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肌の色、国籍? そんなもの関係ない。“大和魂”をレペゼンするネオ右翼として、東京をハイセンスな街にしていくだけ──ストリートワイズが語る新宿オーバー・グラウンド・エリア|漢 a.k.a. GAMI × TABOO1

新宿エリアを地元に育ち、小学校からの幼馴染である漢 a.k.a GAMIとTABOO1の二人は、ヒップホップとこの街を、今どのように考えているのだろうか。彼らの拠点「9SARI OFFICE」で、中島晴矢が話を聞いた。


 

印象深いライブがある。新宿歌舞伎町にある解体寸前の廃ビルで、アートグループ・Chim↑Pomの展示「また明日も観てくれるかな?」関連イベントとして行われた、漢 a.k.a. GAMIと菊地成孔のセッションだ。混沌とした雰囲気の中、新宿を根城とする二人のアーティスト──ラッパーとジャズメン──の声を、新宿のど真ん中で体感した。あの夜のあの空間には、土地と音と言葉が一体になった振動が充満していたのだった。

ラッパーやグラフィティライターが描出する都市はリアルである。彼らは街と身体的にコミットする。人々の身体性が希薄になり、都市の肉感とでも言うべきものが零れ落ちていく現代において、そのアティチュードは重要さを増していよう。

そもそもヒップホップは地元(hood)や団地(block)、地域(area)と密接な音楽ジャンルだ。どれほどグローバルに遍在しようが、そのルーツとは切っても切れない、まさに「鎖」でつながれた関係にある。

漢 a.k.a GAMI率いるヒップホップ・クルーMSCは、拠点である新宿をずっと歌ってきた。クルーの一員でありラッパーでもあるグラフィティ・ライターのTABOO1は、馬場や新宿を中心にグラフィティをボムってきた。それらはある種、抽象的な概念で東京を描いてきた日本のヒップホップに、圧倒的なリアリズムを突きつけることだったと言っていい。その路傍のリアリズムは、「手にした道具は空のビール瓶 何も知らずに笑顔でやって来たイランの額目がけてタイミングよく振る 渾身のフル・スイング」(MSC /「新宿U.G.A」)といったリリックに代表されるような、あけすけで剥き出しのリアリズムだったのだけれど。

漢 a.k.a. GAMIの自伝的ドキュメント『ヒップホップ・ドリーム』(河出書房新社)が増補を加え文庫化し、TABOO1初のコミック『イルブロス』(彩図社)が刊行された。それぞれ名著だが、両方を読むことでいくつかのエピソードが立体的にもなろう。

ここ数年余りで彼らを取り巻くヒップホップシーンの状況は大きく変化している。「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権 」(BSスカパー!)や「フリースタイルダンジョン」(AbemaTV)によるフリースタイルバトルのブームは言うまでもなく、動画メディアやSNS、あるいはサブスクリプションを含めた音楽配信サービスの一般化に伴う環境の変動は、シーンに無数の影響を与えている。そして彼ら自身もまた、レーベルからの独立やスタジオ兼カフェの設立など、変遷のただ中にいるのだ。

何より、都市もまた変革を続けている。オリンピックを目前に、新宿も東京もスクラップ・アンド・ビルドの真っ最中なのである。

新宿エリアを地元に育ち、小学校からの幼馴染である漢 a.k.a GAMIとTABOO1の二人は、そんなヒップホップとこの街を、ラッパーとして、あるいはグラフィティライターとして、今どのように考えているのだろうか。

西早稲田駅近く、背後に大久保団地を抱えた彼らの拠点「9SARI OFFICE」で話を聞いた。

 

Text:Haruya Nakajima

Edit:Yosuke Tsuji


 

7月某日、閉店後の9SARI OFFICEにて。

『ヒップホップ・ドリーム』と『イルブロス』

—TABOO1さんの『イルブロス』も漢さんの『ヒップホップ・ドリーム』も共に新宿のストリートと密接ですよね。そこで、お二人の都市や街との関わり方を一つの軸としてお話を伺えたらと思います。早速ですが、お互いの本は読まれましたか?

