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HAGAZINE

シリーズ『COVID-19〈と〉考える』 |TALK 06|山川冬樹 × 村山悟郎|隔離され、画像化された二つの「顔」、その「あいだ」で──ハンセン病絶対隔離政策とオンラインの顔貌から考える

マルチスピーシーズ人類学研究会の「COVID-19を分野横断的に考える 」シリーズ第六弾。国策と市民の迫害によって生きる権利を剥奪されながら、隔離の中を生き抜いたハンセン病患者たちの「顔」、ソーシャルディスタンシングの掛け声のもとに緩やかにオンラインへと幽閉されつつある今日の我々の「顔」、二つの「顔」を通じてコロナの時代を考える。

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この記事は、マルチスピーシーズ人類学研究会の「 COVID-19を分野横断的に考える 」シリーズの第六弾として5月21日に行われた、ホーメイ歌手でアーティストの山川冬樹と、美術家の村山悟郎によるビデオ対談(司会:辻陽介)の内容を、記録、再構成、加筆したものです。

今回は、国策と市民の迫害によって生きる権利を剥奪されながら、隔離の中を生き抜いたハンセン病患者たちの「顔」、ソーシャルディスタンシングの掛け声のもとに緩やかにオンラインへと幽閉されつつある今日の我々の「顔」、この二つの「顔」を通じて、コロナの時代の生の行方、さらにはコミュニケーションの行方についてを話し合いました。

 

Drawing by Maki Ohkojima

Text by Yosuke Tsuji

 


 

ハンセン病の「絶対隔離政策」は近代化の陰に隠された日本の本当の顔を映し出す鏡

HZ みなさん、こんばんは。このシリーズの司会を務めさせていただいております辻陽介です。この研究会「COVID19を分野横断的に考える」は立教大学の奥野克巳さん、北海道大学の近藤祉秋さんらが主催するマルチスピーシーズ人類学研究会と、僕が編集しておりますウェブメディアHAGAZINEとの共催という形で行なっているもので、COVID-19のパンデミックと、それがもたらしている社会的影響、あるいはその時下における「生」のあり方について、分野横断的、多角的に考えてみようという対談シリーズになります。新型コロナウイルス感染拡大の状況といたしましては本日(5月21日)時点で感染者約417万人、死者28.5万人超となっております。

第6回目となる今回は、ホーメイ(※)歌手でアーティストの山川冬樹さん、美術家の村山悟郎さんの対談です。

※ホーメイ…南シベリアのトゥバ共和国の伝統歌唱。

山川さんは、瀬戸内国際芸術祭に2016年、2019年の二度にわたって参加されていて、島のほぼ全体がハンセン病療養所である香川県高松市の大島で、作品を制作、展示されています。この大島においては、かつて、自由を求めたハンセン病患者たちが対岸の四国本土、庵治町へと海を泳いで渡ろうとし、そのうちの多くの人が潮に流されて絶命したそうです。山川さんが2019年に大島で展示した作品「海峡の歌」は、かかる大島の歴史に着想を得た映像インスタレーションであり、山川さんは実際に、その海峡をご自身で泳いで渡られています。また、山川さんはそれらの作品の制作にあたって、2016年よりハンセン病の元患者さんたちへのフィールドワークも行われています。

そんな山川さんにとって今日のCOVID-19をめぐる日本の状況は、ハンセン病患者、及び元患者が「らい予防法」において強制隔離され、市民の偏見や差別に晒されていた当時の状況を思い起こさせるものだと言います。たとえば、三重県で新型コロナウイルス感染者の家に投石や落書きがなされたという報道のあった4月21日に、山川さんはツイッターに「昭和期のハンセン病患者への差別・弾圧をみるようで、既視感しかない。安全・安心を求めるあまり理性を失い、患者を抹殺しようとする市民。初期段階からずっと懸念していたことがどんどん現実化していく」という言葉を投稿されています。今日は山川さんに、あらためてこの言葉に込めた思いについても語っていただきたいと思っています。

ところで、このハンセン病という感染症において、最も特徴的だとされていた症状の一つに、顔面の変形があります。「顔」は、身体のあらゆる部位の中でも、社会的な役割が強い部位であるとされ、また個人を特定する際の識別に深く関わる部位であるともされています。それゆえ、ハンセン病患者に見られる顔面の変形が、患者への差別を助長する要因となったとも言われています。こうした「顔」という部位の持つ特質にフォーカスを当て、「顔」を存在論的に捉え直す作品を制作しているのが村山悟郎さんです。

たとえば、村山さんがあいちトリエンナーレ2019に出品した作品「環世界とプログラムのための肖像」で提示した複数の抽象的なドローイングは、いずれもAIの顔検出プログラムにとっては「顔」として認識、分類されるものです。一方、それらのドローイングと並べて提示された「変顔」の写真群は、我々には「顔」として認識されるものの、AIには無意味な図像として処理されるものです。「顔」という社会的な部位をめぐる、人とAIの間のまなざしの差異をあぶり出すこうしたアプローチは、人とAIの環世界の重なり、そのコンタクトゾーンを探るという極めて多自然主義的なアプローチであり、マルチスピーシーズ人類学とも共鳴するものであるように感じています。

また、村山さんは、COVID-19の感染拡大防止のための隔離政策下におけるオンラインミーティングの広がりが、私たちの「顔」に対する認識のありようを更新することになるのではないかという指摘もされています。その上で村山さんは、現在生起しつつある状況を「コミュニケーションのポスト・アウラ的状況」と見立て、美術を通じた「顔」の再考、あるいは新しいコミュニケーションの可能性を模索されています(http://goromurayama.com/pdf/musabi_seminar2020.pdf)。

国策と市民の迫害によって生きる権利を剥奪されながら、隔離の中を生き抜いたハンセン病患者たちの「顔」、ソーシャルディスタンシングの掛け声のもとに緩やかにオンラインへと幽閉されつつある今日の我々の「顔」。本対談では、この二つの「顔」を通じて、コロナの時代の生の行方、さらにはコミュニケーションの行方についてを考えてみたいと思っているのですが……、ちょっと先に一つだけアナウンスがあります。実は僕、本日、別の作業場にパソコンの充電器を忘れてきてしまいまして、いま使用しているパソコンの充電が切れ次第、この場から自然に脱落してしまうことになります。現時点で90%程度あるので、ギリギリもつかもたないか、というところではあるんですが、もし仮に僕が落ちてしまったら、その先の仕切りは奥野さんにお願いしたいと思っております。単に自分の過失ではあるんですが、こうしたこともまたオンライン時代ならではのハプニングと言えるかもしれません(笑)。

さて、では話に入っていきましょう。まずは山川さんの方から、ハンセン病という感染症、また日本で過去に行われていたハンセン病患者を対象とした絶対隔離政策の歴史について、ご解説をいただけましたらと思っております。山川さん、よろしくお願いします。

山川冬樹(以下、山川) はい、山川冬樹です。よろしくお願いします。先に皆さんに言っておかなければならないんですが、僕は「ハ」に「○」の付いた音節(パ)を芸術上の理由から口にすることができません。今日は時間が限られているので、詳しい事情はお話できませんが、例えば「ピャンデミック」というように、「ハ」に「○」のついた音の代わりに「ピャ」という音を使いながらお話しさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

先ほど辻さんの方からもご紹介いただいたように、僕はこの数年、日本で唯一の離島のハンセン病療養所、大島青松園に通い、そこに生きてきた人たちと交流を重ねながらアートプロジェクトに従事してきました。今猛威を振るっているこのCOVID-19が、単に医学的な問題にとどまらず、社会的、政治的、文化的、倫理的、そして人間の心理の問題をも含む非常に広範かつ、複雑な事象であるということは、みなさんも肌で感じていらっしゃると思います。ハンセン病というのも感染症の一つですが、やはりハンセン病も医学的な範疇にとどまらない様々な問題をはらんでいます。それは近代化の陰に隠された、この国の本当の顔を映し出す鏡と言っても過言ではないと、僕は思っています。

 

山川冬樹《海峡の歌》2019 ©︎Fuyuki Yamakawa Photo:Akihide Saito

 

瀬戸内国際芸術祭2019・大島の展示風景  Photo : Keizo Kioku

 

COVID-19がウィルス性のものであるのに対して、ハンセン病はらい菌によって引き起こされる細菌性のものです。感染症の歴史を振り返るとき、ハンセン病というのはだいたいまず最初に語られます。その歴史は非常に古く、西洋では聖書であるとか、日本では日本書記とか、そういった古文書にすでにハンセン病と思わしき皮膚病の記述があります。現代の医学的な見地からすると、それら全てがハンセン病だったわけではないだろう、とも言われていますが、逆に言うとそういった見た目に現れる重い皮膚病のスティグマを、歴史的に負わされてきたのがハンセン病だったと言えると思います。

今日のテーマは「顔」ということですが、ハンセン病にかかると顔、それから手足が変形してしまう。こうした病による変形のことを「病変」っていうんですけど、らい菌というのは身体の体温の低いところを冒すので、症状が進むと、鼻や手足の指先などが欠損してしまう。皮膚には白、赤、赤褐色の斑紋が現れ、結節ができていく。また白内障や緑内障によって瞳が濁り、失明する方も多くいました。あと、兎眼というのですが、瞼が閉じにくくなることによって、目が垂れ目になったり、口を閉じることができなくなることで、への字に歪んだりするような症状が現れたりします。

また、らい菌はこうした外見に現れる症状だけではなく感覚麻痺や機能障害を引き起こしていきます。たとえば、熱さや痛みなどを感じられなくなったりする。熱さがわからないので、火傷をしてしまったとか、あるいは鋭いものを踏んづけたりして血が出ているのに気づかず、症状を悪化させてしまった、という話は回復者の方々からよく伺います。

