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「明日、僕たちは世界を“出力”する」──3Dプリンターは新たな「ものづくり」を触発する|SK本舗・遅沢翔インタビュー④

いまや3Dプリンターは、メーカーのプロトタイピングやフィギュアの制作を超えてさまざまな現場に導入されつつある。プリンターが普及すればするほど、あらゆる「ものづくり」はこれから急速に変わっていくのかもしれない。3Dプリンターに精通するSK本舗代表取締役・遅沢翔に3Dプリンティングの現在を問うシリーズ、最終回はいかにこれからのものづくりが変わりうるのか遅沢が語った。

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3Dプリンターは、いまどこでどのように活用されているのだろうか。新たな「ものづくり」の波はどこから生じ、どこへ向かおうとしているのか。本シリーズでは、3Dプリンターの販売を手掛ける新進気鋭のスタートアップ・SK本舗の代表取締役、遅沢翔に3Dプリンティングの現在を尋ねていく。

ものづくりの民主化を実現するこの新たな道具が普及すれば、製造業のあり方は大きく変わることは間違いない。では、これまで製造の現場に携わってきた職人は3Dプリンターによって仕事を奪われてしまうのだろうか。人間の仕事は機械がとってかわられるという紋切り型の未来予測は、デジタルファブリケーションによって現実のものとなるのか?

「そんなはずはない」と遅沢は語る。3Dプリンターの販売を通じてさまざまな活用事例を目にしてきた彼によれば、むしろこの道具は職人の新たな可能性を切り開き、クリエイティビティを活性化するものになるだろうというのだ。果たしていま3Dプリンター導入の現場ではいったい何が起きているのだろうか。

 

 

広がりゆく3Dプリンター

HZ 3Dプリンターをめぐる状況は日々変わっていますよね。SK本舗を取り巻く状況も立ち上げから1年で大きく変わったんじゃないでしょうか。

遅沢 変わりましたね。レジンの販売から始まって3Dプリンターの販売やオリジナルレジンの制作など事業も変わりましたが、お客さんも変わったように感じます。最初は個人のお客さんがすごく多かったんですよね。8〜9割は個人だったんじゃないかな。日本の法人さんってきちんとした実績のあるプリンターやよく知られているものじゃないと導入してくれない傾向があるので、最初はほとんど法人のお客さんがいなかったんです。

ただ、半年くらい経ったところから少しずつ名前が知られてきたのか、法人や大学、デザイン系の専門学校からお見積りの連絡をいただけるようになりました。いまは毎日どこかしらからお問い合わせをいただいているので、かなり状況が変わってきたなと感じます。

HZ SK本舗が扱っているプリンターは比較的安価ですし、個人のユーザーさんが多いのも頷けます。個人で3Dプリンターを買われている方々は、どんな用途で使用されているんでしょうか?

遅沢 フィギュアの原型師さんとか、職人さんが多いですね。やはりものづくりが好きな人は多いと思います。特に去年くらいからワンフェス(ワンダーフェスティバル)のようなイベントでも3Dプリンターを使った作品の販売はどんどん増えていますね。ただ、いきなりすべてを1台の3Dプリンターでつくるというより、3Dプリンターでつくったものにさらに手を加えたり、アレンジしていく人が多いように感じてます。

HZ 3Dプリンターはあくまでも新しい「道具」のひとつという感じですね。

遅沢 すべてを3Dプリンターに頼るのはまだ難しいですからね。かといって、すべてを手でつくろうとなった場合、時間や労力の上で大変なことも事実。ぼく自身としては、3Dプリンターと手作業の融合を目指していきたいなと思っています。フィギュアの原型師さんも、未経験の人が使いはじめるというより、これまで手作業でつくっていた方が3Dプリンターに挑戦しているというケースが多いんです。

HZ なるほど。フィギアってこれまでは手作業の部分が大きかったんでしょうか。

遅沢 粘土を使って手作業で型をつくることが多かったようです。つくった型にウレタン樹脂を流し込んで大量生産していくんですが、5〜6体つくると型が傷んでしまうので、またつくりなおす必要がありました。でも、3Dプリンターならデータがあれば永遠に出力できるので、何年も前のフィギアでもすぐ型をつくりなおせる。原型師の方々にとってのメリットは大きいんじゃないかと思います。

一般には3Dプリンターによって仕事がなくなると考えられることもありますが、実際には対立しているわけではないんですよね。プリンターがあるからといってぼくがいきなりモデリングできるわけではないですし、フィギュアをつくるうえで基礎となる体のつくりや骨格に対する知識がないとソフトをつかってもなかなか上達しないわけで。これまでものづくりに携わってきた人だからこそエンパワーされる領域も非常に大きいように思います。

あるいは、これまでの手作業では不可能だったことを3Dプリンターが可能にするという部分もあります。たとえば極小サイズのフィギュアなどになると、ディテイルをいかに細かくデザインしようとしても、手だと限界がある。3Dプリンターであれば、そこをより細かく作り込むことができる。発想次第では、クリエイティビティの増進にも繋がっていくんです。

 

 

3Dプリンターは人から「仕事」を奪うのか

HZ フィギュア業界以外にもSK本舗のプリンターは広まっているんでしょうか?

