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芳賀英紀 『対談|百年の分岐点』 #04 白金高輪の小さなカフェのキレやすいマスターが語る「一流の条件」GUEST:柊豊(cafeBelleEquipe店主)後編

芳賀書店三代目がいまもっとも会いたい人に話を聞きにいく対談シリーズ。前回に引き続き、ゲストは白金高輪の小さなカフェ「Belle Equipe」のマスター柊豊。コーヒー業界をよりよくしていくためにいま必要なこととは?

白金高輪の小さなカフェのキレやすいマスターが語る「一流の条件」前編を読む

危険なのは「過去は良かったね」って言っちゃうこと

芳賀 ところで、そもそも柊さんはどうしてコーヒーの世界に入ったんですか? コーヒーがそれほど好きじゃないのに(笑)

 僕がこの業界に入ったのは24歳の時だったんですけど、それまでは全く関係のない仕事を転々としてて、そろそろちゃんとしなきゃなと思って、以前に憧れていた喫茶店のマスターを目指してみようと思ったんです。ぶっちゃけて言えば、マスターになってカウンターに立てば女の子にモテるかな、という思いもあって(笑) だから、動機は不純なんですよ。

芳賀 シンパシーを感じます。僕も芳賀書店を受け継ぐ前は歌うたいをやってたんですけど、僕が歌を始めた理由もまったく一緒(笑) 歌手はモテるし、売れれば儲かるし、いいじゃん、みたいな。ただ、やっているうちに、いつの間にか、モテたいという意識は後ろに下がっていくというか、それよりも目の前のものをブラッシュアップしたいという気持ちが強くなっていくんですけど。

 まあ男の基本ですからね、モテたいというのは。僕もそれでアルバイトから始めたわけですけど、運よくいい師匠に恵まれた。オープンカウンターの店でね、すぐにコーヒーを淹れさせてもらえるようになって。そこで修行させてもらいました。

その点、最近の人は修行しませんよね。コーヒーが好きで、教室に通って、脱サラして、お店出して、みたいな形が多い。たしかに技術的にはそれでもいいかもしれない。ただ、僕はやっぱり修行はしたほうがいいと思うんです。それは、精神的な部分においても。

芳賀 精神的な部分というと?

 たとえば、新人の頃はマスターとかに目の前でコーヒーを捨てられるわけですよ、自分が淹れたコーヒーをね。それってやっぱりショックなんです。何がショックかっていうと、その素材を自分の至らなさによってロスしてしまったってことが。農家の人が生産して、ロースターが一生懸命に焙煎してくれた豆を、自分のせいでまた無駄にしてしまった。これはとても心に堪えるんです。

ただ、こういうことを積み重ねることで、この世界ではつねに一杯一杯が勝負なんだ、一杯一杯で判断されるんだ、ということを僕は学んだんですよ。コーヒーを淹れるための最低限の技術は独学で学べるかもしれないけど、こうした感覚はなかなか一人では学べないと思いますから。

 

 

芳賀 なるほどね。ある意味、柊さんは今でも修行を続けてますよね。ずっと飲み歩きを続けて、新しいお店からも貪欲に学ぼうとしてる。それは本当にすごいなって思う。

 ウイスキーって80年代のものを今でも飲めるんですよ。ああ、こんなに美味しかったんだってことを今でも知ることができる。でも、コーヒーはそういうわけにいかないんです。今日のコーヒーは今日しか飲めない。僕は20年前にこの世界に入って、とにかくたくさん飲むことによって、自分の心の箱の中に色々なコーヒーの記憶を入れてきたわけですよね。これはこんな味、あれはあんな味って。そういうのをグルっと一周しておくと、また同じところまで戻ってきたときに強いんです。きちんと自分の意見が言えるようになる。

たとえばロースターにケニアが欲しいってお願いする時に、今のケニアじゃなくて、何年か前に飲んだこれこれこういうケニアが欲しいんだけどできる? っていう形で言える。もちろん、できない場合もある。生豆がないんだから。ただ、大事なのはイメージを持っているということで、イメージがあればそこに近づけるように作っていくことができるんです。

