武村政春講義録「ウイルスのビッグヒストリー」──生物の進化史を覆す巨大ウイルスの謎に迫る
本稿は、桜美林大学リベラルアーツ学群「自然理解(ビッグヒストリー)」講座が、2020年11月10日にゲスト講師として武村政春(東京理科大学教授、巨大ウイルス学者)を招きオンライン上で実施した、2020年度 第1回ゲスト講義「巨大ウイルスの謎」を記録したものである。
本稿は、桜美林大学リベラルアーツ学群「自然理解(ビッグヒストリー)」講座が、2020年11月10日にゲスト講師として武村政春(東京理科大学教授、巨大ウイルス学者)を招きオンライン上で実施した、2020年度 第1回ゲスト講義「巨大ウイルスの謎」を記録したものである。なお、同講座の主催者は桜美林大学教授の片山博文が務めている。
(編集:片山博文、辻陽介)
INTRODUCTION
片山博文 この授業「自然理解(ビッグヒストリー)」は、毎年2・3名のゲスト講師の方をお呼びしてお話をお伺いしていますが、今回は第1回目のゲスト講義です。今回の授業では、いま問題の「ウイルス」をビッグヒストリーの視点から取り上げたいと思います。
2020年は、世界中が新型コロナウイルス問題に翻弄された1年でした。HIVやSARSなど、いわゆるエマージング・ウイルスのこれまでの流行に比べ、はるかに規模や影響力の大きなウイルスの拡大を前に、人類はあらためて「ウイルスとは何か」という問いに直面することとなりました。この問題を考える上での一つの鍵となると思われるのが、近年研究が進む「巨大ウイルス」の存在です。
今世紀に入って、これまでのウイルスの枠におさまらない「巨大ウイルス」が発見されることにより、ウイルスが生命の進化の歴史の中で非常に大きな役割を果たしてきたのではないかということが分かってきました。人間を含む真核生物の細胞核や哺乳類の胎盤の形成にウイルスが深くかかわってきた可能性や、「遺伝子の水平移動」という、それまでのダーウィン的な進化とは異なる進化のメカニズムをウイルスが媒介することが明らかになってきたのです。
本講義では、2015年に東アジア初の巨大ウイルスである「トーキョーウイルス」を発見するなど、巨大ウイルス学の最先端で活躍する武村教授をお招きし、「ウイルスのビッグヒストリー」という視点から、生命進化の歴史におけるウイルスの意味についてお話ししていただきます。
見えないものに惹かれる
武村政春 今日はまず巨大ウイルスとは一体なんだろうという話から始め、その後に最近見つかったメドゥーサウイルスというウイルスの話をし、最終的に巨大ウイルスってなんでこの地球上にいるのか、何をしているのか、私たち人間を含めた生物とどういう関わりがあるのか、というようなお話をできればと思っております。
その上で、まず最初に少しだけ自分自身のイントロダクションをさせていただきます。私は三重県の津というところで生まれ育ち、地元の三重大学を卒業、その後、名古屋大学の大学院に行きまして、2006年に東京理科大学にやってきました。現在も東京理科大学に勤務し、巨大ウイルスなどの研究をしております。しかし、昔からウイルスに興味があったわけではありません。もともと僕が好きだったものは妖怪と墓場なんです。というのも、僕が育ったのはこういう環境なんです。
これは僕が小学校1年の時の入学写真なんですが、なぜかバックがお墓です。実はこの写真を撮影したのは僕が生まれた家の裏でして、まあ一面がお墓だったんです。だから子供の頃は近所の子供達とお墓の間を駆けずり回ってよく戦隊ごっこなどをやったものです。そのように育った人間ですので、お墓が怖いといった感覚は全くありません。目に見えないもの、幽霊やお化けなどを信じるかと言われれば、僕も科学者の端くれですから「信じる」なんて言ったらつまはじきにされてしまいそうですけど、そういう目に見えないものにむしろ子供の頃から興味を惹かれていました。水木しげるさんの描く妖怪の世界などにも随分とハマりましたね。
結局、そのまま大人になって、現在は目に見えないウイルスの研究をしているというわけなんですが、実はウイルスと妖怪というのは非常に共通項が多いんです。いずれも、目には見えず、多様であり、私たち人間に何がしかの形で働きかけてくる。とはいえ、これは後付けに過ぎず、最近になって気づいたことだったりもするんですけど、まあそういう感じでウイルスの研究をやっている人間です。
しかし、研究者になった最初からウイルスの研究を行っていたわけではありません。理科大に入ったばかりの頃は生物教育学というのをやっていたんですね。これは何かというと、私がいる大学院が理学研究科の科学教育専攻というところで、ここは生物の先生とか理科の先生とかそういう方を育成する大学院なんです。ですから生物の教材の開発とか、生物のカリキュラムをどう教えたらいいのかとか、そういうことを理科大に着任した当時はやっていました。その後、巨大ウイルスというものの存在に2008年くらいに気づきまして、これは面白いとなって巨大ウイルス学に入っていったのが2013年くらいです。
だから私自身、ウイルスの研究を始めたのはごく最近なんです。そういう意味でウイルス学の専門の方からは、「なんじゃこいつ、後から入ってきて」みたいな感じに思われてしまっているかもしれません。しかし、だからこそ、それまでのウイルス学の専門の皆さんとはちょっと違った視点で、ウイルスについて考えることもあるように思いますから、そういう気持ちで研究を続けています。
今、私の研究室は東京の神楽坂にあります。一体そこで何をやっているのかというと、真核生物の進化と巨大ウイルスとの関係を明らかにするための研究です。私たち人間を含めた、肉眼で見ることのできる生物はほぼ全て真核生物です。つまり、細胞の中に核を持つ生物のことです。私はこの真核生物が一体どのように進化してきたのか、ということに昔から興味ありました。そして、実はその進化のプロセスには巨大ウイルスが関わっているらしいということが分かってきた。これは面白いということで、その関係性を明らかにしようと、今一生懸命に研究しているところです。
