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Floating Away ──精神科医と現代魔術師の西海岸紀行|EPILOGUE「2020年の現況──LA視察を終えて」遠迫憲英(精神科医)x 磐樹炙弦(現代魔術)

精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulの、大麻、魔女文化、VR技術を巡る、アメリカ西海岸紀行。2019年、西海岸の「いま」に迫る。


 

全6回に渡って掲載した「Floating Away ──精神科医と現代魔術師の西海岸紀行」の連載を終え、著者である遠迫憲英(精神科医)磐樹炙弦(現代魔術)が、ホームである岡山にて、大麻、ヴァーチャリティ、精神医療(産業)の、2020年時点における現況と前線について語り合った──

 


 

 

PROLOGUE 1 「エデンの西 LA大麻ツアー2019」by Norihide Ensako

PROLOGUE 2 「トランスする現代の魔女たち」by Bangi Vanz Abdul

SCENE1「ビバリーヒルズのディスペンサリー・MEDMEN」by Norihide Ensako

SCENE2「魔女とVRのジェントリフィケーション」by Bangi Vanz Abdul

SCENE3「グリーンラッシュはいずこへ向かうか」by Norihide Ensako

SCENE4「ビッグ・サー/沈黙の源泉」by Bangi Vanz Abdul

 


 

石野卓球が大麻をめぐる日本の空気を変えた

磐樹炙弦(以下、磐樹) この連載のこともあって、大麻と魔女とVRの状況を見にカリフォルニア行ったのが去年の5月だから、もう半年以上経つね。

 

 

遠迫憲英(以下、遠迫) あの時は、大麻合法化の情報は入ってきてても日本では実感がなくて、向こうの状況もよくわかんないし、今ほど発信してる人も多くなかった。情報だけが一人歩きしてるなかで、実際に現状を見たいっていうのが大きかった。

 

ビバリーヒルズにあるMEDMENというディスペンサリー

 

磐樹 ツイッターの日本語圏も、だいぶ大麻情報変わって来てるよね。フィルターバブルかも知れないけども、半年間と今ではそれでも劇的に変わってて。アメリカに住んでるからつって毎日ジョイント巻いてる動画投稿してる女の子とか、普通にいるもん。佐久間さんの「真面目にマリファナの話をしよう」とか。ツイッターで毎日、なにかしら大麻の話題を目にする状況にはなっているのは、あの時とは大きく違うよね。日本でなにが変わったのかな?

 

『真面目にマリファナの話をしよう』佐久間祐美子

 

遠迫 ピエール瀧の問題が、3月、4月くらいでちょうど出発の前だったね。ピエール瀧はコカインだけど、彼が捕まった時に石野卓球が頑張ったこともすごく時流を読んでるなと思わせるものがあって。一概に薬物=悪というのではないんじゃないか、たとえば賠償の問題とか過剰に見せしめ的にみえたり、映画や放送の差し止めがやりすぎなんじゃないかとか、差し止めにならない作品もあったりして、そういうのが公然と議論され始めたのは、あれがきっかけだよね。

 

ディスペンサリー Erba Collectiveにあった大麻の自動販売機

 

磐樹 それらに抗う姿勢をみせたのって、卓球が最初じゃない? まぁそれより前に捕まった高樹沙耶さんも、今は裁判戦っていきます、てなってるし。ピエール瀧以降、一気に空気が変わって、おかしいことはおかしいって言っていこう、みたいな空気ができたんだよね。先日はスノーボーダーの國母和宏が「反省してません」て発言して。そこまで半年強くらいで起きてる。

遠迫 高樹沙耶さんについて言うと、もともと大麻合法化しようっていう政治理念を掲げて立候補したことがあるけども、まぁそれ落選して、その直後に逮捕されて、そういう解放運動を極端に締め付けようみたいな空気があった。でもまぁ裁判になって、一応「すいません」て謝ったけど、その後の流れの中で再びオープンに発言できるようになっていくっていう、そのスピードの速さが今までになかった。

 

 

磐樹 今まで40数年生きてて、こんなの見たことないね。リーガライズの瞬間を見れている実感はすごくある。

遠迫 逮捕されちゃうと何年も世の中に出てこれないってのが、今までの流れだった。けどフリースタイルダンジョンのMCしてたラッパーのUZIが、600gの大麻で捕まって裁判になっても、たぶん1年経たずに再び表世界にでてきて、フリースタイルバトルのダンジョンじゃないけどMCはじめたりとか。さらにいうと鎮座 DOPENESSも大麻で逮捕されてたけど、しれっと世の中に出てきてる。1週間くらいで普通に。それだけ早いリカバリーていうか、流れができてきている。

磐樹 何が大きく変わったんだろうか? 構造的に大きく変わったんだろうと思うけど。

遠迫 ひとつは、ヒップホップが大麻と不可分だってことが割と共通認識になったってのもあるかも知れない。

 

ディスペンサリーの店員におすすめの商品について質問すると「サティバか、インディカか?」と返ってくる

 

磐樹 もっとこう世俗の、おうちでテレビ見てる人たちがさ、例えば「大麻で捕まってんのにテレビ出てるなんてけしからん!」みたいな反対運動なんかが、今起きないわけじゃん。受容してるわけでしょ。

遠迫 今話に上った人達は、基本的にテレビにでない人たち、てのがあるかもね。テレビっていう社会に深くコミットしていなければ、テレビ外のことについてはそんなに言われなくなってる。

