logoimage

ケロッピー前田 『クレイジーカルチャー最前線』 #03 人体冷凍保存、不老不死、人間のサイボーグ化「トランスヒューマニズム」は敵か、味方か?

驚異のカウンターカルチャー=身体改造の最前線を追い続ける男・ケロッピー前田が案内する未来ヴィジョン。現実を凝視し、その向こう側まで覗き込め。未来はあなたの心の中にある。

トランスヒューマニズムと陰謀論

 ぼくの左手の親指付け根部分には、マイクロチップが埋め込まれている。

 マイクロチップの埋め込みを人間で最初に試みたのは、1998年。イギリスのレディング大学のケヴィン・ウォリック教授だった。彼は、動物に埋め込まれている個体認証用のRFIDマイクロチップと同様のものを自分自身に埋め込んだ。そのチップを用いて、彼は研究施設のドアロックの開閉などのデモンストレーションを行い、大いに話題となった。

 しかし、マイクロチップの埋め込みが本当の意味で普及し始めるのは、ここ数年、個人で容易にデータの書き換えが可能なNFCマイクロチップが登場してからだ。従来のRFIDマイクロチップは個人認証には有効だが、データの書き換えができないため、それ以外の使い方の可能性はなかなか広がらなかったのである。

 だが、NFCマイクロチップの登場によって、マイクロチップ内のデータ書き換えが容易に行えるようになったことから、名刺代わりに個人情報を入れておくばかりでなく、現在ではQRコードなどを入れてキャッシュレスで買い物ができたり、国によっては電車に乗れたりするようなところもある。

 日本でどれほどの人がマイクロチップを埋め込んでいるのかはわからないが、ぼくが想像するに、100人以上1000人以下くらいだろうか。一方、世界的には実践者の数は急速に増え続けており、海外ニュースではその数は10万人以上とも言われ、その数はさらに増大の一途を辿っている。

 また、顔や指紋による個人認証が技術的に安全性が100%にならないのに対し、マイクロチップは物理的に身体に埋め込まれているがゆえに個人認証については安全性が100%と言われている。そういう意味でもスマホに続く、次なるIT革命のキーとなると大いに期待されているのである。

 とはいえ、マイクロチップの話題が出るたびに取りざたされるのは、そうした具体的な実用性の面ばかりではない。マイクロチップが国家や企業による洗脳や監視に使われるのではないか、そうした陰謀論もまた根強くあるのだ。

 Mr.都市伝説こと関暁夫氏も、自らチップを埋め込んでいるにも関わらず、陰謀論的な見解を煽っている。ここに関して、頻繁に登場するのが「トランスヒューマニズム」といわれる未来思想だ。

 実際、マイクロチップを率先して実践する若い世代にもこのトランスヒューマニズムの信奉者は多い。陰謀論的にいうと、トランスヒューマニズムの信奉者たちこそが世界征服を企む陰謀者であるということになってしまうのだが、これは一体どういうことなのだろうか。

ティモシー・リアリーによって支援された「クライオニクス」

 そこで今回は、ダブリンを拠点とするジャーナリスト、マーク・オコネルが著した『トランスヒューマニズム』を紹介したい。原題は『To Be a Machine : Adventures Among Cyborgs, Utopians, Hackers, and Futurists Solving the Modest Problem of Death(機械になるために:サイボーグ、ユートピア主義者、ハッカー、未来主義者から、死の克服まで)』である。

 

『トランスヒューマニズム』(著)マーク・オコネル

 

 「トランスヒューマニズム」について、この本は「最新テクノロジーを用いて、人間の認知能力や身体能力などの強化・拡張を行い、人類の進化を目指そうとするラディカルな思想・運動」と説明している。分かりやすい説明だとは思うが、個人的に付け加えるなら、「人間の身体は自分のものであり、個人は自分の身体を自由に改変してもいいという考え方」であるとも言っておきたい。なぜなら、バイオテクノロジーを用いた自らの改変や生きたままの人体の冷凍保存など、個人が自らの身体をどのように取り扱うかは本人が決めていいという主張にこそ、「トランスヒューニズム」が持つカウンター性があるからだ。もちろん、それゆえに、マッドサイエンスな怪しいカルトと思われてしまう部分もあるのだが。