TABOO1 自分について書かれてるところはパラパラっと読んだ。六本木の路上で漢とプロレスごっこをして遊んでたら、投げ飛ばされて頭から大量出血して病院送りになったエピソードは俺も『イルブロス』で描いたけど、その時のことは自分では覚えてないから、真実を知るのが怖かったね(笑)。ただ、まだ通しでは読んでないけど。

 

TABOO1『イルブロス』

 

漢 a.k.a GAMI (以下:漢) 散々話してきたし、だいたい知ってることだから興味ないんだろ。俺はよく覚えてないけど一回は読んだ。フィクションの中にオリジナルな経験が混ざってる印象だったね。描かれてるエピソードがけっこう重なってるから、俺が『ヒップホップ・ドリーム』で書いた話がデマみたく思われたら困るな。

 

漢 a.k.a. GAMI『ヒップホップ・ドリーム』

 

TABOO1 俺のマンガは半フィクション・半ノンフィクションだからね。登場人物たちの名前はKONG、TAM、DJ PAKUといった感じで微妙に変えてあるし、彼らが結成しているグループ名はNSC(NEO SHINJUKU CAMP)ということになってる。

 ライブ中、犬がDJしに助けに来てくれるなんてシーンは絶対フィクションだよね(笑)。あと、TABOO1には昔から女を守って撃たれたいっていう願望があるらしい。マンガでは女の盾になって刺されてたけど、そういうの好きだよな。

 

漢 a.k.a. GAMI

 

TABOO1 自分の願望も反映させつつ、登場人物のキャラや性格もストーリーの伏線として描いたつもりだよ。最終的には人を見下していたキャラが痛い目に合うっていうカタルシスもある。

 でも冒頭なんてヒッドイじゃん。女が「次いつ会えるの?」って聞いたら「ブッ」とかいって屁で返事してる(笑)。『イルブロス』読んだ知り合いの女の子が「自分も男の人からそんな風に思われてるのかなって、テンション落ちました」って言ってたよ。だからこのマンガ、喰らっちゃう女の子は出だしからいきなり落ちるから。

TABOO1 あ〜、女の子にはあんまり向いてないのかも(笑)

—主人公が身を挺して守る女の子だって登場するわけで、決してそんなこともないと思いますよ!(笑) 『イルブロス』を読んで僕がまず感じたのは、絵柄のアウトサイダー性です。いわゆる上手い絵じゃないんだけど独特の味があって、ちょっと語弊があるかもしれませんが、かつての“ヘタウマ”のようだと思いました。

TABOO1 絵に関してはこれが自分の今の最大限だね。初めてのマンガ作品だから、これから徐々に上手くなっていくんじゃないかな。出版社やファンからの要望があればマンガは描き続けていきたいと思ってる。

 

TABOO1

 

—なるほど、必ずしも意図的な絵柄というわけではないんですね。あと感じたのは、本当にピュアにグラフィティを描くのが好きなんだということ。グラフィティを描く快楽以外のこと、バイトや人間関係といった社会的な塵事が、ことごとくノイズとして描かれている。それゆえ、ラストシーンは非常に感動的です。

 TABOO1は昔から嫌気がさすくらい絵を描くことが好きで、授業中に落書きしてるヤツとノリが一緒なんだよ。俺からしたら同じ字ばっかり描いてなんなんだってたまにイラついてたくらい(笑)。毎日描くことによって身につくスキルなんだろうけどね。

TABOO1 ま、ピュアさを大切にしたマンガってことにしとこう(笑)

—(笑)。新たにマンガを描くことと、ずっとやってきているグラフィティを描くことの違いってありましたか?

TABOO1 グラフィティを描いてた方が気晴らしになるよね。絵を描いてること自体が気晴らしみたいなものだけど、マンガだと色々とやらなきゃいけないことが多すぎちゃって。ストーリーを考えたりコマを繋いだり、右脳だけじゃなく左脳も使わなきゃいけないから疲れるんだ。逆に、ストレスフリーで描けるのがグラフィティ。テレビゲームをやってるのと同じ感覚かな。そこにアートとしての感性が加わったものだね。

 

新宿アンダーグラウンドエリアの昔と今

—そんなお二人はこの近所にある小学校で同級生だった頃からの付き合いですよね。今日僕はお二人のフッドを感じようと新宿からここまで歩いて来たんですが、新宿から高田馬場あたりのエリアというのは、少年時代を送った当時どのような街だったのでしょう。

 小学生の頃、高田馬場駅に降りたらまず感じるのはクソとションベンと酒の匂い、それが第一印象だったね。もう「真横に下水が流れてんのか?」って匂いだった。まだ昭和の汚い名残りがあったんだろうな。それが平成になって、街も含めてだいぶキレイになって、だんだん立ちションしづらくなっていった感じだね。

—『ヒップホップ・ドリーム』にも、「東京の街にはガキの不良がたまれる場所がもっとたくさんあった」と書かれていましたよね。そういった場所がどんどんなくなっていった?