磐樹 知れないから、か。じゃ、ずっとテレビを見てる日本人の総体が変質したってわけじゃなくて、SNSとかがまた「別の空間」を用意したってことかも知れないね。

遠迫 今まで言われてた社会ってのは、テレビを見てる人たちの世界で、それがまぁまあ98%くらいのマジョリティだったのが、今60%くらいに落ちてるんで、残りの40%はどこにいるかっていうとネットとかに軸足置いてるわけで。40%の人たちにとっては、逮捕された彼らが戻って来て活動を続けるのは、そんなに困ることではなくって、それを許容するくらいの多様性を包括しているコミュニティになってる。そのなかで、大麻は割と許容されている、てことなんじゃないかな。

磐樹 映画のピエール瀧を差し替える差し替えないってのもさ、「テレビが絡むから」揉めるってことでしょ。差し替えられたのは大河ドラマ、沢尻エリカもそうだよね。

遠迫 両方とも大河ドラマに関わっていたっていう(笑)。大河ドラマこそが問題で、他はもうそれほど問題にはならないという。

磐樹 これを問題としているのは、テレビっていうメディア業界のことなのか、それともテレビが象徴する、政治も経済も全部ひっくるめた我々の秩序の総体なのか、あるいはNHKなのか。つまり大麻で捕まってもしれっとしていられる世界を、最も懸念しているのは誰なのか、という疑問が。

遠迫 明らかにそういう主体ってのは存在しなくて、テレビっていうもので象徴されるざっくりした社会、的なもの、じゃないかな。

磐樹 テレビが生み出していた社会的なるものの、コンセンサスらしきもの、空気、みたいなもの。そこに政府とかNHKていう意志主体があるわけではない、そんな気がするね。ピエールでもエリカの場合でも、政府やNHKの沽券に関わるから、つって一生懸命キャンペーン貼るかつうと、そういう話でもなさそうだし、そう考えるのは合理性がない。

遠迫 テレビを見ている層が関心や憎しみを向けたり、なにかエネルギーを向けたりすること自体に、政府だったり何か権力的な諸々が関心を持っていて、かつ影響を受けていて、その流れには抗えない、ていうものでもあるんだろうね。具体的に形のあるものではないけども、テレビがなんとなく忖度していく、そっちのほうがはるかに影響が大きいっていう感じ。

磐樹 全体を指揮している非常に抑圧的な主体があるんじゃなくて、雲、クラウドみたいなものがあって、それがかつてテレビっていう非常に強いメディアの上に張ってた。そのクラウドがちょっと散り始めたっていうか。

遠迫 テレビの影響力が少なくなってきたことによって起きてることだろうね。

 

アーツディストリクト

 

3.11後に起こった現実の断裂──拡張神経症について

磐樹 精神科医としてはさ、調子が悪くなる人を診るわけでしょ。調子が悪くなる人たちってのはつまり、テレビの上にあるクラウドみたいなものの中で、ちょっと居心地が悪くなった人たちが、心療内科に来て、先生どうなんでしょうつって。なんか変化とかある?

遠迫 それで連想するのは、東日本大震災の前後で随分変わったなぁ、ということで。これは我々も繰り返し話していることだけど、震災時のテレビが、一斉にある種の情報統制みたいな、同じような内容繰り返したりとか、ACのCMが繰り返されるっていうのに対して非常に違和感を感じたし、一週間くらいメディアが完全にコントロールされて遮断されるってのを体験してる中で、自分自身も頭痛がしたり、妙な解離的な感覚を味わったりとか。地震とか原発っていう問題がある傍に、メディアがコントロールされることで現実に断裂が生まれるっていうか……。

磐樹 拡張神経症だ。

遠迫 ある種の解離的な状況を自分も体験してて、患者さんも調子悪くなる人がすごく多かった。その調子悪さてのは、統合失調症になるとかじゃなくて、同じような解離的なリアリティの中でなんかこう、地に足がつかないていうか、夢の中を生きてる、みたいな違和感を訴える人が多くて。あの時は、メディアを介したリアリティのある種の断絶、ギャップを体感的に感じられた瞬間で、そこから何かが大きく変わってる、という感覚は凄くある。そういう後で、大きな二つの葛藤があって。原発の問題をちゃんと問題として取り扱っていこうというリベラルな流れと、あの時あったこと自体をなきものにしていこう、みたいな、非常に保守的な、メタ保守的な動きがもう片方にあって。事故は起こった、地震は起こった。それはわかった上で、それはやっぱりなかったことに、なんとなくしていけるんじゃないか、そういうことに目を塞ぐことによって、そういうことがなかったことにしていけるんじゃないかっていう、淡い期待。土地のものを食べて応援とか、原発は放射能洩れたけど何も起こらなかったんだ、とか。でもそれが想像以上にうまく働いて、その後の流れとして予想しなかったような、もう一回自民党が復権するみたいなことが起こってくる。そのことを目撃した我々っていうのは、そのことをどこかで許容しつつも、その中で驚いてた。

磐樹 すごい違和感。

遠迫 違和感。やっぱりそれがまかり通っていくんだ、ていう。そして実際に生活は本当の意味で危機におかされることなく、意外とやれてるっていう。誰もが気付いている嘘がどんどんまかり通ってゆく世界。

磐樹 日常というものが再構成されてきたこの10年、だよね

遠迫 その違和感を許容していったことによる、地に足のつかなさっていうか、嘘っぽい現実みたいな感覚ていうのは、あまねく拡がったと思う。今の安倍政権とかについて言うと、どんなことでも、要は嘘でも、言ってしまえばそれが通ってしまう、その場しのぎの嘘とか言い訳とか、大人がやっても許容されてしまうっていうか。

磐樹 あれが許容されてるのは、やっぱり3.11以降だよね。

遠迫 そういう世界が日本で起動した、というのは3.11以降の流れ、まさにその表れだよね。シュタインズ・ゲートではないけど、あるべきでない世界線の世界へ来てしまった感覚。