巨大ウイルスって、「ウイルス」と名前には付いていますが、実はウイルスよりも微生物の方が近いというくらい、複雑なシステムを持っているんです。実際、現在、世界中で巨大ウイルスの研究をされている方がいらっしゃいますけど、だいたい、ウイルス学プロパーではないんですね。多くが微生物学プロパーで、これまではバクテリアの研究などをなさっていた方が巨大ウイルスを研究しているというケースが非常に多い。つまり、巨大ウイルスというのは一般的に思い浮かべるところのウイルスではないということです。じゃあ一体なんなのか、ということを今日はみなさんと考えていきたいと思っております。
巨大ウイルスとは何か
みなさん、巨大ウイルスという名前を聞いて「巨大なウイルスなんだろうな」と想像していると思います。じゃあどれくらい巨大なのかというと、実はそんなに巨大でもないんです。我々の目にはっきりと見えるような、そんな大きさのウイルスでは全然ない。それまでのウイルスに比べると巨大だという程度なんです。
たとえば、いま流行っているコロナウイルスはだいたい100 nm(ナノメートル)くらいの粒子サイズですね。それに比べると、今ここに出ているミミウイルスは、粒子のサイズが800 nmくらいあります。まあおよそ8倍です。でも1μm(マイクロメートル)はないんですね。1μmとなると、それはもうバクテリアサイズですが、そこまでではない。中にはそれくらいのサイズの巨大ウイルスもいるのですが、マイクロメートルには届かないものが多いんです。
この画像は現在知られている巨大ウイルスの典型的なもの3つをあげてみたものです。一番左からマルセイユ、ミミ、パンドラの3種類になります。
真ん中のミミウイルスというのがいちばん最初に見つかった巨大ウイルスです。粒子の大きさは400 nm、さっき800って言ったじゃんと思うかもしれませんが、ここに毛を足すと800 nmになります。この真ん中に書いてある数字はキロベースペアと読みます。DNAというのは塩基と呼ばれるATGCという4種類の物質なんですね。横に並んだ紐状になった物質です。その塩基の数、正確には塩基対の数ですが、それがいくつあるのかを示す単位がキロベースペアです。1200 kbp(キロベースペア)ということはATGCの文字が120万個並んでいるということを意味しています。これがミミウイルスのDNAの長さです。
120万と聞いてもピンとこないかもしれませんが、たとえば新型コロナは3万塩基対くらいです。それの40倍長いわけです。コロナはRNAウイルスの中では塩基対が非常に長い方です。ちなみに私たち人間は32億塩基対と言われています。当然、人間に比べると短いわけですが、ウイルスの中ではかなり長い。100万を超える塩基対を持つウイルスというのはミミウイルスが初めてでした。
で、次に見つかったこのパンドラウイルス、これはミミウイルスよりもっと大きかった。それこそ1μmくらいある数少ないウイルスの一つです。塩基対は250万ということで、現在発見されている中でもっとも長いゲノムを持っているウイルスです。いちばん左のマルセイユウイルス、これは巨大ウイルスの中ではいちばん小さなウイルスと言われていて、200 nmの粒子サイズで、30万塩基対となります。
現在、この200 nmが巨大ウイルスの一つの境界とされています。これまでのウイルスというのは基本的に200 nmよりも小さかったんですね。つまり、200 nmよりも大きければ巨大ウイルスとみなされるということです。これがどういう基準なのかと言いますと、生物の中で最も小さいものが200 nmと言われているんです。だからそこを基準にして、それより大きいものを巨大ウイルスと呼んでいるわけです。そういうコンセンサスが研究者の間でできている。ただ、これは公式に決めたことでなく、だいたい、みんなそこを目安にしているということです。
ちなみにパンドラウイルスの名前になっている「パンドラ」という言葉、この言葉についてはみなさんご存知だと思いますけど、ギリシャ神話のパンドラの箱のエピソードから来ています。パンドラとは人間界における最初の女性の名前で、神話ではなぜかゼウスはこのパンドラを神様の一人に嫁がせるわけです。その時に「これは絶対開けちゃダメだ」という箱をパンドラに渡した。だったら渡すなよっていう話なんですが、まあそんなこと言われたら開けたくなるってものなわけで、パンドラはその箱を開けちゃうんです。そしたら中から嫉妬だとか憎悪だとか恐怖だとか、そういう悪いものが溢れ出てきた。こうして人間世界には「悪」が生まれたという、そういう身もふたもない話です。それ以降、開けてはいけないものを開けてしまったということを意味することわざとして、「パンドラの箱を開ける」という言い回しができているわけです。
このパンドラウイルスを最初に見つけた研究者はそのあまりの大きさに、それがウイルスなのか細胞なのかわからなかったんですね。なんか変な生命体を見つけてしまったということで、最初は「new life form」と呼んでいました。「新しい生命の形」という意味です。しかし、のちにウイルスだということがわかり、これはパンドラの箱を開けるようなすごいものを見つけてしまったなということで、パンドラウイルスと名付けられました。そんな感じで、ウイルスの研究をやっていますと、新しく変なウイルスを見つけたら自分で勝手に名前をつけられるという楽しい特典があるんです。だからみなさんもぜひ、ウイルスの研究に入ってきて、新しい名前のウイルスを見つけてください(笑)。
ウイルスの大多数は病をもたらさない
さて、おそらくみなさんは今、「巨大ウイルスは人には感染するのか」ということが気になっているんではないでしょうか。たとえば新型コロナウイルスは私たちに感染しますね。でももともと彼らの宿主は、コウモリとかセンザンコウとか森の奥深くに住んでいた動物たちでした。私たちがよくウイルス騒動において「新種ウイルスだ」と騒いでいるのは、もともと人を宿主とするものではなくて、野生動物を宿主とし、そこにおいてはずっと共生されてきたウイルスなんです。それが、なんかのきっかけで私たちとコンタクトをとって私たちに感染したら、たまたま病気になってしまった。インフルエンザもそうだし、エイズもそうだし、ノロウイルスもおそらくそうでしょう。新型コロナウイルスもまさにそうだったわけです。