だから、飲み歩き続ける必要があるんですよ。みんながどういう豆を使って、どういう風に淹れているのかを、つねに勉強するために。それをせずに、ただ自分の所のコーヒーが最高です、と言ってみても、そこに客観性はないですから。

芳賀 記憶って大事ですよね。良いものを知っていて、それを記憶しているから、今のダメさが分かるわけだし。

 そうですよね。ただ一方で危険なのは「過去は良かったね」って言っちゃうこと。昔はおいしかったよねって。僕も言いがちではあるし、ものつくりの世界ではそれがとかく言われがちなんですけど。だって、実際に昔の方が良かったんだから、なんでも、色々なものが。

芳賀 分かります。アダルトの世界も同じです。僕もついつい口にしちゃう。昔の作品の方がエロかったよね、みたいに。

 そうそう。ただ、これはやっぱり危険なことで、昔は良かったって言うことで、じゃあ今はどうするのっていうところを忘れがちなんです。今を良くするためには、昔飲んだ美味しいコーヒーの記憶を呼び戻して、少しでもそこに近づけていく必要がある。あるいは、今は今で昔とは違うタイプの美味しいものがあるわけだから、そうしたものを吸収して、昔よりさらに美味しいものを作っていく必要がある。だけど、若いロースターはそもそも昔の味を知らないし、僕より上の世代は下の世代を見ようとしてない。だから真ん中の世代の僕らが、もう少しちゃんと記憶を繋いでいかなきゃって思うんです。

 

メディアこそ客観的に見てくれないと困る

芳賀 僕は柊さんより少し若いけど、世代的にはちょうど上と下の間にいるなっていう気持ちはやっぱりあって、だからすごくよく分かりますね。世代をブリッジしていく必要をすごく感じる。たとえば、こういうメディアを始めたのも、その一つだったりするし。

 メディアは重要ですよね、今の世の中、食べログにしても雑誌にしても、有名な人が「いい」って言ってたり、星がたくさんついてたりすると、そこにお客さんが集まるでしょう。これは大きな問題だと思う。メディアもこの業界をすごく悪くしてる。

コンビニ売りのタウン誌なんていうのはいい例で、本当、決まったお店にばかり行くじゃないですか。コーヒーの特集を組むにしても、飲みに行く前に何軒かチョイスして、連絡してみて取材OKだったらじゃあ行きます、みたいな。予算や時間の問題もあるんでしょうけど。

でも、そういう影響力のある雑誌こそ、何十軒、何百軒まわって、そこから会議して、取材先を決めるべきで、そこまでして初めてメディアとして機能するわけですよね。読み手にとっても、ここのメディアはちゃんと分かってるなってなる。そう感じさせなきゃいけないはずなのに、残念ながらそうなってない。適当に探して適当に取材してるのがバレバレ。だって、そうじゃなきゃこんな店を紹介しないよってお店がたくさん紹介されてますから。同業者が見ればすぐに分かるんです。

本来、メディアこそ客観的に見てくれないと困るんです。そうじゃないと成長が生まれない。メディアを鵜呑みにして、「これがいいんだ」と思っちゃった人が似たようなお店を作っていく。彼らからしたらそれが良いか悪いかが分からないんだから。それを「悪い」ときちんと言えないのは、やっぱりダメだと思いますね。

芳賀 すごく耳が痛い(笑) でも、だからこそ、このHAGAZINEではきちんと基準を持って、それを読者に押し付けようということを強く意識してるんです。たとえば、今回のベルエキップ取材にしても、僕はここがおいしいと思う、ということをきちんと打ち出したい。世の中で評判だよとか、おいしいって言われてるよとかじゃなく、僕が僕自身のお金でコーヒーを飲んできた中で、このベルエのコーヒーが最高だよっていうね。その時の軸は食べログとはまったく違うものですから。

 

 

 食べログだとうちは叩かれてますから(笑)

芳賀 面白いよね。味はいいけど、店主の気性が荒い、みたいな。

 最低だ、二度と来ない、とかね(笑) でも匿名で書くくらいなら目の前で言えばいいのにと思うけど。まあ、不快に思わせてしまったなら、僕もきちんと反省しますよ。言ってくれれば謝ったかもしれない。ただ、もしかしたら僕が不快にさせるような態度を取った原因はあなたにもあんじゃないのかって話でもあるわけです。実際、扉を開けて入ってきた瞬間に分かりますからね。こいつは無理だな、と。中には話してみると意外と面白いやつだったって場合もあるんだけど。

芳賀 僕なんかそっちじゃない?

