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亜鶴 『SUICIDE COMPLEX』 #14 多様性を認めたい君とはそもそも何様なのか

8月の三越の展示についてだ。それはしょっぱなから大変だった。39度近くある炎天下の中、僕に出された指示は長袖を着用しての搬入だった。残念なことに、その指示を出してきたのは百貨店ではなく本展のキュレーターであったようだった。

SMH

 何も分からない。

 最後にこのコラムに寄稿をしたのも気がつけばもう7カ月も前だったらしい。あれだけいつも何かに義憤を感じ、怒り、そして、それを全ての原動力としていたはずなのに。

 それが今となっては何も分からない。

 思ってもみなかった状況に世界が飲まれてからすでに1年近くが経過しようとしているらしい。

 それまで僕は何を考え、何に怒り、何をしていたのか。古い記憶ではないはずなのに、もう思い出すことができない。そもそも僕が何かを考えていたことなんてあったのだろうか。それすらも分からない。

 インバウンド産業に関わっていたため、本年3月頃より事実上の失職状態が続いている。自身が運営していた店も5月末をもってテナントの解約をした。

 これは未来を見据えた一時的な撤退であるのだ。そう自らに言い聞かせているものの、果たしてこれからどのように奮起すればいいのか、何を精神の起爆剤すればいいのか。てんで思い浮かばず、毎日、とにかく時間が過ぎゆくことを念じているだけの状況だ。

 10年住んだ我が家で初めて換気扇の下でこっそり煙草を吸ってみたり、愛犬とパンを分けあって食べてみたりした。内緒で少しだけ悪い事をしている気分だが、そんなことをしてみたところで、飢えや乾きは一切止まない。

 

 

 全てが変わってしまった生活の中での唯一続いている習慣と言えば愛犬の散歩、あとはせいぜい無料漫画アプリで朝晩と2度配信される刃牙を楽しみに待つというくらいだろうか。減りゆく一方の貯金残高を憂い、毎晩毎晩浴びるように酒を飲み、意識朦朧としつつ何度も何度も見た映画を見直すことで、かろうじて自我を保つだけの日々。あるいは、より派手に、より完全に崩壊した自分を体験したいとどこかで願っているのかもしれない。そうすればきっと無理にでも再構築することができる。そんなことをぼんやり思いつつ、また酒を煽る。

 

 

 本当を言うと、このコラムにしたって、ああ、このことを書こう、書き出しはこうしよう、とネタを考えたりすることもあったんだが、翌日になると全く何も思い出すことができずにいた。僕には本当に昨日というものがあったのか、そして明日は本当に到来するのか。それすら今では定かではない。統合が失調しているのかもしれない。なんにせよ、やばい状況だ。

 ニューノーマル。新しい生活様式。勝手に言っていてくれ、という感じだ。テレビをつけてみると自称”デブのオカマ”が全てを分かっているかの口ぶりで他人に「お前」だのなんだの言って小馬鹿にしたように悪態を吐いている。一方で芸人たちはバランスの良いセリフばかりを吐くようになっている。なんなんだろう、この感じ。流石に疲れた。

 とはいえ、絵は描いていた。有りがたいことに夏には日本橋三越でのグループショーの話もいただいた。さらに10月初頭には昨年もお世話になったMEDEL GALLERY SHUでの個展があった。また同月末には同ギャラリーより台北でのアートフェア、”アート台北2020”にも参加させてもらった。出品したのは全て完全な新作。おそらくこの半年で40枚くらいは作品を作ったのではないだろうか。ただ有り余る時間を浪費していたわけではない。僕は、やる時はやる男なのだ。

 

 

 

 しかし、残念なことに台湾で展示された僕の作品はインスタ映えスポットのようにはなっていたらしいものの作品自体は全く動かず、つまりは売れなかった。ギャラリーには本当に申し訳ないことをしてしまったし、僕にとってもただただ作品が売れないという現実を突きつけられただけだった。

 

 

 「良い作品だけど飾りにくいんだよね」。もう100万回は聞いたセリフだ。それをあらためて方々から頂戴した結果、11月以降、こうして僕は見事な燃え尽き症候群になってしまったわけだ。自己肯定感の鬼である僕は仕事を失ったくらいでへこたれることはない。ただ、流石に今の状況での「新作が全く売れない」は、心身、そして財布へのダメージとしてもつらく、トドメの一撃だった。正直、その報告を受けた時は意識が混濁しそうになった。

 悄然としていても仕方がなく、せめてもとばかりに人にはよく会った。知人の家庭の相談を聞いてみたり。自殺を図ろうとした友がいれば駆け付けてみたり。ついでに金がないのに人に金を貸してみたりもした。もしかすると僕は誰かに必要とされることでこの冴えない気分を紛らわそうとしていたのかもしれないが、それも結局、大した効果はなかった。

 

 

多様性万歳!