 なくなったっていうよりもね、ガキがたまらなくなったの。アメリカの犯罪心理学で「割れ窓理論」っていうのがあるんだけど、軽犯罪を取り締まると、その地域の犯罪全体が減っていくんだよ。逆にグラフィティが描いてあったり窓ガラスが割れてたりするようなところをほったらかしにしておくと、悪いヤツらが集まっちゃう。

東京もまさしくそういう感じで一気に整備されていったね。時代的に子供が少なくなってるのもあるけど、とにかく今は外にたまるっていう文化自体がないからな。俺らが子供の頃は、どの地元にも絶対にたまり場があって、そこがストリートっていう感覚だった。

TABOO1 たしかにたまってたね。俺が覚えてるのは駄菓子屋かな。そこでお小遣いを全部「キン消し」に変えてた。子供の頃に食べてたものって言ったら、メシは二の次で、酢ダコさんとかイカとか、とりあえず駄菓子ばっかり食べてたね。

 ガキの頃で覚えてるのは、TABOO1が持ってたとしまえんの年間フリーパス「木馬の会」のパスポート。としまえんの入り口近くでTABOO1が「ここからちょっと離れろよ」っていきなり走り出したと思ったら、2年くらい期限が切れてるパスを受付でチラッと見せて、無邪気な子供のふりして突き抜けるっていうプレイをずっとやってたよな(笑)

TABOO1 けっこう簡単だったよね(笑)。昔はそういうのもルーズだったんじゃない?

 

 

—そういった忍び込みスキルはグラフィティライターになってからも活かされていたのかもしれません(笑)。『ヒップホップ・ドリーム』では、2000年代初頭に西武新宿線沿いの壁に展開していたグラフィティはTABOO1さんが火をつけたという言及も出てきます。

 高田馬場ー西武新宿間の線路沿いのキレイな壁にTABOO1が描いたことがきっかけになって、最終的に馬場から新大久保まで全部の壁がグラフィティで埋まったからね。横浜の桜木町じゃないけど、要はああいう感じで、まあ2、3年はもってた。この辺りでもあんな大規模なのは最初で最後だったんじゃないかな。

TABOO1 近所だったからさ、普通に寝られない時とかに描きに行ってたんだよね。俺のテリトリーという意識はあったけど、他のライターのグラフィティが増えるのも嬉しかったな。たまにライター同士で出会うと「お前があれを描いたのか」って感じで、つながる場合もあったし、逆に対立する場合もあったよ。

 もともとあの壁沿いも、俺らが本当にクソガキだった小学校低学年くらいの頃は、不法投棄のガラクタが山のように積み上がってる場所だった。この辺も昔は砂利道がけっこうあったよ。昭和から今まで、そういう変化もあるんだよな。

 

ヒップホップを通した街の描写

—たとえば漢さんが「レペゼン新宿」とラップする時に、当時の新宿を想い描いているのか、常に今の新宿を歌っているのか、どちらなのでしょう?

 それは曲によっても違うけど、意外と昔も今も共通しているところしか歌ってないことが多いかな。俺がラップで使うのは身近な経験から浮かぶ言葉だから、たとえば「見えるもんが見えなくなる」っていう表現とかもそうだけど、それで充分「街の景色の移り変わりが早い」っていうニュアンスは伝わるんだよね。あとは、具体的な話だけでなく、感情を歌った方がいいっていうのはあるかな。

だいたい、感情のことを歌わないとネタも尽きる。メジャーなラッパーで言えばSALUとかKREVAなんかを聴くと、やっぱり一個人として経験したイヤなことだったり、頑張ろうとしてることだったりを歌ってる。「それしか書くことねぇのか」ってくらい、どれも感情の曲ばかりなんだよね。ただ、俺たちはストリートだって言ってるわけだから、一方ではリリックの中に街の景色が浮かぶ表現とかも織り交ぜて、街の匂いとか地元のことを感情と一緒に歌う、というのを基本的なスタイルにしてる。

