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Floating Away ──精神科医と現代魔術師の西海岸紀行|PROLOGUE 2「トランスする現代の魔女たち」

精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulの、大麻、魔女文化、VR技術を巡る、アメリカ西海岸紀行。2019年、西海岸の「いま」に迫る。

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暗闇が戻ってくる。私は暗闇を眺めている、ということを憶いだす。

体液に浸されて静止した一点が、最初は弱く不安定に瞬き、次第に強く安定した輝きを取り戻す。

暗闇に包まれた一点の光は、ロサンゼルス南郊外のフローティングチャンバーに焦点する。

エージェントよりE.C.C.O.へ。転送完了。fnord.

 


 

 

フローティングタンク

ソファに深く腰掛けた私が、濡れた長髪を垂らしロビーに入ってくる院長を見たのか、ロビーに入室する私がソファーに沈む院長を見たのか、記憶は曖昧だ。フロートセッションの前後の記憶が錯綜しがちなのは、岡山でもロサンゼルスでも変わらない。

旅先でフローティングタンクに入った時に感じられる、この奇妙な感覚を好むフローターは少なくない。太平洋を挟み9,000km離れた場所でさえ、本質的に「同じ」暗闇と永遠に、瞬時に回帰することができる。それは、なにかと気忙しい旅の途中に、瞬時に自宅に戻って一眠りするような感覚であり、ここがどこで、いつなのか、という見当識を揺るがす。しかしながら、この揺らぎは、これまで生きてきた46年間、ずっと傍に感じていたものでもある。ここがどこで、いまがいつなのか。その問いはトートロジーだ。答えは「いま、ここ」でしかない。タイムマシンの乗り心地は、おそらくこんな感じだろう。

HIKARI CLINIC院長、遠迫憲英氏とは10年以上の付き合いになる。HIKARI CLINICのロゴ、彼のカスタムポルシェのデザインを手がけさせてもらったので、クリエイターとしての私の代表作はほぼ彼からの依頼によって生み出されていることになる。そんな彼から「カリフォルニアの大麻とVRを見に行こう」と誘われた時、私は「それならば、会いたい魔女がいる」と答えた。

 

カリフォルニア

20世紀を超えて18年経過した今、アメリカ西海岸は、同時に文明の西海岸でもある。1846年「モンタレーの戦い」に端を発する対メキシコ戦争で奪取されたカリフォルニアは、直後1849年のゴールドラッシュに湧きたち、人口200人から36,000人に膨張して振興都市に。1850年に合衆国31番目の州となるまで、僅か4年しかかからなかった。

以来この地は、地元住民、ヒスパニック、世界各国からのフォーティナイナーズ、先住ネイティブアメリカンがせめぎ合う温暖なカオスとなり、1910年代映画産業、50年代ディズニーランド、60年代サイケデリック、80年代ニューエイジ/スピリチュアリティ、90年代ドットコムバブルといった、20世紀そのものを生み出す子宮となった。今日私たちが享受する「デジタルネットワークとウェルビーイング」のグローバル世界が、さながらアカシックレコードのように、この地に集約されている。

「カリフォルニア」という地名の由来は、16世紀騎士道文学に登場する空想上のアマゾネス王国の黒人女王、カリフィアと結び付けられる。インド、女、イスラムの救世主、妖獣とゴールドが混淆するカリフィア伝説は、数百年の潜伏期を経てその文化遺伝子を放出するミームのように、現代西海岸の深層水脈に息づいている。ハリウッドとディズニーを例に出すまでもなく、ここはあらかじめ約束された、象徴的な魔法の大地であり、魔女の薬草箱であった。この約束の地に、現代の魔女が根着くに至った顛末を、簡単に振り返ってみる。

 

ウィッカ

18世紀末ロマン主義と19世紀末オカルト復興という二つの世紀末文化を経て、後のネオペイガニズム(新異教主義)を誘引することになる母体、いわゆる現代魔女宗「ウィッカ」が、英国南部に誕生した。ウィッカは1950年代に形成された新宗教運動であり、マーガレット・マレーのプレ・キリスト教的自然宗教観や、バッハオーフェンの原始母権制社会論、イタリアのロマ口承に取材した「アラディア」など、人類学の成果を再構成し、英国ヴィクトリア朝サロン文化からはギリシャ・ローマ的汎神殿とオカルト儀式を、仏国異端派メーソンからは急進的女性主義を取り込んで成立した。

