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Floating Away ──精神科医と現代魔術師の西海岸紀行| SCENE4「ビッグ・サー /沈黙の源泉」

精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulの、大麻、魔女文化、VR技術を巡る、アメリカ西海岸紀行。2019年、西海岸の「いま」に迫る。

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ビッグ・サーに入ると、GPSも携帯電話も通じない。道は曲りくねりながらひたすら続く海岸線の一本道なので迷うことはないが、今自分たちがどこにいるのか、確証が得られないまま3時間ほど進むほかない。いよいよ電波が届かなくなるあたりで最後のガソリンスタンド、そしてしばらく進むと小さなドライブインカフェがあり、このエリアの商業施設はそれで全てだ。途中ぽつぽつと絶景スポットのような溜まり場があり、バイカーたちが休憩しているのでそれとわかる。あらゆる通信履歴がGPS情報と紐づけられ利用されている今日にあって、ビッグ・サーの深い静寂は明らかに意図的に守られている。ここが先住部族から譲り受けた1万年の聖地であること、ここに足を踏み入れることは特別な意味を持つことが、カリフォルニアの暗黙の了解となっているように感じられた。

現在はラディカルな治療文化とスピリチュアリティの実験場というより、高級リトリート施設という趣が強いエサレン研究所に、我々はアポをとらずに向かった。運が良ければ見学できるだろう、できなくともそれはそれ、という聖地に赴く巡礼のような心算であった。

 


 

 

 

エサレン研究所

サンフランシスコからロスアンジェルスまで8時間ほどのドライブの途上で、我々は今回の旅の最後の目的地、ビッグ・サーへ向かった。東海岸から西海岸へ、北米大陸を横断する開拓者たちを出迎えた巨大な壁、サンタ・ルシア山脈が、その背後にひっそりと抱き隠すように擁する静寂の海岸線が、ビッグ・サーである。カリフォルニア州内で最もアクセス困難なエリアとして最後まで探検者を拒み、原生森林と生態系を保存したビッグ・サーは、1937年にハイウェイ1号線が開通するまで、歴史から殆ど忘却されていた。1950年代まで住民の大半は電力もなく暮らしていたという。しかしながら先住モンゴロイド部族は5000年以上前からこの地に住み、遠くシエラネヴァダ山脈の部族と交易していた痕跡が見つかっている。

ここに先住民の埋葬地と温泉があり、その土地をホームステッド法によって入手した地主によって小さな湯治場が経営されていた。さらにこの湯治場の権利と施設は、スタンフォード大学院をドロップアウトし瞑想に明け暮れるビートニク青年マイケル・マーフィの手に渡り、グレゴリー・ベイトソンの元で精神分析を学んだディック・プライスと共同で1962年、エサレン研究所が創設される。エサレンという名は、この地に住んでいた先住部族に由来する。

エサレン研究所はオルダス・ハクスリー、アラン・ワッツ、エイブラハム・マズロー、フレデリック・パールズらの支持を得て、精神分析、行動心理学に続く心理学の第三勢力を標榜する人間性心理学、およびその運動体としてのヒューマンポテンシャル運動の中心地として、20世紀後半の治療文化に多大な影響を及ぼした。エサレンでは東洋・西洋のあらゆるオルタナティブな心身技法が試され、人脈が混交され、哲学、医療、スピリチュアリティの過激な実験場となった。

 

エサレン研究所のワークショップ(画像引用元:https://critical-sustainabilities.ucsc.edu/eco-60s-esalen-leonard695/

 

アラン・ワッツ(画像引用元:https://whereyart.net/shop/michael-mcmanus-alan-watts-with-alan-the-cat/4365

 

エサレン研究所の創設者、ディック・プライスとマイケル・マーフィ(画像引用元:https://www.esalen.org/page/esalen-founders

 