今お話ししたようなウイルスは、お見せしているピラミッド図式の頂点にある「ヒト病原性ウイルス」に該当します。これは何を表す三角かと言いますと、私たちに病をもたらすウイルスが、ウイルス界においてはほんの氷山の一角に過ぎないということを表す三角です。私たちが知っているのは海の上から飛び出ているわずかな部分であり、それがヒト病原性ウイルス、あるいは家畜とか家禽に病気をもたらすウイルスなんです。
ウイルスにはもともと毒という意味がありますが、私たちに病気をもたらさなければ、そもそも見つからなかったものです。でも20世紀の後半くらいから、そういうのとは関係ない、私たち人間にもその他の大型生物にも病気を起こさない、いわゆる「環境ウイルス」と私たちが呼んでいるようなウイルスが、実はものすごくたくさんいることがわかってきました。それまで私たちが研究してきたウイルスというのは本当に氷山の一角に過ぎなかったことが判明したんです。
この「環境ウイルス」の中には昆虫に感染するものもいれば、植物に感染するもの、原生生物に感染するものもいます。あるいはバクテリアやアーキアに感染するウイルスもいます。今日のテーマでもある巨大ウイルスはと言うと、原生生物に感染するウイルスがほとんどです。原生生物というと、一番有名なのはアメーバとかゾウリムシとかラッパ虫とかそういうものです。そういう原生生物というのは私たち以上にたくさんいて、この地球上に最も多く存在する真核生物は原生生物でもあります。そういうものに感染するのが巨大ウイルスであり、だから宿主は山ほどいて、そこに感染する巨大ウイルスも山ほどいる。ここでは巨大ウイルスというのは原生生物を宿主とするウイルスとして見つかってきたものだということを、まず覚えておいてください。
ちなみに、私たち人間には今のところ巨大ウイルスは感染しないようです。だから私たちは安心していられるわけですが、本当に人間に感染しないかどうかは、そこに関して詳しい研究をしている人があまりいないのでよくわかってないところでもある。とりあえず研究者が研究で扱っていて今のところ感染はしてないので多分大丈夫です(笑)。
ウイルスなのに免疫を持つミミウイルス
今までに知られている巨大ウイルスを集めてみますと、これらは全てNCLDVというものに分類されます。日本語では巨大核質DNAウイルスと言いまして、ややニュアンスが難しいんですけど、核でも細胞質でもとにかく複製する大きなウイルスということですね。主にアカントアメーバに感染します。みなさんアカントアメーバという名前を聞いたことがないかもしれませんが、このアカントアメーバは身近にたくさんいます。一番たくさんいるのは田んぼの水です。本当にすごくたくさんいるので、あまり田んぼの水では顔を洗ったりしない方がいい。たとえばみなさんの中にコンタクトレンズをしている人もいると思いますが、アカントアメーバがコンタクトレンズの洗浄剤の中に入ってきちゃったりすると、角膜炎の原因になります。アカントアメーバ角膜炎というのがあって、病原性微生物の指定を受けているものです。
さらにアカントアメーバが脳に入るとアカントアメーバ脳症という脳の病気の原因になることも知られています。脳食いアメーバってみなさん知りませんかね。ネグレリアフォーレリっていう非常に怖いアメーバがいて、アメリカではプールで普通に泳いでいただけの子供がそれにかかって死亡したりしています。すごく怖いアメーバです。まあ、稀にではありますが、アカントアメーバは脳に入り込むこともあるので気をつけてください。たくさんいるんだけどちょっと怖いアメーバがアカントアメーバで、それに感染するウイルスが巨大ウイルスというわけです。
なんでそんなものに感染するのかというと、ここには単純な理由があって、アカントアメーバってこれまでにすごく研究されてきているんです。実験室での培養方法も確立されていて、培養がしやすい。培養がしやすい細胞を宿主とするウイルスというのはすごく見つけやすいんですよ。ですので、巨大ウイルス一般がアカントアメーバを好んでいるというより、アカントアメーバに感染する巨大ウイルスがこれまでに多く見つかってきているのかなと思います。
では、これまで巨大ウイルスはどういう風に発見されてきたのか。その歴史を紐解きますと、一番最初に発見されたのが2003年で、これがミミウイルスでした。その5年後にミミウイルスに感染するウイルスという、わけのわからないウイルスが見つかりました。バクテリアに感染するウイルスをバクテリオファージと言いますが、ウイルスに感染するウイルスはヴァイロファージと呼ばれます。このヴァイロファージの存在がミミウイルスの複雑性を間接的に表しているとも言えます。
2020年のノーベル化学賞はゲノム編集という技術を開発した人が受賞しましたけど、ゲノム編集というのは実はバクテリアが持っているバクテリオファージに対する生体防御システムを利用した技術なんです。実はそれと同じシステムがミミウイルスにもあって、つまりはミミウイルスはウイルスでありながらバクテリアと同様の免疫システムを持っている。誰に対する免疫かというとヴァイロファージです。ウイルスは生きていないとか物質だとか言われてきたんですけど、ヴァイロファージの発見によってミミウイルスは生物と言っていいくらい複雑な仕組みを持っていることがわかった。
その後、2009年には巨大ウイルス界では一番小さなマルセイユウイルスが発見され、2011年にミミより少し大きいメガウイルスが見つかり、2013年にパンドラウイルス、2014年にピソウイルス、2016年にMIMIVIREが発見されます。2018年にはテュパンウイルス、そして2019年にはメドゥーサウイルスが発見されている。このように、まだまだ巨大ウイルスについては研究自体の歴史がとても浅いんです。
巨大ウイルスの面白さ
ここで、巨大ウイルスの複雑さを7つほどにまとめてみました。この7つの点とその面白さから巨大ウイルスは注目されていると言っていいと思います。
①サイズの大きさ:まず巨大ウイルスはサイズが大きい。粒子も大きいし、DNAも長い。
②タンパク質:2つめはタンパク質で、ミミウイルスは自身でタンパク質をたくさん持っているんです。ウイルスというのは宿主に感染しないと増えないので生物じゃないと言われているわけですが、逆に言いますと、宿主のタンパク質を使えばいいので身軽であるとも言える。私たちはよくウイルスのことをミニマリストだと言ったりしますが、実際、ウイルスは究極のミニマリストで、本当に必要なものしか持っていない。ところがミミウイルスは「こんなの必要ないじゃん」というものも持っているんです。
