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大島托 『一滴の黒 ―Travelling Tribal Tattoo―』 #18 タトゥーを世界に向けてアピールする国家的プロジェクトに──マルケサスの“流儀を超えた”進化

タトゥー・アーティスト大島托が世界中の「タトゥー」を追い求めた旅の記録。今回はキング・オブ・トライバルタトゥー「ポリネシアン」編、最終回。マルケサスタトゥーの現在形と、その先にある「ザ・タトゥー」をめぐって。

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 アメリカ人とフランス人とポリネシア人を乗せたセスナ機が太平洋上を飛んでいた。

 が、そのうちエンジンの調子が悪くなり、パイロットが言った。

「みなさん、荷物を捨てて重量を軽くする必要があります」

 アメリカ人は悲しげに札束を海に投げ落とした。

 フランス人は渋々ワインのボトルを投げ落とした。

 二人はまだ何も捨てていないポリネシア人の方を急かすように見た。

 おもむろに立ち上がったポリネシア人はとてもサバサバした様子でフランス人を投げ落とした。

 

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踊りとタトゥーによる身体性の奪還

 あれから数年。エンジンの調子は良好と思われるジェット機で僕はまたタヒチに向かっていた。今度は女性ばかりの団体客で機内はとても賑わっていた。30~40代が中心だろうか。皆一様にものすごく日に焼けている。何か野外で行うスポーツのチームとかなのだろうか。でも皆、髪がとても長い。

 その中の一人に話しかけてみると、オリタヒチ、つまりタヒチアンダンスのグループだということがわかった。大きな国際大会がパペーテで開催されるので勉強に来たということだった。なんでも今、日本ではタヒチアンダンスがとても盛り上がっていて、すでにフレンチポリネシア内のそれを上回る数のクラスが日本中に広がっているとのことだった。

 タヒチアンダンスもまたタトゥーと同じく、かつて教会に禁止されて一度は滅びた文化だ。全裸で行われていた当時の島民たちの踊りに性的な奔放を感じ取って危惧した宣教師たちによって禁じられたのだという。

 事実、その頃のポリネシア人たちはフリーセックス文化の中にいた。今でもまだその風潮はある。若者たちは基本的にタブーなくいろいろな相手と同時進行で付き合うし、もうちょっと歳がいって子供が生まれたりして特定の相手との暮らしが固まって来たかなと思うとまた呆気なくパートナーを入れ替えたりもする。日本と違って社会を挙げての不倫騒ぎなんてものはない。あるのは恋のライバル同士が夜の浜辺で行う素手喧嘩(ステゴロと読むべし)による漢(オトコと読むべし)の比べ合いとかだ。

 一夫一婦制というのは農耕、牧畜の技術開発から国家的なコミュニティが形成されていく過程で、資産の所有に関する利便性などから徐々にまとまってきた形と考えられ、猿人ルーシーに始まる壮大な人類史においてはごく最近の短期のトレンドにすぎないとも言われる。実際、ポリネシアだけではなく僕が回って来た地球上の様々な部族たちは、概ねプリミティブなほどフリーセックスの傾向が強いものだし、なによりも我々の社会でも結婚している人ならば身にしみて分かると思うが、一夫一婦制は当事者間の相当な意識的な努力が必要で、とてもじゃないが「自然」に任せて長期間維持できるような形ではない。人類はもともとフリーセックスの種なのだ。

 そしてそれを宣教師に象徴される近代社会の価値観が、自分たちがゆっくり積み重ねて来たような段階を経ずにいきなり禁じたわけだ。

 話をタヒチアンダンスに戻すと、禁じられて以降は民族博物館の展示資料や観光ホテルのディナーの見せ物程度の過去の遺物と化していたそれが、80年代ぐらいから再び自分たち自身で踊って楽しむものとして復興してきたのだ。これは彼らのタトゥーのリバイバルと時期も状況も完全に一致している。僕はトランスパーティーフリークだったからよく分かるが、踊りもタトゥーも本質的には傍観するものではなく、自分の身体を使い倒すようにして感じてなんぼのものなのだ。そしてその行為は常に近代以降の管理社会に対する個々の野性からのカウンターでもあるのだ。タヒチ人たちは植民地化、近代西欧の価値観によって否定された自分たちの本来の身体性を、こうして踊りとタトゥーを旗頭に逆襲し、奪還し始めたのだ。

