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藤野眞功 『聞き書き・ごんたくれ』 其の四

インターポールを通じて125カ国に国際特別手配された、最初の〈ザ・ヤクザ〉。小野忠雄が語るゴロマキ人生。

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串刺し

 

 

「(土産物用の海亀の甲羅は)腹側の甲羅がへこまないよう、内部に硬く丸めた新聞紙が詰め込まれていたから、こりゃいいやと。でっかい甲羅を買って、中に新聞で包んだ拳銃5丁と弾を仕込んで、れからまた釣り糸で縫い合わせて、ばっちりだね」

 この密輸のために、長谷川は100万円の現金を渡してきたという。

 それなりの金額ではあるが、受け取って密輸するだけのいわゆる運び屋ではなく、仕入れから日本へ持ち込むまで、ひとりですべての責任を負わねばならない役目への対価としては十分とはいえないかもしれない。

「ただね、おれは普通に、そこらのフィリピン人から拳銃を買ったからね。ブローカーも誰も挟んでないんだから、そりゃ安いよ。1丁、2万円ぐらいだもん。もちろん、町場のフィリピン人たちにとっちゃ、2万っていったらとんでもない大金だけど。それで、5丁で約10万でしょ。海亀の甲羅の方が高かったんだよな。立派な土産にした方が怪しまれないと思って。甲羅がたしか、67万円だった」

 小野は、拳銃入りの甲羅とともに税関を通過して、長谷川を喜ばせた。しかし、巽会の仕事を終えて、マニラへ舞い戻った小野を待っていたのは、冷や汗だった。

 バンビー、デリヤと二重生活を楽しんでいたある日、小野はフィリピン国軍の士官たちに囲まれ、身柄を拘束されてしまうのである。

「誰彼かまわず『拳銃を売ってくれ』なんて声をかけてたら、まあ、噂にもなるか。空軍の情報部を名乗る連中に捕まって、基地に連れていかれて。いきなり取り調べみたいなのが始まったけど。この頃、おれ、英語もタガログ語もぜんぜん分かんないからね、ははっ。だけどこう、なんての、長々と向こうの言うことを聞いていると、どうやら『ハポン、お前は、拳銃を密輸しただろ!』ってさ。脅しているみたいなんだけど、大声でそんなガナッてくるばっかりで、そいつら肝心の証拠をなんにも出してこないの。実際、おれは拳銃を密輸したけど、証拠がないんじゃあ、ねえ。だからノー、ノーって言って、あいつらが出してきた書類にもサインなんかしねえよ。そしたら、牢屋に入れられて。だけどまあ、何日だったかな。数日、そのまま粘ったら解放されたよ。あいつらも、こんなの相手にしても小遣い稼ぎにもならんと思ったんだろうね」

 それから約半年後、小野はふたたび「道具を持ってこい」と命じられた。

 今度は、慎重にやらねばならないと、やり方を変えた。手当たり次第に、町場の連中に声をかけて集めるのではなく、自分と同じような、裏の世界に生きるフィリピン人から、安全に一括購入しようと考えたのである。

 そして、ものの見事に引っ掛けられた。

 取引場所に指定された倉庫で、アタッシェケースに入った5丁の拳銃を確認し、小野は現金を渡した。すこしだけ雑談してから別れ、待たせておいた馴染みの白タクでホテルへ戻る。部屋でケースを開けると、中には新聞紙に包まれた数本のナイフと鉄屑。

 激怒した小野はすぐに工場へ戻ったが、誰もいない。ならばと取引の仲介者になったギャングのメンバーを探した。その男は観光客向けではなく、地元民のための風俗店を持っていた。しかし、何日張っても姿を見せない。そもそもギャングのメンバーを紹介してきたポン引きも街から消えた。小野は帰国便を変更し、なおも探したが見つからない。

 長谷川からは、今回も金を受け取っている。当時の100万は、今なら400万円ほどの価値があった。ほとんど遣ってしまった。手持ちをかき集めて、1丁でも仕入れることを考えたが、無理だった。取引のメドが立ったとき、派手に遊び回ってバンビーやデリヤに恰好をつけたので、もう素寒貧で1丁を買うにも足りなかった。

「まいったなあと思ってたところに、舎弟から国際電話がきたんです。おれは『ちょっとマズいことになってるんだわ』って愚痴って。そうしたら、舎弟の奴も大変だったみたいでね。『自分もです。足洗って、カタギになりたい。早く、兄貴と一緒にマニラで遊びたい』ってね。そんなこと言うから、おれもついつい弱気が出ちゃって。『分かった、分かった。黙って帰国するから、上野でこそっと落ち合おうや』って。頭が鈍ってたのかなあ」