—たしかに感情の表現もふんだんに盛り込まれていますが、まさに他のラッパーと比較した場合、MSCの初期から漢さんたちはストリートの立場で街のことを歌ってきた点が印象的です。たとえば漢さんのソロアルバム『導〜みちしるべ〜』(2005)のジャケットが、NAS『Illmatic』の出身団地と自身の幼少期の顔を重ねた写真のオマージュになっていることからも分かるように、それこそラップはリアルでなければならないという「MSルール」じゃないですけど、すごくヒップホップ・マナーに忠実かつ誠実に、都市やフッドの描写を突き詰めてきたように感じます。

 

漢 a.k.a. GAMI『導〜みちしるべ〜』

 

 それはね、「ストリートを描くのがヒップホップである」という前提をクルーで共有しながら作ってたからだよ。まず、それを表現できてるヤツが日本にはいないっていう状況があった。その上で音楽性云々じゃなくて、内容だけでも本場アメリカのヒップホップのそれに近づこうよ、って。明確なモデルケースもいないし各々オリジナルなんだけど、自然とみんなでその価値観だけは共有してたね。

その前提がないと、いわゆるヤンキーや不良が一生懸命イキがって歌ってるだけになっちゃって、「ガキっぽい」「ダサい」って思われちゃう。そうじゃなくて、俺たちが出てきた時は「なんかわかんないけどコイツら本物っぽくない?」「急に大人のラップする人が出てきちゃったんですけど」みたいな雰囲気には自然となってたはずだよ。それだけ違う意識でやってたからね。

—なるほど! ヒップホップにおけるストリートの描写が大前提としてあり、かつそれが当時の日本語ラップシーンとしては革新的な表現だった、と。TABOO1さんもグラフィティライターであると同時に、MSCのクルーとしてずっとラップをやられてますよね。『イルブロス』で面白かったのはMSCの代表曲とも言える「新宿U.G.A」のフックの歌詞を、KONGとTAMの掛け合いでサクサク決めていくシーンでした。

TABOO1 あの曲のフックは本当にサクサク出来たんだよね(笑)

 俺が初めてTABOO1にラップを教えた時だよな。俺もピュアな気持ちだったからか、そういう時に神が降りてくるんだね。日本語ラップの教科書っていうくらい理想的な曲が出来たよ。しかもフックに出てくる地名とバースの構成が対応してて、西新宿から東新宿まで、街のエリアを順番に歌うストーリーになってる。

TABOO1 そうだね。そもそも俺がラップでやりたかったのはグラフィティの曲を作ることなんだ。とりあえず、それが自分にできることかなって。

 アメリカにはグラフィティを題材とした曲がたくさんあるよな。ヒップホップの4要素を共有していないラップはないからね。一方で日本には、何小節かでグラフィティについて触れられることはあったけど、バース全てでグラフィティについて歌ってる曲はなかった。グラフィティの用語を使ってその世界観をまるまる表現した曲を作りたい、というのがTABOO1のもともとのソロでのモチベーションだったんだよ。

—それがTABOO1さんのソロアルバム『LIFE STYLE MASTA』(2010)などに結実するわけですね。また、ラップもグラフィティも、それらを始める前と後では都市の見え方に変化があると思うんです。ラップであれば「新宿」と言葉にして歌った瞬間にその土地を再帰的に捉え直すことになるし、グラフィティはどこに描くか、何が描かれているかといった意味で、端的に都市を眼差すコードが変わりますよね。

 

TABOO1『LIFE STYLE MASTA』

 

 昔からよく言ってるんだけど、ざっくり簡単に説明すれば、ヒップホップって「街の景色を変えるもの」なんだ。だからTABOO1はグラフィティを描きまくって街の景色をヒップホップ的な世界に作り変えていったし、俺のラップを聴けば街の見え方が変わる。見てるヤツら、聞いてるヤツらのね。あるいは、それは描いてる、歌ってる側の俺たちも同じなのかもしれないね。

 

「便利社会」を乗りこなす賢さ

—新宿から渋谷に話題を移します。TABOO1さんは、いつ頃から宇田川町のシスコ坂にあるマンハッタンレコード横の壁画を描かれてるんですか?

