logoimage
HAGAZINE

大島托 『一滴の黒 ―Travelling Tribal Tattoo―』 #20「女」と「タトゥー」と「男」たち・後編

タトゥー・アーティスト大島托が世界中の「タトゥー」を追い求めた旅の記録。女もすなる黥といふものを、男もしてみむとて、するなり。

<<「女」と「タトゥー」と「男」たち・前編を読む

タトゥースタジオの舞台裏

 00年代の東京ではちゃんとスタジオを構えて定着し始めた。最初は下北沢だった。本多劇場のすぐ横あたりだ。

 東京みたいな大都会は家賃も高いので、テナントのスタジオの体裁を取るのなら、客は取れるだけ取るのが常道だ。ちょっと待たせるような気配を出すとすぐに他に流れてしまうほどタトゥースタジオの数も多いし、季節や曜日による売り上げの変動も大きい。春夏や土日月は忙しく、秋冬や水木金はヒマ。だから掻き入れ時にはちょっと無理してでも一気にこなしていく。作風がどうとかツベコベ言ってる余裕はあまりない。

 決まった作風、一定した作業量で、他より高いギャラを取り、さらに予約を何ヶ月も待たせても安定した商売が成り立つのは、その他大勢から頭ひとつ以上抜けた一部の売れっ子たちだけなのだ。

 タトゥーを彫るためにはやることがたくさんある。カウンセリング、掃除、オペ台周りの段取り、ステンシル作り、消耗品の補充、そしてなによりも針作りとチューブ&チップ洗い。1人のクライアントあたりで、だいたい5種類の針と5セットのチューブとチップが必要で、ほんの小さなワンポイントタトゥーでもそれはあまり変わらない。それを掛ける人数分準備しなくてはならない。マシーンの調整やデザインを描くのは彫り終わったあとの残業か早朝出勤だ。

 だから忙しい時にはカウンセリング、デザイン、施術、というタトゥーイスト本人の他に代えが利かない作業以外を手伝ってくれるアシスタントがいると助かるのだ。その分、限られた時間内でタトゥーを多く彫れるわけだから。こういう理由からタトゥースタジオでは弟子を求めていた。所属タトゥーイストが多いショップスタジオほどもちろんそのニーズは高い。

 そうやってアシスタントをしながらタトゥーの技術を習得し、上手くなってきたら徐々に戦列に加わっていって店にパーセンテージを納めるプロの職人となっていくのだ。一人前のタトゥーイストで、だいたい料金の50%をスタジオに納めるぐらいが世界的に一般的だ。キャリアレベルによって90%ぐらいからだんだんと昇格していくようなシステムを採るところもあった。

 家賃がいくらなのかという要素と、タトゥーイストが何人必要なのかという要素はダイレクトに関係している。だいたい都会のスタジオはギュウギュウで、田舎はスカスカだ。それが適正なバランスで、客足が順調であった場合、50%というのはオーナーにとってはプロモーション代や消耗品代を差し引いても商売になる一般的なショップ経営のラインなのだと思う。

 有名な凄腕ばかりが揃ったスーパースタジオみたいなところはもうちょい職人側を優遇するようなパーセンテージだが、こういうところは特別なプロモーションをしなくても客は競うように来るので、高い家賃で都会の目立つテナントを構える必要はないし、各々のギャラ自体がそもそも高額でもあるから、スタジオ側は少ないパーセンテージを取るだけでも充分なのだ。もちろんこういうところは初心者の育成&デビューなんていうトロくさいことには手を出さないで、専門のマネージャーや雑用バイトを雇っている。職人は全てスカウトだ。

 ちなみにタトゥーイスト同士が寄り集まって共同経営している場合は、パーセンテージがどうとかではなく経費をみんなで割り勘だ。当たり前だが、一人きりで自営なら貰いも払いも全額自分だけということになる。

 やがてスタッフは独立していくものだが、そのスタジオがゼロから育成したスタッフにはプロになってから何年間以上は所属してもらうというシバリがあるところもあるし、独立後もフランチャイズみたいに月々の上納金を師匠に納め続ける仕組みのところもある。技術を伝授するということをどれぐらいの重さで捉えるかで様々な形があるということだろう。所属期間中の作品画像は店に属していて、個人のホームページやSNSなどでの使用は認めないような契約のところもあるので、そうなると一通りの技術が備わったからといって簡単に独立してすぐに良いスタートが切れるというわけでもないし、ひっきりなしに多くの客が来るのは個人では採算が取れないほどの宣伝費を使っているからこそなのだという事実に直面して雇われ職人に戻る人も多い。

 

石の上にも三年…か?