 小野は拳銃の仕入れを諦め、巽会に無断で帰国した。舎弟とは上野駅の公園口近くで待ち合わせたが、すこし早く着いたので、車で仮眠をとった。

 コンコンコン。

「窓を叩く音で起きたら……分かるでしょ。組の奴らが56人。こいつらに囲まれて、列車で新潟の本部へ直行です。あーあ、もう、あーあですよ、指ちぎんなきゃなんねえな、しゃあねえか、とか考えて。まあ、だけどね、ぐずぐず考えても仕方ないんで、途中で寝ちゃいましたけどね。それで小突かれたりして、へへ。

畳敷きの応接間には、10人以上はいたな。いかめしい顔をした長谷川さんが『お前、道具はどこだ?』って口を開いた瞬間、皆に木刀やらバットやらで袋叩きにされて。痛み? いや痛いですよ、そりゃ、ぶっ飛ばされてんだから、痛みはありますけど。やられてるこっちも興奮してるんでね……おれのヤキにかぎらず、ですけど。だいたい、その、リンチで酷いことが起きるには理由があるんですね。連合赤軍とかも一緒だと思うけど、仲間を殺しちゃったりするでしょう。

ああいうのは、お調子者のせいなんですよ。なんでだろうね、お調子者がまぎれこんでいて、肝心なときに、そいつがやらかすんだ」

 このときもそうだった。

 リンチがひと段落、小休止に入ったとき、転がった血まみれの身体を起こして、小野は土下座した。すると、土下座して長谷川に詫びている小野の左手の甲をいきなりドスが貫き、畳にまで突き刺さった。この疵は、今でも彼の左手の甲と掌に残っている。

「アッ、ってだけで、特別な痛みはなかったです。もう、皆にやられて血まみれで、頭もボオーっとしてるし。だから、左手ぶち抜かれても、ズシーンと重たいもんが乗っかってる感覚っていうか。なんでしょうね。不思議というか、驚きましたね。

この場面でドス使うとか、掌を串刺しにするとか、あり得ないわけですよ。ウッて、刺されたおれと、正面で見ていた長谷川さんが同時に太い声を出してね。先っ走りの、お調子者のせいで、皆、ひやひやだったと思いますよ。だってこれ、おれが医者と刑事にチンコロしたら、長谷川さんまでワッパですから」

 出血が止まらないため、監視役の組員たちを引き連れて、町医者へ向かった。

 医者は驚いたが、「転んで、ハサミが刺さっただけだ」と繰り返して、小野はその場をやり過ごした。

「まあ、これでケジメはついたんで、どこかで巻き返さねえとな。普通に考えたら、巻き返すには道具ですよね。ハジキでしくじったんだから、今度はちゃんと持ってこないと。ただ、とにかく左手がうっとおしくて、掌を走ってる骨っていうんですか、手の甲の骨っていうのかな、それがドスでぶった切られちゃったらしくて、ぜんぜん動かなくなっちゃったんだよね。左手の指、中指とか人差し指がなんか固まっちゃって」

 ヤキから2日後、巽会の若頭に呼び出された。

「今度はぜったいに道具を持って来いって。言うのはいいんだけどね、言うのは。しくじったのは、おれだしさ。だけど醒めたね。うーん、醒めた。あれ言われちゃったらさ。だって、『今回は、先出し(先に金を渡す)しない。(拳銃を)持って帰ってきたら、道具の代金だけは払ってやる』ですよ。なにも先出ししなくたっていいけど、ちゃんと持って帰ってきたらさ。顎足(代)ぐらい持つのが、ヤクザじゃないの? こんな馬鹿々々しい話はないでしょ」

 その場では「やります」と答えたが、もう小野は巽会のためにやるつもりはなかった。やるなら、自分のためだ。妻と子供が待つ家に帰ると、彼女に嘘をついた。

「堅気になろうと思ってる。だけど、新潟にいちゃ無理だ」

 半分は本当だが、半分はどうだろう。

「ほとぼりが冷めるまで、おれはマニラに隠れる」

 家族を連れてマニラへ行くこともできたはずだが、小野は妻の玲子を誘いもせず、ひとり息子の竜を押しつけて、フィリピンへ飛んだ。逃げるように日本を出たので、手持ちの金は寂しい。そんなわけで、愛人もデリヤひとりに絞ったそうだ。定宿にしていたベイビューホテルを出て、長期滞在型アパート・コパカバーナの一室で同棲を始めた。