心理学、催眠、瞑想、哲学をごった煮にするエサレンの大釜で、1940年代に起こった集団精神療法の潮流と、帰還兵の洗脳体験やPTSD治療など軍事研究の成果がマッシュアップされ、時に暴力的な身体接触や深刻なPTSDを伴うエンカウンターグループの実践を通じて精錬された。ここで開発された集団トランスと至高体験を誘発する技術は、80年代ニューエイジ・スピリチュアリティとホリスティックな治療文化を開花させる一方で、ビジネス戦士を養成する自己啓発セミナーやマルチビジネスの根幹技術をも供給した。

 

グループセラピー

矛盾と未解決の問いに満ちたエサレン研究所のレガシーを、岡山でフローティングタンク併設の心療内科を運営する我々としては、集団精神療法の実践を通じて最も多く受け取っている。そして集団精神療法において生起する治癒的プロセスの重要なランドマークが「沈黙」である。

 

(画像引用元:https://syntheticzero.net/2017/03/13/into-the-mystic-capitalism-and-the-structuralization-of-spirituality/

 

語っても語り尽くせないものを語り続ける不毛に疲労困憊し、沈黙の重圧が次第に場を支配する。その永遠に静止したかのような沈黙から再び、一言、一言と、言葉が滴りはじめる。その時、場はテレパシックな共時性に包まれ、「グループマインド」が体感される。エサレンで探求された人間性心理学と集団精神療法は、語らいの尽きる沈黙の泉を共同体の中心に置き、そこから共時性と至高体験を恩寵としてくみ出す、原初的な共同体の生起メカニズムを精神医療のパラダイムとして奪還するものだ。そしてその源には、西の果てにネイティブアメリカンが守護してきた1万年の温泉、その静寂がある。

 


 

道沿いに小さな看板を見つけそそくさと侵入すると、金髪碧眼のヒッピー風キリストといった風情の男性がアーカイックスマイルで近づいてくる。予約もアポもないが、ちょっと立ち寄った。日本から来たんだ。もしよければ周囲を少し見学させてくれないか。キリストは鋼のようなアーカイックスマイルを微塵も崩さず、Noと首を振る。そうかわかった。しかし我々はここに辿り着くまでの数時間のドライブで、やや小用を催している。トイレを使わせてもらえると助かるのだが。No。トイレは数キロ手前のドライブインにありますよ。そこだけ? そこだけ。

やりとりはそれで終わった。当然といえば当然の顛末であり、我々はむしろ彼の鋼のアーカイックスマイルと聖域の守護者としての威厳を称賛した。施設内には安くない料金を払い、遠方から遥々訪れ数週間の滞在型ワークショップに打ち込む利用者たちがいる。銃を持っているかも知れないアポなし観光客を施設内に入れる筈はもとよりない。ビッグ・サーもエサレンも、現代アメリカの混沌の只中で強靭な守りに固められている聖地なのだ。我々は自身のシンクロニシティ慣れとヒッピー的弛緩を気恥ずかしく笑い、看板の下で記念撮影をしてから、車中でキリスト風スマイルを真似しながらビッグ・サーを味わうスポットを探した。

 

 

 


 

 

エデンの西

13世紀後半、ヴェネツィアの商人マルコ・ポーロが26年間の東方旅行の後「見聞録」を口述。15世紀後半に活字化され、ポルトガルの奴隷商人コロンブスにジパングまでの西回り航路の距離を試算させる。スペイン王室の後ろ盾を得たコロンブス一行は約二ヶ月の西回り航海の末、現在のバハマ、キューバを発見、上陸。以降スペインからのコンキスタドールにより略奪、ヨーロッパからの移民が続き、アングロアメリカとラテンアメリカの入植が始まる。1619年、大移住期ヴァージニアに最初のアフリカ人奴隷が到着する。

1776年にヨーロッパ植民地から脱却、独立したアメリカ合衆国の歴史は、英国教会に反旗を翻したピューリタン、アイルランドおよびスコットランド系移民、西アフリカから運ばれたアフリカ人奴隷、ポグロムとナチスを逃れたユダヤ人たちが、ひたすらに「西」を目指す狂騒の旅の歴史だ。それは先住民の虐殺、インカ・アステカ文明の破壊に始まり、西回りで到達したジパングへの原爆投下による大戦終結で終わる。この原爆投下をもって、東の果てと西の果ては接続され、消失したのである。

