示会第2弾!

前回の新宿ビームスジャパンでの展示(2020年3月)に引き続き、JOMON TRIBEの服飾シリーズの新作をBEAMSからリリースいたします。

期間:2021年 9月14日(火) – 9月28日(火)

場所:ビームス ジャパン 新宿 4F

住所:東京都新宿区新宿3-32-6

営業:11:00-20:00

地図:https://bit.ly/2RmAmY4

 

〈Movements Oneness Gathering 2021〉にて大島托と縄文族によるトークセッション開催

 

 

2012年に長野県で開催された『ONENESS CAMP 〜縄文と再生』より9年。代官山UNITでの開催を経て、東京都下のパーティ聖地おおばキャンプ村にて、 再び野外の集まりを開催します。 見えないものを想像し、自ら世界を創造すること。 生命を祝福し、再生する力。 変異を続けるウィルスとの戦いは続き混迷する世の中。 大いなるONEENSSと繋がり生きる叡智を感じ取るトライバル・ギャザリング。

10月9日、20時からは縄文族によるトークセッションを開催。出演:大島托(タトゥーアーティスト)、辻陽介(HagaZine編集人)、円香(映像作家・魔女)、J.A.K.A.M.(DJ/プロデューサー)。

日時 : 2021年10月9日(土)〜10(日)
開場 : 11:00, 開始 : 15:00
場所 : おおばキャンプ場(東京都西多摩郡日の出町大久野3741)

HP:https://onenesscamp.org/index_renew_present.html

 

 

〈MULTIVERSE〉

「土へと堕落せよ」 ──育て、殺め、喰らう里山人の甘美なる背徳生活|東千茅との対話

「今、戦略的に“自閉”すること」──水平的な横の関係を確保した上でちょっとだけ垂直的に立つ|精神科医・松本卓也インタビュー

フリーダムか、アナキーか──「潜在的コモンズ」の可能性──アナ・チン『マツタケ』をめぐって|赤嶺淳×辻陽介

「人間の歴史を教えるなら万物の歴史が必要だ」──全人類の起源譚としてのビッグヒストリー|デイヴィッド・クリスチャン × 孫岳 × 辻村伸雄

「Why Brexit?」──ブレグジットは失われた英国カルチャーを蘇生するか|DJ Marbo × 幌村菜生

「あいちトリエンナーレ2019」を記憶すること|参加アーティスト・村山悟郎のの視点

「かつて祖先は、歌い、踊り、叫び、纏い、そして屍肉を食らった」生命と肉食の起源をたどるビッグヒストリー|辻村伸雄インタビュー

「そこに悪意はあるのか?」いまアートに求められる戦略と狡知|小鷹拓郎インタビュー

「暮らしに浸り、暮らしから制作する」嗅覚アートが引き起こす境界革命|オルファクトリーアーティスト・MAKI UEDAインタビュー

「デモクラシーとは土民生活である」──異端のアナキスト・石川三四郎の「土」の思想|森元斎インタビュー

「Floating away」精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulのに西海岸紀行

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

「NYOTAIMORI TOKYOはオーディエンスを生命のスープへと誘う」泥人形、あるいはクリーチャーとしての女体考|ヌケメ×Myu

「1984年、歌舞伎町のディスコを舞台に中高生たちが起こした“幻”のムーブメント」── Back To The 80’s 東亜|中村保夫

「僕たちは多文化主義から多自然主義へと向かわなければならない」奥野克巳に訊く“人類学の静かなる革命”

「私の子だからって私だけが面倒を見る必要ないよね?」 エチオピアの農村を支える基盤的コミュニズムと自治の精神|松村圭一郎インタビュー

「タトゥー文化の復活は、先住民族を分断、支配、一掃しようとしていた植民地支配から、身体を取り戻す手段」タトゥー人類学者ラース・クルタクが語る

「子どもではなく類縁関係をつくろう」サイボーグ、伴侶種、堆肥体、クトゥルー新世|ダナ・ハラウェイが次なる千年紀に向けて語る

「バッドテイスト生存戦略会議」ヌケメ×HOUXO QUE×村山悟郎

「世界ではなぜいま伝統的タトゥーが復興しようとしているのか」台湾、琉球、アイヌの文身をめぐって|大島托×山本芳美

「芦原伸『ラストカムイ』を読んで」──砂澤ビッキと「二つの風」|辻陽介

「死者数ばかりが伝えられるコロナ禍と災害の「数の暴力装置」としての《地獄の門》」現代美術家・馬嘉豪(マ・ジャホウ)に聞く

「21世紀の〈顔貌〉はマトリクスをたゆたう」 ──機械のまなざしと顔の呪術性|山川冬樹 × 村山悟郎

「ある詩人の履歴書」(火舌詩集 Ⅰ 『HARD BOILED MOON』より)|曽根賢

「新町炎上、その後」──沖縄の旧赤線地帯にアートギャラリーをつくった男|津波典泰

「蓮の糸は、此岸と彼岸を結い、新たなる神話を編む」──ハチスノイトが言葉を歌わない理由|桜美林大学ビッグヒストリー講座ゲスト講義

 

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