遅沢 大学だと技術系の学部や研究室に導入されることが増えていますね。うちのプリンターは安価なこともあってか、1台買って1〜2カ月後にもう1台買ってくださる方も多いです。ほかには家具や建築の模型をつくるためにデザイン系の専門学校が導入してくださることも増えています。それ以外の領域で最近増えているのは、歯科医師さんでしょうか。インプラントやマウスピースをつくるうえで、3Dプリンターがどんどん使われるようになってきているんです。

HZ 歯型をとって模型をつくるときに使われるということですか?

遅沢 そうです。ひとくちに歯科模型といってもいろいろあって、これまで模型をつくる機械は1台数百万くらいする高額なものがほとんどでした。特に〈EnvisionTEC〉という有名なプリンターは400万とさらに高価。しかし去年くらいから〈Form2〉という50万円ほどのプリンターが歯科業界に参入してきていて、状況が変わりはじめました。うちのプリンターは15万円くらいなので、厳しいシェア争いのなかでがんばっています。

HZ フィギュアをつくられる方の仕事が変わりつつあるように、これまで模型をつくっていた歯科技師の方々の仕事も変わっていきそうですね。

遅沢 変わっていくでしょうね。いまは自分でモデリングをされるお医者さんも増えているみたいです。ただ、フィギュアと同じく歯科模型についてもこれまでのノウハウをもっている方のほうが圧倒的に有利ですから、歯科技師さんの仕事がなくなってしまうというより従来の仕事のなかに3Dプリンターが入っていくようなイメージでしょうか。結局最終的なデータはお医者さんがチェックしなければいけませんし、人の仕事を楽にしていくのがデジタルファブリケーションのひとつの役割なのだと思います。

 

 

技術は「ものづくり」をエンパワメントする

HZ 3Dプリンターが単に“新しい”ものづくりの手法として紹介されることも少なくないですが、従来のものづくりを加速させる存在でもあるんだ、と。

遅沢 従来のものづくりと新しいものづくり、両者が同時に発展していくはずです。いまはまだ3Dプリンターが普及していないので、原型師や歯科技師といったプロフェッショナルの方々、あるいは大学や企業のように大きな組織での活用事例が目立っているのは事実でしょう。しかし、活用されるシーンが増えれば増えるほど一般の方々が3Dプリンターに対して抱いているイメージも変わっていくでしょうし、より多くの人々が3Dプリンターで何かをつくってみやすくなる、つくってみたくなるようになるんじゃないかなと。

だからこそぼくらもいまの価格帯で今後もプロモーションをつづけていきたいと思っています。そのほうがより多くの人々の生活を変えられるはずですから。もちろん、実用品についてばかりではなく、たとえばアートやファッションなど、カルチャーシーンにおいても、3Dプリンターにエンパワーされる機会は増えていくと思います。

HZ 面白いですね。3Dプリンターと制作の現場が一体どんなコラボの可能性を秘めているのか。たとえば今後『HAGAZINE』で、遅沢さんとさまざまなアーティストとともに3Dプリンターをつかったプロトタイピングを行なってみる、というのはどうでしょう?

遅沢 いいですね(笑)。実践例を見せていくことで、これまで3Dプリンターをつかったことがなかったアーティストの方々が新しい制作のヒントを掴むきっかけになるかもしれない。現状では使用をためらってる人たちがもっと気軽にプロトタイピングを行なえるようなものになるといいですしね。試しにつかってみることでデジタルファブリケーションに関する理解も深まりますし、3Dプリンターだからこそつくってみたいものも新しく出てくるんじゃないでしょうか。ぼくは技術とは単に人によって使われるものではないと思うんです。技術自身が意志を持って人に働きかけていくようなところがある。ぼく自身、3Dプリンターに触発されて、今こうしているわけですから。

既存のものづくりを豊かにしたり、つくりたいと思っていたものを形にする、というのはあくまでも第一段階に過ぎないんです。3Dプリンターが普及することで、現状で“クリエイター”と呼ばれるような人々でなくても自然にものづくりに携わるようになっていくはずであり、そこでは今まで想像もつかなかったような新たなものが生み出されることになるはずです。だからこそ、ぼくは企業やクリエイターだけでなく一般の家庭にも3Dプリンターが普及する未来を夢想していて、それをどうにか実現させたいと思っているんです。

 

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「デジタルファブリケーション」や「3Dプリンター」といった言葉だけがひとり歩きし、それが実際に何を可能にし、どんな可能性を秘めているのかはその実、曖昧なままである。本シリーズは、急成長するデジタルファブリケーションの世界に身を投じた遅沢のインタビューを通じて、3Dプリンティングの現在に迫ってきた。

遅沢のインタビューを振り返ればわかるとおり、まだまだ3Dプリンターは普及しているとは言いがたい。それが一般家庭まで浸透しボタンひとつでさまざまなものがつくられてしまう時代が来るまで、もう少し時間も必要だろう。しかし、着実に世界は変わりつつある。遅沢率いるSK本舗は、間違いなくその変化を加速させるだろう。

その先にある世界には、どんな景色が広がっているのか。その世界ではわたしたちは何を「消費」し、何を「生産」しているのか。その答えが知りたければ、3Dプリンターの深遠なる世界に身を投じるしかない。新たな世界は、あなたに「出力」されることを待っているのだから。

 

(文・もてスリム/写真・東山純一)

(取材協力:SK本舗 https://3dprinteronline.shop/

 

特報:「沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー 歴史と今」展が、10月に那覇の沖縄県立博物館・美術館で開催。現在、クラウドファンディング募集中。

 

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