 だから例えば最近の日本で連続して起きた、風営法によるクラブでのダンスの取り締まり、タトゥーイストの医師法違反での検挙、という一見して支離滅裂のような警察の動きは、実はこのような事の本質を正確に見抜いた前現代的支配システムからの確信的な攻撃なのだと僕は感じている。

 彼女たちの話によれば、タヒチアンダンスは日本の他にメキシコでも今、大流行しているらしく、今回の国際大会では地元のポリネシア人たちを抑えていよいよメキシコ人がその頂点に立つのではないかという点も見ものらしかった。突き抜けたハッピー感を放出するその表現力が圧倒的とのことだった。

 メキシコ人は大変な踊り好きだ。何か嬉しいことがあると身体が勝手に踊り出してしまうのを止められないぐらいの国民性なので、これこそさもありなんと思った。メキシコ人はタトゥーも大好きなのだが、そればかりではなくもっとハードな身体改造、例えばスカリフィケーション、インプラント、タンスプリッティング、眼球色素注入などもどんどん実践してしまうイケイケのところも特徴的だ。かつてのマヤやアステカの生け贄の儀式で知られるように、鋭い身体性を帯びた宇宙観が今なおそのベースにはあるのだ。そして石器時代だった社会がいきなり西欧に植民地化された歴史はポリネシアと深く共通する部分だ。

 外様が旗本を凌駕するという話ではなく、メキシコ人たちは本能的にタヒチアンダンスの向こう側に普遍的かつ本質的な「ザ・ダンス」を強く感じ取ったのだと僕は思った。

 

Photo by Moana blackstone

 

その先にある「ザ・タトゥー」

 今回のフライトは他の乗客たちと喋っていたのでずいぶん短く感じた。

 空港から出るとマナオのスタッフが迎えに来てくれていた。彼は僕がゲストで入っていた時にちょうど新米として働き始めたばかりだったタナだった。今では島を代表するような凄腕らしい。まるで僕が彫ったような作風のヘビーブラックのマルケサスデザインが右腕一本を飾っていた。それを褒めるとちょっと照れたように彼は笑っていた。

 送ってもらったコンベンション会場は新婚カップル御用達の感じの豪華なホテルで、主催者が用意してくれた部屋は最上階のデラックススイートだった。部屋の一面が総ガラス張りになっていて眼下には絵空事のようなトロピカルブルーの太平洋が広がっている。こんな部屋、はっきり言って今までの人生で泊まったことなどないのでそわそわと落ち着かない。テアモの薄暗いドミトリーが懐かしいが、もうツブれたとのことだった。隣のピットブルは達者だろうか。

 この数年の間、僕は以前はただアカウントを持っているだけで全く乗り気ではなかったFacebookに積極的に作品をポストするようになり、ポリネシアやその他のトライバルタトゥーのコミュニティーページにも頻繁に顔を出すようになっていた。ゴアの海岸で衝撃を受けて以来の僕の創作上のテーマ「10メートル」は、小さく細かくまとまろうとするマーケットデザインの動きに対しては常にカウンターだったし、ベテランタトゥーイスト達にとっては自分たちの安穏なルーティーンに対する脅威だったかもしれない。

 格好良ければOKという不遜な態度でいろいろなコミュニティーで反感や顰蹙を買って丸焦げ炎上を繰り返したりしながらも、ポリネシアンタトゥーの最高権威コンクール「Tatau Award」で3度の優勝を含む上位入賞の常連となっていき、欧米をはじめとする世界の主要なタトゥーマガジンのほとんどで僕の特集記事がどんどん組まれていった。プロのリングで勝負するというのは単純明快にこういうことだ。己を鼓舞するためにわざと挑発して、本来ならいい仲間にもなれたであろう人たちから結構いいパンチを何発ももらったし、顔と名前が売れてただの異邦人みたいな身分でいることももはや難しくなったけれどもそれはそれで仕方がない。日蝕の空にそれは生贄として全部捧げたのだから。絶品フワトロオムレツを作るために持ってる卵を全部割ったのだから。

 様々な種類のトライバルタトゥーを手広く横断しつつ、それぞれで型破りをやって見せる僕が、スタイルの奥底にブレずに見つめ続けていたもの、それは「ザ・タトゥー」だった。これはタトゥーと、それを纏う皮膚と、それを感じる気持ちとが織り成す三位一体の最もベーシックな体験だ。どれか一つが欠けても決して成り立ちはしないが、中学生のイタズラ彫りから巨匠のマスターピースまでおよそ全てのタトゥーにはこれがあるのだ。あの昭和の大横綱千代の富士の化粧まわしの、心、技、体、だ。これだけはまだ見失ってはいない。だから、伝統、アイデンティティー、云々、どころか本当は格好良い必要すらもない。そう、踊りがまさにそうであるように。

