logoimage
HAGAZINE

そこに「悪意」はあるのか?──いまアートに求められる戦略と狡知|小鷹拓郎インタビュー 3/3

世界中を旅しながら数々の映像作品を制作してきたアーティスト・小鷹拓郎。彼の作品はいつだって「嘘」を起点としていて、その作品制作の根底には「悪意」が漲っている。

<<小鷹拓郎インタビュー②を読む

反原発デモを巻き込んだ偽物のヘイトデモ

HZ フェイクデモですか。『僕の代わりに妻のオノヨーコがパフォーマンスをします』と同時期というと2011年ごろですよね。

小鷹 はい。僕はもともと政治活動への関心は薄く、デモ的なものに参加することはその時期までなかったんですが、3.11の原発事故以降は、これは本当にまずいと思い、反原発デモなどに参加するようになってたんです。これはアーティストとしてではなく、純粋に一市民としての参加だったんですが、一方で同時期に世の中には違うタイプのデモも存在しているということを知ってしまって。それはいわゆるヘイトデモと呼ばれるものだったんですが、新大久保に行った時にたまたま遭遇し、ひどくショックを受けてしまったんです。

僕には韓国人や中国人の友人が普通にいますが、その彼らに対して、ありえないようなひどい言葉が浴びせられている。一体なんなんだ、これは、と。怒りよりも前に困惑しました。なぜこんなデモが許されているのかということも不思議で、さらに、そうした汚い言葉で叫んでいるのが、普通の人たちだということにも驚きました。今まで僕がイメージしていた右翼とはまるで違う。彼らは一体なんなんだ? と思った。そこで、フェイクのヘイトデモをしてみることにしたんです。なぜそう考えたのかは自分でもよく分からなくて、かなり反射的なものだったと思います。

HZ まさに当時は「行動する保守」が動画共有サービスの浸透と相まって盛り上がりを見せていましたからね。僕もその頃は新宿に住んでいたこともあって、街中で目にすることもあり非常に不愉快でした。小鷹さんのフェイクデモは実際に警察に申請も出して行ったんです?

小鷹 そうした手続きからちゃんとやりました。ヘイトの対象としたのは当時、自分が経営していた「こたか商店」というリサイクルショップ。まず、こたか商店がある中野区の野方警察署に「こたか商店をやめろデモ」の道路使用許可の届出を出しに行ったんです。しかし、まあたらい回しにされるわけですよ。デモの受付に行けば「君たちがやろうとしているのはちんどん屋だから違う部署に行ってくれ」と言われ、ちんどん屋の部署に行けば「デモがやりたいならデモとして届出を足してくれ」と言われ(笑)

結局、デモとして申請することになったんですが、僕たちの届出のままじゃ受理はできない、と。「こたか商店」というのは特定の人間に対する攻撃であり、これは許されてないんだ、というんです。「じゃあどうすればいいですか?」と聞いたら「こたか商店やめろデモの頭に反原発を入れてくれ」と。それで、公的にはタイトルが「反原発・こたか商店やめろデモ」になりました(笑)

HZ 警察はそんなアドバイスをするんですね(笑)

小鷹 もちろん、警察の人はこれがアートパフォーマンスだということは理解してくれていました。さらに、主催団体が「こたか商店」だと、デモが宣伝活動になってしまうため申請できないと言われ、やはり「じゃあどうすればいいですか?」と聞いたら「“日本をもっと良くする会”というのでどうだ?」 と団体名まで考えてくれて。結局、当日は警察も警護してくれることになり、デモを決行することになったんです。

実は同じ日に近くで反原発デモがあったので、そこにかぶせて、それも巻き込もうと考えてました。知り合いたちに協力してもらいデモ隊を作り、自分が先頭に立って「こたか商店を潰せ~」「この街から出てけ~」「ここの店主はクソだ〜」と店の前でシュプレヒコールを叫んでいると、通りがかった反原発デモの人たちも、すぐにコンセプトを理解してくれたのか、便乗して一緒に声をあげてくれるんです。それを警察官が警護してる。異様な光景ですよ。

 

『こたか商店をつぶせデモ』写真提供:小鷹拓郎

 

面白かったのは通りかかった一般人たちからカウンターが生まれ始めたんですよね。「やめろ」とか「出てけ」という罵声を浴びせていることに、通りがかった人はみんな嫌そうな顔をするわけです。近所に暮らすおばちゃんとかが「なんでそんなひどいことを言うの!」と叱ってきたりもして。徐々に「やめろと言うのをやめろ!」みたいな掛け声も起こり始めて。中には「こたか商店はいい店なんだ!」と叫ぶ人も出てきたんですが、明らかにうちに来たことがない人なんですよ。さらに警察に対して、「こんなの許すな」という人たちも現れるんだけど、警察は「申請は出しているんで」と言うしかない。

HZ まさにヘイトデモの現場が生まれてしまったわけですね。実際にヘイトデモをする側になってみてどう感じました?