その成り立ちからして、例えばレゲエがジャマイカの民族音楽では「ない」ように、ウィッカもまた英国特定地域の伝統復古運動では「ない」。それはキリスト教的パラダイムの最終解体を目論むグローバル戦略としての「魔女」、その方法論であった。ビートニク詩人がビバップと大麻を求めてアメリカ大陸を放浪し、チャック・ベリーが電気的に増幅されたギターによる新しいダンスビートを「ロックンロール」と命名したこの時に、神話-元型的な「魔女」は、神経-政治的な「ウィッカ」として、英国に再生したのである。その後、ウィッカ人脈をハブとして拡散する大小の復興-現代魔女宗分派は、各地の民俗・伝承と化学反応しながら、「サマーオブラブ」真っ只中のアメリカに飛び火していくことになった。

60年代最後の数年間、カリフォルニアは、若く無謀な「サマーオブラブ」の代償としての末期的バッドトリップを迎えていた。公民権運動を指導した黒人活動家マルコムXが1964年に、マーティンルーサーキングJr.が1969年に暗殺される。1968年には、UCLAの文化人類学者カルロス・カスタネダが、ネイティブアメリカンの呪術師と幻覚サボテンのフィールドワーク記録「ドン・ファンの教え」を出版。サンフランシスコではアントン・ラヴェイが「悪魔教会」を設立し、映像作家ケネス・アンガーは、後に女優シャロン・テート殺害事件を起こすカルト「マンソンファミリー」のメンバー、ボビー・ボーソレイユや、ウィッカにも多大な影響を与えた英国の魔術師アレイスター・クロウリーの邸宅を購入したジミー・ペイジ、オルトモント・フリーパークで「悪魔を憐れむ歌」を演奏中、ヘルズ・エンジェルズによる黒人観客の殺害事件に引き起こしたミック・ジャガーらを巻き込んで、「我が悪魔兄弟の召喚」「ルシファーライジング」といったトリップムービーを製作していた。

 

エデンの東西

西海岸の強すぎる陽光が、愛と霊性による社会変革の夢を焼き尽くし、出口なしのバッドトリップに変容させるかに見えたこの時期、北米大陸の反対側、東海岸のニューヨークでは次なる化学反応が起きていた。西海岸ヒッピーの文化遺伝子が東海岸イッピーに伝播し、政治的戦略性を強めていく。第二波フェミニズムを牽引したラディカルフェミニストグループ「New York Radical Women」を換骨奪胎するかたちで、「魔女」を標榜する左派フェミニストグループ「W.I.T.C.H.(Women’s International Terrorist Conspiracy from Hell)」が1968年に結成される。

「W.I.T.C.H.」は、ニューヨーク証券取引所に呪いをかけるハロウィーン・アクション、ニューヨークとサンフランシスコで同時に行われたヴァレンタインデーアクション、そしてアメリカ最初の大規模なフェミストアクションであるアトランティックシティでのミスアメリカ大会抗議デモなど、街頭演劇の手法を使った抗議運動を展開。中心人物である理論家・詩人ロビン・モーガンは、伝統的な魔女の集団単位「カヴン」の政治的読み替えとして、ラディカルフェミニストの連帯構造「シスターフッド」を概念化した。バッドトリップに耽溺する西海岸の白人男性ヒッピーを横目に、東海岸ではマイノリティをオーガナイズする女司祭たちが、第二波フェミニズムの激流のほとりで嬌声と水しぶきを上げていた。

1971年、ハンガリー移民のツザァナ・ブダペストが、アメリカ女性参政権活動家の名を冠した魔女カヴン「スーザン.B.アンソニー・カヴン」をカリフォルニアで結成。ラディカルフェミニストとレズビアンの魔女宗派、ダイアニック・ウィッカがここに興隆する。(ちなみに、性的マイノリティポリティクスの前線に勇猛果敢に躍り出るラディフェミ魔女宗徒ダイアニック・ウィッカは現在、トランスジェンダー魔女からTERF《Trans-Exclusionary Radical Feminist》の汚名をかけられ、度々炎上している。)このカヴンに、同じくカリフォルニアで土着混淆的な呪術を教えていたヴィクター・アンダーソンの「マヘアラニ(ハワイ語で満月の意)」カヴンを介して参加したのが、1951年生まれの新世代魔女、UCLAで映画と心理学を学んだ戦闘的女司祭、スターホークである。