磐樹 院長含めて具合悪くなった人たちが感じた神経症的な症状、さっき拡張神経症つったけど、メディアってのは今や我々の拡張神経系で、そこになんかとても無理のある操作を加えられると、当然具合が悪くなって、それが個々人に身体化される、ていう。原発やりますかやりませんか、自民党続けますかやめますか、ていう問題とは別に、このメディアってのをちゃんと見れてるか、これをどうしますか、ていう問いがもう一つあって。なんで今自分が具合悪いのか、ていう物語を個人史として再構成する時に、まだ原発続いてるからおれは具合が悪いんだ、とかずっと安倍政権が続いているから具合が悪いんだ、ていう風に、個別のことに物語の焦点が移っちゃう、戻っちゃう。だけどもっと巨視的に、その神経症の症状は拡張神経系で起きている不具合ですよ、てみるとさ、原発いい悪い自民いい悪いを超えた「メディアをどうするの」問題、自分たちの集合的な神経系の健康をどうやって管理するのってのが本当はあるんだよね。これはなかなか普通に生きてると見えてこないものだよね。

遠迫 それはある種の違和感として表現される、直感でしか捉えられないものなんですよ。それに対して違和感を感じることがそもそもの神経症を打破するきっかけになるし、神経症ていうか精神的な病ってのは、自分で自分を騙すことから始まるんですよ。本当はそれに気づいているのに、そうじゃないって抑圧したりとか。そのことによる歪みが神経症だったり精神病のきっかけになるんだよね。

磐樹 つまり具合が悪くなる人は、その要因については意識できない。

遠迫 意識できない。無意識で起きていることだから。無意識的に、何かの理由、疾病利得って概念があるけど、病気になることによる何らかの利益があって、自分を騙す。でも人間ていうのは非常にそのピュアというか、自分が自分を偽ってることは無意識的にわかるので、その歪みが病気として現れる、それが神経症。だから違和感を感じるってのはすごく大事なことで、その違和感に対して、違和感の原因に自分が気づいたり、違和感に準じて動くってのはすごく重要なんですよ。岡山で、震災を逃れて移住してる人たちは凄く多いんだけど、結構移住してきてる人たちの調子が悪いわけ。なんで調子が悪いかっていうと、自分は自分が感じた違和感を信じて移住してきたけども、世の中全体が「そういうものはなかった」ていう雰囲気だったりとか、震災を逃れて関東から来ましたっていうと、それだけで変な目で見られたりとか、そういう感じ。自分がやってきたことがおかしいことなんじゃないか、ていう。

磐樹 そう感じるんだね。揺らいでるんだ。

遠迫 すごく揺らいで、自信なくしたり。移ってくることで結果的に社会的な基盤を失ったり、生活が困窮したりもするしね。

磐樹 基盤がない知らない土地で自信が揺らいでるんだから、かなり危機的だよね。

遠迫 3.11以降、そういうことで悩んでくる人たちを結構な数、診てるんですよ。こちらのメッセージとしては、いやあなたのやったことは決しておかしいことじゃないし、凄くよくわかりますよ、ということ。そのことをもとに岡山で生活できる基盤をみつけていければいいですね、そう言えるといいんだけど、自分がやったことがそもそも間違っているんじゃないか、とか、震災で移住してきたこと自体を否定されてるような気がしてきて、自分のことが信じられなくなって、不安が強くなったり鬱になったりしてる人が結構いるんだよね。だからHIKARI CLINICは未だに震災被災者、移住者は自己負担無料です。

磐樹 自分の話でいうと、岡山って確かに平和なところだし、まずここには地震がほとんどないから、地震があって動いてきた自分が、一度問い直される場、ではあるんですよ(笑)。

さっき言った3.11の時に感じた強烈な裂け目と違和感てのがさ、ガーンと衝撃を受けながら、でももしかしたら自分がおかしくなってるのかも知れない、てのは、おれはあの事故が起きてから3ヶ月から半年くらいの東京で全部それを体験して、クリアした気がするね。岡山に来てから平和なもんだから、ちょっと考えたりはしたけど、具合悪くなるほどでもない。でもここにはちょっとあの衝撃を、あれは幻だったんじゃないか、と思わせる若干のバイアスはあるな、とは思ったけど。

遠迫 東京に住み続けてる人のほうが、実はその歪みは大きいと思う。それは今の安倍政権を支える基盤になってると思う。

磐樹 絶対そうだよ。あんなデタラメな人が、明らかに私バカですみたいな人が、総理大臣でい続けられるんだから。これは明らかに、なんらかの疾病利得が関係してる。

遠迫 あのデタラメさこそが、東京にずっといる人たちが守らなきゃいけない基盤なんだよね。あれを正そうとすると、今生活していること自体が根底から崩壊しちゃうから。けど、そもそもそれを一番バックアップしてたのはテレビをみていた人たちで、3.11以降、テレビをどんどん見なくなってネットの方に移行してるってのは、そういう背景もあってのことだと思うのよね。

磐樹 テレビもすごく東京集権的なメディアじゃん。彼らも今、迷ってる、混乱してるんだと思う。テレビ局の社員の人たちも殆どが東京在住者なわけでさ。そのことと、じゃ大麻合法化の話は、どう関係してくるんだろうね。

 

オピオイドとストロングゼロ

遠迫 大麻問題は既に、リベラルの人たちのツールのひとつ、になってるよね。政治的な問題を左右で切り分けるのが難しくなってきてる中で、カウンターとして割とわかりやすい言説のひとつとして大麻問題がある。多分、アメリカと全く同じことが時間ずれて起こってて。