 楽しもうぜ、ってことなのだ、要は。

 明朝はコンベンションの宣伝のためにラジオ番組に出て、その後すぐにドキュメンタリー映画の撮影があるため、さっさと寝ようと思っていたらボルネオのジェレミーがやって来て、赤玉持ってナンパに行こうぜとか言って外に連れ出された。そういえば巨大な女だらけのこの島はニビル星人にとってはパラダイスだったっけな。デブと赤玉と私。楽しむしかないでしょう!

 久しぶりに日本からタヒチに帰って来たタクは古巣のマナオを訪れスタッフ達と談笑しつつ、ボスのマヌにある提案をする。

 関東近郊で小さなタヒチアンダンスの教室を営んでいる日本人女性ヒロミの夢、それは今をときめくスターダンサーたちが競うようにして身に纏っている繊細かつ流麗なあのフェミニンスタイルのマルケサスタトゥーをいつかは自分も入れてみたいというものだった。でもタトゥーに対する偏見が強い日本の社会で実際にそれに踏み切ることにはまだ迷いがあった。それに育ち盛りの娘を抱えて日々奮闘するシングルマザーの彼女にとってはタヒチはあまりにも遠かったのだ。

 が、そのスタイルの始祖として世界的に知られる現代タヒチを代表するタトゥーイスト、マヌ・ファーロンその人が、もしも東京に来たとしたら……。

 

 

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 先行するダンスの人気に比べ、特殊な社会事情から足踏みを続ける日本のマルケサストライバルタトゥー。

 しかしそれらは本来、分かち難い一つのものなのだ。

 各界の専門家に話を聞きながらその歴史を振り返り、現代におけるその復興の価値を改めて確認していく。

 はたしてヒロミはファーストタトゥーに踏み切ることができるのであろうか。

 

Photo by Moana blackstone

 

国家的プロジェクトとなったマルケサスタトゥー

 渡されたドキュメンタリー映画の台本は非常にタイムリーなものだった。ちょうど昨日、機内で予習を済ませてきたようなものだ。どうやら本当にそういう波が日本に押し寄せているらしかった。

 そして確かに日本のタヒチアンダンスの人たちはタトゥーに関して奥手だなと僕も感じていた。うちでマルケサスデザインを入れていく人たちで目立つのはサーファーなどのちょっと不良がかったマッチョだ。この人たちの多くは平日に通って来れる場合が多いので、職人や何らかの自営業などのスケジュールの融通が利く仕事をしていると思われる。つまりスポーツも仕事も一匹狼のタイプだ。それに対してタヒチアンダンスの人たちはクラスに所属するなど集団性が強く、仕事も会社勤めの人が多いイメージだ。日本の勤め人は一般的に会社を気にしてタトゥーをためらうものなのだ。これが奥手の理由の僕なりの分析だ。

 ともかく、僕もマヌも所詮はタトゥーしか能のないカタブツなのでイモみたいな演技しか出来なかったが、2つの国に跨がって撮影された、このジャン・フィリップ・ジョアキン監督の「Tatau,la culture d`un art」はフランスで大きな賞を獲得し世界中で放映され、今もエアタヒチヌイの機内映画の定番となっている。タヒチに行くことがあればとりあえず見て、泥まみれのイモ()とキレイに洗ったイモの固まった表情を笑ってやってもらいたい。

 

 

 ハワイのアイゼア、フィリピンのエル、ニュージーランドのスティーブ、パプアのジュリア、ボルネオのジェレミー、そして日本の僕。海外アーティストは全員が特別招待待遇でコンベンション参加費はもちろん、盛大な前夜祭のビュッフェや煌びやかなホテルも全部無料、航空券も半額だった。こんなコンベンションは今までに見たことがない。