③翻訳用遺伝子:ここでいう翻訳というのはタンパク質を作ることですが、ウイルスは本来、自分でタンパク質を作れないんです。だからこそ、細胞に感染して細胞のメカニズムを横取りしてそれを行うのですが、ミミウイルスは、その翻訳のための遺伝子を自身のうちに持っているんです。なぜ持っているのかは未だに謎です。
④モビローム:これは動く遺伝子因子を指す言葉です。ちょっとこの辺になると分子生物学の難しい話になってきますのでここでは詳しくは触れませんが、これもミミウイルスの複雑性を示すものだと言われています。
⑤単系統性:生物というのは遡ると共通祖先がおります。あなたも犬もバクテリアも遡っていくとある一つの共通の祖先にたどり着くんです。その共通祖先から多様化してこれだけたくさんの生物ができていて、それが単系統性であるということなんですが、一方、ウイルスというのは共通の祖先がいないんですね。たとえばヘルペスウイルス、これはDNAウイルスですから、今から4億年前くらいに誕生したと言われています。人類が生まれるはるか前です。哺乳類よりも前です。それに対して、新型コロナウイルスの祖先はせいぜい何万年か前なんです。つまり、起源がそれぞれ別ということです。天然痘ウイルスも全く違う。ウイルスというのは出自が全く異なっていて、共通祖先がいないと言われていて、だから生物ではないと言われている。ところが、この巨大ウイルスというのはモノフィリー、単系統で、それらには共通祖先がいるんですよ。生物と同じように共通祖先から多様化して今の形になっている。その共通祖先はどこにいるのかというと、私たち生物の中にいたんじゃないかと言われています。このことからウイルスの中でも巨大ウイルスというのは、私たち生物と非常に近い、ひょっとしたら兄弟的存在なのではないかとも考えられていて、そういう面白さがあるんですね。
⑥古い起源:⑤とも関連していますが、巨大ウイルスはその起源が古いんです。ヘルペスが4億年前だとしたら、こちらは20億年前です。20億年前と言ったら、私たち真核生物ができた頃ですね。巨大ウイルスは私たち真核生物と同じくらい古いと言われています。
⑦宿主ウイルスの広さ:巨大ウイルスは宿主の範囲が広いんです。ミミウイルスはおそらくアカントアメーバにしか感染しませんけれど、同じグループのミミウイルス科の中では非常に色々な生物に感染するものがいるんですね。この宿主範囲の広さも特徴的です。
ではここからはそれぞれの巨大ウイルス、主にミミウイルスとメドゥーサウイルスについて見ていきましょう。
ウイルスは自ら食べられることで感染する
まず、ミミウイルスの話をします。これまでの研究でミミウイルスは海洋に多くいることがわかっているので、世界中をサーキュレートしていることはおそらく間違いありません。見つけようと思えばどっからでも見つけられます。日本でも多くのミミウイルスを見つけました。
だいたいどんなところにいるかもわかってきて、主には汚いところですね。清流とかにはあまりいない。アカントアメーバが生息するような環境じゃないといない。特に多いのは汽水域、海水と淡水が混ざり合うところは栄養が多いので、やはり多くいます。あとはオイスターとか、あさりとか、そういう二枚貝からもよく取れます。というのも、二枚貝は海水を体内で循環させているわけですけど、巨大ウイルスは巨大なため体内に溜まっていきやすいんです。特に天然の牡蠣というのは、ミミウイルスのホットスポットと言われていまして、私たちは築地場外市場から買った牡蠣からミミウイルスを発見したこともあります。だからみなさん。天然の牡蠣を食べたらミミウイルスも食べているということです。ノロウイルスは困りますけど、ミミウイルスは大丈夫。私たちはそれを消化しますので。安心してください。
ミミウイルスというのは、さっき申し上げたように一番初めに見つかった巨大ウイルスです。こういう形をしていまして、普通の正二十面体の隠し戸と、その中に脂質二重膜があり、中にはコアと呼ばれるDNAが入っている場所があります。その表面に表面繊維と呼ばれる毛のようなものが生えています。毛といっても私たちの髪の毛とは違って、ケラチンではなく、また違う別のタンパク質でできていると言われています。で、毛の部分を含めると750〜800 nmあると言われています。これはゆうに光学顕微鏡で見える大きさです。
ですからミミウイルスは最初、光学顕微鏡で発見されたんです。アメーバの中に変なつぶつぶがいるぞ、と。バクテリアに染まるグラム染色という方法で染めてみたところ染まりまして、これはグラム染色陽性細菌だなと当初はそれで済まされていた。結局、これが実はウイルスだとわかるまでには10年以上かかりました。だから元々は光学顕微鏡で発見されたつぶつぶであり、バクテリアに非常に似ていたところからミミック(mimic=模倣)のミミをとってミミウイルスと名付けられたんです。
ミミウイルスの面白い点はスターゲート構造という構造を持っているところで、違う方向から見ると星のように見えるんですね。様々な電子顕微鏡で確認すると五角形のヒトデ型に見えます。京都の大文字焼きのようです。この五角形の部分は正二十面体構造をしていますので、頂点が20個あります。その1点に集中する5つの面がワッて開くわけです。三角形の5つのプレートが開くような形です。開いたところにはコアが入っています。コアのDNAをアカントアメーバの細胞内に放出するのにこのプレート構造を開くんですね。中を放出したら殻の部分はいらないので、アカントアメーバの消化の作用によって消化されてしまいます。
アメーバはファゴサイトーシス(食作用)と呼ばれる方法でミミウイルスを食べます。実はミミウイルスの感染の最初は食べられるところから始まるんですね。みなさん、ウイルスの感染は食べられるところから始まるとはあまり思っていないですよね。たとえばインフルエンザでもコロナでもいいんだけど、皆さんの体の細胞にウイルスが入り込むというのは、見方を変えれば、細胞がウイルスを食べているということなんですよ。私たちの細胞って、表皮に何かがくっつくと、それを異物だと思って処理しようと思って飲み込んで食べようとするんです。で、中に引きずり込んで、消化して分解する。その仕組みを利用してウイルスは自分から食べられにいっているんです。自分から食べられに行くんだけど、でも外側の殻だけを食べさせて内側の遺伝子を放出する。そうしたらウイルスの勝ち。その後、ウイルスは細胞の中で増殖して、逆に細胞を食べてしまう。体内から宿主の体を食べ尽くす虫っているじゃないですか。そんな感じです。