 

スターホーク

セックス・ピストルズが最初で最後のアルバムを制作した1977年に執筆され、アメリカツアー中に解散した1979年に出版されたスターホークの「スパイラルダンス(邦題:聖魔女術・国書刊行会)」は、世界的ベストセラーとなった。同時にスターホークは、魔女カヴンでありアクティヴィズム集団である「リクレイミング(奪還)」を組織する。以降、スターホークは今日まで数々の反戦、環境保護、先住民運動のダイレクトアクション、スクォットに参加し、50回以上の逮捕歴を誇っている。

 

スターホーク(画像引用元:Starhawk and the Remaking of the American Spiritual Landscape )

 

1985年には、英国グリーナムコモンミサイル基地での19年間に渡る抵抗運動に魔女として「凱旋」。ミサイル基地とストーンヘンジを繋ぐ道を、200名以上が歌と踊りと儀式をしながら3日間歩く「ストーンヘンジウォーク」を組織する。この時に、後のグラストンベリー女神運動の中心人物となるキャシー・ジョーンズにして、その人生を決定的な逸脱へと踏み出させてもいる。グリーナムコモン反核女性キャンプと、そこに合流した魔女たちの闘争と祝祭の経緯は、ジル・リディントン「魔女とミサイル – イギリス女性平和運動史」(新評論, 1996)にまとめられている。

20世紀後半の「魔女の覚醒」は、ラディカルフェミニズム、エコフェミニズムの激流にエネルギーを供給し、ニューエイジ/女性的霊性の時代の幕を切った。それは現実から幻想への退行ではなく、幻想から現実への逆流であり、冷戦構造下の核の恐怖に対峙する生命力、変性意識を武器にした文明的抵抗、占拠、奪回作戦の遂行だった。

 

ミレニアルウィッチ

今日、アメリカとヨーロッパにおいて「魔女」は、それ自体が巨大な文化的アイコンである。特に96年の映画「ザ・クラフト」が大ヒットし、80年代後半から全米PTAの悩みの種となっていた「ティーンウィッチ」現象が可視化された。それを契機に、ウィッカ、ネイペイガンなど何らかのかたちで自身を「魔女」と定義する人口は爆発的に増大する。

2014年の調査では、全米で150万人ほどが自身の信仰、信条を「魔女」あるいは「ペイガン」と回答している。90年代インターネットニュースグループで発信し、ティーンウィッチ世代を牽引したシルヴァー・レイヴンウルフも、2017年に書籍が邦訳された現時点で既に前世代のアイコンになりつつあり、インスタグラムなど新しいビジュアルコミュニケーションツールを活用するHoodwitchやGabriela Herstikといったミレニアル世代の魔女たちが、グローバルブランドとコラボし、カルチャーメディアのアイキャッチを飾っている。

 

Gabriela Herstik(画像引用元:http://gabrielaherstik.com/

 

 

ミレニアル・ウィッチの特色は、そのウィッチクラフト=魔法が、ストイックな「自己理解」と「自己エンパワーメント」に向かっていることだ。ティーンウィッチ世代においてはまだ、スクールカースト構造内のやるせない憤懣を如何とするか、というテーマも保持されていたが、ミレニアル世代には後ろ暗さがない。あらかじめファッショナブルで、あらかじめ優れた集合知エンジニアで、あらかじめクリエイティブでサイコロジカル、そしてあらかじめ、悟っている。

 

https://www.instagram.com/p/Bxc-ZKOFITc/?utm_source=ig_web_options_share_sheet

Hoodwitchhttp://www.thehoodwitch.com/

 

そんな魔女たちが為すべきことは、自分を見つめ癒すセルフケア、ストレスコーピングを通じたスピリチュアル・ウェルネスの探求、他になにが必要なの? と言わんばかりだ。Luna Luna Magazine編集者 LISA MARIE BASILE 2018年の著作“LIGHT MAGIC for DARK TIME”は、心理的、グループワーク的なセルフケア、ストレスコーピング、モチベーション喚起のための魔術/心理学的レシピ集であり、”Witches, Sluts, Feminists(「魔女、ヤリマン、フェミニスト」)”の著者、Kresten J. Solleeが序文を寄せている。