TABOO1 10年くらい前からかな。当時あの壁は収集がつかないような状態で、ぐちゃぐちゃだったんだよ。だから見本じゃないけど、知り合い経由で俺が描くようになった。更新頻度は決まってないけど、年に2〜4回くらい。自分のプロモーションに使わせてもらったり、海外のアーティストが来た時に一緒に描いたりもしてるね。

昔シスコ坂一帯にはレコ屋がいっぱいあって、よくレコードを買いに行ってたんだけど、そういう店もどんどんなくなっちゃって、ヒップホップのマーケットが小さくなっていってるのはさみしいね。

—たしかにヒップホップ濃度は下がってますよね。特に渋谷は、現在駅前を中心に再開発の真っ只中です。そこでは都市計画に基づいて合理的に高層ビルが配置されていく。最近も、桜丘エリアがまるまる更地になりました。再開発で都市がキレイになることでグラフィティが被る影響についてどう思われますか?

TABOO1 今は監視カメラの普及具合もすごいから、そこで何も考えずに描いてくのはあんまり賢くないと思うな。俺は今あからさまにストリートで描いたりはしてないよ。ステッカーとか貼ってるくらいで、そんなに派手なことはしてないね。

 

 

 グラフィティであれストリートビジネスであれ、いつも最初にすることは監視カメラを監視しに行くこと。計画性が必要だよ。中学生のバカな鬼ごっこみたいな感じなんだけど、闇雲にやったらそれはもうただの犯罪だからね。見つかれば捕まるし、すごい額の請求も来るしさ。

ただ、グラフィティの定義には今の社会や体制に反抗するという一面があるから、公共物に描けばプロップスも上がる。TABOO1がずっと言ってたのは、リーガルの壁にどんなに上手い絵を描くよりも、クソ下手でもいいから電車に描いた方がストリートでは絶対にプロップスが高いっていうことだよな。

—ヴァンダリズム的な美学ですよね。逆に言えば、監視カメラの増加や都市のアーキテクチャの変化それ自体をネガティブに捉えているわけではない?

TABOO1 そうだね。時代も環境も全部ひっくるめて、その時々の制限を意識しつつ、自分が与えられた絵具を使ってどういい絵を描くかがポイントなんじゃないかな。逮捕覚悟であからさまに繁華街に描けばいいってもんじゃない。その都度、ベターな方法を考えるということだよね。

俺も昔は街にタギングして満足してたけど、それより今は知り合いの壁に描かせてもらうとか、ギャラリーで展示するとか、そういったコミュニティを通じて自分のグラフィティを表現できる場があるということを示したいかな。イリーガルだけじゃなく人とのつながりも大切だよ。年齢的にも、もういい大人だしね(笑)

 この便利社会では、みんな建物に個人でカメラを設置できるから、監視カメラは見えないところに本当に増えてるよ。犯罪が起きれば、警察はその周辺の建物を全て回ってカメラをチェックするからね。

前に俺の知り合いが美人局にあって、路上でいきなりスパナで頭をカチ割られて拉致られたことがあったんだ。後日その被害者として警察に行ったら「ヒクくらいカメラがあった」って言ってたな。その犯人もすごい数の監視カメラに映ってたらしいよ。

—被害者の側であれば大変ありがたい……(笑)。それこそ現代ではスマホがあれば個々人が監視カメラとして機能しますもんね。

 そうそう。だからそういう状況が当たり前である便利社会の時代、機械や技術に対しては敏感じゃないといけないよね。客観的に自分を見ることができないと終わってしまう「第三の視点時代」というか。情報もすぐに悪用されるし、ちょっとバカなことやってヘマしたら、みんな勝手に保存して証拠として世に放ち出す。俺はそういう風な嫌われ方をしないよう心がけてるけどね(笑)

—その「便利社会」を乗りこなすという意味では、YouTubeやinstagramなど、鎖グループでも漢さん個人でも、今やものすごい活用ぶりですよね。

 インスタライブでは、トラックメーカーがいいビートを聴かせてくれたらその場でラップするし、自信のあるラッパーだったらその場で一緒にラップしてる。そういうことで夢を与えたり、近道させてあげたりしたいよね。それによって俺自身にも相互作用が起きるだろうし、便利社会にしたって、単にそれを否定することよりも、俺たちならではのやり方で賢く使いこなせればいいんじゃないかな。

