logoimage

ケロッピー前田 『クレイジーカルチャー最前線』 #17 世界のタトゥー研究の最前線は古代の文様とタトゥー技法の復活か── タトゥー人類学者ラース・クルタクの『エンシェント・インク』を読む

驚異のカウンターカルチャー=身体改造の最前線を追い続ける男・ケロッピー前田が案内する未来ヴィジョン。現実を凝視し、その向こう側まで覗き込め。未来はあなたの心の中にある。

失われた民族のタトゥー文化の復興から古代の文様やタトゥー技法の研究へ

 90年代半ばから25年に渡り、筆者はジャーナリストとして最新のタトゥーカルチャーを追って世界を旅してきた。その過程でタトゥーに限らず、その背景にあるカウンターカルチャーについても多くの経験と知識を得ることができた。それはタトゥーと並行して長年追い続けている「身体改造」についても同様であった。

 さらに近年、筆者の関心は人類の歴史を遡って、古代や原始の時代にも向いている。それはもちろん、タトゥーアーティスト・大島托とともに推進してきた縄文タトゥー復興プロジェクト「縄文族 JOMON TRIBE」の存在が大きい。

 その成果は、拙著『縄文時代にタトゥーはあったのか』(国書刊行会)としてまとめている。その本のなかで強調していることだが、古代のタトゥーへの関心はいまや世界的なものであり、タトゥーカルチャーの最もエッジな領域は、失われた民族のタトゥー文化の復興から古代の文様やタトゥー技法の研究へと大きな躍進を続けている。

 つまり、僕らの「縄文族 JOMON TRIBE」はノスタルジックな古代への憧れを超え、世界のタトゥーカルチャーの最もトンガっている「古代・原始」といったトレンドを意識した上で、縄文の文様を現代的なタトゥー作品として仕上げていこうという野心的な試みなのである。そこでは、縄文の力を借りながら、日本から新たなタトゥーカルチャーを世界に発信していくことを目指しているのだ。

 

タトゥー人類学者ラース・クルタクの『Ancient Ink』

 そのような果敢な挑戦をその着想の段階から励まし、あらゆる形で応援してくれているのがアメリカのタトゥー人類学者ラース・クルタクである。

 クルタクについては、Hagazine編集長の辻陽介が素晴らしいインタビューを行っている(※)。もちろん、拙著のなかでも詳しく紹介しているが、何と言っても、彼を世界的に有名にしたのは、ディスカバリーチャンネルのドキュメンタリーシリーズ『タトゥーハンター』である。

「タトゥー文化の復活は、先住民族を分断、支配、一掃しようとしていた植民地支配から、身体を取り戻す手段」タトゥー人類学者ラース・クルタクが語る

 彼はタトゥーを専門とする人類学者として、失われつつあるタトゥー文化を追って現地取材に赴き、ついにはその民族タトゥーを自らの身体に施してもらうのだ。クルタクの活動は研究者の枠を超え、タトゥーの文化の啓蒙者としてその価値と重要性を教え、民族タトゥーの復興を大きく後押ししてきた。

 そんな彼が、古代のタトゥー研究に挑んだのが『Ancient Ink(エンシェント・インク)』(University 0f Washington Press, 2017)である。副題には「タトゥーの考古学」とあり、彼の専門である人類学から考古学の領域に踏み込んでいこうという熱い意気込みがみえる。

 

 

 本の構成は「スキン(皮膚)」「ツールズ(道具)」「アート(美術)」の三部からなり、クルタクと考古学者のアーロン・ディター・ウルフの2人が編集を担当し、他の執筆者とともに彼らも執筆している。