 当初は、すぐにでも拳銃を集めて日本に持ち込み、高値で買うヤクザに売りさばくつもりだったが、日銭のためにポン引きのジョジョと組むと、それが面白くなってしまった。ジョジョは、小野の金回りが渋くなっても離れなかった数少ない現地の友人である。どうして二度目の取引の際も、ジョジョに手配を頼まなかったのか。小野は失敗を悔やんだが、すぐに忘れた。

70年代の中盤といやぁ、売春ツアーですね。百姓、百姓! あいつらはひどいよ。農家は自然と親しんで、なに丁寧に生きてるとか、どうかねえ。いいかげんなもんよ。30人の農協のおっさんを女郎屋に連れて行けば、一晩で10万円のコミッションが入るんだから、ホントちょろかった」

 売春を求める観光客だけでなく、小野のように日本にいられなくなったり、海外で一旗揚げようともくろむ不良やヤクザも、次々とマニラへやってきた。

「そっちの付き合いも自然にね。フィリピンじゃ、日本と違って代紋の力もそんなに効かないから、喧嘩もしやすいし」

 愉快な毎日を過ごすうち、小野はマニラへ遊びにきた資産家の日本人と仲良くなり、一緒にナイトクラブを経営することになった。ここにきてようやく、自分の城と呼べる場所を手に入れた――あとは右から左へ、日本人客を入れるだけ――と同時に、デリヤが身ごもった。小野にとっては母親違いの第二子だ。

 順風満帆と思いきや、またしても突然、小野は拘束されてしまう。

 前回は空軍の情報部を名乗る連中だったが、今度はPC(フィリピン国家警察軍)。自宅からさらわれて、アギナルド基地の雑居房へ放り込まれた。

「ひとつの房に15人ぐらい。それがいくつもあって、若い奴らが100人以上も閉じ込められていましたね。日本人はおれだけで……不思議なことに、若い連中の中に、不良っぽい奴がまったくいないんです。騒ぐ奴も、喧嘩する奴もほとんどいない」

 このとき、アギナルド基地に拘束されていた若者たちはほとんどは大学生で、フィリピンの共産化を目指すNPA(新人民軍)のシンパだった。

「あなたは何をしたのですか?」

 喧嘩の弱そうな学生たちから英語で質問されたが、なぜ自分が逮捕されたのかは、小野にも分からなかった。翌日、デリヤが食事を持って面会にきた。

「デリヤが『また拳銃よ』って言うんです。これ、前に捕まった(証拠不十分で釈放された)密輸のことじゃないですよ。ナイトクラブに来ていた客で、四国のヤクザと大阪の不良がいたんですけどね。こいつら、おれが密輸を成功させたのを知って『協力してもらえませんか』って。ようするに、あいつらは亀の甲羅のことを知らないから。つまり、何に隠して持ち込んだのかってことね。そんなの、おれも絶対言わないしね。

勝手に、自分たちでやればいいって断ったら、あいつらホントに勝手にやろうとして。で、日本に飛ぶ前に、PC(フィリピン国家警察軍)に捕まって。セットアップか何かだったんじゃないの。そうしたら『おれに頼まれた』ってデタラメこきやがってさ」

 小野はそのまま、アギナルド基地で拘束された。約1カ月が過ぎた頃、また唐突に釈放されたが、押収されたパスポートは返ってこなかった。刑務官からは「返してほしいなら、入国管理局へ行って申請しろ」と言われたが、面倒なので行かなかった。

 日常生活に戻ってほどなく、デリヤが娘を産んだ。彼女は、ミッシェルと名付けられた。

 その直後、小野はまた捕まった。今度は入国管理局の捜査官たちだ。

 前回釈放されたとき、パスポートの返却を求めて入管に赴いていたならば、彼らは小野から袖の下を受け取ることができた。それが当時の、そして現在も変わらないフィリピンにおける公務員の流儀だが、小野が取りに来なければ、賄賂を要求することもできない。

 となれば、こちらから出向いて拘束しようということだったのか。

 

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PROFILE

藤野眞功 ふじの・みさを/著書に、ノンフィクション「バタス」(講談社)、長篇小説「憂国始末」(新潮社)、短篇集「アムステルダムの笛吹き」(中央公論新社)など。フリー編集者としても活動し、横田徹「戦場中毒」(文藝春秋)、高橋ユキ「つけびの村」(晶文社)などを手掛ける。【過去の記事】https://fujinoshin.com/