ミミウイルスもアメーバに食べられる。するとまずファボソームという膜に閉じ込められる。まあ胃袋のようなものです。このままだと消化されちゃうので消化される前に、先ほどのスターゲートを開いて中のDNAを出すわけです。で、このDNAは細胞質の中で複製し、でかいウイルス工場というのを作る。そこで、たくさんのウイルスが作られる。そして、最後に表面繊維が作られて、アメーバの外に出て行く。細胞がパンパンになるくらいまで増えた後、一気に放出されます。
温泉に住むメドゥーサウイルス
続きまして、メドゥーサウイルスの話をしましょう。アカントアメーバ・カステラーニ・メドゥーサウイルス。これはメドゥーサウイルスの正式名称で、このメドゥーサウイルスとは実は私が発見したウイルスなんです。名前の由来となったメドゥーサはパンドラ同様にギリシャ神話に登場する人物で、ペルセウスに殺され首だけになって怪物退治に遣わされる存在です。
もともとはある温泉の、ちょうど源泉がバーっと出てきていて、お湯の岩の間に溜まっている泥とか枯葉とかがたくさんある部分、そこから分離しただいたい43.3度くらいの我々からすると熱い熱湯から、メドゥーサウイルスは採取されました。ああいう熱いお湯から取れたウイルスは初めてじゃないかなと思います。
なんでメドゥーサかと言いますと、メドゥーサに感染するとアメーバが丸くなって浮き上がってくるんです。さらに放っておくとシストと呼ばれる状態になります。シストというのは休眠状態になったいわゆる胞子のような状態で、非常に堅い殻に包まれたどんな激変にも耐えられる状態になることをシスト化と言います。このウイルス感染によってアメーバがシスト化するという現象が、メドゥーサが見た人間を石化するという話に重なることからメドゥーサウイルスと名付けました。このネーミングが非常に良かったらしく、海外のメディアではメドゥーサウイルスは大きく取り上げられましたね。日本のメディアは何も言ってくれませんけども(笑)。
彼らもミミウイルス同様にアカントアメーバの細胞の中で増えるんですが、面白いことにカプシド(ウイルスのゲノムを取り囲むたんぱく質の殻)が作られる場所とDNAが複製される場所が違うんです。まずメドゥーサウイルスは細胞質の中で増えます。よく見ていただくと、まだ中は何もない空の粒子なんです。DNAは細胞核の中で増えているんです。この細胞核の中で増えたDNAが外に出て、たくさん作られた空のウイルス粒子の中に入り込んで、成熟して外に出ていく。ただ、今のところ細胞核の中で増えたDNAがどうやってカプシドの中に入っていくのかということはよくわかっていません。研究中です。
これはメドゥーサウイルスの38万基のDNAを扇型に広げた図になります。どこにどういう遺伝子があるのかというのをバーコード状に表しています。例えば赤い遺伝子が何を表しているかというと、他のウイルスの遺伝子とよく似ているところを表しています。一方、青いところは宿主であるアカントアメーバに似ている遺伝子を、緑はバクテリア、紫はアーキア、薄い水色は他の種を表しています。それらと似ている遺伝子がどういう風に散らばっているかを表すリゾーム図です。
ここにORFansと書いていますが、これはそれまで調べてきたDNAの中にそれに似たものがないものを(英語のorphans=親のいない孤児たちにかけて)こういう風に呼んでいます。つまり、メドゥーサウイルスの全遺伝子の60%はよくわからない初めて見るような遺伝子なんです。これから解析していかないといけない。他のウイルスと似ているのは10%しかない、非常に少ないんです。
ただ、それにも関わらず、宿主のアカントアメーバに似ている遺伝子は19%、これは巨大ウイルスの中ではもっとも大きい値です。つまり、これまでのウイルスで、アカントアメーバに感染するウイルスでこんなに宿主に似ているのはいないんです。ミミウイルスは4%くらいしか似ていません。それに比べるとこんなに似ているというのは何を意味しているかというと、このウイルスがアカントアメーバに感染することでこれまで進化し続けてきたということを表しています。
ウイルスは遺伝子の運び屋
さて、ここがこの授業のテーマである「ビッグヒストリー」に、巨大ウイルスの研究が関わるかもしれないと思うところです。
それはつまり、進化についてです。今お話ししたようにメドゥーサウイルスの進化のありようは、何十億年にもわたる進化の歴史の中で遺伝子というのはお互いに行き来してきた、つまり宿主と自分たちウイルスの間を行ったり来たりしてきた、あるいは行っただけかもしれないし来ただけかもしれないけれど、いずれにせよお互いにやり取りし合ってきたことの証拠だと言われているんです。これを遺伝子の水平移動と呼びます。
みなさんの遺伝子というのは親から受け継いできていますよね。親から子へ伝わっていくことを遺伝子の垂直移動と呼びます。同じ種の中で親から子、子から孫へと伝わっていくのが垂直移動。一方の水平移動というのは親子関係ではなく、まったく違う生物から違う生物へと横に遺伝子が移動することを言います。でも、生殖以外で遺伝子が横に伝わるということはあんまりイメージしやすいものではないですよね。考えられるとしたら、生物と生物の間を行き来するなにがしかの存在があって、それが遺伝子を移動させる媒介となっている、という可能性くらいでしょう。みなさんもお気付きのように、それがウイルスなんです。
