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檀廬影×菊地成孔 『エンタシス書簡』 二〇一九年九月/菊地→檀「クルセーダーズと逆ナン、フロイド式の精神分析治療について(ゲイについては、大した問題じゃないんじゃない?)」

元SIMI LABのラッパーであり小説家の檀廬影(DyyPRIDE)と、ジャズメンでありエッセイストの菊地成孔による往復書簡。

 

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 壇先生

 返信が大幅に遅くなってしまい申し訳ありません。理由は単なる怠惰。という事にした所ではありますが、どうやらそうでもなく、こうした往復書簡につきものなのかどうか、先生のご経験について動揺してしまい、どうレスポンスしたものか迷っているうちに、あっという間に1ヶ月が経過していた。という体たらくで、同じ文士としては恥ずかしい限りではありますが、フロイディアン(思想をフロイド精神分析学に立脚している者)としては、非常に誠実であったと思っています。

 ヒプノセラピーは「催眠」を意味するHypnosisと「治療」を意味するTherapyの連結合成語ですので、昭和の御代には「催眠療法」と呼ばれていました。

 私がフロイディアンである旨は上記の通りですし、また、こうして往復書簡を始める以前より、先生と懇意にさせて頂き、何度も飲食放蕩を共にしていた時期に、自分がフロイディアンであり、過去、不安神経症を発症した際に、フロイド式の(「古典的な」と言われます)、カウチに横になって、分析医が視界から外れ、自由連想の形で対話して治療する、という、映画やテレビドラマなどでよく見るあの方法(それは、そこそこ有効の様にも、とっくに実効性を失ったキャンプの様にも描かれますが)によって完治(実際に、神経症の治療に、内科疾患のような「完治」という概念はありませんが、俗な言い方として)して、症状が無くなってから17年が経過している、という話は何度かさせて頂きました。

 ここで、フロイド精神分析学の功罪、特に罪の部分である「フロイドのエピゴーネンであるインチキな擬似精神治療や擬似心理学の量産」について、そして「催眠療法」、並びに、クルセイダーズの名称や職務内容に関して完全な無知だったのに(自分の誕生年以前にまで遡行する)逆行催眠中に、それらのイマージュを見て、事後的に検索する事で全てが一致した。という経験を素材に、「前世というものは、どうやらある様だ」という結論に結びつける。という行為に対する、フロイディアン側からの批判(フロイド精神分析学/対話型の治療の立場と、催眠療法並びに前世の実存は、第一接触的には全否定関係を結び、第二接触的には「そうした共同幻想的な詐術が、セラピストと患者の間に、相互的に成立する」という現象を、フロイド的に分析することになります)は、文学者同士の往復書簡というよりも、遥かに安っぽいバーやネットでの議論に近くなりますし、それはそれで通俗的な面白さは保証されている(伝説の代々木忠の催眠セックスAVや、N国が著名なメンタリストと接近している事、点的な記憶と面的な記憶の違い、等々は序の口です)とはいえ、私はフロイディアンとして、それよりも遥かに書きたいことが生じているので、今回は、遅まきながらそれを書かせて頂きます。

 この往復書簡でも触れた様に、私は両親の、夫婦としての共依存によるネグレクトを受け、生みの母と育ての母がおり、特に育ての母は統合失調症に罹患していた上に片脚が不自由な身体障害者であった事から、チックになりました。チックはTic disordersですので、本来「ティック」と発音すべきものですが、外来語のカタカナ表記に関する話は兎も角、両親への攻撃性を抑圧した結果に出る、吃音や反復的な反射ですので、ビートたけし氏の全盛期のモノマネをする人々は全員、知らずティック症状を真似ている事になる訳ですが、瞬き、首の傾げ、吃音、から始まり、睡眠障害や激しい乗り物酔い、止まらない独り言等々、学童の複合的なストレス平均値が、局部的には異常値に達している現代社会に於いては、かなりカジュアルな症状も、昭和40年代の千葉県銚子市という、ある意味で牧歌的な時空間の中、育児を、身内の精神病患者に一任した、という後ろめたさも手伝ってか、まるで私が破瓜型(若年性)の統合失調症に罹患でもしたかの様な騒ぎになり、小学3年性の私を、果たして「催眠療法」によって治療すべく、遠く東京都は恵比寿駅前にある、とあるビルの3階まで送り込むべく、2人で私を帯同し、特急しおさいに乗車しました。

 つまり、私も、先生のそれから遠く40有余年前の、ヒプノセラピーの経験者なのです。この話は、私の精神分析医に、分析治療中に話したことがあるだけで、公私にわたり、ここで初めて申し上げる事ですが(現実的な理由があって秘密にしていたわけではありません)、単なるティック症状と軽いコミュニュケーション障害だった私を見て、セラピスト(白衣を着た、中年男性でした)はにっこり笑い、5分ほどのカウンセリングの後、別室に連れられて、逆行催眠を開始しました。