磐樹 力を失ったリベラルがもう一度、自分たちの物語を語ろうと思うと、大麻てのはすごくいい。そういう側面はあるかもしれないね。

遠迫 現実から離れて一回、価値を相対化してみるってのは、リベラル的価値観でもあると同時に、大麻の作用でもあるしね。そもそも緑の党なんてのはある意味、大麻党みたいなところがあってさ。そういうサイケデリックな価値観は、リベラルの歴史のなかでずっと続いているカルチャーの一つ。もうひとつ面白いのは、大麻文化てのが日本では、割と右的な、神道的なものと結びつきやすかったりていう文化的基盤もある。

磐樹 首相夫人とかね。日本の状況は、EUやアメリカと比べるとちょっと複雑なんだよね。

遠迫 けどアメリカでもトランプはさ、産業になれば別にいいよってところがあるわけで。アメリカで州法に続いて連邦法レベルで合法化されていくんじゃないかってのは、やっぱり産業の問題があるから。金になるってのがあれば、右と左は共闘しやすい。

磐樹 トランプ的なポピュリズムが設定する敵ていうか、エネルギーを生み出すための勾配のこっち側にあるものが、かつて黒人だったのが今はヒスパニック、てのも大きいんじゃない。昔は黒人とジャズと大麻ていうセットで抑圧してきたものが、トランプとポピュリストたちにとってはその勾配は既にない。

遠迫 あとオピオイドの問題があるしね。

磐樹 オピオイドの影が社会全体に蔓延してる、何がどうまずいって訳じゃないんだけど、なんかヤバイものが通底してる、なんかおかしくなってる人がどの風景にも一定数いるっていう。スキッドロウとかね。今回アーツディストリクトとスキッドロウは結構Uberでいって、3回くらいいったよね(笑)。今回のアメリカ旅はあそこにいったっていう感じがすごい強い。コカインとかスピードがどうしたっていうそんなんじゃなくて、オピオイドていう目の前にある強烈な現実、完全にぶっ壊れてる何千人があそこにいるんだよ、ていう。

 

スキッドロウとアーツディストリクトの境界、サウスアラメダ・ストリート

 

アーツディストリクト

 

遠迫 日本ではオピオイドが外来で処方されないから、問題としてリアルにわからないよね。向こうは痛かったらすぐオピオイドだす。分かり易くいうと、日本の精神科でいうマイナートランキライザーとか睡眠薬の問題と近いと思うのよ。寝られなかったり不安だったりするとすぐ出しますって感じで、内科とかでもバンバン処方されてた時代があって、今はその反省もあってあまり出さないようになってるけど。それと同じように、痛かったら、日本だったらロキソニンとかNSAIDていう消炎鎮痛剤の比較的マイルドなやつを処方してお茶を濁すんだけど。それは日本は、麻薬は怖いってのがあるからね。でもアメリカは麻薬性の鎮痛剤の強いのも出すし、合成麻薬のフェンタニルなんかは、モルヒネの100倍くらい効果の強い、ヘロインをさらに生成した麻酔薬で、普通は全身麻酔の前投薬として使う。日本だったら全身麻酔するときに静脈注射とかするんだけど、向こうでは処方薬として処方されてるのね、フェンタニルって。効果も強いし依存性も強い。

磐樹 全身麻酔薬をポイポイ出しちゃうのね。そういう現実があの風景をつくってるのね。

遠迫 それこそ中南西部のレッドネックとかホワイトトラッシュっていう層に、それを処方されて依存になってるのが多い。それに置き換えるものとして大麻製剤が有効なんじゃないか、ていう政策がある。

磐樹 置き換わるのかねそれ(笑)。アンフェタミンとかコカインとかMDMAとか大麻とかシロシビンとか全部違うってのが体験として判ってる人だったら、それって置き換わるのかなって疑問を持つんじゃない?

遠迫 確かに。より依存性の強いものからより軽いものへは、移行しにくいのね。

磐樹 このストロングゼロもそうでしょ(笑)。 この対談を始める前に、我々はなんでストロングゼロ買いに来てるのか、てさっきコンビニで話したけど。

遠迫 大麻の話をしようってところで、とりあえずストロングゼロで景気つけようって、我々自身がなってる。それは大麻よりストロングゼロのほうが遥かに依存性が強いってことを象徴してるわけですよ。

 

 

アンフェタミンを主成分とする発達障害の治療薬が子供向けに認可

磐樹 コンサータが処方できなくなったってのは、あれ面白いね。メチルフェニデートが劇薬扱いになってるわけでしょ。

遠迫 まぁなりつつあるね。あれは本当に時代に逆行してると思ってて。ADHDの治療がこれだけオープンになったのは、効く薬があるってことと、困ってる人がいるってことで、積極的に治療していきましょうっていうことだったのね。以前だったら難治性のうつ病とされたり、本当に社会適応困ってた人が、ストラテラやコンサータを飲むことで、実際に社会機能が増したり。

磐樹 別のカテゴリに入れられていたものが、実はうつは二次障害で、むしろこっちの側に原因があるんだよ、と。で、メチルフェニデートていうちょっと覚せい剤みたいのを投与すると、シャキッとして意外といける、みたいな解決が、見出されてたまさに矢先に。

遠迫 急にバーンと制限が厳しくなって、処方できなくなりつつある。それは背景としては、ADHDという問題が明らかになっていくことで、処方量が圧倒的に増えたっていうことを問題視してるんだよね。

磐樹 誰が問題視してるの?

遠迫 製薬会社にきいたら、確かに問題がある。だけどそれは医者が1名、薬剤師が1名、横流ししてるってのが事件になったんだって。

磐樹 1名!?