このようにハンセン病というのはまず病そのものとして、非常に苦しい病である。身体的な苦痛と同時に、機能の喪失があり、加えて自らのボディイメージが失われていくことによる心理的な苦しみもある。その苦しみのほどは壮絶なものであったと思います。

ただ、一方でハンセン病そのもので死に至ることはないんです。さらに、らい菌の感染力というのは極めて弱くて、栄養状態や衛生状態などが悪く、かつらい菌に対する抵抗力が元から弱い、特定の体質の人しか罹らない病気でもあるんです。しかし、見た目に症状が現れることから、世界でも古くからハンセン病患者は差別されてきました。むしろ、患者さんたちを苦しめてきたのは、病そのものよりも、社会から受ける迫害、弾圧、排除、差別だったと言えると思います。

ちなみに日本には今、ハンセン病の患者はいません。ただ、現在も日本全国には13のハンセン病療養所があり、今でもそこには1211人の――これは令和元年5月1日時点での数字ですけど――入所者の方が暮らしています。それにも関わらず、患者さんがいないのはどういうことかというと、皆さんすでに治っているということです。たしかに後遺症を抱えていたりはしますが、とはいえ、もう患者ではないんですね。だからメディアでは彼らのことを「元患者」という言い方をしますし、僕自身は「回復者」というような言い方をしたりしています。

通常、病気というのは治ったらもう患者ではないですよね。その病が治れば、医学的にも社会的にもその病から解放される。ただ、ハンセン病だけは、治ってもその病のスティグマを負わされ続け、差別されてきた。そして、今現在も差別されているんです。

 

日本のハンセン病隔離政策の四つの特徴

山川 彼らの負わされたスティグマを象徴する最たるもの、それが「らい予防法」という強制隔離を定めた法律です。今のCOVID-19の患者さんに対しても隔離措置は取られていますが、このらい予防法の最大の問題は、病が治った後の退所規定がなかったということなんです。治っても隔離から解放されなかった。ハンセン病を一度患った人を終生隔離し、療養所の中で死に絶えさせる。つまり、日本では国を挙げて彼らを絶滅させようとする政策が取られてきたわけです。

この強制隔離を定めたらい予防法は1996年まで続いたのですが、そもそも、日本におけるハンセン病の隔離政策というのは文明開化に端を発します。1899年、居留地制度が廃止されて、日本国内における欧米人の国内での居住や旅行が自由化されていきました。それに伴って、欧米人たちの目からハンセン病患者の存在を隠すために、地域に浮浪する「浮浪癩」と呼ばれるハンセン病患者の人たちを一掃するため、1907年に「癩予防ニ関スル件」という法律が成立するんです。この法律ではまだ全ての患者が対象とはされていませんでした。しかし、この時点で既に退所規定はありませんでした。

その後、軍国主義の高まりに伴って、西欧列強に肩を並べようとしていた日本政府は、ハンセン病患者の存在を「国辱」と考えるようになりました。当時すでに西洋ではハンセン病はかなり少なくなっていて、ハンセン病患者がいるようでは文明国から脱落してしまうという風に彼らは考えたわけです。そこには常に外の目を気にする日本人特有の恥の文化があったのかもしれません。そして、1931年に「癩予防ニ関スル件」から改正される形で「癩予防法」が成立します。この「癩予防法」の成立によって絶対隔離が完成するんです。これ以降、なん人たりとも、ハンセン病患者であれば、まるで犯罪者のように療養所とは名ばかりの強制収容所に隔離されていくことになりました。

国際的な動向としては、もはや20世紀の頭の時点でハンセン病患者の僻地への収容は廃止に向かっていたんですが、日本の方針は、当時のそういう世界的な医学の動向を無視して逆行するものだったんです。戦前の日本にも、小笠原登などの絶対隔離に反対する医師はいました。しかし、そういう医師たちの声は政治的に抹殺されていったんです。

やがて戦争が終わり、戦後民主主義の時代が到来します。しかし、ハンセン病政策においては、戦前の流れが引き継がれてしまいます。1953年に「癩予防法」の基本原理を引き継いだまま、平仮名の「らい予防法」に改正、施行されたんです。すでに当時、ハンセン病に効くプロミンという特効薬が開発されていて、日本にも入ってきていたんです。だから、もうハンセン病は治る病気になっていました。それにも関わらず、新しい「らい予防法」は戦前に引き続き強制隔離を定められていたんです。当然、患者さんたちは猛反対をしました。療養所の中でハンガーストライキをするなど、「らい予防法闘争」と呼ばれる運動を展開したんです。しかし、あたかも民主化していく戦後の日本社会に取り残され、療養所の中だけ戦前が続くかのように、絶対隔離政策が継続されていきました。

日本のハンセン病隔離政策の特徴は四つあります。まずは「強制収容」、そして社会の中で相対的に隔離するのではなく社会そのものから患者を隔てようとする「絶対隔離」、さらに病が治っても一生療養所から解放しない「終生隔離」、最後に患者を療養所で死に絶えさせる「絶滅政策」。また、ハンセン病は遺伝病ではないにもかかわらず、男性には断種手術を、女性が妊娠してしまった場合には堕胎手術が強要されていました。たくさんの子供たちが生まれることを許されず、療養所内で公然と殺されていった。ハンセン病患者に対するここまでの徹底的な弾圧は、世界的にも類をみません。

先ほど、らい菌の感染力は極めて弱いと言いましたが、実際に日本のハンセン病史上、療養所従事者がハンセン病に感染した例は一件もないんです。そう簡単にうつらない病気であることは戦前から分かっていた。それにも関わらず、この国では極めて非人道的な政策が90年近く続いたんです。そして、1996年にようやく「らい予防法」は廃止され、2001年に熊本地裁で違憲判決が下されました。

こうして、法的には決着がついた。しかし、いまだに社会に偏見や差別が残っているため、病が癒えてもいまだに多くの人が故郷に帰れないまま療養所で暮らしています。ハンセン病問題というのは過去のものと捉えられがちですけど、まだ終わってないんです。こうして見ていくと、ハンセン病問題というのは、近代化の陰に隠された、この国の本当の顔を映し出す鏡なのではないかと思うんですね。

 

「無らい県運動」と日本型の「生権力」

山川 ここまではハンセン病をめぐる政策的な話でしたが、実はこうしたハンセン病患者の弾圧に市民が大きく加担してきたことは見逃してはいけません。今日のコロナ禍を受けて、僕は改めてそう強く感じています。日本ではハンセン病患者を隔離していく過程で、戦前戦後を通じて「無らい県運動」と呼ばれる社会運動が展開されました。これは、各都道府県が競いあうようにして、地域から患者を見つけ出し、隔離していくという運動だったのですが、ここで重要なことは、実は戦前よりも戦後の方が、患者を隔離に追いやっていく上で、市民の果たした役割が大きかったということなんです。

戦後、民主主義の機運が高まっていくと共に、地域住民の自治意識もまた高まっていきました。しかし、戦後の「無らい県運動」では、その自治意識の高まりが裏目に出てしまったんです。つまり、感染症への不安や恐れが出てきた時、その病への理解や、本来の民主的精神を欠いたまま、市民の感情ばかりが暴走し、自らの安全を守ろうとする過剰な自己防衛につながっていってしまった。そして、市民が相互に監視しあい、近所に患者がいれば密告し、地域をあげて患者を家族もろとも村八分にしていくという事態が生じてしまったんです。

今回、ハンセン病回復者の方々から自分たちが受けてきた差別と似ている、という声があがったように、実際、「無らい県運動」においては今回のコロナ禍で起きているような患者の家への投石や落書きのような陰湿な嫌がらせも多発しました。戦後の「らい予防法」は、実はその第三条で形式上、患者、またその家族への差別を禁止していたんです。しかし、民主主義がまるで自己免疫的疾患症状を起こすかのようにして、市民は自己防衛を正義として掲げながら、率先して法治主義を逸脱し、科学主義から反科学主義へ、人権主義から反人権主義へと変質していってしまいました。

ハンセン病とCOVID-19は医学的には全く別物なので、両者を同列に扱うことに関しては慎重でありたいと思います。しかし、それでも感染症をめぐって、市民が市民を監視し、差別し、排除が横行している現在の社会状況は、僕の目にはどうしても「無らい県運動」に重なって見えてしまう。相互監視というのは、共同体から危険分子を見つけ出し排除しようとする視線同士の錯綜と言えると思います。それがマイルドに働けば同調圧力の範疇にとどまる。しかし、より社会が混乱すれば、差別や排除、さらには抹殺という形で顕在化してくる。今日起こっていることは、そういうことだと思うんです。

いまや、差別の対象になっているのは、感染者や家族だけではなく、現場に従事する医療関係者やその家族、それから感染件数の多い都道府県滞在者にまで及んでいます。しかし、そこでの本来的な危険はウイルスのはずで、感染してしまったその人ではないはずですよね。しかし往々にして、危険因子と危険分子は混同されてしまう。ピャ(パ)ンデミック映画では、よく感染によって人間が人格まで破壊されて化け物に豹変するといった描写がありますが、COVID-19ではもちろんそんなことは起こらない。にもかかわらず、感染者や感染の疑いを持たれた人々が「コロナ」呼ばわりされ、攻撃されている。人間の存在がウイルスと一体化した「何か」としてしか判断されず、人格を持った「誰か」であることが見失われたとき、こんなに簡単に、まるで歴史が逆戻りするかのように、差別や排除が可視化されてくるのかと、愕然としました。