 

 

新宿オーバー・グラウンド・エリア─ヒップホップ・東京・コミュニティ

—ネット環境もそうですし、TABOO1さんが先ほどコミュニティの話にも触れていたように、この「9SARI OFFICE」はスタジオ兼カフェとして営業されていますよね。ヒップホップの関係者は言うまでもなく、ファンや地元の人も来るわけで、まさにコミュニティを形成していると思うんです。

 なぜここを作ったかというと、大前提として、東京にヒップホップを感じられる場所がなくなったからなんだよ。たとえば大阪のアメ村って、東京よりもヒップホップっぽいと思える街だよな。行けば歩いてるだけでラッパーに会うし、挨拶してくるヤツもいるし、ラップが流れてる店が固まってる。渋谷もかつてはそうであったけど、今の渋谷にはヒップホップを感じさせるものは少ない。でも、東京にだってそういう場所が必要でしょ? だから、9SARI OFFICEを作った。ここで新しい出会いや交流が生まれたらいいと思ったんだよ。そうやって、常に街の変化に抵抗したり、もしくは街をリードするような存在がヒップホップでもあるからね。

ただ、別にいつもこの空間にいてごちゃごちゃ言ってるわけじゃないんだ。俺は奥の部屋にいることが多くて、「誰か来てんの?」ってたまに顔出すくらい。来てくれるのは裏の団地の人から、スタジオを借りに来るラッパーたちやリスナーまで、いろんなヤツらがいるよ。近所の中高生なんかも俺がいると思ってやって来る。そういう時は普通に「ラップやんないの?」とか喋ったりはするけどね。

いまや東京のヒップホップを語るのであれば欠かせない場所になってると思うな。ここに来るとリリックが書けるっていうラッパーもたくさんいる。それだけ空間の中にヒップホップが充満してるんだろうね。その意味でも、こういうところがないといけない。逆に「なんでみんな作らないんだ」っていうのが本音かな。

—こうやって店を開いていたり、あるいは「フリースタイルダンジョン」への出演やコミックの出版といった公的な活動は、お二人が「新宿アンダー・グラウンド・エリア」からオーバーグラウンドに軸足を移しているという風に見ることもできます。それはお二人が年齢を重ねたことと関係しているのでしょうか? またそれらに対する葛藤はありましたか?

 若い頃の感覚のまま肩身の狭い思いをして大人になっていくよりは、ずっと培ってきたヒップホップというカルチャーの力を使うことで、社会的に認められ自分の居場所を作って、正々堂々と胸張って歩けるようになった方がいいし、それが俺自身の目標でもあったからね。いつまでもわけわかんないグリグリした頭でいるのもイヤだしさ(笑)。だから、単に状況が移り変わっていったんじゃなくて、俺自身の考え方と心構えも変化し続けてるんだよ。

だから葛藤はなかったね。ある意味で、俺たちMSCはLibra Recordsを離れたことで解散しちゃってるから。その状態でメンバーそれぞれが自分の生活を送ってるけど、みんなラップは続けてるし、本質的には変わってない。ストリートのヤツらは「変わった」って言うかもしれないけど、じゃあこの歳になっても黒いイメージで「ゴルァ」みたいな一方通行のライブだけやってればよかったのか? っていうと、そんなことはなくてさ(笑)

 

MSC『新宿 STREET LIFE』

 

TABOO1 俺は全てが自然の流れかな。もちろん昔に比べて色々な変化があるよ。今ちょうど個展を開いてるけど、子供連れで来る客もいるから、その子たちに優しく対応したりね(笑)。ただ俺はヒップホップしかやってきてないから、これで生きてくしかない。その上では大人になるとともに、マナーの部分にも変化はあって当然なんじゃないかな。それぞれみんなガキの頃から変わってくわけだし、だけど変わらない部分もあるっていうかさ。今日も高校時代の同級生が個展に来てくれて、俺の絵を二枚買って帰っていってくれたしね。

