ケロッピー前田 『クレイジーカルチャー最前線』 #18 次なる「スレッショルド(大跳躍)」に備えよ! カウンター視点に『ビッグヒストリー』が必要な理由
驚異のカウンターカルチャー=身体改造の最前線を追い続ける男・ケロッピー前田が案内する未来ヴィジョン。現実を凝視し、その向こう側まで覗き込め。未来はあなたの心の中にある。
なぜいまビッグヒストリーが必要なのか
いまだ収束の見えないコロナ禍にあって、縄文タトゥーの旅を続けてきた当連載も、謎の感染症COVID-19のパンデミックに立ち向かうべく、今回は名著『ビッグヒストリー』を取り上げ、138億年の歴史から、改めて“今を生き抜く”ヒントを探してみたい。
『ビッグヒストリー』とは、歴史学者のデヴィッド・クリスチャンが発案したもので、ビッグバンによる宇宙の誕生から人類史も含む、壮大な歴史を自然科学と人文科学の領域を超えて一望することを目指している。特徴としては、8つの「スレッショルド(大跳躍:threshold)」を通じて、大きな歴史を読み解いていくことにある。
ここでいうスレッショルドとは、監修者の長沼毅によれば、「それまでの世界とはガラッと変わる大跳躍」、あるいは「それ以前にはなかった複雑さ(complexity)が出現する上位世界への大跳躍」と解説されている。
それぞれのスレッショルドによって、大きな歴史を読み解く作業に取り掛かる前に、「なぜ、いま『ビッグヒストリー』が必要なのか?」をはっきりさせておきたい。
この書のなかに「未来のヒストリー」という章があることからわかるように、現在の私たちの日常そのものが次なるスレッショルドへのプロセスであり、21世紀の前半に大変革が来てしまうかもしれない。
当連載の第1回目で、世界的ベストセラーのユヴァル・ノア・ ハラリの『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』を取り上げたが、いまこのタイミングで人類史を総覧する理由は、人工知能やロボット技術、遺伝子改良などのテクノロジーによって、人間そのものが変異してしまう可能性に直面しているからだった。そればかりか、人工知能が人間の能力を追い越す「シンギュラリティ」の到来に備えようということでもあった。
『ビッグヒストリー』も、未来のヒストリーを取り上げている点で問題意識は『サピエンス全史』に通じる。そして、現在、パンデミックの到来によって、テクノロジーへの依存度は急激に加速している。つまり、シンギュラリティ到来は早まり、次なるスレッショルドも容赦なく迫ってくるような状況になっているのだ。
138億年というトンデモなく壮大な歴史において、いまこの2020年、歴史が覆るような激変がもうすぐそこまで近づいているのかもしれない。そして、『ビッグヒストリー』は、そんな過酷な時代を生き抜くための教科書となるべきものなのだ。
ビッグバンから人類誕生まで
まずはビッグバンによる宇宙の誕生から見ていこう。もちろん、第1スレッショルドは宇宙のはじまりだ。だが、最初は熱エネルギーと爆発があっただけである。そして、第2スレッショルドになって、やっと物質が誕生する。最初は水素とヘリウムしかないが、それらが雲状になって、のちに恒星が生まれる。第3スレッショルドは、多様な化学元素の生成だ。恒星はそれ自体と周囲に膨大なエネルギーの流れを起こすので、多様な元素が生み出されていく。第4スレッショルドで、太陽系そして地球が生まれる。
ここでポイントとなるのが「大陸移動説」である。ドイツの気象学者アルフレート・ウェーゲナー(1980-1930)が提唱したもので、現在は「プレートテクトニクス」という理論にまとめられている。地球上の地形の変化、火山や地震が起こる理由、大陸や海が形成される仕組みなどを説明するもので、現代の地球科学の中心的パラダイムである。『ビッグヒストリー』では、地球環境の問題がのちの重要なテーマとなってくるが、人間登場以前から歴史を紐解かねばならない理由はまさにそこにある。