このコロナ禍と絡めて、ミシェル・フーコーの生権力論については、すでに多くの人が語っています。実は、フーコーが自ら処女作とした『狂気の歴史』はハンセン病の話から始まるんです。僕らが生きる現代社会の統治、統制、監視モデルのルーツは、ハンセン病にはじまり、ペストやコレラといった感染症の流行を発端としてヨーロッピャ(ッパ)で生まれた公衆衛生の法にある。だいたい生権力論は、監視する権力と監視される市民の二項で語られますが、それに対し、日本の状況はいささか複雑です。日本には監視されている状態を市民が内面化してしまう、いわゆるピャ(パ)ノプティコン的な問題より、むしろ市民自身が権力の目と監視の欲望を、権力からお墨付きをもらうような形で内面化することで、相互監視が起き、市民自身がより弱い市民を抹殺していくという独特の怖さがある。特に日本のムラ社会はその格好の温床だと思います。

 

 

文明開化以降の近代化とともに、西洋から生権力のモデルが日本に輸入されたわけですが、それが近代以前から続くムラ的メンタリティと完璧なまでに融合して完成したのがハンセン病絶対隔離政策でした。生権力というのはよく殺す権力ではなく生かす権力だと説明されますが、重要なのはその両義性だと思うんですね。生きる存在に生かす権力を行使できるということは、必要に応じて生きる存在を死へと廃棄することもできるということです。まさにハンセン病における終生隔離、つまり、患者が治癒しても、死ぬまで療養所に隔離し続け、絶滅させるという日本のとってきた政策が、一つの典型を示しているのだと思います。

このコロナ禍にある日本社会を見ていて思うのは、この国では近代的な理性と前近代的なメンタリティが時系列上の前後関係にあるのではなく、多層なレイヤー関係にあるのではないかということです。戦後、表層では近代化が進められてきたように見えて、深層ではこの国はいまだに前近代にある。そして、深層でふつふつと潜勢していた前近代的なメンタリティが、今、表層の地層に穴が開くようにして溢れ出てきているんじゃないか――長くなりましたが、僕からはまずこんなところでしょうか。

 

韓国のスーパースプレッダーと日本の自粛警察

村山 ありがとうございました。実は僕と山川さんは、3月20日にもDOMMUNE(ReFreedom_Aichi Presents「空気・アンダーコントロール」で、ハンセン病とCOVID-19とを結び合わせて話しているんです。今日は前回よりもさらに濃密に、お互いの関心を突き合わせて、話をしたいと思っています。

 

 

お話を聞いて、気になったところは二点あります。まず一点目は、日本社会の相互監視というポイントです。去年9月、雑誌『STUDIO VOICE vol.415』の企画で、韓国のシンスンベク・キムヨンフンというアーティストと村山とで対談をしたんですが、その際にも日本と韓国で、監視システムや監視カメラのあり方の違いについて話をしたんです。ヨーロッパはまたプライバシーの概念が全然違うわけだけど、彼らが教えてくれた韓国の監視カメラへの認識が興味深かった。というのも、彼らによれば韓国では「監視カメラはどんどんつけたほうがいい」と考えている人が多い、ということでした。

 

 

どういうことか。韓国においては監視カメラとは、市民が監視をするためのツールとして考えられているということです。市民が何を監視するのかというと、たとえば行政のサービスですよね。子どものいる親であれば、ベビーシッターや幼稚園・保育園などの教育機関がその対象となる。つまり、あるサービスがきちんと遂行されているかどうかを監視するということです。さらに言えば、市民には監視の権利があると韓国では考えられているそうです。

この考え方は、ヨーロッパ的なプライバシーの概念からしたら、ある意味で逆転の発想ですよね。監視カメラと聞いたとき、まず我々市民が監視されていると捉えがちなんですけど、韓国ではそうではない。もちろん、実態として体制側からの監視の在り方はどうなのかという問題は別軸としてあるとは思いますが(政権に批判的なアーティストのブラックリストがあるくらいだから)。一方、日本の場合はどうか。確かに監視カメラが、実際の犯罪捜査で重要な証拠として採用されるようになっている。しかし、暮らしの監視に対して、我々が日常的に危機感を持っているかといえば、僕を含めて、そうでもないんですよね。はっきり言えば無視している。監視技術の存在に鈍感、とまで言えるかもしれない。日本の暮らしのなかで気にしているのは、むしろ周囲の人々の眼差しであって、相互監視の中で自分がどう振る舞うべきか、という社会性が今も根深いように感じます。言ってしまえば、島国の村社会的な相互監視システムなのだと思いますが、そうした前近代的な仕組みの中で社会的な規範を維持するという形を取り続けているところが日本の特異性なのだと思います。

日本と韓国の監視に対する認識でさえこうも違うわけですが、今回のコロナ禍における対応でも、韓国と日本とではその差がくっきりと出ました。今回、韓国においてはCOVID-19の拡大に寄与したスーパースプレッダーと呼ばれる方々が話題になりました。コロナの感染状況の特徴をみると、大量に感染を拡大させている感染者と、そうではない感染者とを分けて考えることができる。韓国では、活発に移動を続けて知らぬ間に感染を広めてる人を探り当て、その人の追跡情報をインターネット上で公開し、一般市民が閲覧できるようにしていた。もちろん、スーパースプラッターの氏名は公表されないにせよ、その人の行動が逐一示される。実際、それがどう機能していたのか、韓国の友人に聞いてみたところ、たとえば、ある店でその人が食事をしたとすると、そのすぐ後にお店は閉じられ6時間かけて消毒清掃されて再開するといったシステムがとられた、ということらしい。要するに、感染者を追跡情報を公開し、そのルートを片っ端からクリアーにしていくということ。

一方で、いわゆる感染者差別、日本も含め世界中で、家屋への投石や落書きのように個人が個人に対して攻撃を加えていくという事態も起こっているわけですよね。韓国のような感染者追跡システムの場合は、感染者の人権はどう守られるのか。本当の実態は今のところ分からないとはいえ、個人へのバッシングではなく、組織への責任追求へ向かっていると聞きます。行政の施策として感染者情報の公開と徹底した消毒清掃で感染拡大を防ぐという仕組みをとり、その上で、責任を追及されるべきは組織であり、たとえばある宗教団体がクラスターになったとすれば社会全体でものすごいバッシングを浴びせていくという仕組みになっている、と。これは日本とは、かなり違う社会性だと思います。

さきほど山川さんがおっしゃったように、近代的理性と前近代的なメンタリティが組み合わさって日本社会が形成されているのだとすれば、なぜ我々はそういう仕組みを取っているのか、大きい謎としてあるなと感じます。僕には断定的なことは言えないですし、日本の社会性について断定的に述べること自体が本質主義になる懸念もありますが、やはりコロナ禍で現前化した日本の社会性を悶々と問うてしまいます。これがまず一点目です。

山川 韓国や台湾の高度な監視システム、感染者を厳しくモニターしていくやり方については僕もずっと気になっていました。個人的に少し情報を集めたりはしていたんですけど、どうしても現地に住んでいる人たちの肌感覚は僕には分からない。ただ、村山さんのお話にあったような、市民が権力を監視するということ、それ自体はとても重要なことだと思うわけです。本来はマスコミが権力をチェックする機能を担っているはずなのに、日本ではそれがきちんとなされていない。これは非常に問題で、民間の側から権力を監視していくということは、権力の暴走を防ぐ上でも、必要なことです。

一方で、権力/市民という二項対立の構造とは別に、僕がどうしても気になってしまうのは、「市民」と言った時にそれは往往にしてマジョリティのことを指しているのではないか。たとえば、ハンセン病やCOVID-19の患者さんなどのマイノリティの存在が、その言葉から漏れてしまっていないか、ということです。それこそ韓国においてCOVID-19の患者になってしまった時に、果たして自分の人権や尊厳が社会から尊重されていると感じられるのか。それは僕には分からないんですが、ただ非常に気になるところです。

日本は植民地支配下の韓国にもハンセン病療養所を作っていて、日本国内の隔離政策の一貫として、、まったく同じ政策を朝鮮半島でも展開しました。さらにハンセン病による迫害に加えて、そこへ民族差別感情が重なり、朝鮮半島のハンセン病患者は二重の被害を受けたと言われています。韓国独立後の1954年、日本が戦前に押し付けた「朝鮮癩予防令」は廃止され、ハンセン病は他の伝染病と同じ扱いとなるものの、韓国社会の中にもハンセン病差別が根強くあるのは事実です。だから日本にいて聞こえてくるのは、韓国のマジョリティの声であって、感染者のようなマイノリティの声というのはなかなか聞こえてこないのではないかと。韓国は大変な競争社会ですし、自殺率も極めて高いと聞きます。マジョリティにとって良い社会が、マイノリティにとっても良い社会かというと、必ずしもそうではないわけで、そこはずっと気になっているところでもありました。

さっきスーピャー(パー)スプレッダーの話が出てきましたけど、韓国内には今回有名になった「31番目の感染者」と呼ばれている人がいますよね。その人は新興宗教団体のおばちゃんらしいんだけど、大邱の感染爆発を引き起こした張本人だと言われています。そして、そのおばちゃんがいつどこで何をしてどう移動したか、全て洗いざらい報道されている。名前は一応伏せられているんだけど、どこの誰か、その正体は簡単に割れてしまうわけです。そうなると、その人は社会や国の敵とみなされて、もう韓国では生きていけなくなるんじゃないか、と。おばちゃんの行動にも落ち度はあるんだろうけど、僕はどうしても歴史に翻弄される個人に移入してしまう。

