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神本秀爾 『History Hunters ラスタファーライの実践』 #05 レゲエは悪魔の音楽だとエマニュエルは言った

文化人類学者・神本秀爾によるジャマイカ・レゲエの旅。ラスタファーライの歴史と実践を追う。2012年4月5日、ボボの信徒たちによってYouTubeに”REGGAY IS DEATH”と題された動画がアップされた。彼らは言う。「レゲエ/ダンスホールと外の世界のすべての音楽は悪魔崇拝的だ」。

REGGAY IS DEATH

2012年4月5日、YouTubeに”REGGAY IS DEATH”と題された動画がアップされた。動画には15人の男性と2人の女性が出てくる。興味のある人はしっかり見て欲しいのだけれど、ここではコメントと必要最低限のことを押さえた簡単な訳だけを書いておきたい。

 

 

I AND I AS BOBO SHANTI DON´T TAKE PART IN REGGAE/DANCEHALL MUSIC. OUR FATHER THE RT. HON. KING EMMANUEL CHARLES EDWARDS TEACH I AND I THAT REGGAE/DANCEHALL AND ALL OTHER KIND OF OUTA WORLD MUSIC IS SATANISM. ALL ARTISTS (EVEN THOSE WITH TURBAN ON THEIR HEAD) DON´T LIVE AFTER MELCHEZIDEK TEACHING CAUSE MELCHEZIDEK THE HIGH PRIEST KING EMMANUEL CHARLES EDWARDS SAYS NO TO REGGAE!!!!!!

 

(訳)ボボの信徒であるわれわれは、レゲエ/ダンスホールとは関わらない。われわれの父、エマニュエルはわれわれに対して、レゲエ/ダンスホールと外の世界のすべての音楽は悪魔崇拝(的)だと教えた。すべてのシンガーやディージェイたち(頭をターバンで覆っているものでさえ)はメルチェギゼクの教えに従っていない。というのも、司祭であるエマニュエルはレゲエに「NO」を突き付けたからだ。

 

レゲエ/ダンスホールという書き方がされているのは、レゲエという語に大きくふたつの意味があるからだろう。ひとつめは、1960年代後期から1980年代初期まで流行した音楽の一形式としてで、ふたつめは、80年代中期以降流行している、ダンスホールも含む、レゲエ以降のジャマイカのポピュラー音楽全般を指すものとして、である。ここでは後者の意味が適当だろう。書かれていることは、要は、ボボの信徒はレゲエは良くないものだとしたエマニュエルの言う通り、レゲエ/ダンスホールとは関わらない、いうことである。重要なのは、カッコで補足された「頭をターバンで覆っているものでさえ」という部分の持つ意味である。

レゲエやラスタに対してある程度以上の知識を持っている人は、ここで言われている「頭をターバンで覆っているもの」の候補を何人もあげることができるだろう。有名どころでは、すでに何度も触れてきたシズラやケイプルトン、アンソニー・Bをはじめ、ジュニア・リード、ジュニア・ケリー、タービュランスなどの名前がすぐに出てくる。ここでは彼らをボボ系アーティストと呼んでおきたいのだけれど、彼らは、自分たちの曲中でボボに関わる歌詞を歌うこともあるし、ステージ上で、それらしいことを言うこともある。たとえば、よく耳にする、Holy Emmanuel I , Selassie I, Jah Rastafariというのはボボの聖句である。そして、これも大事なことなのだけど、むかしの僕や、前回のエッセイで紹介した外国人信徒のように、ボボ系アーティストとの出会いをきっかけにボボを知る人はたくさんいる。

自分をボボだと称する、あるいはボボのように振舞いながら活動しているアーティストたちの言動に対して、信徒としてふさわしくない、という意見や、そもそも信徒と呼ぶに値しない、という意見などがあって、このような動画が制作されたようだ。別の回で書いたように、必ずしもオフィスの名簿に登録されているのが現役のアクティブな信徒とは限らないことから、どこからどこまでが集団を代表できる信徒なのかは明確ではない(なかに複数の意思決定の集まりもあるのだけど、ややこしいのでここでは立ち入らない)。そういうこともあって、僕は、これは集団の総意で制作されたものではないと理解している。

 

キングストンのレコーディング・スタジオの壁画

 

レゲエとナイヤビンギ

エマニュエルは、信徒がレゲエに参入することには否定的だった。しかし、実際のところ、ボボ系アーティストが注目を集める以前から、なにかしらの交流を持っていたミュージシャンは存在していたようなので、レゲエ・シーンで活躍するミュージシャンに教えを授けることは厭わなかったというのが本当のところだと思う。