ジェームス・ディーン主演で映画化されたスタインベック「エデンの東」は、旧約聖書のカインの物語を下敷きとしている。弟アベルの殺害、そして神に対する偽証を犯したカインは、エデンの東にあるノド(放浪の意)の地に追放される。そこで息子エノクと同名の街を立てたカインの一族から鍛治の始祖トバルカインが生まれる。このトバルカインの神話は、エノク書に描かれる堕天使の一群と人間の女たちの間に生まれた血族の物語と重ね合わされ、現代魔女宗の重要なインスピレーションソースとなった民俗誌「アラディア」(1889)に変奏される。

 

『アラディア、あるいは魔女の福音』

 

イスラエルから見て東にはイラン・インド文化圏があり、その向こうにはトランスヒマラヤ世界、すなわちチベットがある。20世紀後半アメリカのサイケデリック革命には、インド哲学、ヨガ、チベット密教などインドとトランスヒマラヤへの眼差しがあり、時を同じくしてリバイバルしフェミニズムと共闘した魔女文化には、中央アジアに保存された堕天使伝承、その血族としての魔女アラディアへの眼差しがある。アメリカ西海岸に押し寄せた「西へ」のマニフェストディスティニー、その20世紀後半の巨大な隆起は、旧約カインの物語を新大陸上にトレースし、球体地球のあらゆる東が文明史的激流となってネイティブアメリカンの温泉、沈黙する西の消失点へと流れ込む、精神分析的力動にも見える。

 

1887年に描かれた絵画『アメリカの進歩』は合衆国による西部の「文明化」を象徴している。

 

 


 

数分も走ると、格好のポイントが見つかった。絵に描いたようなビッグ・サーだ。断崖絶壁と水平線を一望する草地に腰掛け、ヴェポライザーを吸い込み、波音と乱反射する光の粒子を浴びる。ここがエデンの西の最果てだ。水平線の向こうにはハワイがあり、日本がある。太平洋を超える空路とインターネットが、エデンの東と西をメビウスリングのように接続してしまったが、聖書と電信線を手にした女神が下す「西へ」という啓示に導かれたかつてのアメリカ開拓者の旅は、確かにここで終わった。虐殺と略奪、奴隷と公民権、銃とサマーオブラブ、銀幕とHMDに瞬く幻覚。この狂おしい意識の激流は、その西の最果てに忘れられた先住民の埋葬地と温泉、輝く水平線に出会い、沈黙に沈んだのだ。

 

 

 


 

 

環太平洋火山帯

生態学者・梅棹忠夫が1957年に発表した論考「文明の生態史観」では、文明諸国を第一地域と第二地域に区分し、西ヨーロッパと日本を第一地域に区分する。梅棹理論では、第一地域は第二地域のように砂漠の暴力と帝国主義の影響を受けず、第二地域から見た辺境としてその文化を吸収しつつ、温暖気候と封建主義で安定した文明を発達させる。1969年には作家・島尾敏雄による「ヤポネシア」論が提示される。1964年東京オリンピック、1970年大阪万博に前後して相次いで打ち出されたオルタナティブな文明史観は、東西という水平軸を脱し、中心と周縁という新たなパースペクティブで世界を捉え直し、そこに日本を再び定位しようとする希求であった。

 

『文明の生態史観』梅棹忠夫

 

ジェームス・ディーンがB29でジパングへの原爆を投下し、東の果てと西の果てを接続してしまった後、もはや平面のトポロジーでは駆動できなくなった戦後世界に、環太平洋火山帯を構成する二つの弧 – ヤポネシアとカリフォルニア – に勃発したのが、西海岸サイケデリアと、梅棹文明史観-ヤポネシア論ではなかっただろうか。それは地球の中心から表面へと伝播する球体の熱力学によって、天の父から大地の女神への主権移譲を宣言し、地上から消失したエデンをサイベリアの星座に投影する魔女たちの、篝火に捧げられた沈黙の儀式ではなかっただろうか。