 ああ、またやべえ奴が入ってきたなって思いましたよ(笑)

芳賀 (笑)

 話してみたら「意外と真面目だな」って思いましたけどね。僕は店と客は対等であるべきだと思ってますから。日本はいまだにお客様お客様っていう精神が強いけど。

芳賀 いびつなユーザー至上主義ですよね。

 その是非は別としても、うちの店ではそれは通用しません。有名無名、老若男女関わらず、うちでは対等に扱います。

芳賀 柊さん、本当にお客さんと喧嘩しますもんね。ベルエキップでお客さんとして認められるための流儀、そこについて聞く前に、追加注文で浅煎りコーヒーをひとつ。あとポークサンドもお願いします(笑)

 

いいものを知ることが幸福とは限らない

芳賀 この酸味が、たまらないよね。

 

ベルエキップの「浅煎り」

 

 今の浅煎りってただ酸っぱいだけのものが多いんですよ。でも、これは酸っぱくない。酸っぱいのと良質な酸味ってまったく違うんです。さっき言ったような、きちんとローストされてない豆を使うと酸っぱくなる。ただ、きちんとローストされた豆を使うと綺麗な酸味になるんです。

芳賀 まったく違いますよね。僕はベルエでコーヒーを飲む前まで、いわゆるコーヒーの酸味は「酸っぱい」ことだと思ってましたから。

 以前、フードライターのお客さんがいて、その人はコーヒーが苦手だったんですよ。飲むと胸焼けしちゃうとかで。でもうちのコーヒーは飲めた。ようするに生焼けの豆で作ったコーヒーをそれまで飲まされていたんです。酸っぱいっていうのもそういうことで、それは豚肉の生焼けを食わされてるようなもの。胸焼けして当たり前なんです。

そのライターさんはうちのことを記事にしてくれて、それから1年後くらいにまた来てくれたんだけど、「他のところのコーヒーが前よりも飲めなくなった」って文句を言われました。僕としてはうれしい悲鳴です。これはコーヒーに限りませんが、ある意味では、いいものを知ることが幸福とは限らないのかもしれない。特にいいものが少ない世の中では。

芳賀 世界がつまらなくなっちゃうんだよね。気持ち分かるな。いいものと出会うと、自分の中のその後の評価基準が上がっちゃいますから。このサンドイッチも本当にうまい。他の喫茶店のフードじゃ正直もう物足りない。最初にも言ったけど、フードで感動させてくれる喫茶店ってそうそうないですから。

 

自家製ローストポークのホットサンド

 

 口に入れるものって全てバランスなんです。サンドイッチもそう。具材とパンのバランスをどう調整するか。僕は普段からパンを自分で切るんですが、それは7枚切りの食パンがあまり売られてないからなんです。6枚だと厚すぎる、8枚だと薄すぎる。だから自分で切るしかない。食感のバランス的には7枚切りがジャストなんですよね。いかに喫茶店の主役がコーヒーだとしても、メニューに書く以上、それは美味しいものでなくてはいけません。とりあえず出しとこうみたいなメニューはうちにはないですよ。

芳賀 実際、ベルエキップのバリエーションコーヒーはどれも本当に美味しいよね。

 ストレートとかブレンドに関してはうちより美味しいコーヒー屋さんってあると思うんですよ。ただ、うちより美味しいバリエーションコーヒーが飲めるお店はそうないと思ってます。特にうちのアイリッシュコーヒーはダントツに美味しいですよ。人を不幸にする味です(笑)

芳賀 アイリッシュも頼もうっと(笑) ところで、さっきの話に戻るけど、お客と対等でいるって、実はすごく難しいことですよね。対等でいるためには自分を相当磨いてないといけない。