現在言われているのは、ウイルスというのは生物から生物へと遺伝子を受け渡していく役割を何十億年もの歴史の中で担ってきたんじゃないか、ということです。つまり生物の進化の歴史にはウイルスの存在がすごく関わっている。特にメドゥーサウイルスはアカントアメーバと塩基配列が19%も一緒であって、これは驚くべき数字なんです。さっきも言ったようにアカントアメーバが実験室で培養しやすいから、アカントアメーバを宿主とする巨大ウイルスばかりがこれまで見つかってきたという経緯があるわけですが、実際に自然界でアカントアメーバに巨大ウイルスが感染しているという証拠は実はほとんどないんです。自然宿主といいますが、実験室宿主と自然宿主は、同じ場合もあるにせよ、違うものなんですよね。しかし、メドゥーサはそれが同じだということが示された初めてのケースだと言われています。自然宿主だからこそ、これだけの遺伝子がアメーバに似ているわけです。実験室宿主だったら、私が発見してアメーバに感染させたのが2年前ですから、こんなに似るはずがない。遺伝子の水平移動というのは進化史的な流れでゆっくりと起こるものですから。
ある遺伝子がもたらされた場合、私がそこで死ねばそれで終わっちゃいます。ようは生殖細胞にその遺伝子が入り込まないと受け継がれないわけです。生物には生殖細胞というものが体の中にあります。私たちの体の細胞は生殖細胞を守るためにある細胞です。普通のウイルスというのは、体の細胞に感染しても生殖細胞には感染しないんだけど、たまに内在化と言って、体細胞に感染したウイルスでそこにもたらされた遺伝子が、なぜかはわからないけど生殖細胞にいくことがあるんです。その「たまに」が、何回も何回も積み重なって、私たち人間ができたと言われています。というのは、私たちのゲノムの10%くらいはそういう遺伝子、もともとウイルスの遺伝子だった遺伝子なんです。そういうことが実験室レベルで起きることはまずない。だから、この19%という数字はメドゥーサとアメーバの長きに渡って繰り返され続けた水平移動の証拠なんです。
もちろん、メドゥーサだけではなく、ウイルスというのは私たちの生物の進化に実は深く関わっていた。たださっきも言ったように、メドゥーサの遺伝子がアカントアメーバに与えられたのか、アカントアメーバの遺伝子がメドゥーサに与えられたのかはより詳しく解析してみないとわかりません。
ヒトDNAの総延長は太陽系の円周を超える
ここでもう一つ面白いのは、ヒストンと呼ばれるタンパク質の遺伝子をメドゥーサが持っていることです。このヒストンというのが何かと言いますと、真核生物の私たちのDNAを巻きつけているタンパク質で、DNAをコンパクトに収納する働きを持っているんです。みなさんの一個のDNAを引き延ばすと、約2mあります。それが小分けにされて、みなさんの一個一個の細胞の核の中にあるんです。みなさんの細胞は37兆個と言われますが、その一つ一つに2mが詰まっている。もし全ての細胞のDNAを一本に繋げたらどれくらいになると思いますか。2mが37兆個、これは太陽系をゆうに一周します。みなさんの一人の体の中にあるDNAの長さの総延長が、です。それをまとめているのがヒストンなんです。だからすごく大切な存在で、遺伝子の働きの調節をしています。
ヒストンがコンパクトに巻き付けられていると遺伝子が発現しないんです。発現するためにはヒストンの形がちょっと変化して、遺伝子が緩むと、そこの遺伝子が発現してタンパク質ができる。だから、私たち真核生物にはなくてはならないものなんです。これをメドゥーサが持っているというのはどういうことなのか。しかもフルセットで、です。私たち真核生物のヒストンには5種類あって、そのうち4種類が、DNAの巻き付けに使われています。残りの1種は巻き付いたこの状態の複合体をさらに縮めるために使われています。それをフルセットでメドゥーサが持っている。現在、うちの研究室ではメドゥーサが持っているヒストンの研究をしています。
おそらく、これはメドゥーサの遺伝子が核の中で複製していく仕組みとなんらかの関係があるんじゃないかと思われます。つまり、細胞核の中には宿主のアメーバのヒストンがたくさんあります。その中に入り込んで複製するには、おそらく宿主のDNAと別の仕組みで使い分けをしないといけない。その際に彼らは自身のヒストンを使っているんではないか。そういうことを考えています。
細胞核ウイルス起源説の提唱
さらにウイルスの存在は、細胞核の成り立ちに関係があるかもしれないとも考えています。実は細胞核がどのようにしてできたかについては未だほとんど分かっていないんです。いくつかの仮説はあります。たとえば真核生物の細胞核がどのようにできたかについて一番有名な説は、シントロフィック仮説と呼ばれるものです。複数の性質が違う細胞が集まり、お互いに栄養的な共生関係にある場合、ある生物が繁殖したものを別の生物が利用して、別の生物が輩出したものを元の生物が利用する、こうしたお互いに利用し合う関係ができた時に細胞核ができたのではないか。これが今のところ最も有力な仮説です。
ただ、この仮説だといくつかの細胞核の仕組みが説明できないのではないかと私は思っていて、たとえば細胞核は普通、分裂の時に消え失せます。そして分裂したあと、また元に戻るんですが、あの仕組みというのは、おそらくウイルスに関係するのではないかと私は思っているんです。ウイルスに感染するというのは一時的なものです。この一時的というのはがどういうことかというと、おそらくウイルスの工場なりが消失すると、そのメカニズムがあった時に、それがおそらく宿主のゲノムを包み込む核へと進化したのかなと思っていたりします。
生命とは何か、ウイルスが生命にどのように関わってきたのか。今お話しした細胞核の成り立ちにウイルスが関わっているのではないかというのを「細胞核ウイルス起源説」と言います。「細胞核ウイルス起源説」の論文を私が2001年に出した時、その数ヶ月後に、オーストラリアのベルという人が同じようなことを論文に発表し、彼が「viral eukaryogenesis」(細胞核ウイルス起源)という言葉を使って、語呂が良かったため、はやるようになってきました。(※)
※:Takemura, M. (May 2001) “Poxviruses and the Origin of the Eukaryotic Nucleus.” Journal of Molecular Evolution 52 (5), 419–425; Livingstone Bell, P. J. (September 2001) “Viral Eukaryogenesis: Was the Ancestor of the Nucleus a Complex DNA Virus?.” Journal of Molecular Evolution 53 (3), 251–256.