 ちなみに海外のタトゥーマガジンの記者には航空券すらも無料のさらなるVIP待遇が用意されているらしかったので、いつもお世話になっていた編集者たちにも声をかけたのだったが、結局本気にしなくて日本からは誰も来なかった。それぐらいありえない待遇だということだ。どういうことかというと、これはフレンチポリネシア政府の観光局が全面支援していて、航空会社のエアタヒチヌイも協賛しているからなのだ。つまりイベント自体での採算は度外視してまでも環太平洋全域からタトゥーイストとマスコミを呼び集めて、新しい観光の目玉としてのタトゥーを世界に向けてアピールする国家的プロジェクトの場をセットアップしたということなのだ。

 日本の伝統刺青である和彫りを目当てに来日する海外からの観光客はとても多い。マーケットのボリュームで言ったらそれこそタヒチのそれなど比較にもならないぐらいの大きさだ。世界のタトゥーファンにとって和彫りというのはそれぐらいのハイブランドであり、観光産業の実際の強力なコンテンツなのだが、所轄の官公庁からそこに対して金が出たなどという話は聞いたことがない。というかむしろ難癖つけられて取り締まられたりしてホントに迷惑している。ドえらい違いだ。

 会場や街中では「TE PATUTIKI」という本が出回っていた。マルケサスデザインのモチーフとそれに付随するイメージを現地語と英仏語で対訳した本だ。今まで出ていた、いくつかのよく知られたメインのモチーフに限った断片的な解説本みたいなレベルではなく、これはそれぞれのモチーフ名称の頭文字のアルファベット別でまとめられた200ページにも渡る文字通りの「辞書」だった。

 

「TE PATUTIKI」

 

 実は前回の聞き取り調査の結果をプロのタトゥーイストやクライアント達が実際に使えるような小さな辞書の形にして、世界中のコンベンションや自前のホームページで売ろうかなどとも考えていた僕にとっては先を越された形だったが、もし実際に非ポリネシア人タトゥーイストの僕がそれをやっていたらおそらくは僕の炎上人生の中でも酸鼻をきわめる最大の惨事になることは目に見えてもいた。著者はフランス在住のポリネシア人タトゥーイストだった。本の内容は僕の調査結果と比べると8割方は異なっていたが、まあこれはもともと連想ゲームみたいなものだったわけだから僕にはそれほどの驚きも不平もない。一つの見解ではあるにせよ、とにかくこうして形になって一般の人々の手の届くところに楔が打ち込まれ、やる気さえあれば霧が立ち込めている断崖を登れるようになったことには大きな意義がある。

 もちろん思った通りのブーイングも聞こえてはいたが、文句のある者は自分の見解を本なりホームページなりYouTubeなりで公に出せばいいのだ。本に残された情報のみが後世に残り、史実となるのは、今みんな揃ってマルケサス諸島のデザインのみを彫らざるを得ないことでもう十分に分かっているはずだ。魂を金で売ったなんて批判もあったけど、それならタトゥーで金取ってる君自身の行為はどうなんだい? って話だ。自分がかちかち山のタヌキになった場合を想定していたので反論もとても滑らかだ。

 好評を博したこの本はパート2もすぐに出版され、そこでは個別のデザインではなく、それらが寄り集まって出来上がる定型のコンビネーション例をまとめた、さらに専門性の高い内容となっている。

 

タトゥーと銃とポアソンクルー

 コンベンションは連日すごい熱気に包まれていた。司会の調子はリングアナウンスみたいにアゲアゲだったし、テレビの撮影班が常駐していてひょっとしたら生中継とかだったのかもしれない。互いに相入れない感じだった大御所たちやそのグループの人たちもほとんど全員参加していた。それぞれのタトゥーイストの奥さんや彼女たちが団結してフードや土産などの様々なブースを回していて、おまけにダンスも披露していた。と言ってもこれはママさんダンスクラスみたいなものではなく、ガチンコの最高レベルのオリタヒチショーだ。歴代の女性チャンピオンダンサーたちは皆、それぞれ腕のいいタトゥーイストと一緒になるからだと聞いた。こうしてカミさんたちが仕切ればダンナたちはおとなしいもんだ。さすがは母系社会ポリネシアだ。こういう光景も世界の他のコンベンションでは見たことのないものだった。