 そうですね。あなたがお金を出す代わりに、僕はあなたに最高のものを提供している、そう自信を持って言えなきゃ対等にはなれないです。そのために見えないところで努力を重ねるわけですよ。運良く僕は人に恵まれていて、僕のだすコーヒーに感動してくれるお客さんというのは、それなりにどの世界でも頑張ってこられている人が多いんですね。カウンターマンとして、そういう人たちからのお話を聞けるということはとても幸せなことだし、そういう人たちに支えてもらえてるっていうのは本当にありがたい。僕のやってきたことは間違ってなかったんだなって思えます。

芳賀 それはね、客である側も一緒なんです。ここの常連さんってみんな本物だと思うんです。だから、来るたびに、自分と向き合える。自分が間違った方向に行ってないか、つまらない人間になってないか、ベルエキップに来て、常連さんや柊さんとお話をすることで、確認できるんです。そんなお店、なかなかないですよ。

 そう言ってもらえて幸いですよ。ベルエキップって店の名前は、昔あった『王様のレストラン』っていうドラマから取ったもので「良き友」という意味なんです。だから、みなさんにはなるべく自分の家のように入ってきてほしいし、入ってきた時よりも帰っていく時の方が少しだけ幸せな気持ちになっていてほしいと思ってますから。

芳賀 居心地いいからね。ついついいすぎちゃう。

 そう、あなたたちは長いの。もう帰ってよって思うから(笑) あなたたちコーヒー1杯で何時間いるのよって。

芳賀 マスターの愛想は悪いんだけどね(笑)

 前もね、当たり前のようにコンセントでスマホの充電を始める客がいてね、「なにやってんの? それ犯罪だぞ、調子乗んなよ」って言ったら、常連さんに「マスター言いすぎだから」って叱られて(笑)

芳賀 調子乗んなよ、なんて客に言うマスターなんてなかなかいないですから。ここの常連って面白くて、マスターをキレさせるような客がいないか、客同士で監視しあってるんだよね(笑) この場、この空間の秩序を守る自警団みたいに。でも、マスターはお客さんに普通にキレもするんだけど、それは裏を返せば、ちゃんとこっちに踏み込んできてくれている、ということでもあるんですよね。

 お節介は嫌われるっていうのは分かってるんですけどね。ついついお節介がすぎちゃう。でも、僕は嫌われたとしてもお節介は大事だと思ってるんです。

芳賀 お節介を焼くというのは、人間関係の基本ですよね。ベルエキップではお客さんは「客」という記号ではなく、あくまでも「人」であって、だからこそ、怒られることもあれば、キレられることもある(笑) あとすごいなって思うのは、「コーヒーを教えてくれ」みたいな人に、柊さんは面倒臭がらず、きちんと教えてあげていること。ここはコーヒー教室じゃないのに。

 この前もコーヒーについて知りたいっていう若い子が来たので、以来、来るたびに教えてあげています。休みの日に一緒にコーヒー店巡りもしました。正直、教えるのは面倒だし、放っておくこともできるんです。でも、放っておくと間違った知識を身につけかねない。それは積もり積もったときに業界全体のマイナスになると思うんです。

実際、その子も話してみると思い込みがすごい多かった。知識は多いんです。コーヒーの情報はそれなりに集めてる。でも、自分でちゃんと試していない。情報を集めただけでは本当の意味で知ったことにはならないんですよ。

たとえば、「大手メーカーのコーヒーってどう思う?」 って聞くと、ああいうのは美味しくないですよねって即答するんです。たしかに、大手の市販されているコーヒーは美味しいとは言えない。でも、だから「大手なんて大したことないよ」って斜に構えていいかと言ったら、そんなことはないんです。

僕は以前、keycoffeeの直営店に行ったことがあるんですが、案の定、そこで出されていた普通のブレンドコーヒーは美味しくありませんでした。でも、それとは別にその直営店ではオリジナルブレンドというのも出していて、それは別注で焙煎した豆を使っているとのことで、気になって頼んでみたんです。そしたら、桁違いに美味しいんですよ。あの時、「大手ってすげえんだな」って思い知りました。恐ろしいなって。こいつら普段は全然本気出してないんだなって。

これも試してみなければ分からなかったことですよね。なんでもそうで、表面だけで判断しちゃダメなんです。だから、若い子には「とにかく飲め、飲んで回って勉強しろ」といつも伝えてますね。

