logoimage

SK本舗 × GraphersRock(岩屋民穂)|3Dプリンターはアーティストの「制作」を変えるか|3Dプリントのプロトタイピング①

3Dプリンターは徐々に身近な存在となりつつあるが、まだ多くの人にとっては未知の存在であることも事実。本シリーズではグラフィックデザイナー/アーティストのGraphersRockこと岩屋民穂が3Dプリンティングの世界に触れていく様子をレポートしていく。


 

3Dプリンターは徐々に身近な存在となりつつあるが、まだ多くの人にとっては未知の存在であることも事実。ならば、体験する場さえあればこの未知なるテクノロジーはもっと身近なものになるかもしれない。本シリーズではグラフィックデザイナー/アーティストのGraphersRockこと岩屋民穂が3Dプリンティングの世界に触れていく様子をレポートしていく。

 

(文・もてスリム/写真・東山純一)

(取材協力:SK本舗 https://3dprinteronline.shop/

 


 

3Dプリントのプロトタイピング

プラスチック樹脂や金属を“出力”することで自由自在に立体物をつくり出せる3Dプリンターは、わたしたちにとっての「ものつくり」を大きく変えうるといわれてきた。現に3Dプリンターは年々小型化・低価格化が進んでおり、DIYムーブメントやデジタルファブリケーションブームの後押しを受けかつてよりも身近な存在となっている。新型コロナ禍において、不足している医療機器やマスク、あるいは隔離病棟などの出力を3Dプリンターが手がけ、物資不足に困窮する現場のサポートを行ったことは記憶に新しい。しかし、一方ではいまだに大多数の人にとって3Dプリンターが未知のテクノロジーであることも事実だろう。

小規模3Dプリンタースタートアップ・SK本舗の代表・遅沢翔は、本来はもっと多くの人々が3Dプリンターを日常的に使えるはずだと語る。多くの人がまだその価値や魅力に気づいていないだけで、この新たな「ものつくり」の手段は誰もが使っていくべきものなのだ、と。

あるいは、アーティストの作品制作の現場においてはどうだろうか。少しずつ3Dプリンターを使用した作品制作の事例は増えているものの、その技術が本来持つポテンシャルを思えば、作品の制作現場への浸透度は随分と控えめなものと言えるだろう。

そこで今回は3Dプリンティングのプロトタイピングを行なう場を設けるべく、グラフィックデザイナー/アーティストとして活動するGraphersRockこと岩屋民穂をSK本舗のスタジオに招聘した。

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

GraphersRock / Tamio Iwaya(@graphersrock)がシェアした投稿

 

岩屋はCDジャケットやアパレル、広告など普段はグラフィックを中心に活動しているが、同時に植物とオブジェを組み合わせたインスタレーション作品を発表したりスポーツブランド、バイクメーカーとコラボレーションしたりするなどその表現の領域は急速に広がっている。岩屋と3Dプリンターの出会いは、いかなる変化を起こしうるのだろうか。

 

プリント技術の飛躍的な進歩

HZ 今回の企画ではGraphersRockの岩屋さんに3Dプリンターをつかって作品をつくっていただこうと思っています。岩屋さんは3Dプリンティングについてどんな印象をおもちでしょうか。

岩屋 ずっと興味はあったんですが、実際に3Dプリンターを使う機会はほとんどありませんでしたね。5〜6年前に3Dプリンターブームが来ていたと思うんですが、そのころってまだ表面がギザギザした解像度の粗いものしか出力できない印象もあって。まだこれで何か制作したくなるような品質には達していないなと感じていました。またデザインはできたとしてそれを元に実際の3Dモデリングする作業のハードルがまだ高い印象もあって。興味はあっても品質と技術のハードルがあって手が出せなかったんです。SK本舗さんの3Dプリンターはどんな素材を使っているんですか?

遅沢 弊社ではABSをメインとした様々なレジンを使っています。紫外線で硬化するプラスチック樹脂ですね。機種にもよりますが、およそ10時間くらいかけて徐々に層状にプラスチックを出力していきます。出力用のタンクの中に液状の樹脂を流し込んで、紫外線を当てていきながら少しずつ固めていくわけですね。現状はフィギュアを出力する人が多いですが、人によっては工業製品やジュエリーをつくる人もいますね。

岩屋 先ほどいくつかサンプルを見せていただいたのですが、かなり細かい形状まで出力できるので驚きました。5〜6年前の黎明期のイメージが強かったので3Dプリンターを舐めてる部分もあったんですが(笑)、今はかなり進化していて驚きました。

遅沢 出力したパーツを組み合わせると、モデルガンみたいなものもつくれますね。実際にブローバックもできて中に銃弾も入っているかなり精密なものが。もちろん、ものすごく小さなサイズでも撃てるようなものをつくると逮捕されてしまうんですけど(笑)。

岩屋 バラバラに分けて出力するんですね。

遅沢 細かいパーツや複雑なパーツをそのまま出すとうまく硬化しなかったりバラバラになってしまうので、「サポート柱」と呼ばれる支柱をモデリングしたデータに付け足すのが3Dプリンターの特徴といえるかもしれません。パーツが壊れないようにラフトといわれる土台も合わせて出力してから、出力後に柱と土台を外してパーツを取り出しています。

岩屋 じゃあサポート柱をどうつけるかも考えながらモデリングしないといけないってことですね。

遅沢 いまは自動で計算してサポート柱をつけてくれるソフトも出てきているので、そのあたりはハードルが下がっているといえるかもしれません。

岩屋 おお、便利ですね。価格はいくらくらいするものなんでしょうか?