それを踏まえて、少しだけ、実際の動画の中身についても説明しよう。インタビュアーの質問は非常に漠然とした「レゲエについてどう思うか」というもののため、信徒の答えにはレゲエ一般に関するコメントとボボ系アーティストに関するコメントが混在している。やはり、一番多かったのは「レゲエは悪魔の音楽である」と断罪するもので、その他には、「音楽は魂を豊かにするべきものだが、レゲエは社会を混乱させるものである」「犯罪の温床」「レゲエは死の音楽で、死んだ哲学を歌うものである」「レゲエに参入することは、ライオンの口に入っていくような危険なこと」「植民地主義の影響を受けたファッションや思想を体現している」など口々に語られている。レゲエが「悪魔の音楽」と言われる際、それと対立するものと位置づけられている「神の音楽」は、儀礼音楽のナイヤビンギである。調査でインタビューした50代の男性信徒は次のように語っていた。

 

「『ダニエル書』に書いてある悪魔の音楽とはレゲエのことだ。ステージを走り回って奇声を上げるような、あんな音楽は正しい音楽ではない。『1,2、1,2』という心臓の鼓動と同じリズムで世界と一体化させてくれるのがナイヤビンギだ」(2006年7月20日)

 

また、別の30代の男性信徒は、僕がボボを知ったきっかけがレゲエだったと言った際、次のように語っていた。

 

「レゲエを、人をラスタに目覚めさせるものと言う人もいるかもしれないが、ナイヤビンギこそが、人をラスタに目覚めさせるものなんだ。人はもともと神の方を向いている存在なのだから、シズラやケイプルトンといったディージェイの影響下でラスタに関心を持つわけではない。ディージェイをフィルターとして通すことなく、直接神と向かい合うことができるのだから、彼らの音楽との出会いには大した意味はない。まず人として生まれた瞬間からお前のなかに神は住んでいて、たまたま彼らをきっかけに反応しただけなんだ。神聖な方、エマニュエルも、レゲエは人を神へと導くものではないとおっしゃっていたんだから」(2005年10月9日)

 

彼の見解は、とても腑に落ちるものだった。要は、リスナーがアーティストに神聖性を覚えるかもしれないが、そこにとどまらず、ラスタファリの真髄に近づくべきだ、ということだ。言い換えると、音楽やアーティストに憧れ、彼らから学ぼうとするのではなく、彼らも参照している神そのものに接近しようとするべきだ、ということだろうか。ここで思い出されるのは、前回書いた、「神は人を通してのみ見ることができる」というメッセージだ。たしかにアーティストが神を体現している場面や瞬間もあるだろう。ただ、ここで前提になっているのは、神は人が体現しきれるようなものではないという、圧倒的な非対称性である。アーティストを批判する、あるいは距離を取る信徒たちは、アーティストよりもそのことに自覚的なのではないだろうか。もう少し、関連するエピソードを紹介しよう。

レゲエに対する否定的な意見は、音楽の性質の違いによるだけでなく、アーティストたちの日々のふるまいを根拠とすることも多い。ボボ系アーティストに関して最も批判されるのは、彼らが信徒として適切な方法で安息日を守らないことに対してだった。次に引用するのは、何名ものボボ系アーティストと出会ってきたという60代の男性信徒の語りである。

 

「身を清め、神を讃え、生を受けたことを感謝するのが安息日なのに、彼らはその日に歌い、酒を飲み、金を稼ぐ。安息日を聖なる状態で過ごせ、というのがエマニュエルの教えだった。彼らのなかには、修行を積み、ターバンを巻く(ことを許される)ようになると二度と戻ってこない半端者も多い」(2006年10月28日)

 

ボボでは、金曜の夕方18時からの24時間が安息日とされていて、外部からも信徒が訪れる。そのあいだは真っ白な衣装に着替え、俗事から切り離された生活を送ることが求められている。働くことは禁止され、テレビやラジオなどの娯楽も禁止される(筆者の場合はメモを取ることは仕事でもあるので禁止された)。禁止と言うとネガティブに響くが、信徒どうしで自分たちの世界を共有(分有)する大切な機会だと考えると、俗事と距離を置くことはポジティブな契機でもある。

つまり、安息日を「聖なる状態」で過ごさない人間は、信徒として別の方向を向いている、あるいはしっかりと同じ方向を向こうとしていない、ということになる。神の方を向き、背中で神のことを語ろうとするのが理想的な信徒像だとすると、アーティストたちは、神に背を向け、自分のうしろにいる人々に対して、神のことを中途半端に語っているようにとらえられているのである。内面は見えないけど、日々の言動からある程度は読み取れるというのは、どこの世界でも一般的なことだ。