 

 

 

目の前にあるのに見えない

こういった動向は、日本語圏には未だ、充分に紹介されているとは言えない。News Week日本語版などに時々現れる翻訳記事くらいでしか、ミレニアルウィッチ現象とそのリアルタイムなネットワークを垣間見る機会はないだろう。なによりも日本語圏には、彼女たちの背景、文脈を通時的に俯瞰し、共時的なシンクロニシティを読み解くリテラシーが圧倒的に不足している。フェミニズムもデジタルメディアもスピリチュアリティも、それぞれが時代の重要なキーコンセプトで、それぞれの専門家が少なからず日々論じている、にも関わらず、だ。

カナダのメディア理論家マーシャル・マクルーハンは、メディアは環境化し、知覚されなくなることを「メディアこそがメッセージだ」と指摘した。

 

我々はテレビを見る時、テレビの中の映画を見るのであり、

テレビそれ自体を知覚しない。

今我々がnetflixを見る時、我々はネットの中のテレビを見るのであり、

ネットそれ自体を知覚しない。

我々は常に、バックミラーを覗きながら未来に突き進む。

 

ドイツ語で魔女を指す語「Hexen」は「垣根の存在」という意味だ。魔女は、なにかとなにかの間にいて、見えないけどそこにある繋がりを守護し、媒介する「なにものでもない」存在なのだ。サイケデリックス、反核運動、フェミニズム、オカルト、ハリウッド、インターネット、ウェルビーイングといった個々の事象は、見えない繋がりで連動していること、というよりも、それがひとつの巨大すぎる総体であるということに、まず気づく必要がある。この「目の前にあるのに見えないもの」を眼差す変性意識状態に入ってこそ、そこに飛び交う魔女たちの箒の軌跡、秘密の飛行軟膏の残り香を、レイラインのように知覚することができる。

それにはまず、20世紀カリフォルニアで何が起きていたのか、いまカリフォルニアで何が起こっているのかを、捕われなく知覚することだ。そうして我々は、ヴィジョンクエストに挑むヤキ・インディアンのように、未来に向かって後ろ向きに自由落下していく。

 

 


 

Zoo, fnord

ヴェニスビーチのドミトリで、自分の足をみつめている。

ロサンゼルス、Reclaiming Collectiveの夏至儀式、グリフィンパーク旧動物園跡。

ベルリン、クロウリーの滞在した足跡を辿る。バウハウス、ベルリン動物園。

なんだよ、動物園って。エデンかよ。

エージェントよりE.C.C.O.へ。キャンセル、ピンク・フロイド。

Float Away. fnord.

 


 

(文/磐樹炙弦)

 

 

〈Floating Away ──精神科医と現代魔術師の西海岸紀行〉

PROLOGUE 1 「エデンの西 LA大麻ツアー2019」by Norihide Ensako

PROLOGUE 2 「トランスする現代の魔女たち」by Bangi Vanz Abdul

SCENE1「ビバリーヒルズのディスペンサリー・MEDMEN」by Norihide Ensako

SCENE2「魔女とVRのジェントリフィケーション」by Bangi Vanz Abdul

SCENE3「グリーンラッシュはいずこへ向かうか」by Norihide Ensako

SCENE4「ビッグ・サー/沈黙の源泉」by Bangi Vanz Abdul

 

 

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磐樹炙弦 ばんぎ・あぶづる Bangi Vanz Abdul/現代魔術研究・翻訳。メディア環境、身体、オカルティズムと文化潮流をスコープとし、翻訳 / 執筆 / ワークショップを展開。翻訳: レイチェル・ポラック「タロットバイブル 78枚の真の意味」 (2013)/ メアリー・K・グリーア「タロットワークブック あなたの運命を変える12の方法」(2012 ともに朝日新聞出版) / W.リデル「ジョージ・ピッキンギル資料集 英国伝統魔女宗9カヴンとガードナー、クロウリー」(東京リチュアル出版) / 心療内科・精神科HIKARI CLINIC フローティングタンク担当。

Web: bangivanzabdul.net

Twitter: https://twitter.com/bangi_bot

 

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〈MULTIVERSE〉

「Floating away」精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulのに西海岸紀行

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