logoimage
HAGAZINE

吉山森花 『だけど私はカフカのような人間です』 第六回《家族について》

沖縄県恩納村に生きるアーティスト・吉山森花のフォト・エッセイ。第六回は《家族》について。「私の家族は父、母、姉、兄、私、弟の六人家族だ」。

負のループ

 夜中に目が覚めると、いつも父親と母親が怒鳴りあっている声が階下から聞こえてきた。私は寝相が悪いふりをしてゴロゴロと廊下まで転がっていき、その声に耳を澄ませていたのを覚えている。

 私は私の家族が巻き込まれている負のループを断ち切りたかった。とくに父親から発せられる負に巻き込まれないように、今もずっと闘っている。父親もまたこの負を、父親の家族から引き継いでしまったのだとは思う。あるいは祖父もまた、曽祖父からこの負を引き継いだのかもしれない。そんな風に遡っていくと目眩がしそうになるが、それでも私はどうにかしてこの負から家族を引き離したいと思っている。

 私の家族は父、母、姉、兄、私、弟の六人家族だ。なぜか私にはもう一人家族がいたような気がしていて、今書きながらも書き忘れてる人がいるような気がしてならないのだが、たしかに間違いなく六人家族だ。

 私が幼稚園の頃に父が父の叔父にあたる人の借金の保証人になり、その叔父が夜逃げして父に大きな負債がのしかかった。母親にすら正確な借金の額を父は伝えていないようだが、私が知っている限りでは約六千万円の借金をしたのだそうだ。この借金がきっかけで私達の家族は長いことお互いを憎んだり蔑んだりして、苦しむことになる。父親の姉に対するドメスティックバイオレンスが始まり、母親は二つも三つも仕事をするようになった。父もまた不在がちで、家にいる時間の方が両親ともに短かったような気がする。おそらく私の一人遊びがエスカレートしたのもこの頃だった。

 

 

 姉は母の連れ子だった。私は小学生の高学年になるまでそのことを知らなかったが、ある日、母と姉が言い争いをしている時に姉が「こいつらも本当の家族じゃないだろ!」と言ったことでその事実を知ることになる。私はハッキリとその場面も、その時の言葉も覚えている。よっぽど姉の言葉がショックだったんだと思う。

 私の家族はみな非常に不器用であるため、私は愛情表現というものを一切知らなかった。私は高校生になるまで人に対してキモイというのが褒め言葉だと思っていたほどである。毎日殴り合い罵り合いの喧嘩をしていたし、姉は父親の暴力が酷かったので顔中痣だらけで学校に行くこともあった。包丁や皿や椅子やいろんな物が宙を飛び交い、ガラスが割れたり何かが壊れると、またそれでお互い傷つけ合うということの繰り返しだった。

 私がとても怖かった記憶の一つは、父が金属の大工道具のような物で姉を殴ろうとした時のことだ。あまりに怖かったために、その後で何があったのかも覚えていないが、姉は生きているしその時に病院に入院したことはないのできっと思いとどまったのだと思う。

 毎日怯えていた記憶がある。私だけではなく家族みんなが何かに怯えていた。そのために愛し合っているにも関わらず、素直に愛情表現をすることが難しい状況だった。

 私は幸せというものはお金じゃないことを知っている。お金があっても毎日の美しさや感動に気づけないかぎり、どこか空虚で心が埋まらないままだろうと思う。お金があれば時間を買えるかもしれない、物を買えるかもしれない。でも人の心を簡単に変えてしまうお金が幸福を呼ぶとは、私にはとても思えない。

 血の繋がりも紙切れ一枚で簡単に切れてしまうものだ。父方の親戚も母方の親戚もお金のない私達家族を明らかにバカにしていることを子供ながらに感じていた。人間がこんな生き物であるということが私にはショックだった。

 私は幼い頃から自分が生きていることに罪悪感を感じていた。母親になぜ私を産んだのかと問いただしても答えが返ってくることはない。誰も何も言わなかったし教えてくれなかった。家族は私が家族のことを外部に漏らすことを非常に恐れていたため、家族については外で話してはならないということを強要された。

 いま私が正直に生きる努力をしているのもこのためである。私は自分が見てきた大人達のようになりたくない。何も知らないことが幸せだとは思わない。知ってそれを乗り越えることが幸せだと思う。たとえSNSでも自分の気持ちを正直に表現したいし、誰であっても正直に接したい。最初の頃はそれによって非難されることもあったし、バカにされていたのも分かっていたけれど、だからと言って態度を変えたくはなかった。もちろん何でもかんでも話すのは良くないが、なんでもかんでも隠すことも良くない。言わないことが美徳とされることもあるけれど、私にはそんなカッコイイことはできない。

 傷つけることも傷つくことも恐れてはいけない。その人が大切な人なら、なおさら死ぬ気で正直に接する方が良いに決まっている。

 むやみやたらに傷つけろというのではなく、良く考え、言葉を選び、相手を思い遣る気持ちを忘れずに接する。常にリスペクトを払うことができれば、傷つくことも傷つけることも減るはずだから。