 前回紹介した『バイオハッキング』と同様、『トランスヒューマニズム』でも、ぼく自身が現場を取材しているピッツバーグのグラインダー(身体に電子機器を埋め込むボディハッキングの実践者たちは自らをそう名乗る)、ティム・キャノンらが登場し、手の甲などに埋め込むLED内蔵の電子機器、お馴染みの「ノーススター」の開発現場などが描かれている。

 しかし、この本で特に興味深いのは人体の冷凍保存についての記述だろう。ここで紹介されているアルコー延命財団(生命延長財団)については、ぼくもまた97年にアメリカのアリゾナにその現場を訪ねている。拙著『クレイジートリップ』(三才ブックス)で写真付きで解説しているので、合わせて読んでもらえると嬉しい。

 

『クレイジートリップ』(著)ケロッピー前田

 

 オコネルがアルコー延命財団を訪ねたときには、117人分の遺体が「デュワー瓶」と呼ばれる巨大な冷凍タンクに安置されていたようだ。全身そのまま保管されているものもあるが、多くは頭部だけ。脳さえ保管しておけば、未来のテクノロジーで蘇生できるというわけだ。そのタンクひとつで全身なら4体、頭部だけなら45個入る。内部は液体窒素で満たされていて、大きな魔法瓶のようになっている。

 

アルコー延命財団のビュワー瓶

 

 そんなに大量の遺体が安置されていると聞くと、ちょっとビクビクしてしまう人もいるかもしれないが、実際に足を運べば科学研究施設然とした雰囲気に、そんな余計な恐怖心は吹き飛ばされてしまうだろう。

 

アルコー延命財団の研究所内

 

 オコネルは、アルコー財団の代表を務めるマックス・モアに取材しているが、ここでのポイントは、モアがのちに妻となるナターシャと知り合ったのは、1960年代にLSD導師と呼ばれたティモシー・リアリーのパーティだったことである。そのパーティは1990年代に行われたもので、96年にリアリーが亡くなるギリギリまで、その遺体は冷凍保存される予定であった。最終的にリアリーは、自分の遺灰を大砲で宇宙空間に射出することを選択したが、リアリーが長年に渡り、アルコー財団を支持し続けたお陰で、「クライオニクス(人体の冷凍保存)」のムーブメントは、カウンターカルチャーから派生した民間科学研究機関の先駆けとなってきたのである。

 

ティモシー・リアリーが表紙のクライオニクス機関紙

 

 しかし、ともすると頭部しか冷凍保存していない人体を将来どのように蘇生させるというのだろうか。その問題に直面したときに登場するのが「全脳エミュレーション」や「マインド・アップローディング」と呼ばれる技術である。いかにもトランスヒューマニズムのイメージにぴったりのSFめいた技術だが、2045年に人工知能が人類を追い越すというレイ・カーツワイルの未来予想が世間的にも知れ渡ったいま、カーツワイルが夢みる不老不死の技術が全脳ダウンロードで実現するという考え方も、あながち否定できなくなってきている。

 

 

 オコネルが、その専門家として接触したのが、ランダル・クーネだった。クーネはアメリカ西海岸のベイエリアを拠点とする研究者だが、その研究の出資者はロシア人の資産家ドミトリー・イツコフである。イツコフといえば、「2045年構想(イニシアティブ)」という団体をぶち上げ、レイ・カーツワイルらを主要メンバーとして、2014年にはニューヨークで国際会議まで開催した人物だ。

 さらにクーネの共同研究者の一人として取り上げられているトッド・ハフマンは、全脳エミュレーションについての第一線の研究者であるが、同時に左手の薬指にマグネットを埋め込んでいる。そればかりか、このハフマンこそ、アリゾナの身体改造アーティスト、スティーブ・ヘイワースのもとで、04年に人類最初の指先へのマグネット埋め込みを試みた人物であった。

