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ケロッピー前田 『クレイジーカルチャー最前線』 #13「“文”とは“文身(イレズミ)”を意味する」 白川静の文字学に迫る

驚異のカウンターカルチャー=身体改造の最前線を追い続ける男・ケロッピー前田が案内する未来ヴィジョン。現実を凝視し、その向こう側まで覗き込め。未来はあなたの心の中にある。

「文」という文字は「文身(イレズミ)」を意味する

 拙著『縄文時代にタトゥーはあったのか』(国書刊行会)が出版されてから1月半が経った。本のタイトルになっている縄文時代のタトゥーの謎は、明治時代からアカデミックな世界で論争となってきた。本来なら、この時期こそ、トークイベントなどで拙著の魅力を広くアピールしていきたいところだが、新型コロナウイルスのパンデミック下にあって、筆者も巣篭もり生活が続いている。

 ここはゆっくりと腰を据え、日本の古代史とタトゥーの関わりについて辿っていきたい。

 東アジアにおける文字のはじまりは中国にある。もちろん、約1万5千年に始まる日本の縄文時代が豊かな文様文化を持っていたことはご存知の通りだ。僕ら(筆者とタトゥーアーティストの大島托)が、拙著の中心的なテーマとなっている縄文時代のタトゥー復興プロジェクトで挑んだのは、縄文時代の文様はタトゥーとして人間の身体に彫られていたのではないかと考えたからだった。その成果が現代人の身体に実際に彫られたタトゥー作品群である。

 では、古代中国におけるタトゥー事情はどうだったのであろうか?

 その疑問に、「文」という文字は「文身(イレズミ)」を意味すると、明快な答えを提供してくれたのが、文字学の権威・白川静(1910-2006)である。白川は古代中国の文字を研究するにあたり、中国最古の王朝といわれる殷(いん)とそれに続く周(しゅう)の時代(紀元前17世紀から紀元前3世紀)の青銅器に施された文字「金言(きんげん)」、殷の遺跡から発掘された亀甲や獣骨に刻まれた「卜辞(ぼくじ)/甲骨文」などを徹底的に収集調査し、文字を通じて、古代人の世界観に迫っている。また、白川文字学の集大成として、字典三部作『字統』『字訓』『字通』がある。

 文字研究を通じての白川の解釈は、歴史学者からは実証性に欠けるという批判がある。それでも、紀元1世紀に後漢の許慎(きょしん)が書いた『説文解字(せつもんかいじ)』が漢字解釈の基礎となってきた状況に対抗するように、もっと古い時代の「金言」や「甲骨文字」を調査することから古代中国の呪術的な世界を生々しく蘇らせた功績は揺るがない。

 

「絵身」、「入墨」、「瘢痕」、文身には「聖化」の効果がある

 「文」についての白川の解釈は『中国古代の文化』(講談社、1979年)の冒頭にある。

 

『中国古代の文化』(講談社、1979年)

 

 「文とは、ひとの創造した秩序や価値をいう語である」とした上で、許慎『説文解字』から「文」とは「錯(まじ)はれる画(くわく)なり」という説明を引用している。ここで「画」は本来の旧字で示されいる。これは「文の字形を×形の交錯する線によって構成されている」ことである。その上で「古代の土器などに好んで用いられる幾何学文様は、直線を交又させたものや曲線を組み合わせたものが多い。それで、文をそのような文様を示すとする字形起源説は、そのまま疑われることもなく久しく行われ」てきた。だが、白川は「甲骨文」や「金文」の研究から、『説文解字』の解釈についても、考え直す必要が出てきたと強調する。

 最初に検証されるのが、「甲骨文」や「金文」に見られる「文」を表す文字である。現代でいう「文」はあたかも人型のように描かれ、その中心部、胸部の位置に「心」や「×」が描かれている。つまり、文とは「文身を胸に加えた人の正面の形である」という。

 白川は「文身とは、何らかの儀礼的な目的をもって加えられる身体装飾」とし、文身の方法には墨や朱で一時的に文様を加える「絵身(えしん)」、墨を皮膚下に注入する「入墨」、切傷を文様化する「瘢痕(はんこん)」があると解説する。

 たとえば、金文の例では亡くなった父、母、祖先を「文父」「文母」「文祖」と書かれている。そのことから、文身には「聖化」の効果があるという。そして、葬儀の際には屍体の胸部に「絵身」したことだろう読み解いている。

 また、「彦」や「産」については、「彦」は男子が成人の儀式で顔面に文身すること、「産」は赤子が誕生の儀式で絵身することと解釈する。ここでは、文身には通過儀礼や赤子誕生を讃える「加入」の意味があるとしている。

 「中国における文の概念は、聖化の方法としての文身という最初の意味から発展して、ついに存在の自己表現という理念にまで達し、(中略)ゆたかな文化的創造の土壌をなしている」と、白川は「文」についての考察を結んでいる。

 古代中国において、「文=文身」が大きな文化的役割を担っていたならば、日本の縄文時代では「文様=タトゥー(イレズミ)」こそが文字以前の縄文文化を支えていたのではなかったか。白川の文字学は、縄文時代のタトゥーを考える上でも多くのヒントと勇気を与えてくれるものである。

 拙著のなかでは詳しく触れることができなかったが古代中国のタトゥー研究もまた、タトゥーの歴史を語る上で重要となっていくだろう。

 古代とタトゥーを結ぶ深遠な世界、この続きは拙著の『縄文時代にタトゥーがあったのか』でお楽しみいただきたい。

 

 

〈INFORMATION〉

ケロッピー前田『縄文時代にタトゥーはあったのか』

大島托(縄文タトゥー作品)

国書刊行会 2020年3月19日発売

 

本体価格2400円(定価2640円)https://amzn.to/38OTAfb

 

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PROFILE

ケロッピー前田 1965年、東京都生まれ。千葉大学工学部卒、白夜書房(のちにコアマガジン)を経てフリーに。世界のカウンターカルチャーを現場レポート、若者向けカルチャー誌『BURST』(白夜書房/コアマガジン)などで活躍し、海外の身体改造の最前線を日本に紹介してきた。その活動はTBS人気番組「クレイジージャーニー」で取り上げられ話題となる。著書に『CRAZY TRIP 今を生き抜くための”最果て”世界の旅』(三才ブックス)や、本名の前田亮一名義による『今を生き抜くための70年代オカルト』(光文社新書)など。新著の自叙伝的世界紀行『クレイジーカルチャー紀行』(KADOKAWA)が2019年2月22日発売! https://amzn.to/2t1lpxU