 

 

ヤードゥイの記憶

 私は東京に出た時に初めて家族というモノが何かを知った。家を出るまでは家族に対する憎悪が凄まじかったが、東京に来てみると家族は戸籍だけのモノではないんだと分かった。

 それから私は家族に対して愛情表現を恥ずかしいくらいにしてみる努力をすることにした。交際してきた男性に私はとても恵まれていたので、その頃にはどんな風に愛情を表現したら良いのか学ぶことができていた。

 私が変わったことが家族を変えたのか、または皆が大人になり成長したから変化したのかは定かではない。ただ最近、少しづつ家族の中から憎しみや怒りが薄れていっているのを私は感じている。

 今でも私の家族は貧乏だ。実家はシロアリに10年以上前から食い物にされているがいまだに駆除も修理もできていない。床はあちらこちらに大きな穴が空いていて、取り付けられた棚は崩れ落ちかけている。ここ数年はシロアリの活発な時期には部屋の明かりをつけることができない。シロアリは光に反応するため、明かりをつけると家の中を大量のハネアリが嵐のように飛び交い、身の毛もよだつような光景になるからだ。

 それでも私は幸せだと思う。家族のことを話すとなると恥ずかしいこともあったりするけれど、私の家族はなんだかんだ強い絆で結ばれているのがわかる。不器用だけれど愛があるのがわかる。だから私は人の幸せは状況に縛られるものだとは思わない。人の幸せは己の内にしかない。誰かが幸せにしてくれると思っている人は己と向き合う時間が少なすぎる人なんだと思う。

 

 

 最初に書いたように、時として私は父親が生み出す負に挫けそうになる。これは遺伝子的なものなのかもしれない。私のキチガイじみた性格は父親の血を濃く受け継いでいるからだと思うこともある。この遺伝子、そして両親に教え込まれてきた先入観、否定的なモノの考え方、あるいは言葉では説明できないようなさまざまな出来事も、負のループから生まれているのだと私は感じる。

 そのループはきっと宿命的なもので、それに抗うのは簡単ではない。ただ、抗わない限り、私はただそのループに翻弄されるだけの存在になってしまう。苦しくても悲しくても立ち向かう必要が私にはあり、そんなことに負けてしまったとしたら、私は今まで私を助けてくれた人たちに顔向けできないのだ。何が何でもこの負を私は断ち切らねばならない。

 最近同じ姓を持つ遠い親戚の人に偶然会った。この人の家族と私の家族は同じ血筋なのだそうだが、同じ血筋でもこの人はルーツをしっかりと知っていて私の近い親戚達とはどこか違うなと思った。その人によれば、もともと吉山家は琉球王府の士族が首里で生活することができなくなり田舎に降りてきて作ったヤードゥイと呼ばれる集落の人たちを先祖に持つそうだ。当時のヤードゥイでは、人々は助け合って生きていたと言われているが、私の近い親戚達はプライドだけが高く、互いに助け合おうという感情をあまり持ち合わせていない気がする。自分達だけが得をすることにばかり必死なように私には見える。

 よく遺産相続で揉めて縁を切った話などを耳にするが、全員が欲深ければそうなって当然だなと思う。家族であっても欲望に打ち勝つということは非常に難しいことなのだ。幸せに気づくということは簡単ではない。

 私は家族からたくさんのことを学んできた。とくに人間の欲望や汚さや儚さについてとてもたくさん学ぶことができた。子供の頃はとても受け入れ難いモノであったけれど、今はそれがあったから現在の私がいると思えるし、私の家族がなんだかんだ助け合って生きてこれたのも、周りの人間の冷たさがあったからかもしれないと思っている。

 両親を憎んだこともあったけど、父親の知識や教養があったから、母親の優しさやピアノの音があったから、私は自分なりに良い生き方を探すことができた。家族は紙切れ一枚で変わってしまうこともあるけれど、私の家族はそんなヤワな絆ではないと、今は感じている。

 

(PHOTO BY MORIKA)

 

 

〈MULTIVERSE〉

「Floating away」精神科医・遠迫憲英と現代魔術実践家のBangi vanz Abdulのに西海岸紀行

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

「REVOLUCION OF DANCE」DJ MARBOインタビュー| Spectator 2001 winter issue

「僕たちは多文化主義から多自然主義へと向かわなければならない」奥野克巳に訊く“人類学の静かなる革命”

「私の子だからって私だけが面倒を見る必要ないよね?」 エチオピアの農村を支える基盤的コミュニズムと自治の精神|松村圭一郎インタビュー

「子どもではなく類縁関係をつくろう」サイボーグ、伴侶種、堆肥体、クトゥルー新世|ダナ・ハラウェイが次なる千年紀に向けて語る

「バッドテイスト生存戦略会議」ヌケメ×HOUXO QUE×村山悟郎

 

logoimage

PROFILE

吉山森花 よしやま・もりか/沖縄県出身、沖縄県在住。Instagram @morikarma。