 序文には「タトゥーをしたミイラは少なくとも紀元前四千年まで遡ることができるが、タトゥーに関する考古学資料は最近まで真っ当な扱いを受けてこなかった」とした上で、「ここ20年間、アカデミックな研究者や世間一般において古代のタトゥーやその歴史についての関心が大いに高まった」とある。研究者は「古代を調べることでタトゥーが果たす社会的役割や儀式的な重要性を認識する」ようになり、タトゥーアーティストは「自分の専門ジャンルの歴史を学ぶことに強い興味を示し、長い歴史を持つモチーフやタトゥーマシーン登場以前に行われていた原始的な手彫りについて知りたいと思うようになった」という。また、世界的なタトゥー人口の増大は「先住民族カルチャーの担い手たちが過去の歴史で抑圧されてきた自分たちのタトゥー文化を見直し、それを復興しようという気持ち」を大いに励ましている。

 過去の研究資料をタトゥー研究の見地から再検証するとともに、それらの再調査も行い、「この本はタトゥーの考古学についての初めての研究書」となったと高らかに宣言している。

 

エジプトからパジリクへ──ミイラのタトゥーを追って

 具体的に内容を覗いてみよう。

 「スキン」のパートは、エジプトのタトゥーをしたミイラの研究から始まる。大英博物館には、1899年に収蔵されたエジプト王朝誕生以前のゲベレイン(紀元前3349年~紀元前3918年)の6体の自然ミイラがあり、そのうち男女2体の身体にはタトゥーが施されていた。肩や腕に抽象的な記号のようなものが彫られており、同様の記号のような文様が刻まれた人型土製品も紹介されている。ちなみに、この2体は、1991年にアルプスの氷河から発見された、世界最古のタトゥーしたミイラ、オッツィことアイスマンが5300年前であるのに対して、それに継いで古い貴重な資料であるという。

 

The mummified man formerly dubbed “Ginger” in a reconstructed Egyptian grave-pit (photo taken in 2008) https://en.wikipedia.org/wiki/Gebelein_predynastic_mummies

 

 また、エジプト王国のものでは、3体のタトゥーをした女性のミイラ(紀元前2055年~紀元前2004年)が発見されている。それらに皮膚にはドットやラインのタトゥーの痕跡が残されており、同時代の人型土製品に刻まれた文様との類似性が指摘されている。

 古代エジプトでは王朝時代以前からタトゥーが存在したことが明らかであると同時に、王朝時代になってからもその風習が残っていたこともわかる。だが、タトゥーをしたミイラが見つかっている一方で、同時代にタトゥーをしていないミイラも複数発見されていることから、この時代のタトゥーの役割については、さらなる研究や新たな資料の発見が期待されている。

 それに対して、ロシア・シベリアのアルタイ山脈にあるパジリク古墳群では、8つの古墳から8体のタトゥーしたミイラ(紀元前4世紀頃)が発見されており、そのうちの3体は保存状態も良く、動物を模した文様のタトゥーを施しており、王や女王であったと考えられている。

 

Mummy of the Siberian Ice Maiden https://en.wikipedia.org/wiki/Siberian_Ice_Maiden

 

 さらに、このパジリク(スキタイ文化)の文様やタトゥー技法は、北欧デンマークを拠点に活動するタトゥーアーティスト、コリン・デイルによって現代に蘇生され、タトゥー作品として実際に人の身体に施されている。

 パジリクについては、筆者はロシアのサンクトペテルブルクにおいて、1947年に発見されたタトゥーをしたミイラを取材している。その詳細は拙著に詳しいが、『エンシャント・インク』は、1993年と1995年に発見された2体の女王のミイラについて詳しく報告している。シベリアについては「ツールズ」のパートでアルタイ山脈の古墳で発掘された古代のタトゥー道具についてのリサーチがあり、研究対象としての情報量が充実している。

 

ロシアで発見されたミイラのタトゥー①

ロシアで発見されたミイラのタトゥー②

 

 また、先に挙げた世界最古のミイラ、アイスマンについて、拙著のなかで筆者はイタリアのボルツァーノを訪れ、詳しくレポートしている。

 一方、『エンシャント・インク』の「アート」のパートではアイスマンからさらに遡って、ヨーロッパ地域の洞窟壁画とタトゥー文化との接点を探っている。

 そして、この本の終盤は、クルタクが得意とする北米およびアラスカの民族タトゥーのリサーチでクラマックスを迎える。

 