韓国では感染者にGPSブレスレットを装着させるみたいな法案も出されましたよね。結局、通らなかったみたいですけど、そういうかなり危ういことさえ検討されていた。身体にGPSを装着させられてまで居場所を常に監視されるというのは自分だったら無理です。この辺の自由や人権感覚については韓国の知人にも改めて話を聞いてみたいなと思っています。

また、先にお話しした、日本における前近代的なメンタリティと近代的な理性が混在している問題について僕が思うのは、政府は意識的にそうした状況を作り、利用しようとしているんじゃないか、ということです。戦後の「無らい県運動」においては市民が率先して患者を村八分にして、隔離に追いやっていった訳で、それは言ってしまえば権力にとっては安上がりで、大変コストピャ(パ)フォーマンスが高い。なんせ市民が率先して、隠れた患者を見つけ出してきてくれるわけですから。

今回のCOVID-19においても、自粛は正義という空気が生まれてきて、「自粛警察」とか「コロナ自警団」と呼ばれる人たちが、外出する人を過剰に咎めるような現象がありましたよね。これは僕の想像なんですが、政府はあえてそういう相互監視の空気を野放しにして、利用しようとしているんじゃないか。もちろん、その裏には強権を発動して市民の活動を制限できないという縛りがあるわけで、一部のヨーロピャ(パ)諸国のように、強権によって私権を制限することがいいのかというと、そこはまた難しい問題です。しかしこのコロナ禍で日本社会特有の市民による相互監視を、政府は戦略的に利用しようとしているんじゃないかと感じるんですよね。たとえば安倍首相は先日の記者会見で、医療従事者や患者への差別を批判する声明を出しました。いさささか遅いとはいえ、それにはちょっと感心したんですが、一方で、いわゆる「他県ナンバー狩り」であったり、僕なんかも朝散歩してただけで「人殺し」とか言われたりしましたけど、そういう空気は、敢えて放置しているような気がします。市民同士が互いに監視しあい、行動を抑圧しあってくれれば、政府からしたらこんなに安上がりなことはないわけです。ハンセン病史を振り返ると、こういう想像もあながち深読みとも言えない気がしています。

つまり、戦後の日本は、法的には国家権力がそう簡単に強権を発動できない民主的な体制が整っている一方で、いまだ残存している前近代的なムラ的メンタリティがそうした強権の不在を補っているという不思議なバランスの上に成立している、そんな感触を持っています。

 

隔離と創造──ハンセン病療養所における文化芸術活動

村山 ありがとうございます。では二点目について伺いたいです。今回、コロナによって人々が家に籠らなきゃいけない、自主的に行動を制限しなければならない、となったわけですよね。この状況がどれくらい続くか不透明ですが、たとえば「ステイホーム」が緩やかに長期化していった場合、我々はどのように他者とコミュニケーションをし、どのような文化を作り出すのか、ということが問題になると思うんです。その点、ハンセン病の療養所は、強制的な隔離下にありながら、一方で独自の芸術文化も形成していた。僕は療養所を訪れたことはないので、主に文学が発展したという耳目くらいで、どんな文化が発展したのか肌感覚としては分からない。だから、リアルなハンセン療養所カルチャーの豊かさについて聞いてみたいのです。

山川 僕は2016年の瀬戸内国際芸術祭をきっかけに療養所には結構な回数、それこそ制作とかとは関係なくただ島に行きたいという理由で何度も通っていて、そこで営まれてきた文化芸術活動にも触れてきました。村山さんが言ったように文学が特に重要な成果として残されていて、全集も出版されています。それこそ北条民雄のような、芥川賞候補にあがるような作家もいました。

 

 

療養所に入所している人たちは、みなさんそこへ連れてこられたわけで、好んでその土地に来たわけではありません。そうした中で、生きることを強いられた土地を自らの土地として再領土化するための方法論として文化芸術活動が果たした役割は大きいと思います。もとはと言えば、療養所における文化芸術活動というのは、患者さんたちの反発を抑え込むための鎮撫工作として、管理者側、つまり国とか園からのお仕着せで始まったものだったんです。しかし一度はじまった患者さんたちの創作の欲動は誰にも抑えることはできなかった。隔離を強いられながら、彼らは自由の発露を文化芸術の創作・表現活動に求めました。

とはいえ、彼らの発表の場は非常に限られていました。たとえば、僕らが何か作品を制作したら、展覧会なり、公演なり、社会で発表することができるけど、療養所に入所していると、基本的にそれができないんです。療養所の外で展覧会や公演が行われた例も歴史的にあるにはあるんですけど、基本的には療養所内の文化芸術活動も隔離されていました。その中で文学作品が一番、外に発信しやすいメディアだったのは確かです。それは外部の他者と繋がるためのかけ橋であり、療友と分かち合うための果実であり、己の実存を確認するための鏡であり、生の痕跡を遺すための遺伝子でもありました。また奪われた尊厳を回復するための薬であり、またそれを奪ったものと闘うための剣でもありました。詩歌を詠み、小説を書き、陶芸を行い、絵を描き、音楽を演奏し、庭や畑をつくりながら、彼らは逆にそこに立て籠もるようにして、療養所を自らが人間らしく生きるための場所へと創り変えていったんです。

療養所内での文化芸術活動で僕が興味深いと思うのは、プロ/アマという区分けがないということです。本当に趣味レベルの人から、文学史に残るような人までいる。先輩後輩関係や、互いに批評しあう文化はありつつも、僕らが考えるプロ/アマの境界がそこにはない。僕が尊敬している政石蒙さんという大島に生きた歌人がいるんですけど、その方は生涯を文学に捧げながら「私の趣味は短歌です」とさらっと言い切るんですね。僕からしたらなぜ人は芸術活動をするのかを教えてくれる先生のような存在なんですが、自分の文学活動は趣味だと言い切る。これには衝撃を受けました。

今、僕はコロナ禍で自宅にステイホームしながら作品の構想を練ったり、実際に何かを作ってみたりしているんですが、とはいえ、外で発表することはなかなか難しい状況にある。これはちょうど療養所にいる患者さんたちが、隔離されながらも文化芸術活動に打ち込んでいた状況に近いなと思っています。言ってしまえば、発表のあてはない。でも何かを創りたいと思うし、実際に何かを創ってしまう。その時、プロとかアマとか関係なく、ただ創りたいから何かを創るという根本的な動機が、滞留した時間の中で立ち戻ってくる気がします。この感覚はきっとハンセン病療養所の文化芸術活動と重なってくるものなのではないかと。

村山 なるほど、興味深いです。この対談の主題である「顔」に引き寄せると、ハンセン病においては顔が病変によって崩れてしまう場合があるわけですよね。そのとき、顔や見た目にあまり重きを置かないコミュニケーションが立ち上がってくるのではないかと、まずは想像することができる。つまり、創作物や環境、庭を作ってそこに人を招くといったような媒介項を介したコミュニケーションの様態というのが、軸になるのではないか、と。

今回、テーマに「顔」を設定したことの理由もそこにあって、今まさに使われているウェブ会議ツールというものは、コロナ禍で急に流行り始めたものですよね。その前からツール自体は存在していたけれど、ほとんどの人にとっては馴染みもニーズもないものだった。スカイプのようなネット電話に関しては浸透はしていたけど、ZOOMのようなウェブ会議ツールはコロナがきっかけでしょう。そうなると、生の「顔」と対面せず、ディスプレイ越しにデジタルの顔貌と化した「顔」とコミュニケートをするという状況が普及する。それは、私たちのコミュニケーションにどのような影響を及ぼすのだろうか、という点が気になったんです。

そうした問いを立てた時、ハンセン病の療養所におけるコミュニケーションの中で、「顔」とはどのような位置付けだったのか知りたくなりました。僕自身は、当事者ではないため想像することが難しい。そこについては色々な方にお話しを伺ってみたいなと感じました。「顔」が主軸ではない、少なくとも対人関係において「顔」への執着が薄いコミュニティの中で発達していった文化として、ハンセン病文学などを読み解けるのだろうかということ。ここは引き続き、考えていきたいポイントです。

 

我々は画像空間の中でデジタル化された顔貌を介して何をコミュニケートしうるのか

村山 少しずつ「顔」という問題系へ移っていきたいんですが、このZOOMの興隆は、何かが出来なくなることの代替としてメディアが流行することを、まさに示してますよね。端的に言えば、今日、物理的な対面コミュニケーションが、無造作にはできなくなった。たとえば、大学などがオンライン授業を行うのも、教室というメディア構造を持った空間に皆が集まることが出来ないことと基本的にセットなわけです。対面することを代替する。まさに今日の対話もそうです。僕には、山川さんの顔も辻さんの顔も見えてはいるけれど、では、今ディスプレイ越しに見えている「顔」とは一体なんなのか。あるいは自分の「顔」がこのように映し出されている事態を、一体どのように考えればいいのか。それは今後のコミュニケーション構造を理解していく上でとても重要な問題になるんじゃないかと思うんです。

僕は美大でクラスを持っているんですが、普通の講義系の授業とは違い、主にアトリエで実技をする。講義の場合、基本は講師の話を学生が聴くという形ですが、実技の場合は、実際にそこで制作した作品、事物を伴って設備や空間を共有することで成立している面が大きい。すると、オンラインへの移行によって内実が大きく変わる部分があるように思うんですね。

美大には独特なトライブ感があって、同じ学年に100人くらいの学生が集まっているわけです。この100人が皆相互に親密だというわけではないけれど、それぞれの制作を同じ空間において共有していて、事物を媒介にした村落みたいなものが緩やかに形成されている。普段はすれ違うだけで、話したことはなくとも、その人がどんな制作をしているかは知っている。この関係性が実は非常に重要で、それによって制作活性が相互に高まっていくということが実際にある。こういった制作のトライブっておそらく、ハンセン病の療養所にもあったのではないかと想像します。ただ、コロナの状況下でそうした制作の共同体が一気に解体される危機にあるのではないかと思うんです。