 さっきから愚痴ばかり書いているが、ついでにもう一つ愚痴を書こう。8月の三越の展示についてだ。

 それはしょっぱなから大変だった。39度近くある炎天下の中、僕に出された指示は長袖を着用しての搬入だった。まあ所詮は百貨店、古い大企業のコンプライアンスということであれば、昔ながらですねえという程度で、「はいはーい」と笑顔で長袖の一つも着るところではあるのだが、残念なことに、その指示を出してきたのは百貨店ではなく本展のキュレーターであったようだった。

 ちょうど僕らの展示の前の会期において、三越ではある一悶着が発生し、さらに当事者同士ではないところから公開質問状を叩きつけられるという、さながら当たり屋に出くわしたようなトラブルに遭遇していた。実際、内部的にも非常にピリピリしていた時期だった。ちなみにその件に関しては、その後、ひたすらに簡易で安直なお気持ちの”賛同します!”をSNS上で無数に集めただけで、特に目立った進展はないまま今を迎えているのだが、とにかくも、そんな中での搬入で、さらに前日になっての長袖着用とのお達しとあって、僕は「色々大変ね、三越さんも」という感じではあったのだ。しかし、蓋を開けてみるとキュレーターが勝手な気遣い、気廻しをして僕に指示を出していたということを知り、いささか腰砕けになってしまったわけだ。

 

 

 彼は彼なりに大人数のグループショーを卒なくこなそうと必死だったのかもしれないし、きっとそうであったのだろうと信じたい。それに僕はこういった扱いに慣れている。確かに僕自身の見た目はパッと見、怖く、奇怪に見えるからだ。僕を知らない世間様から自分がどの様に見られているかは十二分に理解しているつもりであり、だから、言われるがまま当日は長袖を着用し、ご時世物のマスクもしっかり付けていたのだ。そこまでは別に構わない。ただ、そのことについて、キュレーター本人から何ひとつ労いの声をかけられることもなかったことには、正直、寂しさが募った。

 

 

 何より僕が腑に落ちなかったのは、そのキュレーターが自分自身が色弱であるという背景を有しており、そうした色弱からの視座を提示することを作家としてのテーマとして掲げていることだった。つまり、彼は視座の多様性を自らの制作のコンセプトとして採用しているのである。誰がどういうバックボーンのもとどういうコンセプトでどういう活動をしていくか、なんてことはそれこそ好きにすればいいという話なのだが、少なくとも彼の視界の半径何mには「全身に入った刺青を隠して汗まみれに作業している出展作家の亜鶴」という多様性は存在していなかったようだ。そこには虚しさを覚えた。

 くどいようだが、僕は真夏に長袖を着させられることや、誰かに無視されてしまうことが問題だと言いたいのではないし、そもそも多様性万歳思想の持ち主でもない。単に僕はダブルスタンダードが嫌いなだけだ。

 しかし、そうは言ってみても僕は僕で普段から苦手にしているタイプの人間もいるわけだし、僕の視界から抜け落ちてる人間もいるだろうし、どっかで言行不一致やダブルスタンダードをやらかしてないとも言い切れない。誰かを気づかずに虐げていることだって多分にあるのだろう。そういった自分の振る舞いには無自覚でいられるというのに、嫌いな言葉ではあるがいざ”当事者”となった途端に、都合よく憤慨するという僕自身のズルさにも辟易してしまったところもあった。

 多様性という言葉が独り歩きして久しいが、その取り扱いは実に厄介極まりない。しかし、その言葉は非常に使い勝手や耳障りが良いため、なんならそれは今日「”分かっている人たち”である証明書」のようなものにもなっている。

 確かにその言葉によって、「あたし生きてても良いんだ!」なんて人も出てきちゃうんだろうし、まあ、それは良いことなんだろうとは思うが、捻くれ者の僕は残念ながらそれっぽい身振り手振りは全く出来ないし、なんなら「別に多様性など認めてもらわなくてもいいし、もっと言えば認めるとか認めないとかって君は何様なの? そもそもまず第一に多様であるって当たり前のことで目指すもんでもないでしょう? 」と悪態の一つでもつきたくなってしまわなくもないのだ。

 

 

 僕と君、違うところがあって当たり前なのだから、わざわざそれを議題して問うていること自体がすでにダサい。まあ、こんな天邪鬼だからいつまでも資本を手に入れる事が出来ないのだろうし、それはよーく分かっている。分かっているけど、多様性みたいなワードを掛け声にみんなと肩を組むことなど、とてもじゃないが僕には出来ないのだ。それもきっと多様性の1つの形でしょう。