サイケデリックの酩酊がヴァーチャルリアリティの明晰へ、ヤポネシアの憧憬が気候変化の畏怖へと相転移した今、ビッグ・サーに漲る輝ける沈黙、そこから眺めた環太平洋火山帯の静かな熱感を身体記憶として持ち帰れたことは幸運なことだった。この熱した沈黙をもって、私はいましばしの間フローティングタンクの温水を35.1℃に安定させ、反復する東京オリンピックの幻覚を冷徹にまなざすことができるだろう。あるいは、、、

帰国後、偶然ではあるが機会があって訪れたあるアート展示で、環太平洋巫女文化と縄文ウィッチクラフトを標榜する魔女カブンに属する魔女が彼女のカブンに継承される創世神話を語り伝えるのを聴いた。

 

しるしがうまれた。しるしはものがたりになった。めがみはこれをよろこんだ。

 

また、LAで取材した魔女Madokaが主催する東京のイベントで再会した時、彼女はこう言った。

 

ヴァーチャル・リアリティはヘッドマウントディスプレイのことではない。ヴァーチャル・リアリティは[知覚]とは何かという問題を私たちに突きつける。虚構を現実と見做し、まさにそれによって現実を創造する人間の力の源泉。ショーヴェ洞窟の壁画の頃からヴァーチャル・リアリティは続いている。

 

そのイベントで、私もなにか論じるつもりで登壇したのだが、もはやなにを論じるべきなのか、いまひとつ確証が持てずにいた。当日ギリギリまでスライドをいじった挙句、最後はお手上げとなり、仕方なく、かつて書いた詩を読んだ。もはや喉から溢れるものは沈黙だけであり、沈黙を際立たせるのは詩だ。その一節を以下に記す。

 

 

ひみつのほのおにまきをくべよう

すみびになったらあらたにくべて

いきふきかけてまたもえあがる

これはひみつのかわらぬほのお

つちからひかりにかわりつづける

それはずうっとおなじほのおだ

すみびになったこのおれに

おまえはよりそいもえあがる

おれもおまえもうしなわれ

ときどきはぜるおとをたて

とおいむかしとはるかなみらいに

おなじほのおがいまもえている

ひみつのほのおのばんをして

おどりとじゅもんをうけとるがよい

かわりつづけていまをねっする

ひとつのほのおによりそうがよい

あらたなまきといきをささげて

ひみつをあかるくたもつのだ

おれもおまえもうしなわれ

ほしがしずくとなりこぼれ

だぁれもいなくなったあと

だれかがいきを

またふきかける

 

 

〈Floating Away ──精神科医と現代魔術師の西海岸紀行〉

PROLOGUE 1 「エデンの西 LA大麻ツアー2019」by Norihide Ensako

PROLOGUE 2 「トランスする現代の魔女たち」by Bangi Vanz Abdul

SCENE1「ビバリーヒルズのディスペンサリー・MEDMEN」by Norihide Ensako

SCENE2「魔女とVRのジェントリフィケーション」by Bangi Vanz Abdul

SCENE3「グリーンラッシュはいずこへ向かうか」by Norihide Ensako

SCENE4「ビッグ・サー/沈黙の源泉」by Bangi Vanz Abdul

 

 

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磐樹炙弦 ばんぎ・あぶづる Bangi Vanz Abdul/現代魔術研究・翻訳。メディア環境、身体、オカルティズムと文化潮流をスコープとし、翻訳 / 執筆 / ワークショップを展開。翻訳: レイチェル・ポラック「タロットバイブル 78枚の真の意味」 (2013/ メアリー・K・グリーア「タロットワークブック あなたの運命を変える12の方法」(2012 ともに朝日新聞出版) / W.リデル「ジョージ・ピッキンギル資料集 英国伝統魔女宗9カヴンとガードナー、クロウリー」(東京リチュアル出版) / 心療内科・精神科HIKARI CLINIC フローティングタンク担当。

Web: bangivanzabdul.net

Twitter: https://twitter.com/bangi_bot

 

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〈MULTIVERSE〉

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「Floating away」精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulのに西海岸紀行

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