遅沢 一番安いので数万円台、ある程度しっかりした中型モデルで11万円で、大きいもので15万円程度ですね。弊社の扱っているレジンは高くても1リットルで1万円くらいなので、200〜300グラムの作品をつくるとひとつあたり2,000〜3,000円程度かかることになります。業者にデータを渡して出力するともっとお金がかかってしまうので、出力すればするほどお得になるんじゃないかと思います。

岩屋 結構お手軽ですね。それでここまでの精度で出せるのはすごいなと。5〜6年でこんなに進化しているとは思わなかったです。

 

(サイメクス様ご提供 twitter: @saimecs)

 

立体作品へのアプローチ

HZ 岩屋さんの身の回りのデザイナーやアーティストのなかに3Dプリンターを活用されている方はいますか? 以前と比べると、3Dプリンターも3Dモデリングもハードルは下がってきているように感じます。

岩屋 あまりいないですね。なんとなく一時期のブームでプリンターを買ってみた人はいましたが、がっつり活用して作品をつくっているような人は僕の周りにはみかけません。3Dプリンターでつくられた物を買ったこともほとんどないかもしれないです。フィギュアは好きなのでよく買う機会はありますが。でも、このレベルの品質でつくれるなら、商品としてもまったく問題ないなと思いました。普通の製品としてお店に並んでいても成立するなと。3Dプリンターでフィギュアは量産できないものなんですか?

遅沢 そうですね。3Dプリンターだけで量産するのはまだ難しいかもしれません。量産するための型をとるためのモックアップをつくるために3Dプリンターを使うことは多いですけどね。モックアップからつくった型で量産するような感じです。でもワンフェスのような即売会イベントに行けば、3Dプリンターを使ってつくられた作品を販売されている方は近年増えてきていると思います。

HZ たしかに岩屋さんのInstagramなどに写っているスタジオの様子を見ていると、あちこちにいろいろなフィギュアやぬいぐるみが飾られていますね。岩屋さんのグラフィックのなかには3Dと親和性が高いものもあるような気がするんですが、ご自身でこれまでフィギュアのような立体作品をつくったことはあるんでしょうか。

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

GraphersRock / Tamio Iwaya(@graphersrock)がシェアした投稿

 

岩屋 普段はグラフィックの制作がメインですが、これまで仕事を通じて立体作品をつくったことはありますね。たとえば2016〜2017年に行なったPUMAとのコラボレーションではスニーカーやアパレルをつくりましたし、2019年にはハーレーダビッドソンとコラボレーションしてバイクをデザインしています。ほかにも2015年に行なわれたグループ展示に参加したときは、段ボール箱をデザインしてつくったこともあります。ただ、どれも元々存在している立体物に対してグラフィックを付随させていくようなデザイン作業なので、イチから造形を考えていくフィギュアのような作品をつくったことはないですね。だから今回の企画で3Dプリンターを使わせていただけるということで、どんな作品を立体化するのがいいかいろいろ考えてきました。

 

見る視点から見られる視点へ

HZ たしかにPUMAやハーレーダビッドソンとのコラボレーションは立体作品でもありますね。同時に、その際に岩屋さんがつくられたスニーカーやバイクは表面にGraphersRockらしいグラフィックが施されていて、平面のグラフィック作品とも近しい印象を受けるように思いました。立体物をつくるときはデザインの考え方も変わってくるものなんでしょうか。

岩屋 立体物をつくるときは考え方が大きく変わってきますね。平面の場合はグラフィックが見える角度が決まっているのでひとつの角度から見たときにもっともよく見えるようにデザインを進めていきますが、立体の場合はどの角度で見てもいいようにデザインしなければいけませんから。ただ、PUMAとのコラボレーションのような場合はさらに異なっていて。あのときつくったスニーカーは商品でもあるので、カタログに掲載されるんですよね。カタログだと撮影されるアングルが予め決まっているので、撮影されたときによく見えるようなものにしつつどの角度でも成立するデザインでなければいけなかった。普通の平面作品をつくっているときとはまったく異なる感覚だといえるかもしれません。

HZ 一方で、岩屋さんはtofubeatsやPELLICAN CLUBといったアーティストらのCDジャケットやアパレルのデザインも数多く手がけられていますよね。これらの場合はスニーカーよりも平面に近い考え方になるように思うのですが、いかがでしょうか。

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

GraphersRock / Tamio Iwaya(@graphersrock)がシェアした投稿

 