芳賀 僕にも色々と教えてくれましたよね。こんな怪しい客なのに(笑)

 優しいねって言われることもあるけど、優しいとは思ってないんです。僕は諸先輩方から受け取ったものを、また次の世代に引き継いでいるだけなんですよ。若い子はダメだって腐すのはものすごく簡単だけど、もし若い子が本当にダメなんだとしたら、若い子がそうなってしまった環境を作ったのは僕たち上の世代ってことでしょう。その償いをする必要がある。償いというのは大袈裟かもしれないけど、少なくとも僕らの世代が教えられることをもっと教えていかなきゃいけないと思う。若い子にはウザがられるかもしれない。でも、だからと言って教えるべきことを教えなかったら、それこそ罪だと思うんです。

 

アイリッシュコーヒー

 

コーヒー屋である以上にカウンターマンとして

芳賀 ジャンル関わらず教育は大事ですよね。僕も性教育の大切さをここ数年でひしひしと感じてます。ただ、現代において人にものを教えるって本当に難しい。柊さんが言ったように「ウザがられる」し(笑)

 まあ、そこを怖がってたらね、何もできない。本当のこと言えば、僕だって打たれ弱いんですよ。すぐしょんぼり凹んじゃうんだから。でも、そういう弱さを認めて人は強くなれると思ってるし。それに嫌がられたとしても伝えなきゃいけないっていう義務感もあるし。

だからというわけじゃないけど、うちはお子さんもOKなんです。実際、結構いらっしゃいます。ダメにしてる店もあるけど、最低限のマナーさえ守ってくれればいい。ただ、うちはタバコもOKなので、そこをご理解いただく必要はあるんですけど。実はこの前も、オープンしたての頃、まだ0歳でお母さんに連れられて来てた子が12年ぶりに来てくれたんです。いまや中学受験を控えた12歳の少年になってて、すごい大きくなったなあって感慨深かったんですが、それからはまたちょいちょい来てくれるようにもなって、コーヒーの仕組みとかを世間話程度に教えてあげていたんです。

そしたら、たまたまなんだけど、その子が受けた中学校の入試の理科の問題に、コーヒーの問題が出たらしいんです。ネット上でもすごくいい入試問題として話題になってました。その子は結局、その中学校に受かったんですが、あとでお母さんから聞いたところによると、その子はその問題を解くときにベルエキップのことを思い出しながら解いたらしい。僕はそれを聞いてすごく嬉しかったんです。

これはただの偶然に過ぎません。別にコーヒーの問題が解けなくても、その子は受かってたでしょうから。ただ、若いうちからこういう場所の空気を吸っておくって大切なことなんだな、いざという時に、その経験が活きたりすることがあるんだなって、あらためて感じたんです。

 

ベルエのカウンターにはいつも一輪の花が添えられている

 

芳賀 いい話だなあ。でも本当にそう思う。

 去年、銀座のウエストがツイッターに「炎上覚悟で言わせていただく」として、お子さんが大きな声を出したり走り回ったりすることが周りのお客さんの迷惑になってるからくれぐれも注意して欲しい、という旨のツイートをしたんですよ。すると、大半は肯定的な反応で、大人の場所に子供を連れて行かくべきじゃない、年齢制限を設けましょうみたいな意見が飛び交ったんです。

ウエストが素晴らしかったのはその先です。そうした年齢制限を設けるべきといった反応に対してウエストは「年齢制限してはとのご意見もございましたが、就学前とおぼしきお子様がアイスクリームの器を前にきちんと足を揃え、少し緊張してお座りになっているのは微笑ましいものです。こんな素敵なお客様を締め出す事は出来ません」とツイートしたんです。

これには本当に共感しました。たしかにお子さんに騒がれたらお店としては迷惑なんです。でも、だからと言って子供を排除したくない。こういう空気に早いうちから触れることで子供の感性が磨かれていくなら、それでいいじゃないか、と。たしかに今は他人の子供を叱るのが難しい時代ではあります。ただ、僕は他人の子供でも行儀がなっていなかったら遠慮なく叱りますから。こういう場ではどう振る舞うべきかということを含めて、うちで学んでくれたなら嬉しいじゃないですか。

