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吉山森花 『だけど私はカフカのような人間です』 第十回《女性の神秘》について

沖縄県恩納村に生きるアーティスト・吉山森花のフォト・エッセイ。第十回は沖縄の《女性》の神秘をめぐって。

 

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 男は女が女に生まれてきたことを誇りに思えるようにしなければいけない。女に女であることを後悔させてはいけない。女は自分が女であることを誇りに思ってほしい。そして男を守り、女もまた男が男に生まれてきたことを誇りに思えるようにしなければいけない。

 

 

 ごく最近の話だ。

 私は酷く打ちひしがれていた。この世に存在する人間の悪そのものに触れたような気がして、恐ろしく、自分から発せられるすべての音に嫌悪を感じていた。他人を信じることの恐ろしさを再認識させられ、この世に生きる術を失ってしまったような気持ちで、絶望していた。そんな時にたまたま、私は石川真生さんに撮影助手兼運転手を頼まれ、沖縄の北部にある東村まで行くことになった。

 私の憂鬱は沖縄の眩しい太陽も払い除けてはくれなくて、移動中も不安と恐怖を抱えたまま自分を取り繕うことで精一杯だった。東村はとても田舎で、私はこんなのどかで優しい村に自分の悲しみや苦しみを運んできてしまったことを申しわけなく思った。やがて、真生さんが被写体に選んだ60代の男性とその奥さんの住む家に到着し、私たちはその家の中へと案内された。

 到着するとすぐに、私を見た奥さんが私の肩を揉んでくれたり、さすってくれたりした。

「こんなに痩せて! ちゃんと食べてる?」

 私が明るい表情を作る努力をしていたことがバレたのか、もしくはただ本当に何気なくしてくれただけなのかは分からなかったけれど、肩を揉んでもらっている時、本当に安らかな気持ちになって、心の中にオレンジ色で黄色で温かいものが溢れるのを感じた。

 ただ何気ない会話であったり、ただ何気なくしたこと、そんな何気ない行動や発言に恐ろしいほどに温かいパワーが秘められている。これが沖縄の女性の持つ力だ。そう私は思う。

 

 

 昔から沖縄は神の島だと言われてきて、神に感謝する催しが頻繁に行われている(沖縄の信仰は祖先崇拝なので基本的には死んでいった者達が神となり自分達を守るというのが一般的な家庭の信仰だ)。シーミーやお盆などの家庭での催事は女性が中心となって行われるし、琉球王朝時代にはノロという女性のカミンチュが琉球王府を、沖縄の島々を守ってきた。それを根拠だと言うわけではないが、やはり沖縄の女性には秘められたパワーが昔からあったのだと私は思う。

 この腐敗しきった世界で強く生きることは本当に難しい。どんな意図があるのかは分からないけれど、歴史は負のループのように同じことの繰り返しで、今日も相変わらず政治家達の私利私欲に一般市民の生活が脅かされている。100年前、200年前から何が変わったんだろうか?  その一方でネットの急速な普及により子供達の独自性や感性が鈍ってきていることを私は10歳下の子達と話をしていて感じる。私が年老いたのだとするだけでは済まされないようなレベルの変化だと思う。

 それでも人間がいまだ生きることに希望を持てているのは、女性の存在がとても大きいのではないかと私は思う。女性は美しく、柔らかく、それでいて、強さと、深さがある。

 男の人には想像しても想像しきれないだろう、自分の体の中にもうひとり人間がいるということを。そんな神秘的な体験、死ぬような痛みを、女性たちは知っている。世界的に見てもやはり女の人には強いパワーと大きな希望がある。その中でも、私は特に沖縄の女性の持つ神秘的な力は特別だと思うのだ。

 最近本土からの移住者が増えてきているのも、単に海があるから、のどかだから、ではないだろうと思う。沖縄に来ると、何かよく分からないけど、人は癒されてしまう。その不思議な力に集まってきているんだと思う。その沖縄のパワーこそ私はウチナーンチュの女性から発せられているものだと感じている。