この時は2001年で、それは巨大ウイルスが見つかる前でした。当時、一番巨大だったのはポックスウイルス、つまり天然痘でした。ポックスウイルスの仕組みに細胞核の一部の仕組みが似ていることから、その起源はポックスウイルスにあったんじゃないかと私は当時は思ったんです。同じような仮説をベルさんも作っていて、ベルさんも細胞核とポックスウイルスの共通性というものにターゲットをしぼって考察して、同じような仮説の論文を出していました。
その後、2003年に巨大ウイルスが見つかってどうもウイルス工場というものを作るらしいということがわかった。パトリック・フォルテルというフランスのえらい科学者が我々の仮説を引用しながら、「ウイルス工場が核になったと考えられる。逆に核がウイルス工場になった可能性もあるけど、いずれにせよ、巨大工場と細胞核には共通性があるから進化的な繋がりがあるに違いない」ということを書いたんです。そのおかげで私とベルの論文も引用されるようになってきた。
当時はウイルス工場なんて頭になく、ウイルスがそのまま核になったという非常に乱暴な仮説だったから、あまり注目もされなかったんだけど、巨大ウイルスが見つかってフォルテルさんたちがそのように取り上げてくれたおかげで、かなり論争的ではあるけれども、面白い仮説かもしれないと考えられるようになってきています。栄養共生説を支持する学者たちからは、それは単にアナロジーでしょ、収斂進化のようなもので、たまたま同じようなものを持っただけでしょ、だってウイルスはもともと細胞から飛び出したものだもんね、という批判にさらされています。しかし、アーキアやバクテリアが持っている現象から過去に起こったことを推察するのだって、収斂進化ではない保証はどこにあるのか、と同じような反駁ができます。とにかくそんな具合で巨大な壁をつきやぶろうとしているところなんです。
その後、細胞核の機能に進化したのではないかと思しきウイルスがいくつか見つかっています。巨大ウイルスの祖先が真核生物の核を作ったとするならば、どういう遺伝子が関わったのか。たとえばミミウイルスが持っているNuclear pore proteinと非常に似たものが細胞核にはあります。またメドゥーサウイルスには、まさにその核に関わる機能のものを持つものがあって、たとえばRanという遺伝子、これは核膜孔における細胞と核内の間の物質輸送に関わると言われている遺伝子です。それからDNA polymerase deltaと呼ばれるタンパク質、これはDNAを複製する酵素です。メドゥーサが持っているDNA polymeraseは真核生物が持っているDNA polymeraseと非常に似ていることがわかっています。
ただ、今のところ「似ている」としか言えないんですね。実際にこれらの遺伝子が核と同じ機能を持っているかはわからない。けれど分子系統解析をしてみるとよく似ているということがわかる。だからあくまでも状況証拠でしかないんですけど、今のところ多くの巨大ウイルスの中に核膜の構造や機能に関わる多くの遺伝子が散らばって存在しているということまでは分かっていて、それらの存在が彼らの共通祖先が細胞核の成立に関わっていた可能性を示唆しているという風に我々は思っているわけです。
だから、仮説としては巨大ウイルスの共通祖先が私たちの細胞にウイルス工場をもたらして、そのウイルス工場を使うメドゥーサウイルスになった、ミミウイルスになったというような形で進化してきた、と考えられる。これは作業仮説ですね。これをきちんと言うためには、メドゥーサウイルスの祖先が、宿主ゲノムと同じ場所で複製するウイルス工場を形成していたということが、重要なポイントになってきます。つまり現在、メドゥーサウイルスというのは細胞核の中で複製していると言われていますが、もともとは、それは細胞核ではなくてウイルス工場だったのではないか。そのウイルス工場が細胞核になったのが私たちの細胞なのではないか。ウイルス工場が何らかの原因で膜に包まれ、細胞核へと進化したのではないか。このように考えているわけです。
ただ、これをいうためにはいくつかのことを研究しなくてはならなくて、たとえばメドゥーサウイルスゲノムとアメーバゲノムは細胞核の中でどのように共存しているのかを調べていかないといけない。そのためにはメドゥーサウイルスのヒストンが感染したアメーバのどこにいるのかということをおそらく突き止めなければならないし、ゲノムがどこに局在しているのかも突き止めなければなりません。宿主のゲノムと寄り添うように隣にいるのかとかそう言ったことも明らかにしていかなければなりません。これは今後の課題です。
こうした研究は行われている実験そのものは小さなものなんですけど、その目的はビッグヒストリーに関わるような射程の大きなものなんです。大きなシステムの成り立ちというのをなかなか一つの事象に還元することはできないんだけど、還元されるかもしれないような化学反応に証拠を求めていくということは非常に大事なことです。この地球規模の、あるいは進化史的なレベルのことを今後どれくらい追求できるのか。頑張ります。
メドゥーサウイルスのウイルス工場が細胞核になった?
ということで、つい最近、2001年の論文を改稿しまして新しい仮説を立てたので最後にそれだけ紹介して終わりにします。
メドゥーサウイルス、2001年の論文においてはこれがポックスウイルスだったわけですが、メドゥーサウイルスという非常に面白い例が出てきたので、そこをベースに2001年の仮説をあらためて考えてみたわけです。メドゥーサウイルスには実は、他のウイルスにあるにもかかわらずないものがあるんです。たとえばRNAを転写する酵素、DNAの絡まりを防ぐ酵素、mRNAの成熟に関わる酵素などがメドゥーサウイルスにはない。共通祖先にはあったんだろうけど、今はない。おそらくどこかでロス(喪失)したんですね。じゃあ何でロスしたのかというと必要なかったからロスしたのであって、なんで必要なかったかというと核で複製したからなんですね。つまり、核の中に十分あるわけです、宿主のものが。だからメドゥーサウイルスが独自で持つ必要がなくなりロスした。
その代わりゲインしたもの、つまり獲得したものもある。それがDNA polymeraseであったりヒストンであったりRanであったりといったものです。これらが必要なのはやはりDNAに寄り添って複製するものだから、自分たちもポリメラーゼを持ってなきゃいけなくなったり、リボソームを外側に排除する必要があったりしてゲインしたんだと思います。細胞核って内側にはリボソームがないんです。成熟したリボソームは外側にしかない。なぜかというと外側にないといけなかったから。DNAをRNAとして転写し、RNAによってリボソームでタンパク質を作る際に、いっぺん壁を作って、リボソームを壁の外に出してそこでタンパク質を作らせる仕組み、それが細胞核なんです。おそらくそういう仕組みのために、リボソームを外に出すためにRanを作った。ヒストンはさっき申し上げた通りです。