遠迫 何百名とか、圧倒的な横流しの事例とか、ブラックマーケットに流れてるってのがあったら納得できるけど、1名づつだっていうんだよ。全国の医師をこれだけ厳しい規制のもとに、登録制にして申請制にして、患者さんにすごい負担を強いてまでやることなのか、ていうと、おれはその説明では納得できないわけよ。これだけ処方されることによって、色んなところに薬が出回ってて、コンサータの蔓延てのが実はあって、だから規制が必要なんだ、て言われればわかるんだけど。

磐樹 そこには忖度があるだけでサイエンスがない。

遠迫 忖度ってのはオカルトだからね。

磐樹 ものすごい強いオカルティズムだよね。クロウリーとかウィッカとかいっても、そんな強い影響力を持った試しがない。

 

ミレニアルウィッチの代表的存在、Gabriela Herstik(画像引用元:http://gabrielaherstik.com/

 

遠迫 そう、だからこれは日本教のオカルティズムなんだよね。空気っていう。

磐樹 けど、その日本教的な空気も、常に判断してる訳でしょ。これはあり、これはなしっていう。

遠迫 言い出してる人に直接聞いてみたいけど、結構発達障害の学会の内部に近い人の話をきいても見えてこないから、よりコアな人たちの忖度の気がするけどね。なにがあるかっていうと、これからコンサータの先に新しい向精神薬が出るんですよ。アンフェタミンを主成分としたビパンセってADHDの治療薬が、子供で認可されたの。

磐樹 どんどんアンフェタミンに近くなっていく。

遠迫 ていうかほぼアンフェタミンなんだよ。アンフェタミンのプロドラッグが認可されたの。子供で。

磐樹 ヤバイね(笑)。子供にアンフェタミン投与していいよ、ていう。

遠迫 まず子供からなんだよ。子供のほうが困ってるから。日本ではメチルフェニデート、コンサータが一番ハードな薬として認可されてはいるけども、アメリカではメチルフェニデートは二軍扱い。アンフェタミンが一番、ていう。それがついに日本に入ってくる。

磐樹 ADHDの人がアンフェタミン投与すると、シャキっとして、生きづらさは解決するの?

遠迫 解決するらしいね、よりね。

磐樹 わかるようなわかんないような(笑)。もちろん、便利になるところもあると思うよ。細かいところも全部気になって行動変化するのはイメージできるけど、本当にそうかな? ADHDの生きづらってアンフェタミンで解決するのかな?ってのは、なんかあるよね。

遠迫 それは普通の人のリアリティを超えた、別のハイパーアクティブな快感を伴ったような、生きやすさの世界。

磐樹 ハイパーアクティブを肯定して、底上げして、いいだろう、ていうね(笑)。

遠迫 覚せい剤込みの生活が、ニュートラルなベースってことでいいんじゃないの、ていう提案。非常に微妙な世界だよね(笑)。

磐樹 まぁ、風土に合ってれば別にいいとは思うのよ。だけどおれがよくわからないのは、メチルフェニデートていう、アンフェタミンよりは弱いけどコーヒーよりは強いです、みたいな程度のものをさ、いきなり処方できなくなるような仕組みで制限したりとか。

遠迫 だから、メチルフェニデートの規制はアンフェタミンの新薬とセットなのよ。コンサータを処方する医療機関が、より強い薬を扱うための制度をつくりたい、ていう。主な目的は後者のほう。

磐樹 ということはこれから先、しばらくの間は発達障害、ADHDていう診断がつく人たちは、アンフェタミンみたいなより強い薬物を投与しながら日常を生きていくっていう世界があるわけでしょ。まぁそれは別にいいも悪いもなくて、要するにアダプテーションできればいいってだけなんだろうけどね。かといって、ドラッグを使って自分を社会にアダプテーションしていくって方向性自体が、自発的な意志に基づかないとすごい危うい気がするのね。医者がいうから、制度がそうだからって感じでメチルフェニデートとかアンフェタミンとかガンガン投与されていくなかで、生きやすさってのはむしろ減っていくんじゃないか、ていう直感。

遠迫 自分が本来は自分の目的に応じて選択するべきものなんですよ。今ちょっと面白いなと思って観察してることがあって、医者から説明されて投与されたコンサータを飲んでる人たちっていうのは、自分で選択してる人たちよりも遥かに効果が薄くて、害が少ない、ていう事象があって。なんかね、たくさん飲みたいとかがないの。調子はよくなるんだけど、あんまり飲みたがらない。医者から勧められると。

磐樹 (笑)

遠迫 あんまり増やしたくないんですけど、とか、飲むとしんどいけど、二錠じゃ足りない気がするからもう一錠試してみたい、とかっていう人はいるんだけど、もっともっと出してくれ、ていう人は意外と少ないのよ。それはちょっと面白いと思ってて、どういう効果がある薬でも、人から勧められたり医者から勧められたりすることに対してはちょっとネガティブなバイアスがかかるんで、依存とかには意外とならない。ほっといたら飲むの止めてたりする。

磐樹 医者というのは、この薬飲む飲まないていうさじ加減をアウトソーシングする、オーソリティとして存在してて、医者のいうとおり飲んでればまぁOKだっていう目安になってるのね。飲むのやめて生きづらさが解消するなら、それでもいいんじゃないの?