 若い頃は反発心が強かったために、田舎の偏見を持ったおばさんたちが大嫌いだった。実際に意地悪な人もたくさんいたからだ。でも今になって考えてみると、沖縄の歴史の中でウチナーンチュたちの純粋な感性は、ひとつの正義を押し付けられることによって鈍らされ、豊かさを失い、その結果として今の姿があるんだろうと思う。ハジチにしてもそうだ。野蛮なんて決め付けられたりすることがなければ、今だって続いていたのかもしれない。

 そのように考えると、現代に生きる沖縄の女性のナチュラルな感性を私が引き出せていないから、意地悪を言われたりすることがあるんじゃないか、とも思う。私がもっと自然な感動を沖縄の女性に与えることができたら、相手ももっと純粋な感覚で話してくれるんじゃないだろうか。それだ、沖縄の女性のパワーは、この混沌とした腐敗した世界でも、歴史のフィルター越しでも、燦然と光って見える。これが沖縄の女の持つ力だ。

 

 

 私は幼い頃から沖縄の亀こう墓が大好きなのだが、あのお墓の形も女性の子宮をイメージして作られている。沖縄のお墓は死の場所であり、誕生の場所なのだ。子宮の中の温かさをきっと皆忘れているだろうけれど、苦しい時に子宮の中にいることを想像すると、温かで優しくて、もう少し頑張れる気がしてくるものだ。沖縄の人達はもしかしたら女性の子宮の中に全てを、道を、宇宙を見てきたのかもしれない。

 私が幼い頃から女性の裸に性的興奮を覚えていたのも、もしかしたら女性の秘められた力に私が敏感だっただけなのかもしれない。幼さゆえに当時の私は女体を安易に「エロいもの」と捉えてしまっていたが、本当は別の何かに興奮していたのかもしれないと今は思う。なるほど、私が最近の安っぽいエロに対して憤りを覚えるのもこれが理由なのか。もっと女性の美しさと魅力とエロさとを引き出して欲しいのだ、きっと。

 女の人は時々恐ろしい。幽霊話でも男の幽霊より女の幽霊の方が凄まじい怨念を持っている。男女の関係のもつれでもやはり女の人の豹変ぶりは恐ろしい。でも、それすらもある種の強さに違いないと思うのだ。修羅雪姫という漫画を読んだことがある人はわかると思うけれど、女が想う時の強さは凄まじい。それは漫画や映画の世界だけの話ではなく、実際にも起こりうる話で、そこも女性の興味深いところでもあるが、その力を別の方向に傾けられていたなら、おぞましい話として語り継がれなくても済んだだろうにとも思う。

 女は自分の持つ強さをどう表現するかなのだ。人それぞれ表現のしかたには違いがあるけれど、自分の信念を持って大切にしたいことのためにその力を使って欲しいと私は思う。女の人は強くて優しくて恐ろしくて魅力的でとても素敵で、この世界を包み込む力がある。実際この世界は女性に包み込まれているのかもしれないのだから。全ては温かい子宮の中で起こっている出来事なのかもしれないのだから。

 不思議だ。こんなにも深く絶望しているのに、女性を眺めていると希望が湧いてくる。沖縄の女性のおおらかさや、温かさ、強さに触れると、生きようとする力が湧いてくる。だから私はまだこの世界で生きていられる。沖縄に暮らし、沖縄の女性に触れることができるから。この世界が終わるまで、私の命が終わるまで、自由に感じ、思考し、感動しながら、沖縄の女性の神秘について考えていたいと思う。沖縄の女性の持つパワーがなんなのか、もっと知りたいと思う。

 私は女に生まれてきたことを誇りに思います。たとえこの世界に認められない命があったとしても、その美しさを私は感じています。それを冒涜する人間たちから永遠にその命を守りたいと思います。誰にも理解されないかもしれません。でも私たちだけのこの繋がりを一瞬でも感じることができたということを、私は誇りに思っています。だから、私は今も、女に生まれてきたということに、心から感謝しています。私は表現者だから、たとえ罵られても、嘲笑われても、私の気持ちを常に、これからも表現し続けます。

 それが私にできる唯一の償いと感謝と尊敬だから。私にはまだやるべきことがあるから。

 

 

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(Photgraphy by MORIKA)

 

 

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PROFILE

吉山森花 よしやま・もりか/沖縄県出身、沖縄県在住。Instagram @morikarma。