ただ、いそいで付け加えると、ボボにいる人間のなかでも信仰の濃淡はあり、それはアーティストだろうと、外部にいる信徒だろうと当たり前のことだ。したがって、アーティストや外部にいる信徒のなかに、ボボにいる信徒よりも熱心な人はいる。ただ、全体の構造として、ボボが聖なる空間として中心に位置していて、アーティストの拠点(一部は自分の礼拝堂や礼拝空間を自宅やスタジオ敷地に作っていることもある)や、外部の生活空間は周辺に位置しているということはできる。

 

シズラのジャッジメント・ヤードの外壁

 

時をかけるホウキ

ここから先、次回まで続けて、この「中心と周辺」という言葉を利用して、ボボの聖性と経済について考えてみたい。安息日の説明が物語るように、ボボでは現金獲得に対して高い価値は置かれていない。もちろん、あるにこしたことはないのも事実だが、決して経済的に潤っているわけではない。儀礼を重視する生活でもあるため、労働にかけられる時間も限られているし、専門職として高給を期待できるような信徒も限られている。大学の教員や歯科技工士といった、安定的な職業に就いていた信徒もいたが、彼らはそのような俗世から離れてきたので、全体としても個人としても、経済状況は慢性的に良くない。

レゲエでボボに関してどのようなことが歌われてきたかと考えると、すぐに彼らの特徴的な出で立ちである、ローブとターバンの話が出てくる。では、経済に関してだとどうだろうか。すぐに連想されるのは、たとえばJosey WalesのBobo Dread (1983)で歌われている、ホウキの行商である。実際にホウキはボボで非常に大きな存在であり、主要な現金獲得手段のひとつになっている。

 

ホウキを販売する信徒(顔部分はモザイク)

 

しかし、なぜホウキなのだろうか。まず、技術的な点から言うと、高度な技術は必要ではないこと。コストなどの点から言うと、自然からとれるものや廃材を使うこともあるので安いこと。ボボでは街中に拠点があるときから、ホウキを経済活動のひとつとしてきていた。ジャマイカでは、掃除道具としてのホウキには、現在でもそれなりに受容がある(昔と比べると需要は減っているかもしれないが)。しかし、それだけでは、なぜホウキなのかという理由の説明としては不十分である。もっとも大切なのは、彼らが現在も離散状況にあるという宗教的信念(思想と呼んでもいい)の存在であり、ホウキを製作することは、その信念とセットになっている行為なのである。

第三回目の連載で、『出エジプト記』の世界が現在のジャマイカと呼ばれている時空と重ね合わせてボボの世界観が設計されていることを説明したのを覚えているだろうか。ここでは、ファラオに抑圧されるイスラエルの民のことが書かれている。その『出エジプト記』1:14には、「粘土こね、れんが焼き、あらゆる農作業などの重労働によって彼らの生活を脅かした。彼らが従事した労働はいずれも過酷を極めた」と書かれている。5:7-19を見ると、ワラを用いて当時のれんがは作られており、その材料もイスラエルの民は自分たちで集めるように命令されていたことが分かる(日干し煉瓦はワラの他に粘土や、場合によっては貝殻なども混ぜて作られたようだ)。

ボボでは、ワラはホウキの穂(掃く部分)と穂先に用いられる。れんがを作るためではないが、このワラを通じてボボは過去のイスラエルの民とつながる。つまり、ホウキを製作することは、自分たちも現在のイスラエルの民として、捕囚下にあるという状況を意味するものであり、同時に生計を立てるための手段にもなっているのである。このように、俗世と接触する現金獲得活動自体を、聖なる行為と位置づけたエマニュエルには、コミューンのリーダーとしての高い素質がそなわっていたということができるだろう。

次回は、ホウキについてのもう少し詳しい紹介をしていくが、ほかの現金獲得手段についても紹介をしていく。そこから、ボボと外(中心と周辺)の聖性をめぐる絶妙なパワーバランスについて考えていきたい。

 

〈MULTIVERSE〉

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

「REVOLUCION OF DANCE」DJ MARBOインタビュー| Spectator 2001 winter issue

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PROFILE

神本秀爾 かみもと・しゅうじ/1980年生まれ、久留米大学文学部准教授。専門は文化人類学。著書に『レゲエという実践—ラスタファーライの文化人類学』(京都大学学術出版会)など。