第5スレッショルドにきて、やっと生物が現れてくる。生命の誕生に必要なのが、「ゴルディロックス条件」と言われるものだ。ゴルディロックス条件とは、「暑すぎず寒すぎす、ちょうど良い」という条件のことで、各スレッショルドごとにも示されているが、生命の誕生のためには、奇跡的なゴルディロックス条件が揃わなければならない。
1952年、スランリー・ミラー(1930-2007)は原始大気に近いと思われるガスでガラス管を満たし、滅菌水が入ったフラスコに取り付けて放電すると、プラズマが発生し、稲妻が走った。ガラス管は一週間で赤茶色になり、ドロドロした物質は有機分子からできていた。分析してみるとタンパク質を構成する少なくとも6種のアミノ酸があった。
生命誕生のためのゴルディロックス条件は「豊富に存在する複雑な化学物質+ほどよいエネルギーの流れ+水のような液体媒体+適切な惑星」となる。
そして、第6スレッショルドでホモ・サピエンスが現れることになる。もちろん、そこに到達する過程ではホミニン(現生人類および化石人類の系統)として知られる大型類人猿の800万年前から20万年前までの進化が必要である。さらにホモ・サピエンスとホモ・サピエンス以前(たとえば、ネアンデルタール人)との間には大きな違いが存在する。この本では、そのようなスレッショルドを特徴付ける特性を「エマージェント・プロパティ」といい、ホモ・サピエンスにおける特性は「コレクティブ・ラーニング(集団的学習)」であるという。
これは、ひとつの発明をみんなで共有し、相乗作用を生み出すこと。この特性は参加者が増えれば増えるほど効果的で、そのおかげで、我々、ホモ・サピエンスは生物種としてどんどん発達していくことができたのだ。
戦争と破壊のテクノロジーの世紀へ
やっと人間としての歴史が始まったわけだが、特に日本についての記述に注目して流れを追ってみよう。
『ビッグヒストリー』に、日本が初めて登場するのは「土器の発明」で、その主役は「縄文人」だ。本書には「土器の発明によって、貯蔵、液体の輸送、調理が簡単にできるようになった」とあり、「土器を最初に作り出したのは、日本に住む狩猟採集民族[縄文人]だった可能性があり、(中略)最古の土器片は(中略)紀元前1万4000年前ころのもの」であると書かれている。メソポタミアで土器が使われるようになったのは、紀元前6500年ごろからで、その千年後には軟質金属(金、銀、銅)の加工が始まった。青銅器は紀元前4000年にメソポタミアで出現し、紀元前2000年には中国でも使われていた。
5300年前のタトゥーをしたミイラ、アイスマンが銅製の斧を持っていたことは、当連載でも以前紹介している。また、文字学の権威・白川静が中国の青銅器に残された「金文」やそれ以前の骨や甲羅に刻まれた「甲骨文字」の研究から文字のはじまりばかりか、イレズミ(文身)の成り立ちについても探求していたことも連載で以前紹介した。『ビッグヒストリー』でも中国文明と文字の誕生のところに「卜骨(ぼっこつ)」の記載がある。
約1万年前に最終氷期が終わり、海面上昇が起こったことで、世界は海で隔てられた四つのゾーン、日本を含む「アフロユーラシア」「アメリカ大陸」「オーストラレーシア」「太平洋の島々」にわけられた。そこからは、近代の到来までをゾーンごとに解説していくことになる。
この一連の流れは、第7スレッショルドの「農業革命」と関連している。氷河期が終わり、地球の温暖化に伴い、世界的に農業が広まっていく。それに対して、日本の農業は弥生時代(紀元前3世紀)からで、狩猟採集生活を1万年以上も続けた縄文時代の特異性を際立たせている。その後ふたたび日本が登場するのは、シルクロードにおける仏教伝来のところである。
第8スレッショルドは「近代革命」で、近代以降の世界的な工業化から現代までに至る時代を「アントロポシーン(人新世:地球上での人類の活動が地質学上でも痕跡を残すようになった時代)」としている。