アイヌのタトゥーには人類の最も古いタトゥー文化の痕跡が残されているのではないか

 クルタクにとって、彼が人類学者として最初に本格的な調査を行なったのが、アラスカにあるセントローレンス諸島にわずかに残っていた女性たちの顔面タトゥーの風習であった。スキンステッチと呼ばれ、顔料を染み込ませた糸を裁縫の要領で針に通して皮膚を縫うようにくぐらせるというもので、痛みも大きく、技法的にも最も原始的なものと考えられている。

 

「THE LAST TATTOOS OF ST. LAWRENCE, ALASKA」Lars Krutak

 

 クルタクは単に珍しいタトゥー技法が残されているだけでなく、その地域は人類の最も古い文化の形をいまも残しているのではないかと考えたのだ。クルタクがタトゥーの考古学へと関心を拡大したのは、彼が追ってきた民族部族のタトゥー文化のなかに、人類最古の文化の痕跡を感じ取っていたからだと思うのだ。

 本書全体を俯瞰すると、シベリアの古代のタトゥー文化が、ベーリング海峡を挟んで、北米アラスカに残された民族的なタトゥー文化と比較されているところが特徴的である。この本で語られるタトゥー考古学は、ミイラ研究をベースとしながら、北方エリアにおける研究が資料的にも充実していることがわかる。

 拙著でのクルタクのインタビューで、彼はアイヌのタトゥーに人類の最も古いタトゥー文化の痕跡が残されているのではないかと語っている。そのことは、『エンシャント・インク』で見てきた北方エリアのリサーチとも繋がるものだろう。

 タトゥー考古学はまだ最初の第一歩を踏み出したに過ぎないかもしれない。それでもいつか、タトゥー考古学のなかに縄文時代もまた位置づけられるようになる日を目指し、日本からさらなるリサーチの成果を報告し続けていきたい。縄文タトゥーの謎を追う旅は続く。

※縄文タトゥーの最新リサーチ報告会を公開&配信で準備しています。ご興味あれば、ご観覧&ご視聴をよろしくお願いします!

 

【イベント情報】

10月6日(火)@阿佐ヶ谷ロフトA

配信時間19:00 – 22:00

『縄文時代にタトゥーはあったのか』 2020年最新報告会「火焔型土器のクニ」新潟編

https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/154734

https://www.kokusho.co.jp/news/2020/09/202009111025.html

現場チケット¥2,500

現場チケットはこちら→http://ptix.at/JMgYdf

視聴チケット¥2,000

視聴チケットはこちら→https://twitcasting.tv/asagayalofta/shopcart/25134

視聴期限: 2020年10月20日 まで

【出演】

ケロッピー前田(身体改造ジャーナリスト)

大島托(タトゥーアーティスト)

辻陽介(HagaZine)

草刈朋子(縄と矢じり)

廣川慶明(縄と矢じり)

縄文探求ユニット「縄と矢じり」

https://nawatoyajiri.com

【イベント概要】

身体改造の最前線を追い続けるケロッピー前田が、タトゥーアーティストの大島托とともに取り組んできた、縄文時代のタトゥー復興プロジェクト「縄文族 JOMON TRIBE」。今年3月には、その活動の集大成といえる著書『縄文時代にタトゥーはあったのか』(国書刊行会)が出版され、好評を得ています。

今年の夏、新潟県津南町の地域博物館「なじょもん」での展覧会「森の聲―Papua×Jomon×Art」に縄文タトゥー作品を出展、本物の縄文土器との共演も果たしました。

今回のトークでは、2020年最新報告会として、「なじょもん」での展覧会や「火焔型土器のクニ」である新潟の縄文リサーチの成果、さらには世界のタトゥーカルチャーの動向や「縄文族 JOMON TRIBE」の今後の活動についても報告します。

ゲストには、縄文探求ユニット「縄と矢じり」の草刈朋子さんと廣川慶明さんを迎え、縄文遺跡を訪ねる魅力についても語っていただきます。

「縄文タトゥー」は、日本から世界に発信する新しいカルチャーである。トーク形式でその全貌を総覧する。このチャンスを見逃すな!