小鷹 やっぱりデモを主催することで見えてくることは多かったですよ。こんなこと言ってしまうと危ないですが、汚い言葉を大きな声で叫んでいると、みんなイキイキしてくるんです。もちろん、このケースの場合、傷つく人がいないという前提を理解しているからだけど、普段は言えない強い言葉を叫ぶことにはある種の快楽みたいなものがある。一方、それを聞かされる側は本当に不快な顔をする。平和な野方の街が一気に剣呑な雰囲気に包まれ、にわかに分断が生じたんです。

 

『こたか商店をつぶせデモ』写真提供:小鷹拓郎

 

その後すぐ、お店は実際に畳みました。例によってフェイクデモだということを明かしてはいないので、多分、近所の人の中にあのデモによって「こたか商店」はなくなったんだと思っている人もいると思います。騙して悪いなという気持ちもありますが、ヘイトデモとは実際にそういうことを起こしてしまうものでもある。たとえそのデモで語られてる言葉がフェイクであっても、それがもたらす結果はつねにリアルですからね。

 

炎上商法的なアプローチを超えて

HZ フェイクデモはパロディではありますが、それによって実際にある種の敵対性がそこに可視化された。オノヨーコの作品も構図としては同じですよね。その嘘はともすれば、人を混乱させたり、場合によってはバラバラにしたりするものでもあります。

小鷹 そうかもしれません。ただ、「人を繋げる」ことを目的とするようなアートに、僕はあまり関心が持てないんです。「関係性の美学」とかも、よく分からない。強いて言えば僕の作品は毒のあるイタズラ、ピンポンダッシュみたいなものなんですよ。ここには賭けの要素も強く働いていて、もしそれが本当にただの悪質なイタズラとして受け止められてしまったなら、僕は叱られて終わりなんです。その場合、関わった人に頭を下げて謝ることしかできない。だから、かなりスレスレのことをしてるという自覚は当時からありました。

ただ、本当のところをいうと、当時はまだ甘く考えていたところもあります。コンセプトについても、熟考したものというよりは、思いつきやアイディア重視になっていて、きちんと練ったものではない。もちろんコンセプトを立てるには立てるんですが非常に曖昧なものでした。当時はそれで通りましたが、このやり方は、正直、もうそうは通用しないと思ってます。実際、僕は2010年代には訴訟騒ぎを起こしてしまったことがあり、そのために一年近く、現場作業員として日当7500円で働いていたこともありました。

さっきも言いましたが、SNSが浸透して以降、アートを取り巻く状況は大きく変わりました。現場に来ていない人たちが断片的な情報を元に、作品に対しての怒りを表明するようになった。今回の「あいちトリエンナーレ」もそうですよね。僕は自分が作品撤去された経験もあるため、他人事には思えない。もちろん、そうした断片的な情報に反応してしまう態度自体を批判することも可能ですし、僕もそれはよくないことだとは感じます。ただタイを始め、海外のアーティストたちを見てみると、みな悪しき現状の中で、悪しき現状を踏まえて、その中で表現方法を模索してるんです。

上を向けば下に潰され、下を向けば上に潰されるという状況下でどうすれば悪意を持った表現をできるか。もちろん、僕自身にも僕自身の角度はあるわけで、フラットではない。ただ、いずれにせよコンセプトが一つだとあまりにも脆い。平気で人に嘘をついてきた僕がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、炎上商法的なアプローチは結果として誰の得にもならないと思うんです。

HZ 最初の話に繋がりましたね。僕もメディアの人間として同じ思いです。中途半端な悪意では簡単に食われてしまう。もっと悪意を磨く必要があるなと感じています。パタニーの話に引き戻すと、あの街もずっとコンフリクトを抱えていて、ある意味ではコンフリクトと共生しているとも言える。そういう意味では炎上的なものにも価値がないとは言い切れないけど、ただ炎上によって何かが潰されてしまったなら、本末転倒なんです。戦略を間違えちゃいけない。その点、小鷹さんの2017年の映像作品『村にUFOを誘致する』は、僕にとって「悪意」のお手本と言うべき作品です。

 

(小鷹の映像作品『村にUFOを誘致する』より

 

小鷹 あの作品はまさにコンセプトシートが一枚では足りないということを強く意識して作った作品です(笑)

HZ しかも地域芸術祭への出展作品ですよね(笑)。あらためて経緯を説明してもらってもいいですか?

