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吉山森花 『だけど私はカフカのような人間です』 第十二回《セックス》について

沖縄県恩納村に生きるアーティスト・吉山森花のフォト・エッセイ。第十二回は《セックス》について。

 

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 DVDを返しに行った帰り道を、私は知らず知らずに遠回りして家まで向かっていた。車も人もほとんどいない寂しくて広い夜中の道を、街灯がヌメヌメと照らしていて美しかった。

 家に続く丘に登るための大きな橋の方まで来ると、車内を流れる曲がBarbara Lewisの『Hello Stranger』に変わった。その瞬間とてつもなく奇妙な感情に襲われ、私は橋を登りながら声を出して泣きだしてしまった。

 煙草の煙が橋を照らす街灯の光で白くユラユラと私の視界を漂う。このままこの明るい橋を登っていくと最後には橋も丘もなく、崖から車ごと真っ逆さまに闇の中へどんどんと落ちていくような気がしてならない。私も車も闇の中へ溶けて消えていく、そうして朝になったら私のことなど誰の記憶からも消えてしまっているような、そんな気持ちになったのだ。なぜにそんな気持ちになったのかは分からないけれど、明るいメロディーと暗い夜とがそんな妙な気持ちにさせたのかもしれない。

 橋を登り切ってみるとなんのことはない、道は家までちゃんと続いていて、下には人々の家から漏れる明るい光が輝いていた。私の涙もいつの間にか消えていて、今度は映画『アメリ』について考え出した。そういえば『アメリ』のワンシーンで、アメリが夜景を見下ろしながら、あの光の群れの中でどのくらいの人がセックスをしているだろうかと妄想しているシーンがあったな。この光の群れに何を考え何を感じるかは人それぞれだけど、夜景というものはロマンに溢れていて、だから人はそこに何かを見出すのだと思った。

 

 

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 セックスについてよく考える。どこからどこまでがセックスというのか。もうあらゆる人間の性癖を聞いていたらキリがなくなってしまうほど、セックスとは幅広く奥深いモノだと私は思っている。

 しかし、最近の消費されるだけのエロ動画というモノにはあまりロマンを感じることが私にはできない。若者たちがセックスを大切にしていないことが夥しい無数のエロ動画に表れているようで寂しい気持ちになる。

 昔、モーコが東京へ行った時の話を聞いた。

 モーコは東京へのちょっとした旅行だからと、お気に入りのコルセットに高いヒールを履いて真夏の東京を歩いたそうだ。もともと人がたくさん居るような場所は苦手なタチで、その日も東京の溢れんばかりの人だかりに気が滅入ってきたモーコは、途中のコンビニで缶の酎ハイを買い、飲みながら目的地まで向かうことにした。その日は憎らしいほどに天気の良い日で、モーコの白く薄い肌を、ビルやアスファルトに照り返された太陽熱が容赦なく襲った。モーコの肌はアルコールと猛暑で赤く火照り、滲み出てくる汗は白くて長い首筋を流れ、コルセットに締め付けられた胸の谷間へと落ちていった。

 これこそが私のセックスをめぐるロマンである。こんな抱きたくなるような女を目にしたらかぶりつきたくなるのは至極当然のことだと思う。エロ動画もこういう描写から映し出して欲しいけれど、最近の若い男の子たちに調査したところ、そういう「無駄」なシーンは飛ばして観るのだそうだ。しかし、ロマンなくしてのセックスはただの野蛮な行為にしか過ぎず、男がただ射精をするための行為でしかないのではないか。夥しい無数のエロ動画のサムネイルを眺めていると、私は時々、そんな風に思う。

 モーコが東京へ行った時の話を彼女はただ思い出話として私に話したのだけれども、その時の情景を頭の中で思い描くと、私はたちまちエロティックな気分になり、その時のモーコは美しく、ロマンに溢れていたのだろうなと感じる。このロマンを大切にできるかできないかが、その人のセックスに大きく影響すると私は考えている。

 

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 私はビッチと言われても仕方ないほどにたくさんの人間と行為をしたことがあるけれど、本当に良いセックスとは心身ともに満足するセックスだと思う。技術的に優れていても、私がどんなに絶頂に達しても、心が満たされなければ、後には汚れたティッシュと虚しさが残るだけだ。

 満たされるというのは器をいっぱいにすればいいという話ではない。空のコップをただミルクでいっぱいにすればいいというわけではなく、私たちはそのコップの中に質の良いミルクを入れることができるよう努力しなければいけない。もちろんコップの方も磨かなくてはいけない。

 コップをいくら磨いても腐ったミルクが入ってたんじゃ人間はそのコップそ手にすることも嫌だろうと思うのだ。セックスもただ行為だけではなく女を、男をどれだけ大切に扱えるか、お互いの理想を受け入れられるか、愛しているかが肝心なんだと私は思う。

 色々と試してきたけれど、結局、愛している人間に抱かれるのが一番気持ちいい。気持ちいいと言うよりも満たされて幸せを感じる。欲を出せば最初に述べたように私なりのエロを追求もしたいけれど、それができない状況、相手であるならば、抱かれるだけでも幸せだと思う。

 この愛というモノはとても厄介に思えるし、理解し難いモノに思うけれど、愛を理解できた時に人間は自分の性に心から満足するのではないかと私は思う。

 本能で良い遺伝子だけを求めたいという気持ちはよくわかるけれど、最近の婚活とかいうモノは私には理解しがたい。あのようなモノで男性も女性も本当に純粋な目で相手を選べているのか疑問だ。

 人間に知性が備わったのはそもそも別の目的のためだったんじゃないか。物欲によって相手をモノのように品定めしているのならば、そこには情熱もロマンスもないだろう。ただ利害の合う人間との共同生活にしかならないだろう。確かに最初は物欲からでもやがて愛が生まれるということがあるかもしれない。ただ、私は経験がないためそういうことを想像することしかできないし、もし、最終的に愛が生まれないのなら、こんなに寂しいことはないだろう。

 セックスに心から満足するためにはお互い努力しなければいけない。そして、そこに愛があれば死ぬまで飽きることのないセックスを愛する人間とし続けることができる。情死に執着していた太宰治の気持ちも今なら少しわかるような気がする。

 

 

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 私はかなり性欲の強い女だからセックスを楽しむために色々と試みることが大好きだけれど、今は最愛の男とシンプルに繋がることが一番良い。マルキド・サド公爵のような変態趣向も嫌いではないが、森花という人間にはシンプルが一番合っている。

 常に良い女と思ってもらえるように自分磨きは絶対に怠らないようにするべきで、男もまた女が抱かれたいと思えるような男でいられるよう日々努力すべきだと私は思う。何事も探究心が大切だから、若い子たちには色んなことを、色んな行為を、法に触れ過ぎない程度に楽しむことを忘れないでほしい。

 私は長い間、自分のことをニンフォマニアだと自分で思っていた。心が埋まるのはセックスの時だけだったからだ。だけど今は、最初から運命の相手と出逢っていたかった、私が知っている男は1人だけが理想だったんだ、とも思う。

 セックスをするということは私にとって生きたいという願望の発露に他ならず、だから私は今こんな文章を書いている。つまり、ずっと会いたかったんだ。たったそれだけのことだったんだ。

 

 

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(Photgraphy by MORIKA)

 

 

〈MULTIVERSE〉

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PROFILE

吉山森花 よしやま・もりか/沖縄県出身、沖縄県在住。Instagram @morikarma。