 コンベンションのフィナーレを飾るタトゥーコンテストは、グループ分断以降、何年ぶりかの大舞台であるこのコンベンションをゴールに設定してじっくりと仕込まれた地元のタトゥーイストたちの最高の力作たちの競演で見どころたっぷりだったが、空港に迎えに来てくれたタナと、僕がいた頃はやはりマナオで働いていたが今は独立しているパトゥの二人が結果として様々な部門のほとんどのトロフィーを獲得してしまった。タナのリアリスティックとポリネシアンをフュージョンさせた画面のクオリティを見て、僕は彼にヨーロッパかアメリカに拠点を移すことを強く勧めたし、パトゥの完成させつつあるダイナミズムはこれまでの島のタトゥーイストたちに欠けていたもので、それは僕の目指す方向とも軌を同じくしていた。新世代の台頭だった。

 

 

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 まさかかつて日本からやって来た酔っ払いの提言に耳を傾けたわけでもあるまいが、流儀の違いを乗り越えて一つのリングで勝負するタヒチの姿がそこにはあった。

 コンベンションも大盛況のうちに楽しく打ち上げし、翌日の夜はマヌのハリウッドスターの別荘みたいな高台の豪勢な自宅に招かれた。前回の滞在中に僕の右胸から腹部にかけてのマルケサスタトゥーを彫ってくれた親友のフレディも一緒だ。フレディが釣ったばかりのカジキマグロを、僕がポアソンクルーにするのだ。彼が昨日コンベンションをサボって朝からトローリングボートで釣りに出て、3メートルぐらいのカジキを上げたことは知っていたのだ。ありがとうFacebook。でもホントは僕もカジキ釣りの方が良かった。

 氷水で手を冷やし、カミソリのように研ぎ上げた包丁で一気に塊を柵に、そして柵を薄めの刺身に捌く。スピードが重要だ、そうやって作った刺身2キロほどをボウルに入れ、マヨネーズと日本から持参した広島の牡蠣殻醤油をたっぷりとかけ回し、再び氷水で冷やした手でしっかりと混ぜ合わせる。以上。ポアソンクルー大島仕立て。遠洋マグロ漁船の乗組員だった叔父からの秘伝を応用したものだ。

「今まで食べたポアソンクルーの中で一番美味い」

 確かにそう言った。本場の二人にしてそう言わしめた。一人はセレブなグルメ、もう一人はジャンクな大食いだ(ごめんフレディ)。つまり島のハイエンドとジャンクの両方を制したということだ。

 大島家の秘伝の一つをこのような公のメディアで明かしてしまったのは、ひとえにこの彼らの証言を発表したかったがために尽きる。

 報われた。

 轢き飛ばされたような衝撃から僕は今、完全に立ち直った。エイドリアーン!とタヒチの夜空に向かって叫んでいた。もちろん気分の中でだ。我々は互いに影響を与え合いながら進化を続ける種族である。

 帰りの飛行機のチェックインカウンターではマネージャーらしき人が出てきて、前から僕の作品のファンだったこと、今回のTV中継も見ていたことなどを話してきて、僕がタヒチに再びやって来たことに対して丁重なお礼を言ってくれた。とても嬉しかった。が、何か時空の歪みにハマったような変な気分にもなった。これはひょっとして日本に帰ったら百年ぐらいが過ぎていて、スーツケースを開けたら白毛の爺さんになるとかのオチとかじゃあるまいな?

 12時間後、成田に着いて税関の列に並んでいるとすぐに犬を連れた係員が真横にピッタリとつけて来た。別に僕の作品のファンとかではなさそうだ。まもなく荷物検査の順番が回ってきて、担当職員は開口一番、

「銃とか持ち込んでいませんか?」

 持ってたらきっと夕方のニュース番組に出ることにはなるだろう。いやー、やっぱりうちが一番落ち着くよねという毎度のオチだった。

 ハワイやニュージーランドにも行ってるが、今回のフレンチポリネシアで熱弁を振るいすぎた感があるのでポリネシアの話はとりあえずこれで一区切りとする。次はまだ日本には入って来てはいないがヨーロッパで最近流行しているベルベル人のトライバルタトゥーを紹介してみたい。

 

Photo by Moana blackstone

 

 

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PROFILE

大島托 おおしま・たく/1970年、福岡県出身。タトゥースタジオ「APOCARIPT」主催。黒一色の文様を刻むトライバル・タトゥーおよびブラックワークを専門とする。世界各地に残る民族タトゥーを現地に赴いてリサーチし、現代的なタトゥーデザインに取り入れている。2016年よりジャーナリストのケロッピー前田と共に縄文時代の文身を現代に創造的に復興するプロジェクト「JOMON TRIBE」を始動。【APOCARIPT】http://www.apocaript.com/index.html