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ケロッピー前田 『クレイジーカルチャー最前線』 #06 日本に身体改造カルチャーを持ち込んだ医療用メスの魔術師ルーカス・スピラとは何者か

驚異のカウンターカルチャー=身体改造の最前線を追い続ける男・ケロッピー前田が案内する未来ヴィジョン。現実を凝視し、その向こう側まで覗き込め。未来はあなたの心の中にある。

ルーカス・スピラの衝撃

「身体改造とは、ポリティカル・アクション(政治的行動)だ!」

 ルーカスの発言は初来日のときからいつも過激だった。そして、ルーカスは実際にメス一本でその最も過激なボーダーを悠々と超えてきた。ルーカス・スピラ――僕にとっては友人であり、また同志でもあるこの最高に格好いい人物について、紹介したい。

 

ルーカス・スピラ

 

 まず第一に強調しておきたいこと、それは日本の身体改造シーンはルーカス抜きには語りえない、ということだ。タトゥーやピアスを超える過激な身体改造は、2002年、フランスの身体改造アーティスト、ルーカス・スピラによって、本格的に日本にもたらされた。その来日の様子が当時、雑誌『BURST』で詳しくレポートされたことから日本の身体改造カルチャーが始動したといっても過言ではない

 彼の存在が際立っていたのは、なんと言っても医療用メス一本から生み出される変幻自在なカッティングの作品群だろう。

「カッティングが面白いのは、タトゥーと違ってインクを使うこともなく、メスで皮膚を切って傷をつけるだけで、その人の身体の外見や状態を変えることができることなんだ」

 

 

 

 

 そう、ルーカスは語っているが、実際、医療用メスの魔術師と呼ばれる彼は、どんな図柄でもその場で皮膚に下描きして、メスで切るだけで身体改造の「作品」へと仕上げてしまう。その唯一無比の技術、そしてルーカス自身のビジュアルが持つ圧倒的なインパクトは、黎明期にあった日本の身体改造シーンに大きな影響をもたらした。

 あらためて、ルーカス・スピラとは何者なのか? ここでは2004年、フランスで出版された彼の最初の作品集『Onanisme Manu Militari II』に寄せた筆者のコメントをまずみていただきたい。

 

『Onanisme Manu Militari II』に寄せて

 ルーカス・スピラ、彼は非常に謎に満ちた人物である。その名前は彼の本名ではないが、彼は自分の身体を「生きた彫刻」として作品化することを決心したとき、ルーカス・スピラなる名前を名乗り始めた。頭部から突起したいくつもの金属鋲、スキンヘッドの顔面から全身までを覆い尽くすタトゥー、クールな瞳で来るべき未来の姿を見据えている。その姿は、まるでSF映画に登場する改造人間、あるいは突然変異の生命体のようでもある。

 彼のそのミステリアスな外見は、彼自身のパーソナリティの現れであって、我々が日常的に感じている世界とは異なる、「ルーカス・スピラ」というアーティストの中にできあがったもう1つの世界が、具現化されたものである。「ルーカス・スピラ」が彼の頭の中だけにあったなら、それはバーチャルな存在だったかもしれない。だが、ルーカスは自らの身体を改造してこの世に実体として現れ、私たちの身体を改造し、皮膚と血によって「生きた彫刻」を作り上げるアーティストとなったのである。

 ルーカスが最も得意とするのは、医療用メスを用いて、人間の皮膚を切って図柄を刻むカッティングという身体改造である。ルーカスのカッティング作品の特徴は、その卓越した技術ばかりでなく、それぞれの人の身体に合わせて作り上げられる素晴らしいデザイン・ワークにある。 ルーカスは、一部の優れたタトゥー・アーティストたちだけが身に付けている「フリーハンド」と呼ばれる、肌に直接下描きしてデザインする技術をマスターしており、そのことによってシンプルな幾何学模様であれ、細かく複雑な曲線の集合体であれ、自由自在に肌の上にデザインして、施術希望者のあらゆる希望に答えてみせるのだ。

 ルーカスのカッティングの作品のもう一つの特徴は、アフターケアの仕方にある。切傷で作った作品をより美しく長く残すために、10日間の儀式を受け入れる必要があるのだ。ルーカスにカッティングを施してもらうと、最初の10日間サランラップで切傷を覆い、ウェットな状態を保つことで傷を治りにくくし、綺麗なミミズ腫れを作るようにアドバイスされる。人によっては、より傷をはっきりと残すために、ワセリンやスペシャル・ソース(レモン、バター、砂糖を混ぜたもの)を使うことを勧められる場合もある。このような彼のアドバイスを受け入れることで、その作品は真の意味で「生きた彫刻」として肌の上で完成されるのである。ルーカスのカッティングはまさにマジックであり、それはインクや他の何も加えることなく、人間の身体から生み出されるのである。

 また、ルーカスの身体改造アートは、カッティングに留まらず、皮膚下に素材を埋め込むインプラントにも及んでいる。ルーカスは、インプラントの開発者スティーブ・ヘイワースからインプラント技術を直伝されており、さらにルーカスならではのアレンジも加えて、独自の作品世界を作り上げている。同様に彼は舌を切り裂くスプリット・タンや、メスを使って拡張を経ずに大きなピアス穴を作るスカルペル・ピアッシング、一部が皮膚の外に露出する埋め込みトランスダーマル・インプラントも手掛けている。さらに彼はフックを身体に貫通させて吊り下げるサスペンションなどの身体プレイにおいても豊富な経験と知識を持ち、そのテクニックをボディ・アート・パフォーマンスという形で素晴らしいエンターテイメント・ショーとして披露することでも実績を残している。