というのも、ZOOMの場合は、いちおう顔は表示されるけれど、空間を共有する力は非常に乏しい。一見、顔が表示されているし、慣れてくれば表情から感情を同調させるくらいは出来るかもしれない。しかし、果たして我々は、画像空間の中でデジタル化された顔貌を介して何をコミュニケートしうるのか。さらに言えば、こうしたZOOMを始めとするウェブ会議ツールにはセキュリティ上の問題も大きいでしょう。

端的に言えば、それは顔とAIの問題です。たとえば、いま自分が対話している相手が本当に人間なのか判然としなくなる。相手がAIによって偽装された存在である可能性が今後、リアルに生じていくと思われます。最近ではディープフェイクと呼ばれる技術もありますね。AIにある人物のパターンを機械学習させて、その人を造り出してテキストを読ませる。そのときオンラインの対面コミュニケーションは、アクチュアルであり得るのか。あるいは、顔認証の技術を使って、オンライン上で対面コミュニケーションをしている人たちを盗視する技術というものは、やろうと思えばすでに可能だろうと思います。ZOOMに顔認識システムを潜在的に埋め込んでおいて、テロリストのリストと照合するとか。集会や活動などでますます使われるであろうWEB会議ツールを、顔から探索してモニタリングできる監視システムとして活用する、というようなことです。ある意味では、ZOOMの流行に伴い、このようなサービスを皆が使うようになることで、膨大な量の「顔」のデータが蓄積されるわけです。そうしたデータを利用した監視技術については色々な想像力を働かせる必要があるだろうと思います。

少なくともこうした危険がある以上、WEB会議ツールを使って、自分の顔面を晒して会話をしていることのセキュリティ上の懸念はあります。とはいえ、直ちに「お前らやばいぞ、盗視されているぞ」みたいな、妄想を喚起したいわけじゃないんです。ただ、技術的にはそうしたことが可能であるということの中に、問題はすでに存在しているということは指摘しておきたいと思います。

 

テクノコードに抵抗するためにはプログラムを知る必要がある

村山 ただ、一方でこうしたデジタルの顔貌を、必ずしもネガティブな事態だと言い切ることもできません。「顔」が画像化することから生まれるイマジネーションもあるだろうと思うんです。

たとえば「SNOW」という顔を交換する機能のついたアプリがありました。SNOWは2015年から始まって、2016年の5月には世界でインストール数が1位になった人気のアプリですが、ようはスマホのカメラで構えた対象空間の中で顔を検知して、顔が二つある時に、互いを入れ替えるというプログラムだった。これが、おもちゃというレベルを超えて、人間の顔にたいするイマジネーションを更新したわけですよね。良きにつけ悪しきにつけ、色々な欲望を掻き立てられる。さらに最近ではsnapchatなど、「顔」画像からジェンダーを変換させるプログラムを持ったアプリも流行しました。たとえば僕は男性ですが、仮に女性だったらどんな顔だったろうというイマジネーションを、プログラムが計算として実装している。これはすごいクリエイティブだと思う。画像のマトリクスのなかで、私たちは新しい顔を生成することができるわけですから。

ただし、不可能だった妄想を具象化することによって、ポルノにおけるディープフェイクのように、セックスイメージへの暴走も起こっています。実在の女性が被害を受けている実態もある。こうした悪い意味での活用も、看過できない問題です。すると結局のところ、このように顔が画像化されるという事態において、いかにそれを引き受けるか、あるいは画像化を解除するためのアプローチは可能かという、デジタルの顔貌の哲学とその実践が必要になるんだと思う。ここでは、一つの事例として、Adam Harveyというデザイナーの「CV Dazzle」(2013)という作品を紹介します。

 

Adam Harvey《CV Dazzle》(2013):https://ahprojects.com/

 

これは2013年の作品ですが、顔検知のシステムをモチーフとした作品としてはかなり早い時期に作られたものですね。頬にメイクが施され、髪の毛の前髪が不思議な形にカットされています。これがなんなのかというと、このメイクと髪型によって、デジカメに搭載されている顔検知システムを撹乱することができる。実際、スマホをかざしても顔検知されないはずです。この作品において、重要なポイントは、このメイクが顔検知プログラムを熟知した上でデザインされているということです。また、僕の作品「環世界とプログラムのための肖像」も近いものだと言えると思います。

 

村山悟郎《環世界とプログラムのための肖像》2015 水彩紙にアクリリック、ラムダプリント、iphone6 各215mm×190mm

 

 

この作品については辻さんが冒頭においても紹介してくれましたが、右側が僕が手で描いたドローイングで、左側が僕が変顔をしている写真です。右のドローイングは僕がiphone6を使っていた当時に描いたものですけど、カメラを構えた時に顔検知されるドローイングを作っています。一見、人間の目には顔に見えないようなパターンですが、顔検知システムには顔として検出される。逆に左側は、僕が変顔をしているだけなので、人間の目には経験的にそれが顔だとわかるけれど、システムには検出されることがない。そうした二つの顔貌を並べて見ることで、機械による顔の認識の在り方、つまりシステムには顔がどのように見えているかという直観的理解を得ようと試みました。

結局、こうした「顔」の画像化の問題、あるいはセキュリティ上の課題と対峙していくためには、顔検出とはどのようなプログラムかを知ることが絶対に必要なんですね。「CV Dazzle」のメイクは、顔検知のコードを理解しているからこそ施すことができる。僕のドローイングがなぜあのようなバラバラの顔貌になるのかもプログラムの仕組みを知れば分かってきます。

実は顔検知の仕組みは、機械学習の中でも古く、2004年くらいには実用化のベースとなる理論ができています。Paul ViolaとMichael Jonesの2人が考案した「Viola-Jones法」というアルゴリズムです。まず、顔のサンプル画像を5000枚くらい用意して、それが全て「顔」であるデータとして機械に与えます。これらのパターンが「顔」なのだ、という答えを用意しておく。実際にどのような処理をするかというと、対象空間(カメラの画角)の中に、さらに小さい矩形でフレームを順次つくり、その空間の中にあるパターンを「顔」かどうか判定していくんです。その際に、輝度の変化率や差異のパターンが重要とされます(色彩は無視します)。たとえば、フレームの外側の領域Aから内側の領域Bに明るさが暗く変化していくというパターンがあるとして、そうした変化を粗視化し、フレームの領域Aから領域Bに向かって明るさが暗く変化している場合、顔である確率が高くなるかという局所的で弱い検知を行っていきます。このような部分検知を無数に作り、その組合せ方を探索して、顔検知の確度が高くなるよう機械学習させる(これのために5000枚の顔データを使う)。そして、頬骨の箇所には光が当たっているから、その下部に暗い影が生じる、みたいな、限定したフレームのなかで輝度の変化率を測る検知器をたくさん合成して、対象空間から顔の確度の高い領域を絞り込んでいく。こうした方法で、顔のパターン検知の高速化を実装しているんです。

プログラムを概観した後にAdam Harveyの「CV Dazzle」を見ると、このメイクの意味も分かってきます。要は、あの頬骨のメイクは、機械にとって最も判定しやすい輝度の変化率を持っている箇所の一つを狙っているんですね。だから、それを撹乱するために通常の光なら輝度が高くなる箇所を黒く、低くなる箇所を白く、逆転させるように塗り込んでいるんです。すなわち、機械が世界をどう見ているかということを、このメイクは反射している。機械は、部分の確率の総合として顔を見ている。僕のドローイングが、バラバラの要素の寄せ集めのように描かれているのも、そうした検知の仕組みを逆照射しています。我々が機械による監視や管理に対して、それを撹乱し、解除するためには、まずプログラムの世界認識を理解するしかありません。もちろん究極的には、完全に顔を隠して、地下に潜るというやり方もあります。けれど、我々はプログラムの働きを知ることができるのだから、それを踏まえ、表現に昇華させたり、自分の顔を隠さずに対面コミュニケーションを守りながら、機械には認識されない方法を編み出すなど、テクノコードに対する抵抗は可能なのではないかと思うわけです。

 

「ここ」にある「いま」に賭ける

HZ 非常に面白いお話でした。今の話をマルチスピーシーズ人類学に引き寄せて考えた時、まず浮かんだのはレーン・ウィラースレフという人類学者の『ソウルハンターズ』という本です。ウィラースレフはこの本でユカギールという狩猟民がエルクという鹿を狩る際の方法についてを記述しているのですが、ウィラースレフによればユカギールは狩猟対象であるエルクに接近するために、エルクにミメーシスする、つまり模倣することによって接近するのだ、としています。エルクになりきり、エルクのまなざし、パースペクティブを獲得することによってエルクの生息圏に入っていくことができ、狩りを成功させることができる、と。Adam Harveyや村山さんの作品についての今のお話は、ある意味、ユカギールとエルクの関係が逆転したヴァージョンであるように感じました。ここでは僕たちがプログラムによって監視され、データ化される、つまり、狩られる側なわけですよね。そうした監視から逃れるためには、あるいはそうした監視と戯れるためには、まずはそのプログラムについて深く知悉する必要があるのではないか、と。冒頭でも触れましたが、これは言い換えるなら機械のパースペクティブを獲得しようという多自然主義的なアニミズムの実践であるとも言えるように思います。

 

 

さて、本来であればここからこのテーマで山川さんにもご応答いただいた上、対談を展開していく予定だったのですが、実は残り時間があまりありません。そこで、このテーマについては後日あらためて非公開で対談を収録、記事化するということにし、今日は前半のテーマについて、もう少し深めていくことにしたいと思います。その上で、僕からも質問があります。