 つまり、人体の冷凍保存から連なる蘇生法や不老不死の研究は、トランスヒューマニズムという考え方のもと、ボディハッキングや人間のサイボーグ化とも地続きであるということだ。ここではこのことを覚えておいて欲しい。

 

 

 

DARPAとゾルタクスゼイアン

 さて、トランスヒューマニズムの思想的な側面に注目するならば、この本の冒頭に登場する未来学者アンダースン・サンドバーグと、終盤のクライマックスを大いに盛り上げるトランスヒューマニズム党党首にして、2016年のアメリカ大統領選に出馬したゾルタン・イシュトヴァンが重要だろう。

 

 

 特に、ゾルタンの大統領選出馬は、全米でトランスヒューマニズムという言葉を広く認知させるきっかけとなった。ゾルタンという彼の名前も、アップル社の人工知能音声アプリSIriの陰謀論で登場する謎の言葉「ゾルタクスゼイアン」を連想させる不思議な響きを持っている。

 さらにこの本を読む中で注意して欲しいのが、所々に登場するDARPA(アメリカ軍事研究機関)の存在である。たとえば、ボディハッキングの実践者たちに関するところで、グラインダー・ムーブメントの中心人物ティム・キャノンやその相棒ショーン・サーヴァーはともにアメリカ軍の兵役を経験しており、キャノンはプログラム技術、サーヴァーは電子工作技術を軍隊で身につけたことに言及している。それに続けて、オコネルは、人間のサイボーグ化について、「グラインダーの人々が求めていることはDARPAと同じ」とあっさりと言いきっている。

 つまり、ボディハッキング同様、トランスヒューマニズムという領域でも、DARPAとグラインダー、国家&政府と個人または民間チーム、国家規模の軍事研究と自主独立のローテク機器と人体実験がせめぎ合っているのだ。

 そして、キャノンとサーヴァーが兵役を経験しているから尚更、最新の情報やテクノロジーにおける両者のせめぎ合いは白熱しているように思う。

 2045年にシンギュラリティが到来するとき、ぼくらは人工知能が人類を追い越す瞬間を目撃することができるのだろうか。あるいは、まったく知らぬ前に追い越され、見えない知能がネットやスマホを通じて、ぼくらを操ってくるのだろうか。

 そのような目に見えない人工知能の侵食こそ、陰謀論を内包する時代の変化であろう。トランスヒューマニズム、そして、それと地続きにあるボディハッキングとは本来、そうした陰謀に対抗するためのムーブメントだったのではなかったか。サイバーパンクな世界が現実となりつつある今だからこそ、いたずらな恐怖に惑わされるのではなく、しっかりと目を見開いて、来るべき現実と向き合って欲しいと思う。

 

『クレイジーカルチャー紀行』
(著・ケロッピー前田/角川書店)

 

〈MULTIVERSE〉

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

「REVOLUCION OF DANCE」DJ MARBOインタビュー| Spectator 2001 winter issue

「僕たちは多文化主義から多自然主義へと向かわなければならない」奥野克巳に訊く“人類学の静かなる革命”

「私の子だからって私だけが面倒を見る必要ないよね?」 エチオピアの農村を支える基盤的コミュニズムと自治の精神|松村圭一郎インタビュー

「子どもではなく類縁関係をつくろう」サイボーグ、伴侶種、堆肥体、クトゥルー新世|ダナ・ハラウェイが次なる千年紀に向けて語る

PROFILE

ケロッピー前田 1965年、東京都生まれ。千葉大学工学部卒、白夜書房(のちにコアマガジン)を経てフリーに。世界のカウンターカルチャーを現場レポート、若者向けカルチャー誌『BURST』(白夜書房/コアマガジン)などで活躍し、海外の身体改造の最前線を日本に紹介してきた。その活動はTBS人気番組「クレイジージャーニー」で取り上げられ話題となる。著書に『CRAZY TRIP 今を生き抜くための”最果て”世界の旅』(三才ブックス)や、本名の前田亮一名義による『今を生き抜くための70年代オカルト』(光文社新書)など。新著の自叙伝的世界紀行『クレイジーカルチャー紀行』(KADOKAWA)が2019年2月22日発売! https://amzn.to/2t1lpxU