 

 

【INFORMATION】

ケロッピー前田『縄文時代にタトゥーはあったのか』

大島托(縄文タトゥー作品)

国書刊行会 2020年3月19日発売

 

本体価格2400円(定価2640円)https://amzn.to/38OTAfb

 

漆黒でオーバーオールな古代の和彫が近現代の鎖を断ち切り日本を日本に戻す。菊地成孔氏(音楽家・文筆家)推薦!!

土器や土偶にえがかれた線、円、点、螺旋といった我々を魅了する幾何学的な文様。これらがもしも太古の人体にきざまれていたとしたら――。世界中に残る痕跡をたどり、太古に失われたタトゥーを現代人に彫り込み「モダン・プリミティブズ」へと身体のアップデートを目指す壮大な試み。

 

 

 

〈MULTIVERSE〉

「今、戦略的に“自閉”すること」──水平的な横の関係を確保した上でちょっとだけ垂直的に立つ|精神科医・松本卓也インタビュー

フリーダムか、アナキーか──「潜在的コモンズ」の可能性──アナ・チン『マツタケ』をめぐって|赤嶺淳×辻陽介

「人間の歴史を教えるなら万物の歴史が必要だ」──全人類の起源譚としてのビッグヒストリー|デイヴィッド・クリスチャン × 孫岳 × 辻村伸雄

「Why Brexit?」──ブレグジットは失われた英国カルチャーを蘇生するか|DJ Marbo × 幌村菜生

「あいちトリエンナーレ2019」を記憶すること|参加アーティスト・村山悟郎のの視点

「かつて祖先は、歌い、踊り、叫び、纏い、そして屍肉を食らった」生命と肉食の起源をたどるビッグヒストリー|辻村伸雄インタビュー

「そこに悪意はあるのか?」いまアートに求められる戦略と狡知|小鷹拓郎インタビュー

「暮らしに浸り、暮らしから制作する」嗅覚アートが引き起こす境界革命|オルファクトリーアーティスト・MAKI UEDAインタビュー

「Floating away」精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulのに西海岸紀行

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

「NYOTAIMORI TOKYOはオーディエンスを生命のスープへと誘う」泥人形、あるいはクリーチャーとしての女体考|ヌケメ×Myu

「僕たちは多文化主義から多自然主義へと向かわなければならない」奥野克巳に訊く“人類学の静かなる革命”

「私の子だからって私だけが面倒を見る必要ないよね?」 エチオピアの農村を支える基盤的コミュニズムと自治の精神|松村圭一郎インタビュー

「タトゥー文化の復活は、先住民族を分断、支配、一掃しようとしていた植民地支配から、身体を取り戻す手段」タトゥー人類学者ラース・クルタクが語る

「子どもではなく類縁関係をつくろう」サイボーグ、伴侶種、堆肥体、クトゥルー新世|ダナ・ハラウェイが次なる千年紀に向けて語る

「バッドテイスト生存戦略会議」ヌケメ×HOUXO QUE×村山悟郎

「世界ではなぜいま伝統的タトゥーが復興しようとしているのか」台湾、琉球、アイヌの文身をめぐって|大島托×山本芳美

 

PROFILE

ケロッピー前田 1965年、東京都生まれ。千葉大学工学部卒、白夜書房(のちにコアマガジン)を経てフリーに。世界のカウンターカルチャーを現場レポート、若者向けカルチャー誌『BURST』(白夜書房/コアマガジン)などで活躍し、海外の身体改造の最前線を日本に紹介してきた。その活動はTBS人気番組「クレイジージャーニー」で取り上げられ話題となる。著書に『CRAZY TRIP 今を生き抜くための”最果て”世界の旅』(三才ブックス)や、本名の前田亮一名義による『今を生き抜くための70年代オカルト』(光文社新書)など。新著の自叙伝的世界紀行『クレイジーカルチャー紀行』(KADOKAWA)が2019年2月22日発売! https://amzn.to/2t1lpxU