 なんかシビアなことを立て続けに書いてみたが、実は僕のスタジオはユルユルだった。掃除、針作り、チューブ洗い、の3点を他の弟子たちとローテーションで夜間か早朝に無給でやってくれるのなら、見習い期間なんてもったいぶらず、入ったその週からマシーンを握って自分の脚の皮膚で練習してもらう。そのあとは自分の仲間を募って練習。練習させてくれる仲間がいないようなら僕の方でクライアント達に声を掛けて集めてやる。先述のカケハシ君などはもともとデザインはプロだったので、たしか1ヶ月も経ったころにはもう簡単な仕事をこなして金を稼いでいたはずだ。うちのサイトや広告から入ってきた客への仕事の場合は料金の30%を僕に納める。そして自分自身で集めた客の分は自分で総取りで、それは無料でモデルとして彫ろうがボッタクろうが僕は関知しない。作品画像も自分で好きなように使えばいい。そういうスタンスだった。

 もともと自分自身がテキトーの寄せ集めみたいな知識や技術しか持っていなかったし、手掛けている作風も、誰もやっていないような風変わりなコンセプトそのものが本質で、それは艱難辛苦の修行によって磨き上げてきたようなものとは無関係な、ただの思いつきの産物なわけだから、他人に対して努力や忍耐なんて強いれるわけもなかった。

 寿司を握らせてもらうまで5年、とか、灼けた刀をなます水の温度を探ろうと手を入れたら師匠に斬り落とされた、とか、日本の技術の伝承にまつわる逸話はとてもヘビーだが、ひょっとしてそれはその技術そのものの習得の難易度を示しているというよりは、逆にとても簡単だということを表しているのかもしれない。さっさと身につけられて恩義もなく出て行かれたら老後が心配だというような理由から、ネズミ講的な収益の仕組みを築くのに適した従順で忍耐強い人材を見極めるためのただの性格判断テストとしての修行なのかもしれない。

 そんなことを思ってしまうほどに僕の弟子たちには優秀な売れっ子が多い。あっという間に僕よりずっと稼ぐようになっていく。

 そしてやっぱり伸び伸びと育った彼らを束ねて金を吸い上げるのなんてのは僕の甲斐性では不可能だったのだ。そうやって僕の安定した老後を支えるはずだった巨大路面店構想は潰えた。昔の人はよく考えたものだ。

 カケハシ君の後に入って来た10年代の弟子5人は全員が女で、全員が美術系の大学、短大、専門学校などを出ている。

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

kaketattoos(@kaketattoos)がシェアした投稿

カケハシ氏の作品

 

 べつに女子校の美術教師みたいなプレイがしたかったわけではない。

 プロを志望するなら絵が上手い人ほど有利なわけで、そういう当たり前の基準で公平に受け入れていたら自然とそうなっていただけだ。いや、マジで。

 スタジオを共有している彫あいは和彫りで、僕は大きなブラックワークという、比較的に男ウケの作風だったが、仲間や弟子たちの仕事を眺めていて、ずいぶん女性客が増えていることは分かっていた。時間数では男性だが、件数ではすでに女性のクライアントの方が多いぐらいだろうか。カケハシ君の客層などはほとんど全員が女性であり、彼のスタジオの天井にはドライフラワーが吊るされていて、軽くインセンスが焚かれ、そつなくハーブティーが出てくる。マーケットが大きく変わってきていた。つまり社会が変わってきたということだ。そこにはもはや反骨の証ではない、本来のタトゥーの楽しさが広がっていた。

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

horiai 初代彫あい(@_horiai_)がシェアした投稿

初代彫あいの作品(http://www.hori-ai.com/

 

 無論これまでも女性客はたくさんいたし、そういう趣向を汲んだ女のタトゥーイスト志望者はいつもいたのだが、すでに書いたようにだいたいはマシーンの壁に跳ね返されて定着しづらいところがあったのだ。が、10年代のそれまでと違うところは性能の良いロータリーマシンの普及だった。これはコイルマシンのような複雑怪奇なチューニングのノウハウを一切必要としない。それによって10年代組の彼女たちは皆、早期の挫折を回避し、持ち前のデザインセンスを形にするべく、彫るという技術だけに純粋に集中出来たのだと思う。

 弟子たちにとってはずいぶんとイージーな時代になったものだなと感心したのも束の間、その後さらに道具は進化して、特に、あらかじめ組み上がって売られている既成針の品質とバリエーションが素晴らしく向上し、もうスタジオでバラ針をハンダ付けで組む必要がなくなった。

 そしてステンレス製の何度でも使えるチューブやチップよりコストはかさむけれど、洗浄や滅菌の手間や設備を考えたらはるかに便利な、使い捨てのプラスチック製のチューブ&チップも十分使用に耐えるものが普及した。

 さらに現在はそれらを統合した一体型の使い捨て針&チップのカートリッジが全盛となっている。つまり、もうアシスタントとしての弟子がこれまで担っていた時間を食うルーティン作業はスタジオからきれいサッパリと消えてしまったということだ。

 こうなると、弟子を取ることの残されたメリットは、スタジオでタトゥーイストとして働いてもらってパーセンテージを払ってもらうということぐらいになるが、育成にかかる時間と手間が人によって未知数であることを考えると、これもすでに出来上がった腕の良いタトゥーイストを外部から募ったほうがはるかに効率的なのだ。自営だが十分な仕事量がない腕の良いタトゥーイストなんて山ほど余っているのだし、うちのゲストワークの30%納めというレートに不満のあるプロなんていない。