 アートにはそういう現象を起こす力があるからね。ストリート出身でアウトサイダーだった俺たちだけど、作品が世に広がっていった結果、こういう段階にきているというだけなんだ。最終的に歌なり絵なりで社会に認められることは否定すべきことじゃない。ラッパーとしてもグラフィティライターとしても、俺もTABOO1もまだゴールにいるわけでもないだろうしね。

 

新宿、東京、そして日本の未来

—最後の質問です。漢さんが昨年末に新宿限定発売で出された小説『北新宿2055』(東京キララ社「ヴァイナル文學選書」)には、「鎖国ルール」という独特の風習を掲げた近未来の北新宿コミュニティが描かれてますよね。もちろんそれはSF的な想像力を駆使して書かれたものだとも思いますが、同時に街とコミュニティ、国家と地域などの関わり方についての漢さんの思想が込められた作品でもあるように感じました。これからの新宿や東京、あるいは日本の都市や社会は、どのようになっていく、あるいはどのようになっていくべきだと漢さんは思いますか?

 

漢 a.k.a. GAMI『北新宿2055』

 

 いきなり本質的な話をすれば、俺個人としては、日本人は世界でも最高峰のシステムを持って生きている人間だと思う。その点に関しては自信を持っていい。やっぱりラップを始めてから自分の住んでる地元や国のことを意識するようになって、ちょっとは勉強したからね。俺は当たり前に愛国心を持ってるよ。

—その「愛国心」という言葉において、新宿を愛すると言う時と、日本を愛すると言う時の間には、どのくらいのグラデーションがあるのか気になります。つまり、パトリオティックな愛郷心とナショナリスティックな愛国心が、無媒介で接続されているのか、あるいはそこに幅が存在しているのか。

 俺はそれもストリート的に解釈してるんだ。たとえば「極東」(『ヒップホップ・ドリーム』)って曲でラップしてるのはこういう内容。地元でシャブ中になって政府が云々って言い出すヤツがいて、バカにしてた。だけどある時そのシャブ中が言った「この国も核兵器を隠し持ってる」って言葉、それは実際に歌舞伎町で会ったハーコーな右翼のおっさんが言ってたことと全く一緒だったんだよ。なんだこれ、あながち否定できねぇな、繋がってんじゃん、みたいな(笑)

—なるほど(笑)

 俺はヒップホップをやってるから、肌の色が違うけど日本語しか喋れないような友達もいっぱいいる。そいつらがこの国のシステムで育って、大和魂をレペゼンしてるんだよ。だから俺はそういう連中を集めてネオ右翼としてやっていきたいね(笑)

—たしかに新宿という土地における多国籍化はポイントになると思います。まさに『北新宿2055』の中でも、登場人物であるジャーナリストに「保守的な面がある一方、ここら辺は外国人居住者も非常に多い。そういった意味ではどこか矛盾を内包したエリア」と言わせてますよね。

 そうそう。だって、今の新宿区の成人式は半分以上が外国人なんだよ。日本人の方が少ないくらい。そして、そんなことは別にどうだっていい。ただ、「とりあえずこの土地とこの国のルールは守れよ、この野郎。そうしたらお前は絶対に幸せだから」とは思ってるし、そう言い切る以上、そういう街にしていきたいと思ってるね。

TABOO1 俺は、そうだな、東京が人間的にも絵のセンス的にももっと進化していったらいいと思うね。外国人も含めて、みんなで成長していけばいいんじゃないかな。

 将来、日本は少子高齢化で人口が減って、外国人が増える。俺たちはすでに高いスキルを持っているわけだけど、逆にこれからの時代はセンスの部分が磨かれていくことになると思うよ。外国人が来るってことは、日本にもともとあったセンスに加えて、外国人のセンスが入ってくることになり、時には戦わなきゃいけなくもなる。人もライバルも増えれば、スキルだってさらに高くなるだろうし、結果的に東京がハイセンスになる。それに俺らはへばりついていくことになるだろうね。もちろん、時にはリードもする。俺もTABOO1も、まだまだプレイヤーだからさ。

—それこそジャパニーズやミックスを問わず多くの才能ある若いラッパーが台頭してきている現在、インディペンデント・レーベルやカフェスタジオの運営といった漢さんTABOO1さんの活動は、ヒップホップシーンへの大きな還元と貢献を果たしていると感じます。今後も「鎖グループ」によってもたらされる東京の文化的・都市的な変化を注視していきたいです。ありがとうございました。