そのことから、最近(本講義が行われたのは2020年11月10日である)私が出した本(武村政春『細胞とはなんだろう』講談社ブルーバックス)に掲載した図があります。この図が表しているのはこういうことです。真核生物の祖先では巨大ウイルスの祖先が、ウイルス工場を作っていた。ところがその中でメドゥーサウイルスの祖先が現れた。それがなぜかわからないけど、宿主のゲノムと寄り添うようにして自分のゲノムを作るようになった。この時に、ウイルス工場はこのように囲まなければならなかったので必然的に宿主のゲノムも囲むようになった。やがて、そのウイルス工場が恒久化して、細胞核になっていて、メドゥーサウイルスは相変わらずその中で複製して、ミミウイルスは外で複製している。
出所:武村政春(2020)『細胞とは何だろう』講談社ブルーバックス、p.231
じゃあなんで囲ったのか。ミミウイルスはウイルス工場を作るわけです。その頃はリボソームは外になくたってよかったんですね。ところが、メドゥーサのあたりでミトコンドリアが入り込んできたんです。ミトコンドリアが入り込んできたことでえらいことが起こりました。ミトコンドリアは入ってきただけじゃなくて、リボソームをDNAから離さなければいけないある事象も持ち込んだんですね。
それは何かというとイントロン・スプライシングシステムというものです。私たちの真核生物の遺伝子というのは実は分断されているんです。ぶつ切りになった状態で、私たちのゲノムの中にある。RNAに転写した後、そのぶつ切りになっている断片を寄せ集めて、遺伝子として成熟しなきゃいけない。その断片化の間にあるDNAにはタンパク質の情報がないので、そのままリボソームに取り付いてしまうとおかしなタンパク質ができてしまう。そこでまず間にある配列を除去して、断片化したやつを一本にしてからリボソームにとりつかせないとダメなんです。だから細胞核があるんです。つまり、核膜がある。成熟した断片を一つにまとめた後、初めて核膜を通って細胞室にいって、リボソームに取り付く必要が私たちにはあるんです。原核生物のような生物はそういうシステムはないので別に核膜で隔てられなくても良かったんです。でもミトコンドリアが入ってきたことでその仕組みを持ち込まれちゃったんです。持ち込まれた側としてはエライコッチャなんです。あたふたしていた。その時にメドゥーサウイルスの祖先がこういうものを持っていたおかげで、これを使えるじゃんとなった。そして、このメドゥーサウイルスの持っていたウイルス工場を細胞核として使い出した。そう考えたわけです。
またもう一つ考え方があって、防御壁だという考えもあります。ウイルスが宿主に入った時に一番気をつけなきゃいけないのは宿主からの攻撃なんです。やっぱり宿主は自分のゲノムを守るために変なものが入ってきたら攻撃を仕掛けます。ウイルスもそれを知っていて、自分のDNAが攻撃されて分解されないように防御壁を作った。これを宿主の側も学んだのではないか、と。パトリック・フォルテルはそういう主張をしているんですね。細胞核というのはウイルスが持っている防御壁の仕組みを盗み取って自分たちもそうしようと作り出したものなんじゃないかと。このような具合で、議論はまだ統一化されてないんですけど、とにかくそういう仕組みがあり、細胞核をもともと作ったのはウイルスに由来するんじゃないかと、そういう話がなされているわけです。
ただ、この理論はまだまだ理論であって、あるいは理論でさえないかもしれない。もっともっと状況証拠をつかんでいかなきゃいけない。そのためにこれからも研究していきます。我々が言っている細胞核ウイルス起源説は本当にマイナーな説です。特に進化に関する学説は再現することができない。再現できないものってサイエンスの範疇にならない。だから進化はサイエンスのテーマじゃないって言っている人もいるくらいなんです。そういうこともあり、唯一僕たちにできることと言えば多くの研究者が納得できるような状況証拠を集めることしかない。だからメドゥーサウイルスに限らず、いろんなウイルスをこれからも集めていかなければならないんです。
地球はウイルスの惑星
最後にまとめです。
(1)ミミウイルスは翻訳用遺伝子や免疫システムを持ち、メドゥーサウイルスはフルセットのヒストン遺伝子を持つなど、真核生物に近い複雑なしくみを持つ。
(2)巨大ウイルスは世界中に分布していて、極めて身近な存在であるということ。
(3)巨大ウイルスの研究により、真核生物の起源(細胞核はどうやって誕生したのか)に迫ることができるかもしれない。これはあくまでも「かもしれない」です。「できる」とは言えません。「かもしれない」運転は危険ですが、「かもしれない」はサイエンスにとっては重要だと僕は思っています。やっぱり夢がないとね。
(4)巨大ウイルスは生物とウイルスの間をつなぐ存在である。
ということで、ウイルスというと、今のコロナの世の中ですから悪いものだというイメージが染み付いていますけど、人間に害をもたらすウイルスばかりではないということを知ってもらえたらなら幸いです。私たちの進化に寄り添うように存在し、私たちに大きなメリットをもたらしてきたかもしれないウイルスたちを、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。あまり嫌いにならないようにしてください。むしろこういうウイルスの方が多いんですから。
私はいつも言っています。地球というのはウイルスの惑星なんです。水の惑星でも生物の惑星でも、もちろん人間の惑星でもない。ウイルスの惑星であり、そこに私たちは生かして頂いている。そういうような頭で、皆さんもこれからビッグヒストリーと向き合っていただければな、と思います。
以上で私の話は終わりたいと思います。ありがとうございました。
(編集:片山博文、辻陽介)
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武村政春 たけむら・まさはる/1969年、三重県津市生まれ。1998年、名古屋大学大学院医学研究科修了。医学博士。名古屋大学助手等を経て、現在、東京理科大学理学部第一部教授。専門は、巨大ウイルス学、生物教育学、分子生物学、細胞進化学。著書に『DNA複製の謎に迫る』『生命のセントラルドグマ』『たんぱく質入門』『新しいウイルス入門』『巨大ウイルスと第4のドメイン』『生命はウイルスが進化させた』(いずれも講談社ブルーバックス)のほか、『レプリカ――文化と進化の複製博物館』(工作舎)、『DNAの複製と変容』(新思索社)、『ベーシック生物学』(裳華房)、『マンガでわかる生化学』(オーム社)など多数。趣味は書物の蒐集、読書、ピアノ、落語、妖怪など。
片山博文 かたやま・ひろふみ/1963年生まれ。
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