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

小愛時代(@xiaoaiperiod)がシェアした投稿

大島の女性弟子の一人である小愛の作品

 

女もすなる黥といふものを、男もしてみむとて、するなり

 ではこれからの20年代にタトゥーを学びたいという人はどうしたらいいのか。

 きっと弟子という形ではなく、生徒としてタトゥースクールや現役プロによる個人レッスンにお金を払うことになるのだろう。例えば、新しくて巨大な中国のマーケットでは今はもう完全にそういうことになっている。美大を出た後や在学中からそういうところに通ってタトゥー技術を習得するのが主流となっているのだ。

 そう言えばついこの前、201911月に阿佐ヶ谷で開催した「縄文族2」展の期間中には、奇しくも何人かの美大生にそれぞれ別の日に質問攻めにされた。だいたいは技術や経営に関する初歩的な事柄だった。皆、タトゥーイスト志望とのことで、やはり皆、真っ直ぐな瞳をした普通の女の子たちだった。

 自分、絵はまったく描いたことないっすが、気合いは誰にも負けません。なんて、威勢のいいこと言っておいてわりと早々に挫折して姿を消した、暴走族あがりのある若者のことを、なんだかふと思い出して懐かしくなった。彼ももう50歳近くか。何やってるのかなぁ。

 そういえば「ガールズタトゥー」という言葉や本の題名には、実はずっと何だかわからないような違和感を感じていた。でも最近になってその正体がようやくなんとなく分かってきたような気がする。多分それは、「男もすなる黥といふものを、女もしてみむとて、するなり」に潜んだ虚構みたいなものだ。ありうべき良い本の名前はおそらく「メンズタトゥー」とか「男の刺青」なのだ。「メンズクッキング」とか「男のお洒落」みたいな語感で。これならスッと腑に落ちるような気もしてくる。「女もすなる黥といふものを、男もしてみむとて、するなり」なのだ。

 女たちはタトゥーの世界に新たに進出してきたわけではなく、もともと居た場所に帰ってきはじめているだけなのだと思う。

 女のタトゥー回帰。僕のジャンルの先輩中の先輩、オランダの大御所ハンキーパンキーの意見はどうだろうか。次回は彼をちょっと訪ねてみた話だ。

 

 

〈MULTIVERSE〉

「今、戦略的に“自閉”すること」──水平的な横の関係を確保した上でちょっとだけ垂直的に立つ|精神科医・松本卓也インタビュー

フリーダムか、アナキーか──「潜在的コモンズ」の可能性──アナ・チン『マツタケ』をめぐって|赤嶺淳×辻陽介

「人間の歴史を教えるなら万物の歴史が必要だ」──全人類の起源譚としてのビッグヒストリー|デイヴィッド・クリスチャン × 孫岳 × 辻村伸雄

「Why Brexit?」──ブレグジットは失われた英国カルチャーを蘇生するか|DJ Marbo × 幌村菜生

「あいちトリエンナーレ2019」を記憶すること|参加アーティスト・村山悟郎のの視点

「かつて祖先は、歌い、踊り、叫び、纏い、そして屍肉を食らった」生命と肉食の起源をたどるビッグヒストリー|辻村伸雄インタビュー

「そこに悪意はあるのか?」いまアートに求められる戦略と狡知|小鷹拓郎インタビュー

「暮らしに浸り、暮らしから制作する」嗅覚アートが引き起こす境界革命|オルファクトリーアーティスト・MAKI UEDAインタビュー

「Floating away」精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulのに西海岸紀行

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

「NYOTAIMORI TOKYOはオーディエンスを生命のスープへと誘う」泥人形、あるいはクリーチャーとしての女体考|ヌケメ×Myu

「僕たちは多文化主義から多自然主義へと向かわなければならない」奥野克巳に訊く“人類学の静かなる革命”

「私の子だからって私だけが面倒を見る必要ないよね?」 エチオピアの農村を支える基盤的コミュニズムと自治の精神|松村圭一郎インタビュー

「タトゥー文化の復活は、先住民族を分断、支配、一掃しようとしていた植民地支配から、身体を取り戻す手段」タトゥー人類学者ラース・クルタクが語る

「子どもではなく類縁関係をつくろう」サイボーグ、伴侶種、堆肥体、クトゥルー新世|ダナ・ハラウェイが次なる千年紀に向けて語る

「バッドテイスト生存戦略会議」ヌケメ×HOUXO QUE×村山悟郎

「世界ではなぜいま伝統的タトゥーが復興しようとしているのか」台湾、琉球、アイヌの文身をめぐって|大島托×山本芳美

logoimage

PROFILE

大島托 おおしま・たく/1970年、福岡県出身。タトゥースタジオ「APOCARIPT」主催。黒一色の文様を刻むトライバル・タトゥーおよびブラックワークを専門とする。世界各地に残る民族タトゥーを現地に赴いてリサーチし、現代的なタトゥーデザインに取り入れている。2016年よりジャーナリストのケロッピー前田と共に縄文時代の文身を現代に創造的に復興するプロジェクト「JOMON TRIBE」を始動。【APOCARIPT】http://www.apocaript.com/index.html