遠迫 飲むのやめても見てると、意外とうまくいかないんで、やっぱり必要ですね、となる。ミスが増えたり、日中起きられないとか。

磐樹 アンフェタミンみたいのガンガン投与して、それで日々のことが割とうまくこなせる、てのはわからんでもないけど、そこに大麻が入ってくるってのはどういうことだと思う?いずれ入ってくるでしょ。

遠迫 間違いなくね。大麻の面白さはそこで、いまいったADHDの薬ってのは、社会から要請される人間になるための薬としてニーズがある訳だけども、本来みんながそうである必要もない訳で。大麻の問題ってのは、アルコールと同じような、リクリエーショナルなものだったり、ストレス発散だったり、スクエアな社会に対するカウンターとして存在するもの、余地を与えるもの、としての作用が一番大きい。

磐樹 日々の会社の業務を、大麻が入ることで効率がアップしたってのはあんまりイメージはできないないよね。むしろ効率は下がるけど、幸福度は上がるよっていう。そして、発達障害という概念はそもそも幸福度の問題だしね。神経的多様性と社会的包摂の話。

遠迫 そうそう。日本の社会がより豊かになったり、寛容になったり、そういう可能性なんですよ。そこがさっきのリベラルの問題なのよ。今の社会の生きづらさみたいのを、より緩めてくれて、拡張してくれて、精神的な豊かさを与えてくれるものとしての大麻の可能性、そこにみな希望を見出している。

 

大麻が合法化されたから社会が変わるわけではない

磐樹 アメリカは、20世紀には既に大麻いっぱいあったわけでさ。薬物の耐性としてはすでに形成されてたわけでしょ。今、後付けで「別にいいですよ」て法律を変えただけで。じゃ日本で大麻いいですよ、てことにすると、次に何が起きるか。

遠迫 とはいえ合法化されたカリフォルニアで、どういう変化が起こったのかってことを見たかったってのが、今回アメリカ旅の一番の目的だったね。やっぱりリーガルかイリーガルかってのは随分違いがあると思って。見て感じたことってのは、結果的には、何も変わらない、てことだよね。だからそれは本当に当たり前のように自然に受容されていって、うっすら「いいもの」感は強まるけど、社会は別になにも変わらない。

磐樹 あれ面白かったよね。ピザ屋のデリバリーの話。前は非合法だったけど今は合法で、でもやってることは変わらなくて、バイクで届けるんだっていう。変わんないんだよね。

遠迫 変わんないんだよ。だから意外と人はもっと豊かさを持ってて、実はすごい変化なんだけど、それをちゃんと受け止めて社会のなかに織り込んでいけるくらいの柔軟さ、というのがあるんだ、ていう。

磐樹 社会的に明文化して、その地点に立った時点で、もう先行して現実の秩序は形成されてるのよね。今の日本もそうで。こんだけ各界の逮捕者や声をあげる人の顔ぶれが拡がってきて見えてきたものは、大麻ユーザーが既にいっぱいいるのが今で、それをコンセンサスリアリティとして追認するかしないか、だけの問題、という感じ。追認された時にはすべて事は終わってて、あんまり変わらない、ていう。

遠迫 実際に日本で大麻が容認されたその先の世界てのは、今よりも随分変わった、より緩やかな世界じゃないか、それが結構驚天動地な変化として起こるんじゃないかとも思ってたんだけど、でもそれは内側で静かに、段階的に起こってきていることで。

 

 

磐樹 おれは、紅白歌合戦とゆく年くる年が面白くなると思うね。

遠迫 ちょっとまったりしながら観るもの、に(笑)

磐樹 こないだ紅白みて、本当面白くないなと思って。ディレクターに迷いが感じられるのよ。ミーシャがでてきてレインボーがどうしたみたいなことやってるんだけど、ディレクターもプロデューサーも、どうしていいか、ちょっと腹を決めかねてるみたいな感じがあって。たぶん大麻解禁すると、紅白がもっと面白くなると思うよ。あと、ゆく年くる年が結構意外とよかったよ。あれ変わんないからさ。

遠迫 ゴーンて(笑)。

磐樹 日本各地のゴーンとシーン…をただ繋いでるだけで、すごい良かったのよ。ああいう表現が、さらに深まると思う。

遠迫 音の残響に対して繊細になったりね。

磐樹 大麻解禁しても、紅白のリバーブがちょっと深くなるとか、そういう程度かもね。

遠迫 そんなに変わらないのよ。逆に言うと何も変わらない。ただちょっと豊かになる。

磐樹 そのちょっと違う豊かさを、おれたちが求めるかどうか、みたいな話だよね。

遠迫 日本人はそれが苦手なんだよね。

磐樹 院長が診てる患者さんでさ、そういう「今ちょっとあれなんだけど、ちょっと納得いかないんだと。なんかもっと別のものないか」って問いにくる患者さんって、どれくらいいるの?

遠迫 問いにくる人は少ない。なぜなら、自分が何に問題が起こっているかがよくわからないから。だけど、自傷行為するくらいだったら、とかあるわけで。

磐樹 リストカットするくらいのエネルギーがあるなら君さぁ、ていう。

遠迫 夜寝れないんです、ていう話があった時にさ、睡眠薬飲む前にCBD吸ってみれば、で別にいいわけ。今だったら、お酒がないと寝れないんです、て感じで……。

磐樹 そこにストロングゼロがあって、みんなそこに留まるし。

遠迫 でも、お酒ないと寝れないからってお酒の量がすごい増えたりとか、肝機能障害が起こったりとか、てあるわけですよ。お酒で寝るのは体にも良くないけど、でもCBDで寝れば害もないし、至って平和に寝れると。そういう選択肢が増えてるよね。

 

 

オタクカルチャーについて

磐樹 発達障害の薬物行政と大麻の話が、心的外傷としての3.11で繋がっていて、今、拡張神経症として症状化してるんだ、ていう。じゃその次にあるのはなんだろう? 例えばVRとか、バ美肉みたいな人たちが生み出してる世界はさ、このターニングポイントにどう関係するのか、しないのか。