 

原発で分断された村にUFOを誘致する

小鷹 もともとは石川県の地域芸術祭に招待された時に作った作品なんです。その芸術祭の舞台となったのは珠洲市という田舎町だったんですが、その町にはかなり込み入った事情がありました。珠洲市では1970年代半ばから約30年近くにわたって原発誘致をしていて、結局、誘致の話は2000年代に頓挫することになったのですが、長きに渡った原発誘致をめぐって賛成派と反対派で町が完全に二分されてしまっていたんです。

反対派の人たちの中には国からのお金を得て移住してしまった人も多いらしく、また田舎のため若者も少なくて過疎化も進んでいました。そんな中、ようは原発誘致に代わる新たな町おこしの一環として組まれたのが、この芸術祭だったというわけなんです。ただ、そうした過去のせいか、作品制作にあたっては「原発はテーマにしてくれるな」という空気が非常に強くありました。暗黙裡にではありますが、ほぼ規約に近いくらいに。いわゆる日本の地域アートらしい、街の人たちの絆を表現するような「関係性のアート」を作りましょうという雰囲気だったんです。

例によって僕は映像制作のためのリサーチに入りました。しかし、やはり町の人に原発について質問すると非常に歯切れが悪いんです。どうも語りたがらない。おそらく、珠洲市では原発が一種のタブーになっていたんです。僕が映像作家ということもあって、記録されることを警戒していたんだとも思います。でもその一方で、街の図書館に行くと、原発関連の本が普通じゃないくらい大量に陳列されている。そういういびつさのある状況でした。

そうとはいえ、僕はこういう性格なので、やはりどうしてもその問題を避けては通れない。それで、何か手がかりはないかと街を散策していたら、半島の突端の人里離れた岬にボロい一軒家があるのを見つけたんです。本当に今にも崩れそうな小屋なんですが、訪ねてみるとそこには一人のおじいちゃんが暮らしていました。話を聞けば、どうやらそのおじいちゃんは珠洲市の反原発運動をずっとやってきた人らしい。なぜこんな辺鄙なところに一人で暮らしているのかというと、かつての仲間たちはお金をもらってみな遠方へ引っ越してしまったからだ、と。ただ、自分はどうしてもこの土地を守りたかったから、一人で自給自足の暮らしをして戦ってきたんだ、と。

「一人」というのは誇張ではなく、塩さえもTシャツを海に浸して作っているくらいの自給自足ぶりなんです。他の町の人たちとは関わりを持っていないらしく、回覧板も回ってこないと言っていました。彼はこの芸術祭についてもよく思っていなくて、「あなたのことも信用できない」と言われましたが、なんどもなんども通いつめ、僕自身も反原発であるという気持ちをずっと伝え続けることで、ようやく信頼してくれるようになりました。僕自身、おじいちゃんの言葉が響いたというのもあります。「原発はそもそも自然を破壊するものだけど、それだけじゃなく珠洲市のように一つの町をバラバラにしてしまうものでもあるんだ」、そうおじいちゃんは訴えていました。

おじいちゃんも自分の話を聞いてほしいと言ってくれました。地元の人たちにも聞いてほしいし、芸術祭にやって来る外の人にも聞いてほしい、と。なんで執拗なまでに自分が原発に反対してきたのか、ずっとその声を聞いてもらえずにきたから、と。そこで僕はおじいちゃんのインタビューを撮らせてもらうことにしました。ただ、さっきも言ったように、原発をテーマにはしてはいけないという状況だった。おそらく、そのまま「反原発」映像を作った場合、チェックの段階で通らないというのは確実でした。そこで、作品をフェイクドキュメンタリーにすることにしたんです。