 私は勿論、誰もがそうするように、消極的が故に生じる強制力によって、学芸会の様に演技をしました。9歳児だった自分が1歳ずつ記憶を遡行し、やがて嬰児に至り、という演技は、演技プランも、実演の動きや声も、もうほとほと肝が冷える様な恥ずかしさで、インチキ野郎が「はい!次!もう1年!生まれる前まで行ったよ!」と、明らかに性的なエクスタシーを感じながら小さく叫んだ時には、吹き出すのを必死に我慢するのに脇腹が攣ってしまい、大変難儀しました。

 暗室での猿芝居が終わると、セラピストは私の手を取って、手に汗握りながら別室で待機している両親の元に連れてゆき、「これでしばらく様子をみてください。成孔君の問題はかなり緩んだと思います」と満面の笑みで伝え、両親は泣かんばかりに喜びましたが、私のティック症状は、帰りの山手線(当時)の切符売り場から継続的に、かつやや激しく始まり、その時の両親の、愕然でも落胆とも違う、冷ややかな表情は忘れられません。今でも、リキッドルームに出演した際など、恵比寿駅の周辺を歩き「あのビルはどこにあったんだろう?」と探したりします。

 ゲイモテに関しては、単に先生がブラックスキンで長身グッドシェイプのハンサム、かつ、ここが最大のポイントですが、清潔感があるから、に過ぎないと思います。また、「女性からモテない=ナンパされないから」という図式は、必然的に逆ナンが前提化すると思われますが、やれ肉食だ草食だと、「雑食はどうなるんだ?」という問いばかりが生じる、我が国の性モラルの欧米化という幻想については、女性から(直接的、具体的な)ナンパされた事など一度もない私の僻みも含め(苦笑)、出会い系だとか、予めプレイグラウンドがフィクスされた場でもない限り、高級ホテルのバーに日参でもしない限りないでしょう。としか申し上げる事は出来ません(勿論、海外は除きます。どの国だこの国だとは言いませんが、海外であるならば、短躯で風采の上がらぬ私でさえ、数え切れぬほど女性からナンパされています)。

 それよりも、いかなゲイモテを以って自任される先生をしても、ファミレスのトイレで、かなりストレートなナンパを受ける。という流れに、私は(しつこい様ですが、フロイディアンとして)、「当然の流れであるが、鮮烈」つまり、ヒップホップの概念としての「リアル」を感じました。

 セラピストと患者の間に、前世の実存を一瞬でも信じさせるほどの強いグルーヴが起ころうとも、笑いをこらえるのに脇腹が攣るほどの(負の方向の)強いグルーヴが起ころうとも(ここは今回、最重要な点ですが、私は、<私は恵比寿で、催眠状態に全く陥っていなかった>とは断言していません。文字数の関係もあり、詳述は避けますが、確実に私は、あるリージョンでの催眠状態にはあったと思います)、催眠状態から脱したばかりとか、麻酔が切れたばかりとか、端的に覚醒時(寝起き)といった状態が放つ、ある種の誘惑力、つまりセクシーさに関して、ひょっとすると、「あいつと今すぐセックスしたい」と思わせる人物とは、自分を催眠状態や麻酔をかけられた状態や、寝起きの状態に、平時、いつでも移行できるか、或いは、常時そういう状態のまま生活しているパーソナリティではないかと思っています。完全に催眠状態に入っている最中の人物や、麻酔が効いて昏睡している人物や、睡眠中の人物に強い性欲を抱くのは、俗語としての変態性に属するでしょう。「そういった状態から抜けたばかりで、かつ、ファミレスの様な空間にいる」事の誘惑力を図らずも示した掌編小説として、先生の前回の書簡を拝読させて頂きました。

 

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〈MULTIVERSE〉

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PROFILE

檀廬影 だん・いえかげ/平成元年、横浜生まれ。日本人と黒人のハーフ。二十歳よりDyyPRIDE名義でラップを始める。2011年、音楽レーベルSUMMITより 1st ソロアルバム「In The Dyyp Shadow」 、グループSIMI LAB 1st アルバム 「Page 1 : ANATOMY OF INSANE」、2013年、2nd ソロアルバム「Ride So Dyyp」、2014年、2nd グループアルバム「Page 2 : Mind Over Matter」をリリース。2017年にSIMI LABを脱退。現在、小説家。

菊地成孔 きくち・なるよし/1963年、千葉県銚子市生まれ。ソングライター、サクソフォン奏者、ラッパー、文筆家、音楽講師。近著に人気ラジオ番組「菊地成孔の粋な夜電波」(現在終了)のトークを纏めた『菊地成孔の粋な夜電波 シーズン1-5』『菊地成孔の粋な夜電波 シーズン6-8』(共にキノブックス)、新宿区限定リリースの掌編小説『あたしを溺れさせて、そして溺れ死ぬあたしを見ていて』(ヴァイナル文學選書)などがある。