遠迫 VRはちょっとわからんけど、大島さんに言われたのは、結局、HAGAZINEには自分も連載してるけど、遠迫さんが言ってることが一番いいたいど真ん中のところで、それは誰も言えないから言ってるのがえらい、みたいに言ってて。だから今のことだったり大麻のことだったりてのは、なんだかんだで皆言える言葉がないから言わないところを、おれたちが言ってるってのはある。

磐樹 まぁでもみんな感じてるんだよね。

遠迫 もちろん。魔術師と精神科医てのはそこを割とすっとばして単刀直入に言いやすい、てのはあるね。

磐樹 精神疾患概念には、その社会に対してある種の予見性があるんだ、みたいなことがあるでしょう。拡張神経症というのはおれがいってるだけだけども、3.11以降日本の状況で、発達障害、ドラッグ、メディアていう界面を合わせ鏡のように見立てて、その無限回廊に見入る、入っていく、というイメージなんよね。そこは精神科医とシャーマンの現場だし、映像としては魔女とか、アンドロギュノス、タトゥってそりゃまぁそうなるよね。そこらへんを意識的にか無意識的にか拾いまくってるHAGAZINEは、メディアとしてここからどれくらい入っていけるだろうかね? 大島さんのタトゥの記事(※)は面白いよね。

大島托 『一滴の黒 ―Travelling Tribal Tattoo―』

遠迫 あれは本当面白いよね。文化的な意義がある。

磐樹 10万人とかに読ませなきゃいけないんじゃないの? おれたちは読んでるけど(笑)

遠迫 過去のサブカルチャーみたいなものが、若い人に伝わらなくなっているからね。

磐樹 サブカルチャーは断絶してるんだよね。サブカルチャーと

遠迫 ゼロ年代。10年代かも知れない。

磐樹 断絶した後の人たちにも、まぁなにかしら熱源があるんでしょう、ヤバイものが。できればそこにコミットはしたいけども。んーなんだろうな。抗うってことが失われてるかも知れない、とかそういうのないの。医者として患者さん看てて。

遠迫 たぶんすごく見えにくくなってるよね。やっぱり厳然としてるのよ。オタクカルチャーてのが。それこそ日本病で、空気の総体としてのオタククラウドみたいな。

磐樹 なんだかんだ言ってオタクカルチャーはむしろ、そっちのものなんだと思うのよ。対抗文化ではない、別の現象ていうか。

遠迫 だけど、今の日本において、宗教としての役割をオタクカルチャーが果たしてると思ってて。素朴な信仰心とかアニミズム的なものが全てアニメの中に注入されて、それを観ることによってある種の安心とか宗教的な満足を得ているっていう。オカルトや信仰としてアニメが果たしている役割はあると思うのよね。それは面白いなと思う。他人と直接的な関係性を持つことが苦手なASD的特性の強い一群が、オタクカルチャーを媒介として間に挟むことでコミュニケーションがとれる。そういうコミュニケーションのツールなんだよ。そうじゃないとコミュニケーションが取り得なくなっている、ていう前提を、理解していく必要がある。

磐樹 今の日本は、それがなかったら、それこそとてつもない孤独の只中でさ。そこに、オタクの光がパー!て差し込んで。

遠迫 その光によってバーンて開かれてるところがあって、その難しさね。逆にいうとこれが彼らにとっては天啓みたいな、救いであって。言語による通常のコミュニケーションをすっとばして、記号でパパっと繋がる、テレパシックなコミュニケーションが始まるわけですよ。

磐樹 記号なんてものは記号だ、みたいな記号学ってのがあるけども、生きにくさの記号こそが光、宗教的な慰撫を媒介している。

遠迫 現代のイコンみたいなものだよね。パパっと繋いでいくっていう。コミュ障の日本人がつくりだしたコミュニケーションの究極系、みたいなところがあるかも知れない。

磐樹 オタクカルチャーは、人間の表情をあまねく記号化していくわけじゃん。これはある見方では、神をも恐れぬ非常に冒涜的な行為でもあるし、同時にものすごい可能性も秘めてるわけで。我々は神なしで分かり合える、ていうプラットフォームとして。

遠迫 いろいろ相対化された果てに、そんなことが生まれてきた。

 

アーツディストリクトとスキッドロウが接するちょうど界面に2018年にオープンした「WISDOME LA」

 

中華とアメリカのフロントラインにいずれ日本も立つことになる

磐樹 まぁ、そうかも知れない。だけどとりあえず、覇気を持って欲しいね。牙を剥け、みたいな。

遠迫 しょぼくれて欲しくないよね。

磐樹 医者としては患者さんに「おまえ牙剥けよ」ていうことあるの? 牙剥けよ療法みたいな。

遠迫 もちろんあるけど、それはケースバイケースで、大体において本人の問題が、それこそエディプスコンプレックスじゃないけど、世の中に従順にあわせることで自分を保っているけども自分に自信が持てません、自分になんか価値がなくて、いつも人の顔色みて生きてます、みたいなことが悩みとしてきた時、まぁ反抗してみたら、てことだよね。そう言ったとき、えそれ何ですか、ていう人もいるんで。ひとり面白い患者がいてさ。これ「情況」ていう雑誌の「Legalize it!」ていう特集の号で、高樹沙耶とかが書いてるんだけど、巻頭が香港のレポートでさ

 

『情況』2019秋号

 

磐樹 「香港」なんだ、いきなり。

遠迫 その患者さん、これに直接コミットしだして。うちに来た時には自分は何者にもなれない、みたいな状態で、だから、とりあえず香港いってみなよ、て伝えたんだよね。そしたら、お母さんから手紙貰って。

磐樹 「とても元気になり香港にも一人で行って」て、だから今やっぱり香港とか台湾とかが前線なんだよ、生きることのさ。この雑誌やばいね。タイトルも『情況』で。大麻の話じゃなくて、もっとこう…