まず最初に山川さんがお話されていた前近代的なメンタリティと近代的な理性とが多層なレイヤー状になっているというお話についてです。確かに、ある種のムラ社会的な連帯責任の構造には、それゆえの同調圧力と排除が常に伴うものかもしれません。しかし、一方で現在は都市的な個人主義や、新自由主義的な自己責任論が広く浸透しています。山川さんのお話は、今日の日本社会がこうした集団主義と個人主義の奇妙なハイブリッドにあるということだと感じました。本来、連帯責任や同調圧力は相互扶助を前提とした共同体の一つの側面であったはずです。しかし、今日ではそうした民間レベルの相互扶助はかなり失われているのにもかかわらず、同調圧力ばかりが残存し、そこから外れた人間は自己責任論によって排除されていく。これはすごくいびつな状況だと感じます。

さらに、このコロナ禍においては、山川さんが言われたように、自治、自警の名の下に感染者の家への落書きや投石などが行われてしまっている。普段から関心を持ちあってきたならいざ知らず、こういう時になっていきなり、自治だの自警だのと嘯いて、暴力的な取り締まりを行うというのは、随分と都合のいい話です。そこについて、山川さんは戦後のハンセン病患者への差別の例に触れて、自治に対する意識の高まりが裏目に出たということも言われていました。ただ、ここをもうちょっと深めていきたい。というのも、僕は自治意識が高まることそのものには期待しているところがあるんです。国家にまともな運営が期待できない今日のような状況において、そうした不完全な国家への依存度を低めていく上では、人々がどれだけ自治的に暮らしをマネージメントしていけるかが重要になってきます。そのように考えた場合、今日、もし自治意識が高まっているのだとすれば、それは歓迎すべきことではないでしょうか。

しかし、その自治意識が、先ほどの事例のように感染者への投石や落書きといった形で発露してしまうと、これは当然問題なわけです。すると、今日において一体どのような自治が可能なんでしょうか。自治は常にテリトリーの存在を前提に行われるものだとも思うんです。すると、排除を持たない自治など本当に可能なのかという問いもあります。自治意識を高めつつ、かつ差別や排除を回避するために必要なことは何か、お二人の考えをお聞きしたいんです。

山川 日本では戦後に日本国憲法が制定され、今日に至るまで、それが守られてきています。らい予防法のような悪法や、ハンセン病隔離法廷のような差別が違憲として断罪されたのは、やはり現憲法でしっかりと基本的人権の永久不可侵や、法の下の平等が謳われているからで、もし自民党が提案している改憲案だったら、果たして違憲とされたかどうか疑わしい。ハンセン病回復者たちは97条や12条の条文を地でいくように、「過去幾多の試錬に堪へ」、「不断の努力によつて、これを保持」するために、「多年にわたる自由獲得の努力」を尽くしてきた人たちで、彼らの闘争は、例えばアメリカにおける公民権運動のように、しっかりと歴史に記憶されるべき重要なものだと思っています。今回のコロナ禍で政府が他国のように強権発動できない状況を鑑みて、改憲すべきだ、との議論もありました。でも僕は「無らい県運動」のような光景が繰り返されるのを目の当たりにして、逆に憲法は変えちゃいけないと強く思うようになったんです。よく言われることではありますが、この国は本当に過去から何も学んでいない。

西洋と日本を比べてどうこう語るのは野暮だとは思いつつ、やはり西洋では知識人や思想家、芸術家たちによって、ホロコーストが研究対象としてどれだけ分析、反省、糾弾されきたか、そしてその学びがどれだけ社会に反映され、社会をアップデートする足がかりとなってきたかを考えると、日本人は歴史的にあれだけの過ちを犯しながら、そこから学びを得ず、足がかりになるものも築けていない。そもそも日本の絶対隔離は西洋モデルの近代化が生み出したものですし、今西洋では近代的理性が積み上げてきたものがガラガラと崩れているわけですが、しかしそれでもアップデートの力学が不在のまま、いつまでも流砂の上に生かされるかのような不毛な循環には絶望的な気分になります。

ハンセン病問題では国の責任について語られることが多いです。確かに国は悪かった。でも実際には先ほどお話ししたように、絶対隔離には市民が自発的に大きな役割を果たしていたわけで、国だけが悪者にされることによって、市民の責任が免罪されてしまっているところがあるんじゃないかと思うんです。なぜあんな世界的にも類をみない人権侵害が起きてしまったのか、専門家の間ではたくさんの研究がありますが、一般的には単に国が悪かったみたいな話になってしまっている。しかしそこにはもっと複雑なメカニズムがあって、その本質を専門家じゃない一般市民も、もう少し知って記憶していくべきなんじゃないかと思うんです。

記憶の継承はなかなか難しい課題ですが、そこで一つの手がかりになるのが芸術作品だと思います。例えば療養所で書かれた文学作品を読むと、そこで彼らがどう生きたかということが生々しく記されているわけです。それを読むと彼らの生が解凍され、ウイルスのように自分の身体に染み込んでくる。芸術にはそういう呪術的な力があるんです。ただ、そういった文学作品はほとんどぜっぴゃん(絶版)になっているのが現状で、歴史に埋もれている作品を発掘し、光をあてていくことが一つの鍵になるのかなと思います。

村山 質問に対する直接的な回答にはならないかもしれませんが、ハンセン病の隔離政策と今回のコロナで共通している点が一つあって、それは感染症に関して専門家がどのような役割を果たしたかという問題だと思うんです。ハンセン病の場合は光田健輔氏という医師が隔離政策を主導した人物として知られていますし、今回のコロナに関しては専門家会議などが実際に感染拡大のシミュレーションを出して、8割の行動制限を提案していました。いずれのケースにせよ、行政が市民に何かを要請していく上で、専門家が理論的にリードするわけですが、そこでの議論がどれくらい透明で明晰なのかという課題があると思うんです。もちろん、その時代において未知なものが含まれているので、全てを合理的に説明することはできないけれど、専門家が政治化/権威化しすぎているように、あるいは市民がそのように委ね過ぎているようにも感じます。

さっきプログラムの内実を知ることが重要だという話をしましたけど、専門家の説明が「どうやらそうらしい」と逆に思考停止を促すことで、そこから先を知ろうとする態度が緩慢になってしまっているように見える。また、今回は科学者の政治的闘争も散見され、政治家も科学者の知見をどう引き受けるか、知性が問われているように思います。専門的なコードの政治化/権威化にどう抵抗していくのか。実際、今回の専門家会議も透明性が疑われていいますよね。ちゃんとデータが共有されて、誰でも計算ができるようになっていて、反証可能性が担保されているのか、よく分からない。今後、そういったところが重要な議論になっていくのかなと思っています。

HZ ありがとうございます。あともう一つ、質疑応答に入っていく前に聞きたいことがあります。やや大ぶりな質問にはなってしまいますが、お二人がアーティストとして、このコロナ禍におけるアーティストの役割についてどうお考えなのか是非聞いてみたいです。それこそ、密を回避しなければならないと言われている今、音楽にせよ展示にせよ、動員を前提とするような作品の発表の仕方というのが非常に困難なものになっているわけです。では、そういう状況下でアーティストは何ができるのか、あるいは何をすべきなのか。そして、このコロナ禍における制作という行為がどういう意味を持つものなのか、どうお考えでしょうか。

山川 難しい質問ですね。まさに今考えているところです。これが答えになっているかは分かりませんが、この対談の趣旨文に記されている村山さんの言葉に「アウラ」というベンヤミンの言葉がありましたよね。今日、顔から「アウラ」が失われていってるんじゃないか、と村山さんは言っている。確かに僕もそれは強く感じています。アウラというのは「いま・ここ」から芸術作品が引き剥がされてしまうことによって失われていくものです。それで言うと、少なくとも今現在、芸術作品から「ここ」は失われていると言えると思います。

 

 

しかし一方で「ここ」は失われてしまったとしても、「いま」は失われていないんじゃないか、と僕は思うんです。共時性、つまり共に「いま」という時間を共有している感覚というのは、まだ命綱のように残されているのではないか。そして、こうした状況下ではこの「いま」こそが重要なのではないか。

ただ、これは難しい問題でもあります。というのもネットで「いま」が鮮烈に立ち現れるとき、そこには「死」がつきまとうからです。例えば最近Facebookライブなどで殺人や自殺の様子がリアルタイムで中継されてしまうケースが多発していますよね。僕は実際には見ていないんですけど、それを見てしまった時に、「アウラ」と言うべきかはわからないけど、自分が生きている「いま」感が、極めて悪い形で強烈に感じさせられてしまうということがあると思うんです。

死の瞬間というのは、逆説的に「生」が最も強烈に立ち現れる瞬間です。911が起こった時に、シュトックハウゼンがあれを「ルシファーの芸術」と称して物議を醸したことがありましたけど、今日、Facebookライブを介して殺人や自殺の瞬間が「表現」として発信され、それを多くの人が共有させられてしまう事態というのは、シュトックハウゼンが言った「ルシファーの芸術」が、ミクロレベルで現れてきている状態のような気がするんです。そういう「ルシファーの芸術」からアウラをいかに奪い返せるか、そして、死をいかに生に反転させられるかは、重要な課題だと思っています。

今日はこうやってZOOMで皆さんと繋がっているわけだけど、いま、ここでは生の存在感は極めて希薄です。しかしそれは単に見えにくくなっているだけで、生と死は表裏一体になって確実にここに存在している。突き詰めればこれは信仰の問題に行き着くのかもしれませんが、ライブ・パフォーマンスに生きてきた者の一人として、「ここ」にある「いま」に賭けたい、という思いは強くありますね。