珠洲市を架空のスズ市ということにし、UFOの飛来地として有名な町という設定を作りました。その上で、おじいちゃんには原発を「UFO」という言葉に置き換えてもらった上で、原発についてを喋ってもらうことにしたんです。東京では普通に反原発と口にすることができます。でも、珠洲市においては「原発」という言葉の重さが違う。その響きだけでみな萎縮してしまう。だから、UFOの話ということにしてしまおう、と。

撮影は脚本を作らず、おじいちゃんには思いの丈をアドリブで喋ってもらった。たまにうっかり「原発」と言っちゃった時だけ撮り直したくらいで、その他は一切、指示は入れてません。UFOにはどんなリスクがあるのか。UFOの存在によって共同体がいかに分断されてしまうのか。UFOに反対し続けた結果、おじいちゃんがどのような状況に置かれてしまったのか。そういうことをおじいちゃんは涙ながらに語ってくれました。お金をもらって移住してしまった人たちが多いことが本当にさみしい、なんでみんなこの里の大自然をそんな簡単に忘れてしまうんだ、と。その言葉は切実でした。

ただ、おじいちゃんの映像だけで作品にしてしまうと、地元では有名な人ですし、すぐにそれが原発の話だとバレてしまう。だから、おじいちゃんのインタビューをベースにしつつ、他の町の人たちの映像も混ぜることにしたんです。もちろん、町の人たちに本当の設定を話したらまず話してくれないと思ったので、それぞれに珠洲市の流れ星であったり珠洲市の蛍であったりをUFOに置き換えて話してくださいと、人それぞれ違うテーマでお願いしました。そうすると、みんな楽しんで参加してくれるんです。「え、あんた、UFO見たことないの? 夜になったらそこらへんを飛んでるんだよ」なんて言いながら。

ついでに芸術祭を誘致した市役所の職員の方たちもインタビューしました。彼らは原発を誘致していた当事者でもあり、それが失敗したからいま芸術祭を誘致している。理屈は同じです。過疎化し、お金のなくなった街に、いかにお金を呼び込むか、というのがポイントになってる。だから、彼らには「芸術祭」を「UFO」に置き換えて話してもらいました。意気揚々と「UFOが来ると地域がとても豊かになるんです」と話してくれました。

そして最後、住民の方を2~30人くらい呼んで、巨大UFOを呼び寄せる儀式を模したイベントをやったんです。サークルを作ってUFOを召喚するという、定番の構図です。それらのすべての映像を編集し、一本にまとめたのが『村にUFOを誘致する』という作品ですね。本当のコンセプトを知っているのは僕とおじいちゃんだけ。他の人は何も知りません。

HZ 語弊を恐れずに言うと、とても痛快ですね。それが地域芸術祭に出展された作品であるということも含め。作品は実際に芸術祭で上映されたんですよね?

小鷹 そうですね。一見すると町の人を巻き込んだちょっとした悪ふざけのフェイクドキュメンタリーのようになっていますから。審査も問題なく通り、UFOという言葉がポップだったということもあって、そこそこ話題にもなりました。北國新聞では著名な女優さんが絶賛してくれて、北陸電力からも取材を受けました(笑)。もちろん、そこでも本当のことは言いません。「この地域の自然をUFOに置き換えて作品を作りました。この作品を通してみんなが仲良くなってくれたら嬉しいです」と白々しい嘘をつきました。

実際に観た人たちもそうそう気づかないんです。外から芸術祭に来た人たちはそもそも珠洲市の歴史について明るくないですし、あるいは市役所の人でさえ「このおじいちゃんが出てくれたんだ」と驚くくらいで、これが原発の話だとは思ってない。結構、おじいちゃんは「UFOが来ると放射能が出る」とか核心的なことを言ってるんですけどね。まさか僕がそうした悪意をもってこの地域芸術祭に関わっているとは思わず、疑念を持ったとしてもそれを表明しなかっただけかもしれません。

ただ、芸術祭の取材で作品を観にきていた人の中に朝日新聞の記者さんがいて、その人はどうやらはっきりと気づいたんです。鑑賞後、「これ本当は原発のことですよね?」と問われたので、「はい、そうです」と答えました。そのままその記者さんの取材を受け、全てを種明かししました。その記事はちょうど選挙時期だったということもあって、政治欄に掲載されることになったんですが、ただ一点、記者さんにお願いして、記事は芸術祭の会期中のギリギリ最後の方に出してもらうことにしたんです。騒ぎになって展示中止となることを避けたかったというのもありますし、その時期であれば僕はすでにタイに渡っていて、一年は日本に帰らない予定になっていましたから。