 

 

 

PROFILE

漢 a.k.a GAMI

鎖グループ代表にして大日本帝国・東京は新宿をリプレゼントするラッパー。新宿拡声器集団MSCのリーダーにしてフリースタイルMCバトルの代名詞UMBの発案者。日本のヒップホップをさらに面白くしていくエンターテイナー。

2014年、西早稲田にスタジオとカフェを併設する鎖オフィスをオープン。10タイトル連続リリースepのトップを飾る『9sari』をリリース。

2015年MSCの9年ぶりの新作『1号棟107』を発売し。また6月下旬、自伝本にして日本のヒップホップシーンの壮絶なリアルを描く前代未聞のドキュメント『ヒップホップ・ドリーム』を発売。2019年7月4年間の出来事を付け加え文庫化。

同じく6月から日本一のMCを決める大会『UMB』をスタート!9月の決勝大会を機に『KING OF KINGS』として新たに再始動させる。また9月末よりTV朝日で始まったヒップホップ番組『フリースタイルダンジョン』では初代モンスターとして活躍していた。

2016年初頭、加藤紗里や田代まさし出演の動画作りで話題に。7月からFRESH!にて毎週火曜日に「漢たちとおさんぽ」放送中(現在は不定期)。日めくりカレンダー『毎日パンチライン』大好評発売中。

2018年1月、鎖GROUP起ち上げ以降客演した楽曲を中心にDJ GATTEMがミックスした『ON THE WAY』発売。そしてフルアルバム『ヒップホップ・ドリーム』大好評発売中!

現在新宿地区限定で発表した掌編小説『北新宿2055』の映画化を大胆にも進行中!

web site : http://9sari-group.net/

twitter : https://twitter.com/9sari_group

instagram: https://www.instagram.com/kan_9sari

 

TABOO1

東京都出身のグラフティ―アーティスト。 MSC(新宿拡声器集団) / ILLBROSのラッパー。

ヒップホップとの出会いは音楽面よりもグラフィティが先であり、後に小学校からの幼なじみである漢 a.k.a. GAMIと行動を共にする様になる。自身のソロ楽曲「ROCK IN A POCKET」やDJ BAKUをfeatした「MASTAPIECE」など、リリックのテーマ自体がグラフィティーアートとなっている楽曲も多い。2006年から2007年にかけてスペースシャワーTVの番組『Black File』のコーナー「BURNOUT」の監修・司会進行を務め、国内外のグラフィティシーンをレポートした。

2010年6月16日には同コーナーをパッケージ化したDVD作品『BURNOUT-TAB001’s UNDERGROUND CONNECTION-』を発売。2010年10月20日、初のソロアルバム『LIFE STYLE MASTA』を発売。2019年6月27日には自身で作画したリアルヒップホップグラフティ漫画「イルブロス」を発売した。

twitter : https://twitter.com/tabooone

instagram:  https://www.instagram.com/tabooone/

web site : http://www.taboo1store.jp/

 

9SARI GROUP

9SARI GROUP: http://9sari-group.net/

KING OF KINGS: https://www.kokjapan.com/

twitter: https://twitter.com/9sari_group

instagram: https://www.instagram.com/kan_9sari/

web store: https://9sarigear.stores.jp/

 

Writer PROFILE 

中島晴矢(なかじま はるや)

美術家・ラッパー・ライター。1989年神奈川県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業、美学校修了。

主な個展に「バーリ・トゥード in ニュータウン」(TAV GALLERY/東京 2019)「麻布逍遥」(SNOW Contemporary/東京 2017)、キュレーションに「SURVIBIA!!」(NEWTOWN2018/東京 2018)、アルバムに「From Insect Cage」(Stag Beat/2016)、連載に「東京オルタナティブ百景」(M.E.A.R.L)など。

http://haruyanakajima.com

 

特報:「沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー 歴史と今」展が、10月に那覇の沖縄県立博物館・美術館で開催。現在、クラウドファンディング募集中。

 

〈MULTIVERSE〉

「暮らしに浸り、暮らしから制作する」嗅覚アートが引き起こす境界革命|オルファクトリーアーティスト・MAKI UEDAインタビュー

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