岩屋 自分でも不思議なのですが、Tシャツのようなアパレルをデザインするときは通常のグラフィックデザインとは感覚が変わってくるんです。たとえばCDジャケットをデザインするときは、CDの売り場でどういうふうに見えるかを意識してつくっています。通りがかった人やお客さんの視点から考えるわけです。でも、アパレルの場合は見る側ではなく見られる側の視点でつくるんですよ。そのTシャツを着た人がどういうふうに見られるのか意識しながらつくっていくんです。グラフィックを考えるときの視点が見る側から見られる側に反転するのが面白いんですよね。

HZ 同じグラフィックでもアパレルになると視点が変わるというのは興味深いですね。あるいは、GraphersRockのグラフィックのなかにはMaltineRecordsの「マルチネ君」と呼ばれる意匠しかり、キャラクターっぽいモチーフが登場することもあります。こういったキャラクター的なグラフィックをつくるときはどこかで立体的なイメージも頭の中にあるものなんでしょうか。

岩屋 それは意外とないですね(笑)。基本的には平面で考えています。ただ、今後3Dプリンターが進化して誰でも気軽に使えるようになると、グラフィックデザインの考え方も変わってくる気がしています。いまは紙や布がアウトプットのベースになっていると思うんですが、同じような感覚で立体でもアウトプットできるようになると、デザインを行なうときの考え方そのものが変わらざるをえないかもしれません。

 

 

 

✴︎✴︎✴︎

 

現在の3Dプリンターがかつて自分が見ていたそれとは大きく異なっていることに岩屋は驚く。岩屋のみならず、じつは多くの人が想像している3Dプリンターも数世代前の姿で止まってしまっているのかもしれない。だからこそ、この新たなテクノロジーの現在形をより多くの人に知ってもらうことは新たなものつくりの可能性を開いていくことでもあるはずだ。

岩屋は3Dプリンティングを通じて自身のグラフィックをどのように“出力”しようと考えているのか。次回以降では、モデラーの熊谷クルルも交えながら、より制作者に近い視点から3Dプリンティングについて考えていく。

 

✴︎✴︎✴︎

 

GraphersRock アートディレクター/グラフィックデザイナー岩屋民穂によるデザインプロダクション、インディーズからメジャーレーベルまでさまざまなCDジャケット、音楽まわりのデザインを手掛け、幅広い分野でアートワークを展開。さまざまな企業、ブランドとのコラボレーションを行ない、テン年代の東京ポップカルチャーのデザインを牽引、提示し続けている。

 

✴︎✴︎✴︎

 

 

(文・もてスリム/写真・東山純一)

(取材協力:SK本舗 https://3dprinteronline.shop/

 

 

〈MULTIVERSE〉

「今、戦略的に“自閉”すること」──水平的な横の関係を確保した上でちょっとだけ垂直的に立つ|精神科医・松本卓也インタビュー

フリーダムか、アナキーか──「潜在的コモンズ」の可能性──アナ・チン『マツタケ』をめぐって|赤嶺淳×辻陽介

「人間の歴史を教えるなら万物の歴史が必要だ」──全人類の起源譚としてのビッグヒストリー|デイヴィッド・クリスチャン × 孫岳 × 辻村伸雄

「Why Brexit?」──ブレグジットは失われた英国カルチャーを蘇生するか|DJ Marbo × 幌村菜生

「あいちトリエンナーレ2019」を記憶すること|参加アーティスト・村山悟郎のの視点

「かつて祖先は、歌い、踊り、叫び、纏い、そして屍肉を食らった」生命と肉食の起源をたどるビッグヒストリー|辻村伸雄インタビュー

「そこに悪意はあるのか?」いまアートに求められる戦略と狡知|小鷹拓郎インタビュー

「暮らしに浸り、暮らしから制作する」嗅覚アートが引き起こす境界革命|オルファクトリーアーティスト・MAKI UEDAインタビュー

「Floating away」精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulのに西海岸紀行

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

「NYOTAIMORI TOKYOはオーディエンスを生命のスープへと誘う」泥人形、あるいはクリーチャーとしての女体考|ヌケメ×Myu

「僕たちは多文化主義から多自然主義へと向かわなければならない」奥野克巳に訊く“人類学の静かなる革命”

「私の子だからって私だけが面倒を見る必要ないよね?」 エチオピアの農村を支える基盤的コミュニズムと自治の精神|松村圭一郎インタビュー

「タトゥー文化の復活は、先住民族を分断、支配、一掃しようとしていた植民地支配から、身体を取り戻す手段」タトゥー人類学者ラース・クルタクが語る

「子どもではなく類縁関係をつくろう」サイボーグ、伴侶種、堆肥体、クトゥルー新世|ダナ・ハラウェイが次なる千年紀に向けて語る

「バッドテイスト生存戦略会議」ヌケメ×HOUXO QUE×村山悟郎

「世界ではなぜいま伝統的タトゥーが復興しようとしているのか」台湾、琉球、アイヌの文身をめぐって|大島托×山本芳美