ケロッピー前田 『クレイジーカルチャー最前線』 #19 2021年、世界は「グレート・リセット」されるとクラウス・シュワブは語る──もう元にはもどらないパンデミック以降の世界とは?
驚異のカウンターカルチャー=身体改造の最前線を追い続ける男・ケロッピー前田が案内する未来ヴィジョン。現実を凝視し、その向こう側まで覗き込め。未来はあなたの心の中にある。
避けられない大変革を控えて
2021年は「グレート・リセット」の年になるという。
雑誌『TIME』(国際版)は、2020年11月2日・11月9日号でそのままズバリ「グレート・リセット」を特集した。
また、イギリスの雑誌『ザ・エコノミスト』は、毎年の新年の特別号の表紙画がその一年の予言となると話題だが、「The World in 2021」号ではスロットマシーンが描かれ、バイデン次期大統領、引き裂かれたアメリカ国旗、コロナウイルス、風力発電、中国国旗などの目がくるくると回っていた。そこからは、どの目が揃おうと社会や経済の大変革(グレート・リセット)は避けられないことが連想される。
パンデミック以降の世界はどうなってしまうのか? ここではカウンター視点でグレート・リセットを読み解いてみたい。
ステークホルダーたちが語る「グレート・リセット」とは何か
世間一般がグレート・リセットに期待するのは株式や投資、ビジネスに役立つものであろうが、カウンター視点の立場からすれば、当然のごとく、批判的にグレート・リセットをみていくことになる。そのことを最初にはっきりと断っておく。
グレート・リセットとは、スイスの経済学者クラウス・シュワブが提唱したもので、彼自身が主宰する「世界経済フォーラム」の年次総会(通称ダボス会議)で2021年の大きなテーマとなっている。
ここでいう世界経済フォーラムとは、1971年にシュワブが提唱する「ステークホルダー(利害関係者)経済」を専門家たちと議論する場として自身が設立した非営利団体。その年次総会であるダボス会議は、国境を越えた世界の富裕層や権力者を集める会合として成長し、グローバル化した世界経済の動向を先取りする貴重なチャンスとして、そこでどのようなことが話し合われるのかについて、世界のメディアも大いに注目するものとなってきた。
そして、2020年、世界中が新型コロナウイルスのパンデミックに襲われ、かねてからシュワブが提唱してきたグレート・リセットが緊急に求められているというのだ。
日本でもシュワブの新刊『グレート・リセット』(日経BPマーケティング)が2020年10月に緊急出版されているが、まずは公式HPの動画を観てみよう。
この動画の解説には次のように書かれている。
「グローバルなステークホルダー(利害関係者)たちの協力が緊急に求められています。COVID-19という危機に直面し、それによって引き起こされた問題を解決していかなければなりません。世界をより良く改善するため、世界経済フォーラムはグレートリセットを開始しています」
一方、シュワブの著書『グレート・リセット』の冒頭にはこうある。
「2020年7月上旬、私たちはこんな議論をしていた。われわれは今、岐路に立っている。(中略)迫り来る難問の数々は、誰もが想像もしていなかったような重大な結果をもたらすかもしれない。しかし、同時に、われわれは世界をもう一度リセットする力を、これまで考えもしなかった規模で結集することができるのだ」
シュワブは、パンデミックに対する立場ははっきりしている。
「多くの人がこう考えている。いつになったら、ノーマルな生活に戻れるのだろうと。シンプルに答えよう。戻れないのだ」。そして、「そこからやがて、『新しい日常(ニューノーマル)』が形作られるが、(中略)かつての日常とは決定的に違うものだ」と突き放している。
マクロリセットとミクロリセット
では、彼が考えるニューノーマルとはどんなものだろうか。
本書のなかでは、大きく3章に分けられており、それぞれマクロリセット(経済、社会、地政学、環境、テクノロジー)、ミクロリセット(産業と企業)、個人のリセット(人間らしさ、健康、優先順位)といった順序で解説されていく。