村山 デジタルの顔貌とアウラについての文章を書いた後に、山川さんと同じようなことを考えていました。「いま・ここ」の「いま」についてです。会いたい人がいて、久しぶりにその顔をディスプレイ越しに見た時のように、おそらく時が隔たっていればいるほど、オンラインだとしても感動はあると思うんです。ああ、生きてたか、みたいな。そういう意味で「いま」には力があると思う。また、殺人や自殺の動画の話に近いところで言えば、心情の吐露とか、極度の情動的緊張や、緊急性を帯びた映像にも、アウラの「いま」性があると思う。映像の文化史というパースペクティヴでいえば、これは今まで生々しすぎて忌避されてきたモチーフだと思うんです。撮影の是非、偶然に映り込んでしまったもの、遺されたテープ、それを公開するか否かの判断、という幾重にも連なった回路のなかで、これまでは棄却されてきたイメージです。近年のリアリティショーをはじめとして、テロ予告、イジメ、ポルノ、ハプニング、監視カメラなどなど、倫理的後退によって映像の「いま」性を安易に追求した結果かもしれません。こうした欲望の罠に陥らないように、しかし、アーティストは映像の「いま」性を切り拓く必要があるでしょう。

ただ、僕が考えている顔のアウラというものは、「あの瞬間、あの人はあんな顔をしていた」みたいな、強烈に記憶に焼き付いている顔面という感触であって(サルが威嚇して吼えるときのような)、その時のコミュニケーションの情動の部分、敵意や親愛のような顔の強度性自体のこと、そうした「顔」が持つアウラなんです。『表情の権力』と言い換えても良いかもしれない。それはやはり実際に目の前にいるということが重要で、実際に目の前にいるからこそ、その顔を殴りたくなったりキスしたくなったりするわけです。ありありとそこに存在していて、自分が何かを働きかけたくなるような「顔」です。

だから、人は「顔」にこだわるべきだと思う。しかし、さきほど述べたように顔面をオンラインに晒し続けることは危険です。オンライン上では、「顔」を違う何かで代替していく必要もあると思っています。だからこそ、制作が鍵となるんじゃないか。それこそハンセン病の療養所における文化芸術活動のようなものです。たとえば文学は、顔がなくても文体で作者が分かる。自分の固有のパターンを、身体ではなく創作物で形成する。平たく言えば作風のことですね。たとえばZOOMで対話するとき、自分の顔を映さなくとも、その人であることがありありと分かる方法をいかに作っていくか。表現者に限らず、誰もがいまやっていくべきことだと思ってます。

HZ ありがとうございます。今日は「顔」をひとつのテーマに、まさに「顔」だけが画面上に並ぶZOOM上でトークしてきたわけですが、あるいは僕たちは「顔」が特権的に強い意味を持つ時代の終わりに立っているのかもしれません。このテーマについては、先ほども言った通り、別日にあらためて続きを収録したいと思います。では、ここから質疑応答にうつっていきたいと思います。

 

質疑応答

Q1 人類学者の奥野克巳です。非常に面白かったです。実は辻さんが途中で脱落するかもしれないと事前にメールで聞いていたので、最後、私がお二人の対談をまとめる必要があるかもしれないと思って、お二人への質問などを考えていました。辻さんが最後になされた二つの質問が、まさに私が質問しようと考えていたことと同じだったので、あえてここで質問しなくてもいいのかもしれませんが、少し違う角度からのコメントを挟ませてください。

一つは、辻さんが二つ目に出された問い、つまり山川さんが前半にお話しされたような、COVID-19をめぐる今日の状況と重なり合うハンセン病者が置かれていた状況に対して、アートの可能性というのはどこにあるのかという点についてです。差別や偏見の問題に対するアプローチとして、「ストラティジック・エッセンシャリズム」という手法を想起しました。「戦略的本質主義」です。ポストコロニアリズムの時代に盛んに論じられ、あるいは実践された考えです。

ストラティジック・エッセンシャリズムとは、たとえば、先住民の人たちが虐げられ、苦しんでいる状況からなんとか脱却しようとした時に取られた戦術のことです。それまでは外部から本質主義的に捉えられていた、「先住民は未開の人たちだ」「あいつらは野蛮なんだ」というイメージを逆手にとって、それを自ら演じることによって、自分たちの主張を通していくという戦略です。テレンス・ターナーという人類学者が、1989年にダム建設に反対するアマゾニアのカヤポーの人々の行動を映像で記録して、一躍知られるようになりました(Kayapo-Out of the Forest)。

 

 

ブラジルで、先住民の土地にダム建設が計画され、それに反対する先住民たちの集会が全世界に向けて報道されたのですが、その時、テレビの画面に映し出されたのは、水没する地域に住む先住民の女性が電力公社の代表の顔に触れるように山刀を振りかざすというシーンでした。参加した先住民の多くはまた、戦闘のための伝統的な装身具を身に着けており、この怒りをあらわにする戦闘的な先住民のイメージを世界中の視聴者に先住民のイメージとして行き渡らせたのですが、この素朴な先住民が怒りをあらわにしている場面は、先住民が自ら演出した「インディオ像」だったのです。そのうえカヤポー自身は、この集会の様子をビデオに撮っていたのです。この集会は国際世論をも動かして、融資を表明していた世界銀行に、その融資を中止させるという成果をもたらしたのです。

これは、映像と政治活動をまたいだ形での表現の可能性の事例の一つであるように思われます。お二人のお話を伺っていると、そういった方向では語られなかったように思うのですが、ハンセン病の元患者たちの現実が、アートを介してどのような可能性を孕んでいるのかに関して、もう少しお話を聞いてみたいと感じました。

もう一つは、辻さんからの最初に問いに関してです。自粛警察とか自警団活動などについては、ポジティブに捉えられる部分もありますが、行き過ぎると、投石や落書きなどの差別行為へとつながってしまっている状況がある。このことをどう考えればいいいのかという問いに対して、お二人は歴史から学ぶこと、あるいは専門家に頼るだけではなく、その病いについて自ら学んでいくことが重要だとおっしゃっていました。その話を聞きながら、人類学者ならどういう風に考えるのだろうかと考えました。

最近訳し終えたティム・インゴルドの『人類学とは何か』の中で、人類学者が社会問題に対して公的な場でどういうコメントをするのかということの一般的イメージが取り上げられていました。「人類学者にありがちな答えは、質問者を非難し、その暗黙の前提を明るみに出」す。「人類学は、あなたが知りたいと思っていることは言ってくれない。つまり人類学は、あなたがすでに分かっていると思っていることの基礎をぐらつかせる」。人類学者が社会問題に対して発言しても、知識量は増えないんです。むしろ、話をする前よりも知識量としては後退しているかもしれない(笑)。私自身も人類学には、そういった側面があるのだと思っています。社会問題に関して人類学者がどう考えるのかというと、おそらく当該の状況の中からポーンと外に飛び出してみる、つまり外部から考えてみることになるのだろうと思うんです。

 

 

先ほどの山川さんのお話ですと、古い伝統的な村社会における日本の規範があって、そこに明治以降に西洋から生権力のモデル入ってきたということでした。そして、それらがハイブリッドな形で奇妙に混ざり合って作り上げられてきたのが現代の日本社会であって、今、その歪みみたいなものが出てきているということだったと思います。ものすごい正論だと思うのですが、人類学なら何が言えるのか。おそらく、生権力のようなものが作り出される前の段階に飛び出てしまうということを想像してみることではないかと思います。言い換えれば、「いま・ここ」に居ながら、「いま・ここ」を超えて考えてみるということです。「いま・ここ」を相対化する上で、そのやり方は重要な面もあったのですが、近年の人類学はそうしたやり方をしなくなってきています。つまり、我々の問題をもっぱら我々の内側から考えてしまっている。

つまり、人類学は人間社会や文化それ自体を探求することにあまりに集中しすぎて、人間のことに関して、人間の社会や文化を土台に考えるしかなくなってしまったんです。一種の視野狭窄ですね。特に今日のような状況下においては、人間の文化を土台に考えていては、手に負えないことが多々ある。だから、人間という「種」を超えて、「複数種」「多種」というところへとポーンと飛び出すことが、かつて行っていた文化というものを相対化する手立てとはまた異なる別の手立てとなりうるのではないか。それが今日の人類学がなすべきことではないかと思っているのですが、お二人の話を聞いていて、なんかマルチスピーシーズの説明のようなものになってしまいましたが、そういうことをあらためて思いました。

山川 レスポンスになるかは分かりませんが、僕自身は日常的な常識みたいなものから逸脱し、根本から覆すみたいなことを常にやりたいと思っていて、そのための方法を常に模索しています。例えば僕は『LIVE FOR 70 HOURS』と題して、2017年の7月7日の午後7時から、70時間にわたってソロでライブをやり続けるということをやってみたんです。会場は70時間ずっとオープンしていて、お客さんは一回チケットを買うと何度でも再入場できて、70時間ずっと観たければ観続けることもできる。僕がここでやりたかったのは、日常と芸術の垣根を取り払おうということよりも、「時間に抗う」ということでした。

 

山川冬樹《LIVE FOR 70 HOURS》2017 Photo : Akihide Saito

 

これは先ほどのFacebookライブ殺人にも関わってくることですが、今や全世界がノンストップのライブの狂騒の渦中にあるような気がするんですね。僕らは日々過剰に情報に晒され、また過剰に情報として晒されながら絶えず監視され、急がされ、色んなことを忘却させられているんじゃないか。ライブという言葉には「生きる」という意味もあるじゃないですか。その僕らの「生きる」ための時間はどんどん加速させられ、細切れに切断されてはただちに消尽され、もはや時制すら曖昧で、自分がいつを生きているのか、なんだかもう解らなくなってきている。