 そしてダブスタということでいうと、多様性だなんだと言う割に、金にならないこと、生産性のないことが、すなわち意味がないとされてしまうような世間の空気はいまだ根強い。この捩れはいつになれば解消されるのだろうか。どんな奴にも等しくチャンスがあり、どんな奴でも良いものを生産すれば正当に評価される。そんなものはまるで多様じゃない。

 多分、日本は一度、もっと派手に堕ちてみる必要があるんだろう。そうしないと、きっと大きくは変わらない。ただ、どこまで堕ちれば、”堕ちた”という認識が到来するのだろうか。破滅願望があるわけではないが、最近はいよいよそういうことまで考え始めている。加速主義なのだろうか、これは。

 

We Are Never Ever Getting Back Together

 そういうところと関係しているのかどうかは分からないが、ここのところ「顔に刺青を増やさないといけない」という謎の使命感に駆られている。別にどんなものをどこらへんに入れたいという具体的な希望があるわけでもないのだが、とにかく顔面にタトゥーをもっと入れたいのだ。

 多分、僕はきっと生きられる枠を狭くしていくことで強制的に人生の難易度を上げるというプレイをずっと、無意識に実践しているのだろう。人生の難易度が上がれば刺激は必然的に高まる。あるいはしっかり堕ちれば、「まだこのままでいけるかも」なんて幻想からは解放される。アドレナリンジャンキーここに極まれり、である。

 要するに、いよいよこの生活にも慣れ、完全に飽きたのだ。だから本能が察知し、よりハードモードになりたがっているのだと思う。最近、無駄に部屋を掃除したり、毎日ちょっとだけ丁寧に料理をしてみたり(最近の料理のテーマは+1手間 である)しているのも、とにかく退屈だからだ。昨日なんてあまりに退屈だったのだろう、気がつけばTaylor Swift の”We Are Never Ever Getting Back Together”を鼻歌で歌いながら料理なんてしてしまっていて、遂にはいよいよ脳みそも溶けてしまったのかと絶望したりもしていた。23歳、女子、初めての一人暮らし! あたし頑張っちゃうんだから♪ 的なノリで野菜を切る頭まで刺青の入ったおじさんをメタ目線で眺め、台所で一人へらへらと笑っていた。

 

 

 ただ、しなきゃいけないことがないわけではない。12月の末に一件絵の締め切りがあるのだけれども、それには一切手をつけていない。何も降りてこない。何もする気が起きない。退屈とは単に仕事がないという意味ではなく、あるいは周囲に求められる云々ということでもなく、今の僕が過去の僕を求めていない状態のことなのだ。

 さて、だらだらと書いてきたが、最後に一つ。

 先日、知人が自殺を図ったと書いたが、それを僕はSNSで知り、即、本人とコンタクトを取り、会いに行った。幸いにもすでに一番深い闇からは抜けたところだったようで、コンビニの前で缶ビールを飲みながら1、2時間しゃべって解散した。

 

 

 「おかえりなさい」という感じではあるし、生きていてくれたことはとてもうれしい。また話が出来てよかったと心から思う。

 ただ、僕の胸の内には何か得体の知れないモヤモヤが残った。その正体は一体何だったのだろうと数日に渡り考えていたのだが、ひとつの答えが出た。不謹慎だと言われるのかもしれないし、そいつがもしこの文章を読めば「おい!」って話なのかもしれないのだが、きっと僕はそいつが羨ましかったのだ。

 自死を選ぶ、あるいは、そうせざるをえないような状況にどっぷりハマり込む。それは僕が経験したこともない、まだ理解さえ及ばない、ある種の刺激的な状況なのだろう。そいつは僕が知り得ていないその刺激と全身で向かい合い、そして帰ってきた。それがただただ羨ましかったのだ。だから僕は皆にこう言いたい。

 死ぬなら僕が先陣切って死んでやるから、絶対に僕より先に死んでくれるなよ。

 さて、取りとめないの文章になってしまったが、今回のテーマは「何も分からない」であったということで、許してもらうことにしよう。

 

 

 

 

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PROFILE

亜鶴 あず/1991年生まれ。美術家。タトゥーアーティスト。主に、実在しない人物のポートレートを描くことで、他者の存在を承認し、同時に自己の存在へと思慮を巡らせる作品を制作している。また、大阪の心斎橋にて刺青施術スペースを運営。自意識が皮膚を介し表出・顕在化し、内在した身体意識を拡張すること、それを欲望することを「満たされない身体性」と呼び、施術においては電子機器を一切使用しないハンドポークという原始的な手法を用いている。

【Twitter】@azu_OilOnCanvas