芳賀 柊さんの話を聞いてると喫茶店ってすごい場所だなってあらためて思います。ベルエキップもそうだし、ウエストもそうだし、あるいは新宿のベルグなんかもそうだけど、レストランやバーともまた違う意味で街との関係が深い。その街に生きる人々の交差点であって、とはいえ、素通りするだけの場所でもなく、その場所自体が一つの意識を持っているというか。

いまだに忘れられないんだけど、以前に一度、僕と柊さんと他の常連さんもいる時に、みんなで他人事で泣きあったじゃないですか。あれ以来、ずっと僕の頭には常にベルエキップがあって、自分自身の軸とは違うもう一つの軸になっているんです。ベルエキップのみんなだったらこれについてどう言うかな? とか何かにつけて想像しちゃう。つまり、僕はベルエキップのおかげで豊かになったんです。

ここってすごく寛容でありながら、一方できちんと選別もされてる。だからこそ、ここにいることが誇らしいと思える。僕にとってベルエキップというのはそういう場なんです。柊さん自身はベルエキップにどういう場であって欲しいと思ってるんですか?

 まあ……波止場ですよね。ちょっと休んでいけよって。人間、いいことばっかじゃなくて、悪いこともある。大人ならなおさら自分を偽ってでも生きていかなきゃいけない時もある。そんな日々の息抜きのためにうちがあると思ってます。そこにも書いてあるように「One for the Road」、うちが出してるのは帰り道の一杯なんです。今日一日の嫌なこと、くそったれなことを抱えてここに来て、美味しいコーヒーを一杯飲んでもらって、また明日から頑張ってくれよってね。まあ、とはいえ、僕はダメな人間だから、そんなことを言いつつも不快にさせちゃうことが多いんだけど。一昨日もまた大学生の男の子を泣かしちゃったし(笑)

芳賀 泣かさないの(笑)

 気をつけます(笑) 多分、カウンター業の人たちはみんなそうだと思うんですけど、日々が出会いと別れの繰り返しなんですよ。別れの理由はいろいろで、僕のことが嫌いになって来なくなったり、引越して来れなくなっちゃったり、あるいは死んじゃったり。僕も歳を取ったのかもしれないけど、ひとつひとつの出会いと別れが少しずつ寂しくなってきたな。だから、もう「なめてんのか」とかは言わないようにしないといけない(笑)

芳賀 それはそれで寂しいけど(笑) なんだかんだ、ここの中心は間違いなく柊さんで、柊さんをキレさせないってことがお客さんの大きな楽しみの一つなんだから。

 もうね、僕を介さずにお客さん同士で勝手に話してくれた方が楽なの。そしたら僕は何にもしなくていいんだもん。だって、いつもくる常連さんとなんてもう話すことなんか何もないんだから。いつも早く他のお客さん来てくれねえかなって思ってますよ。で、誰か来たら、「頼む、こいつと話しててくれ」って。僕は少し寝てるからってね。

芳賀 実際に寝るからね、柊さん。なんでそんなに不用心なのって思う。ここレジスターもないのに。

 うちは引き出し会計ですからね。パッてお金盗まれたらどうすんのよって言われますよ。まあ、でもそれだって仕方ないじゃん。そいつは金がなかったんだから。うちからしたら損だし困るけど、でもしょうがないよ。それでそいつが助かるなら、そんなに悪い気はしないかな。

芳賀 とことん人が好きなんだよなぁ。

 僕はコーヒー屋である以上にカウンターマンですからね(笑)

 

 


Belle Equipe(ベルエキップ)

ADDRESS:東京都港区白金1-14-4-1F

TEL:03-6659-7422

営業時間:12:00〜23:30(土日、祝日は13:00にOPEN、日曜、祝日は21:00にCLOSE)

定休日:第一、第三日曜日

喫煙可(土日祝日は終日禁煙)


 

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PROFILE

芳賀英紀 はが・ひでのり/1981年生まれ、東京都出身。神保町の老舗書店「芳賀書店」の三代目として21歳の時に社長に就任。エロスの求道者としてSEXアドバイザー、SEXコンシェルジュとしての活動も行う。