 さて、そんなルーカス・スピラが日本に訪れるようになったのは2002年の1月からであった。初来日では、卓越したカッティング・テクニックによって、背中、腕、足などに大作が仕上げられ、皮膚を切るという行為の無限の可能性を見せつけ、カッティングという行為のイメージを覆した。その1年後には日本で始めて希望者参加型の本格的なサスペンション・パーティを実現させ、京都でも同様のイベントに参加。カッティングだけでなく、インプラントやスプリット・タンも手掛け、世界の最前線の身体改造を日本でも手に入るものにした。同じ年の夏にはヴィヴィアンとのコラボレーションによって、東京と大阪でボディ・アート・パフォーマンスを披露し、より広く多くの人たちに身体改造をアピールした。ルーカスの日本での活躍ぶりは『ライク・ア・バタフライ』というドキュメント映像として日本で作品化され、イギリスのクリエンションブックスから出版された写真集『スカーファクトリー』という形でも記録されている。

 日本の身体改造シーンはまさにルーカスとの出会いによって始動したと言えるだろう。それ以前、日本では身体改造は情報として知られていただけであったが、ルーカス・スピラという「生きた彫刻」がこつ然と日本に現れ、医療用メスを振るって、数々の大作を仕上げていったことで、一気に日本人の改造願望に火が付いたのである。ルーカスの後、インプラントの開発者スティーブ・ヘイワース、ブランディングの達人ブレア、サスペンションのスペシャリストであるアレン・フォークナーらも来日するようになったが、日本の身体改造シーンにおいて、記念すべき第一歩を踏み出したのは疑いなくルーカスであった。また、彼はヨーロッパ、アメリカ、南米、オーストリア、ニュージーランドなど、世界中を旅しており、日本ばかりでなく、それらの国々でも同様の貢献をしてきた。

 ルーカス・スピラは常に前進を続けている。それは未来へ向って続くミステリアス・トリップであり、彼の歩む道は人々を惹き付け、世界中の改造愛好者たちの道しるべとなっていくことだろう。

 

常に新たなボーダーを超えて

 本作品集のリリース後、ルーカス・スピラは身体改造アーティストに留まらず、フェティッシュ・フォトグラファーやドキュメンタリー映像作家としても活躍するようになる。エディシオン・トレヴィルから2008年に出版された『TOKYO LOVE DOLL』は、彼のフェティッシュ・フォトグラファーとしての傑作だろう。

 そして、2019年1月、ひさびさにルーカス・スピラが来日した。毎年のように日本に来ていた時期もあったが、今回、日本に来るのは、実に3年ぶりだった。

 今回の来日では、新しい写真シリーズ「ANIMA MUNDI(アニマ・ムンディ)」を世界に先駆けてここ日本で発表した。

 「ANIMA MUNDI」とは、その語源に遡れば、宇宙に遍在する霊的存在を意味するが、ルーカスは国境に縛られずに世界を旅する身体改造アーテイストとしての自らの人生と重ね合わせ、その言葉を「第4の人生」あるいは「アナザー・ルーカス」と説明する。なお、その作品は現在、彼のInstagram で覗くことができる。

 

 

 人間の身体を材料とするアートを追求し、未来を先取りしてきたルーカスは、さらなる旅に出ようとしている。

「近いうちに自分自身の頭蓋骨に穴を開けてみようと思っているんだ」 

 彼は、まるで予定されていることのように気軽に口にした。だが、頭蓋骨に穴を開けるトレパネーションは、そのことで「意識が覚醒する」とも言われている身体改造であり、その実践には高いリスクが伴う。

 それでも、ルーカスが立ち止まることはない。いまなお、常に新たなボーダーを超えるため、様々な改造を模索し続けている。来るべきルーカス・スピラの未来に期待したい。

 

ルーカスによるカッティング施術

 

パートナーのヴィヴィアンと

 

 

※2019年9月、ルーカス・スピラが再び緊急来日している。

ルーカス・スピラ出演決定! → 9月5日『バースト・ジェネレーション』Vol.2 出版記念イベント@阿佐ヶ谷ロフトA https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/126474

 

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PROFILE

ケロッピー前田 1965年、東京都生まれ。千葉大学工学部卒、白夜書房(のちにコアマガジン)を経てフリーに。世界のカウンターカルチャーを現場レポート、若者向けカルチャー誌『BURST』(白夜書房/コアマガジン)などで活躍し、海外の身体改造の最前線を日本に紹介してきた。その活動はTBS人気番組「クレイジージャーニー」で取り上げられ話題となる。著書に『CRAZY TRIP 今を生き抜くための”最果て”世界の旅』(三才ブックス)や、本名の前田亮一名義による『今を生き抜くための70年代オカルト』(光文社新書)など。新著の自叙伝的世界紀行『クレイジーカルチャー紀行』(KADOKAWA)が2019年2月22日発売! https://amzn.to/2t1lpxU