日本が本格的に世界史に関わるのは明治維新以降、ロシアも同じ時期に工業化が進むが、日本は天皇制を残している。中国はイギリスとのアヘン戦争による植民地化され、支配層が弱体化する一方で農民が増え、反乱が起こると鎮圧のために日本軍が出兵している。その過程で、日清戦争(1894)が起こり、さらに日露戦争(1904)が続き、日本はそれぞれに勝利し、1919年の第一次大戦後、アジア最強の帝国主義国家となる。1941年、真珠湾攻撃がきっかけでアメリカと開戦する。その後、日本は「戦争と破壊のテクノロジー」において、広島と長崎への原爆投下と、2011年3月の福島第一原発事故のところで登場することになる。
最終的に宇宙ごと蒸発するのだとしても
経済成長、エネルギー、人口増加や環境汚染などの問題を取り上げ、20世紀までが締めくくられたら、最終章となる第13章「未来のヒストリー」である。
この章は3つの未来予想で構成されており、ひとつ目は「近未来」、100年後を想定した未来だ。「人口増加」「化石燃料供給の限界」「気象の不安定化」「傷ついた生態系」などが問題として挙げられている。ふたつ目は「今後数千年間」とあり、未来のテクノロジーが様々な問題を解決できるのか、あるいはその発達を鈍化させることで人口を少なくして緩やかな変化のなかで生きていくのか、どちらかになるだろうという。他の惑星への移住についても語られるが、そこまでいくともはや「“私たちのような人間” の歴史には終止符が打たれるのだろう」とされる。三つ目は「はるかな未来」であり、もはやそこに人間は登場しない。数億年後、プレートテクトニクスによって、地球上の大陸は再び集まって、「超大陸アメイジア」になるという。いまから30億年ないし40億年後には、太陽は燃え尽きて膨張し、地球を飲み込んでしまう。その後も宇宙は膨張を続けるが、それぞれの恒星は寿命を迎え、惑星と生命の出現を可能にしたコルディロックス条件は存在しない。途方もない未来においては「残存する物質が中性子物質へと変換され、その後ブラックホールを形成し、それも最終的に蒸発する」のだ。
この本における結論部には、「私たちは、宇宙が私たちを取りまく驚異的な世界を創造するのに必要な活力で満たされた時期に、宇宙の創造物となったのだ」とある。
筆者の言葉で言い換えるなら、私たちがいまこの地球に生きていること自体が奇跡的で非常に貴重なことであるということだ。だから、地球環境を気づかい、気象の安定化と生態系の維持に努め、自然の一部でもある自らの身体をも大切にしようということだろう。
来たる第9シュレッショルドに備えよ
ところで、著者のデイヴィッド・クリスチャンは、ネットプレゼン番組TEDで講演した際、『ビッグヒストリー』は自分の孫を含め、世界中の高校生に読んで欲しいと語り、巨大な問題に直面したときに役に立つものであると力説した。実際、『ビッグヒストリー』は地球規模の問題に取り組む学問として、ビル・ゲイツに評価され、教育プロジェクトとして1000万ドル(11億円)もの出資を受けているほどである。
ちょっと極端なたとえかもしれないが、現在の新型コロナウイルスのパンデミックが第9スレッショルドへのとば口であったとしたらどうだろう。感染拡大防止のための人間の活動自粛やロックダウンは二酸化炭素排出量の減少には貢献している一方で、世界的経済活動の縮小が国家や社会の経済基盤を脅かし、個人の体調やメンタルにもマイナスの影響を及ぼしている。
『ビッグヒストリー』から現在のパンデミックをみると、いまこの瞬間が時代の岐点となっているかもしれないのだ。カウンターカルチャーの立場からも大きな歴史の視点がなければ、いまの現実を読み解くことはできない。積極的なイノベーションと状況の変革を実践していくことで、次なるスレッショルドに備えよ!
【INFORMATION】
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