 

(小鷹の映像作品『村にUFOを誘致する』より

 

HZ ピンポンダッシュだ(笑)。でも、まさにコンセプトを多層化していたからこそ、上映が可能になったわけですよね。

小鷹 風見鶏ですよね。僕とおじいちゃんの悪だくみです。多分、僕の描いたコンセプトに気づかないまま、ほのぼのした作品として記憶している人もいると思います。それは表現の強さとしては不十分かもしれない。ただ、たとえば今回のSTUDIO VOICEの記事にも、その通りに書いていないことというのはあるわけですよ。いま許されている範囲のコードではどうしても書ききれないことがある。もちろん、そのコードを拡張するために、境界線を踏み切ってダイレクトな勝負をする必要もあるんですが、時と場に応じては「匂わせる」という手段を積極的に選択していく必要もある。センセーショナルであること自体が目的ではないですからね。

HZ 僕はそういう狡知が好きだし、今日、そういう狡知こそが「道徳」だとも感じています。というのも、僕は表現にはある種の暴力性が否応なく付きまとい、これは否定しようがないことだと思ってるんです。人を一切傷つけずに何かを表現できるという考えを、僕は支持しません。ただ、一方には「その作品は人を傷つける」という抗議にあった時の逆らえなさというものがあって、そこで「人を傷つけたとしてもいいんだ」と開き直ることもまた難しい。だから、うまくやっていく必要がある。いずれにせよ、小鷹さんの作品は僕にとって、うまくやっていくための「悪意」の教科書なんです(笑)

小鷹 ありがとうございます。失敗だらけの僕を教科書にするのはどうかと思いますが(笑)。ただ、一つだけ言えるとしたら、より大事なのは多分、中身よりも器なんですよね。

HZ そう思います。さて、記事にはどこまで本当のことを書きますかね。ちょっと足りない頭を捻って狡知を働かせてみようかと思います。これから小鷹さんがどんな「嘘」によって、どんな「嘘」を可視化していってくれるのか、心から楽しみにしていますよ。

(Interview & Text_Yosuke Tsuji)

小鷹拓郎インタビュー①に戻る>>

 


 

小鷹拓郎 こたか・たくろう/1984年、埼玉生まれ。アーティスト。これまでアフリカ、中東、アジア、欧米で映像作品を発表。2017年からの一年間はタイに渡り、軍事政権下における芸術表現をリサーチ。タイ深南部ではテロリストと宇宙人を置き換えたSF映画をイスラム教徒たちと共同制作。2019年10月より一年間インドネシアで活動予定。

 


9月26日(木)表現規制をかいくぐれ!小鷹拓郎トークショー STUDIO VOICE vol.415「次代のアジアへ」リリース記念イベント開催決定@高円寺Pundit’_

 


 

〈MULTIVERSE〉

「暮らしに浸り、暮らしから制作する」嗅覚アートが引き起こす境界革命|オルファクトリーアーティスト・MAKI UEDAインタビュー

「Floating away」精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulのに西海岸紀行

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

「肌の色、国籍? そんなもの関係ない。“大和魂”をレペゼンするネオ右翼として、東京をハイセンスな街にしていくだけ」ストリートワイズが語る新宿オーバー・グラウンド・エリア|漢 a.k.a. GAMI × TABOO1

「REVOLUCION OF DANCE」DJ MARBOインタビュー| Spectator 2001 winter issue

「僕たちは多文化主義から多自然主義へと向かわなければならない」奥野克巳に訊く“人類学の静かなる革命”

「私の子だからって私だけが面倒を見る必要ないよね?」 エチオピアの農村を支える基盤的コミュニズムと自治の精神|松村圭一郎インタビュー

「子どもではなく類縁関係をつくろう」サイボーグ、伴侶種、堆肥体、クトゥルー新世|ダナ・ハラウェイが次なる千年紀に向けて語る

「バッドテイスト生存戦略会議」ヌケメ×HOUXO QUE×村山悟郎

「世界ではなぜいま伝統的タトゥーが復興しようとしているのか」台湾、琉球、アイヌの文身をめぐって|大島托×山本芳美

logoimage