まず、マクロリセットで語られる未来において、顕著となるのは「スピード」である。皮肉な言い方だが、彼は「新型コロナウイルスの感染拡大」こそが「猛烈なスピードを人々に生々しく印象付けた」と強調する。それまでの旧態然とした社会や経済、政治システムもパンデミックのスピードにはまったく及ばなかったというのだ。さらに、そんな状況にあって、「ビル・ゲイツのような個人が、次のパンデミックリスクについて世界に警鐘を鳴らしていた」と指摘し、「かなりの確率でいずれは起こることだった」とわざわざ書いている。
パンデミック以降、加速度的なスピードが見込まれるのがテクノロジーである。たとえば、経済は長期的な低成長時代に突入し、人工知能などによる自動化が急速に進むと、失業者は増大する。そのため、社会的には国家の枠組みを超え、社会保障などの充実が急がれる。
一方で地政学的にはグローバリゼーションとナショナリズムの対立を解決するために地域化(リージョナリズム)が期待される。米中の対立を例にとると、コロナ危機に無策だったアメリカに手厳しく、中国は他国への医療用品の支援にも乗り出したとする。脆弱で失敗しつつある国家のダメージははるかに大きいと語り、コロナにアメリカは負けたと言わんばかりだ。
環境保護と持続可能性を目指す立場から、ロックダウンは経済より環境(健康)を重視するひとつの契機になったと歓迎する。つまり、経済が低成長でも持続できるような社会変革を緊急に行えというのだ。それらすべての解決策が、先進的なテクノロジーというわけだ。そして、パンデミック以降、テクノロジーの進歩が加速度的なスピードになっていくというのがグレート・リセットの大きなポイントである。
シュワブの結論──何もしないという選択肢はない
ここでいう新しいテクノロジーについて、シュワブはすでに『第四次産業革命』(日本経済新聞出版社)を書いている。
その本が出された2016年は、人工知能が人類を追い越すシンギュラリティが大きな話題となっていた時期で、ロボット技術や自動運転車、ナノテクノロジー、量子コンピューターなど、遠くない未来に実現するだろうテクノロジーについて解説されている。だが、本書『グレート・リセット』ではパンデミックにかかわるテクノロジーに特化している。つまり、あらゆるサービスのオンライン化、労働のリモート化、感染症についての接触追跡とデジタル監視などが挙げられている。接触追跡アプリなどについてはプライバシー保護、デジタル監視にはディストピアへの危惧などの問題があるが、シュワブの回答は「国家、そして国民一人一人の心がけによる」と驚くほどあっさりしている。
ミクロリセットは、パンデミック以降に生き残れる業種は何かという話だ。サービス、観光、小売業は壊滅寸前となる一方で、ビッグテックに加え、保険、銀行、自動車、電力産業は生き残るだろうという。結局はスピード感にあふれた企業がコロナを飛躍のチャンスに変えるのだ。しかし、壊滅した産業に従事してきた人たちはどうなってしまうのだろうか。
個人のリセットは、パンデミックにおける人間関係、心身の健康を取り上げ、心の病も大きな課題であるが、最終的に大自然と交わることや創造性を豊かにすることなどが語られる。
この本の結論としてシュワブは、マクロ(国家)であれ、ミクロ(企業)であれ、個人であれ、パンデミック以降は「今、行動を起こして社会をリセットしなければ、私たちの未来は深刻なダメージを受ける」という。さらにダメ押しで「もう一度言う。何もしないという選択肢はないのである」と断言までしている。
さてはて、僕らにとってグレートリセットは天国か、地獄か。これはあくまで筆者の意見だが、パンデミックに便乗して、グレート・リセットの必要性を声高に喧伝する姿勢には不信感がある。とはいえ、世界の大変革を免れないこともわかっている。
カウンター視点からすれば、グレート・リセットとは異なる“アナザー・リセット”とでもいうべき第三の選択はないものだろうかと思ってしまう。そんなもうひとつの未来のビジョンについては、この連載を通じて、引き続き発信していきたい。
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