図らずもこのコロナ禍によって、70時間ライブの現場にあった、滞留する時間感覚が取り戻されているような気がしているのですが、それは別の言い方をすれば自分なりのアジールを創ることでもありました。そこにはハンセン病回復者の人たちが療養所に滞留しながら、文化芸術活動によってその土地を再領土化してきたことも、多分に影響していると思います。実際ライブ会場にはちょっとした避難所みたいな空気が漂っていたんですが、70時間演奏し続けることによって、現代の時間感覚から逃れるための、まったく違う時空をそこに創出したかったんです。

実際に70時間もライブをやる続けていると、完全に生きてる時間の感覚が変わるんです。なんとか最後までやりきったんですが、終わった後には1時間が10分に感じられたり、もう完全に時間感覚が狂ってしまい社会復帰できなくなってしまいました。お客さんの方も、長く付き合ってくれたような人は、時間感覚が狂ってしまって、元の社会に適応するのにしばらく時間がかかったと聞きました。さっきの奥野さんが言っていたこととはちょっと違うかもしれませんけど、外部にポーンと飛び出すという意味では、70時間ライブはそういう実践の一つだったのかなと思います。

村山 僕もちょっとだけレスポンスすると、今日の話では、僕はデジタル化する顔貌のことを考えてきたわけですけど、一言に「顔」と言っても、そこには写真によって拓かれたマスメディア時代以降の「顔」、印刷技術が主流だった時代の宗教絵画・イコンとしての「顔」、あるいは文字テクスト以前の呪術的な「顔」など、人類史のなかでも複数の「顔」があって、それぞれ違ったものだっただろうと考えられるわけです。たとえば、ドゥルーズ+ガタリが「千のプラトー」のなかで展開している顔貌性の議論のなかには、原始社会のなかでつくられた顔の図案がでてきます(「大地のシニフィアン的専制的な顔」)。白地に二つの黒点を基調にして、様々な変換をかけてヴァリエーションをつくった図案は、部族社会の仮面文化を想起させるのに十分です。ピカソが、アフリカの仮面からインスパイアを受けて描いた肖像の形態のように、独特の変形過程がある。その顔貌からは、かつての世界観における顔面というものが、我々のそれとは決定的に異なった形で、捉えられていたということが想像されます。それは今日の僕達からしたら、まさに外部として感じるものです。もちろん、写真以前の「顔」に我々が戻れるわけではないけれど、異なる「顔貌」に触れることは、今日において支配的な「顔」の権力を相対化するための一つの方法だと、僕も感じています。

 

 

Q2 四方幸子と申します。まず一つは、監視の問題について、お二人それぞれ違った視点から話されていましたね。山川さんはハンセン病を通じた日本社会の問題を考えているのに対し、一方で村山さんはデジタル化における顔認証の問題、グローバルな問題を考えられていた。いずれの視点もとても興味深かったです。

まず、山川さんの視点についてですが、私自身もまた日本人はどういう人たちなのかなということをずっと考えてきました。今日のお話、司会の辻さんが指摘された部分を含めて、すごく納得しているんですけど、なぜそのような状況になってしまっているかというと、その背景には自分で責任を持ちたくないという日本人のメンタリティがあるのではないかと。つまり、延々と本質的なものから逃げているような、そういうイメージがあるんです。教育システムにおいてもそうだし、政治システムにおいてもそうだし、社会の様々なところで常に責任が回避されていて、そうしたところに根があるのかなと感じました。

村山さんの話を聞いていて思ったことは、最後の発言で、原始社会における顔についてのお話がありましたが、やはりそうですよね、技術の進展、新しいメディアの登場とともに、新しいことが見えてくるし、世界認識が変わってくる。その上で、私が気になったのはキャラ化についてです。日本では戦前から、漫画とかを通じてキャラクターというものが多く描かれてきましたよね。キラキラ光る大きな目の女子とかがたくさん描かれていて、そういった幻想があって、そうした幻想が実際のメイクなどにも影響を与えていたりします。今だったら画像加工アプリで画面上の顔を変えることができたりするわけです。ただ、これはもはや日本だけの現象ではなくなっていて、絵文字やスタンプ、今言ったような画像加工アプリの流行はグローバルに展開しているわけです。あるいは今後、ZOOM上でも色々なキャラクターに姿を変えてみたり、アバターのように毎回好きなキャラクターでコミュニケーションをとるような世界になるのかもしれないし、すでになりつつあるのかもしれません。そうした日本を一つの震源に、世界的に進行しているキャラ化の時代における「顔」について、どうお考えなのかお二人に聞いてみたいんです。

HZ ありがとうございます。それでは、今の四方さんのご質問に回答していただいて、この対談を締めたいと思います。ただ、冒頭で話した僕のPCの充電がいよいよ残り2%のところまできてますので、もしかするとお二人の回答中に僕は消えてしまうかもしれません。なので、先にご挨拶させていただきますが、本日はどうもありがとうございました(笑)。奥野さん、最後の締めの方、お願いします。ではお二人、ご回答をお願いします。

山川 キャラ化……、そうですねぇ。

四方 たとえば、もう少し具体的なところでは、キャラ化、アバター化というのが監視を逃れる方法となるような可能性もあるんでしょうか? ある種のカムフラージュというか。あるいは、生まれ持った「顔」に囚われず、なりたい容貌になるだか、現実ではなりえないものにさえなることができるという意味では、これまでよりも自由度があると言えるようにも思うんです。

村山 現状のキャラ化を見ていると、基本的にプログラムで顔にエフェクトをかけるときに顔検知システムをかませているので、自分の顔データを取り込んでしまいますよね。キャラ化のアプリを自前で実装するなら良いけど、どうでしょうか。少なくとも、対プログラムへのカムフラージュにはならないんじゃないかと思います。どちらかといえば、人間同士のコミュニケーションの次元で、自らの顔を変貌させたいという欲望を、今までよりも具象化していくことにはなりそうですよね。その流れは以前からあって、それこそマスメディアによって作り出されたスーパースターの時代、マスメディアの権力によって顔貌化するスター、たとえばマイケル・ジャクソンのような、劇的に変貌していった顔があると思うんですよ。当時は、そこにフィジカルな変化が伴っていたわけだけど、今はそうしたフィジカルな変化を経ずに、自分の顔が勝手にポルノにされる事態にまでなっているんだと思います。そういう意味ではメディアの権力を、テクノロジーが加速分散させているようにも見えますね。あと、僕は漫画表現などの「キャラ」って、頑健なパターンでありながら情動的変化に富んだ顔イメージという概念で考えていて、漫画家が描く生きたキャラのシミュレーションって、まだAIでもモーションキャプチャでも表現できていないんじゃないかと思いますね。

山川 このトピックについてはもう少し考える時間が欲しいですね。なので、問いは持ち帰らせてください。あらためて追加収録の際にでもお答えできればと思っています。

HZ ありがとうございます。一応、残り1%で生存しました。では、所定の時間も超過していますので、ここでお開きとし、今の四方さんからのキャラ化の問いかけを含め、デジタル化する「顔」の問題については、別日に収録を行いたいと思います。

山川 そうですね。僕も村山さんにまだ聞きたいことがあるので。あるいはハンセン病をめぐる顔の問題についても、僕自身、まだ全然話せていなかったんで。

HZ そうですね、この先はまた……

村山 あ、消えた。

山川 消えた(笑)

村山 ……じゃあ、、よく分からない状況ですけど(笑)、我々で締めますか。辻さんが消えたところでちょうどいい感じですし。

山川 でも、すごいですね。今、辻さんが消えた瞬間、まさに「いま」を強く感じました。

村山 そうですね(笑)。バッテリーが切れるという形で、最後に「いま」を示してくれた。コミュニケーションのアウラ。

奥野 では辻さんが充電切れでいなくなりましたので(笑)、これで今日の山川さんと村山さんの対談を終了させていただきます。長い時間、どうもありがとうございました。

 

(本文内で言及した山川冬樹×村山悟郎・対談の追加収録分をまとめた記事は2020年7月内に公開予定です)

 

 

構成|辻陽介

ドローイング|大小島真木

 

 

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山川冬樹 やまかわ・ふゆき/1973年ロンドン生まれ。現代美術家/ホーメイ歌手。横浜市在住。
声と身体を媒体とした表現で、音楽、現代美術、舞台芸術の分野で活動。心臓の鼓動の速度や強さを意識的に制御し、それを電子聴診器を用いて光と音に還元するパフォーマンスや、骨伝導マイクで頭蓋骨の振動を増幅したパフォーマンスで、国内外のアート・フェスティバルやノイズ/即興音楽シーンなど、ジャンルを横断しながらこれまでに15カ国でパフォーマンスを行う。2015年横浜文化賞文化・芸術奨励賞受賞。

 

村山悟郎  むらやま・ごろう/1983年、東京生まれ。アーティスト。博士(美術)。東京芸術大学油画専攻/武蔵野美術大学油絵学科にて非常勤講師。東洋大学国際哲学研究センター客員研究員。自己組織的なプロセスやパターンを、絵画やドローイングをとおして表現している。2010年、チェルシーカレッジ, MA ファインアートコース(交換留学)。2015年、東京芸術大学美術研究科博士後期課程美術専攻油画(壁画)研究領域修了。2015-17年、文化庁新進芸術家海外研修員としてウィーンにて滞在制作(ウィーン大学間文化哲学研究室客員研究員)。http://goromurayama.com/

 

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