遠迫 もっと前線、香港の話ね。この香港リポートを送り続けてるのが彼なのね。

磐樹 もしかしたらこういう記事を書く人達を供給するプラットフォームは、心療内科かもね。「君行ってくれば」ていう。

遠迫 日本生きにくいでしょ、だから向こうに行ってみたら、ていうと、嬉々として行ってね。

磐樹 ここに患者さんが記事書いてて、お母さんからお礼の手紙がきて。

遠迫 その本人にさ、今、香港は中国とアメリカのフロントラインに置かれているわけだけど、実際のところの状況はどうなのってきいたらさ、本人はいたってノンポリで、いやそんな言われるほど現地は危機感なくて、言われる通り中心になる人間は存在しないし、なんとなくネットで集まってなんとなく反抗してるってのが現状で、陰謀論とかはないです、ていう。

磐樹 本人もどうしたいっていうのは…

遠迫 なんもないのよ。全然そういう左派活動家的なものはなくて。なんとなく現地にいって、自分自身はノンポリで現場を眺めているっていうそんな感じなのよね。けどそれがリアルな感じなんだろうね。

磐樹 どうしたいとかはないんだっていう。そんな彼が前線の情報を媒介してるわけでしょ。フロントラインてのは、たぶん意志とかないんだよね。せめぎあいがあるだけで。

遠迫 祭りがあるのかもしれないね。彼も祭りがあるから行ってるんだよ。そこで元気になってるんだよね。たぶん意識してないよね。

磐樹 香港があって次に台湾があって、いずれ沖縄とか日本だよね。中華とアメリカのフロントラインに、いずれ日本も立つことになるわけで。

遠迫 そこで祭りがおこるっていうね。お母さんも「息子は祭りに参加して元気になりました」て言ってたし。

磐樹 お母さんほっと一安心。

遠迫 まあ、まとめておくと、今まさに大麻合法化のフロントラインが日本にも移動してきていて、この数年以内に合法化されると思う。TwitterなどのSNSでの議論の高まりや、正高先生を中心とした臨床カンナビノイド学会の啓蒙活動やロビーイング、てんかん治療薬のエピディオレックスの臨床治験が厚労省からゴーサインが出たことなど、まずCBDが医療用大麻として認可されるところから始まってゆくと思う。そしてその先にはフルスペクトラムの嗜好用大麻が町中で買える時代が来るでしょう。

磐樹 フロントラインでいえば、ヴァーチャリティてのもあるね。香港や台湾で衝突するめっちゃフィジカルなポリティクスとは別に、表情が記号に、記号が神殺しの光になって、人間を再定義していくような。大島さんの縄文タトゥは、人間が皮膚に意味以前の文様を纏う、そこから意味が生起していくんだ、ていうヴァーチャリティの話と繋がると思ってて。そういう動向は西洋的な視点でみればポストヒューマンってことだろうけど、それだとまだ若干、人間主義ていうかギリシャ的バイアスから自由になりきれてない感じがするね。論理の根源にある前論理、文様性、みたいなものを、異言や呪文として発話する、描いていく、そういう野蛮なヴァーチャリティが、フロントラインとして、さらに見えてくると、いいよね(笑)

 

 

(2020年1月、岡山にて)

 

〈Floating Away ──精神科医と現代魔術師の西海岸紀行〉

PROLOGUE 1 「エデンの西 LA大麻ツアー2019」by Norihide Ensako

PROLOGUE 2 「トランスする現代の魔女たち」by Bangi Vanz Abdul

SCENE1「ビバリーヒルズのディスペンサリー・MEDMEN」by Norihide Ensako

SCENE2「魔女とVRのジェントリフィケーション」by Bangi Vanz Abdul

SCENE3「グリーンラッシュはいずこへ向かうか」by Norihide Ensako

SCENE4「ビッグ・サー/沈黙の源泉」by Bangi Vanz Abdul

 

 

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遠迫憲英 えんさこ・のりひで/精神科医。大学時代は音楽活動、格闘技に熱中。またバックパッカーとしてインド、東南アジア、中米、地中海沿岸など各地を放浪する。幼少期から人間の意識についての興味が深く、古代の啓明とテクノロジーの融合を治療に活かすべく精神科医を志す。平成21年にHIKARI CLINIC(http://hikariclinic.jp/)を開院。

 

磐樹炙弦 ばんぎ・あぶづる Bangi Vanz Abdul/現代魔術研究・翻訳。メディア環境、身体、オカルティズムと文化潮流をスコープとし、翻訳 / 執筆 / ワークショップを展開。翻訳: レイチェル・ポラック「タロットバイブル 78枚の真の意味」 (2013/ メアリー・K・グリーア「タロットワークブック あなたの運命を変える12の方法」(2012 ともに朝日新聞出版) / W.リデル「ジョージ・ピッキンギル資料集 英国伝統魔女宗9カヴンとガードナー、クロウリー」(東京リチュアル出版) / 心療内科・精神科HIKARI CLINIC フローティングタンク担当。

Web: bangivanzabdul.net

Twitter: https://twitter.com/bangi_bot

 

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〈MULTIVERSE〉

「かつて祖先は、歌い、踊り、叫び、纏い、そして屍肉を食らった」生命と肉食の起源をたどるビッグヒストリー|辻村伸雄インタビュー

「そこに悪意はあるのか?」いまアートに求められる戦略と狡知|小鷹拓郎インタビュー

「暮らしに浸り、暮らしから制作する」嗅覚アートが引き起こす境界革命|オルファクトリーアーティスト・MAKI UEDAインタビュー

「Floating away」精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulのに西海岸紀行

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

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