logoimage
HAGAZINE

檀廬影×菊地成孔 『エンタシス書簡』 二〇一九年六月/菊地→檀「主に幻聴と乖離、チェット・ベーカーについて」

元SIMI LABのラッパーであり小説家の檀廬影(DyyPRIDE)と、ジャズメンでありエッセイストの菊地成孔による往復書簡。

 

✴︎✴︎✴︎

 

 

 檀先生

 

 東京新宿では昼夜の寒暖差や、日によって四季がシャッフルされたかのようなヒステリー症状を見せており、逆説的に「地球というのは人間的だなあ。ちゃあんと自律神経が失調している。我々人類という黴さえ払えば、地球も少しは全身の痒みが和らぎ、微笑むだろうに」と、エコロジストに聞かれたら吊し上げを食らうような、あるいは喜ばれそうでもあるかのような(稀代の剽軽者である彼らは「地球が悲鳴を上げている」等と滑稽千万な台詞を真顔で言うので、我が国に於ける真のユーモリストであると感心しきりです)事を考え、私の幼少期である昭和四十年代前半には、この国にはどんな出来事より、どんな情緒より、どんな現実よりも先に、何よりも四季があり、今では失われてしまったしとしと雨や適度なカンカン照り、今よりも遥かに4拍子に近かった寒の戻り、等々が、木の実や魚、野良犬や雑草たちとグルーヴしていたなあ、と56歳の思考としては凡庸極まりない、幼少期への退行に淫しています。地球環境の変化とは憂慮すべき危機ではなく、ノスタルジーの健康的な発生装置であり、あるいは、数年前に、ブエノスアイレスで有史以来初めての雪が降ったと聞き及んだ時には、SF的な感慨さえ得たものです。

 そうした感慨とともに、外気の温度に合わせてこまめに着替えるということもせず、こちらは着たきりの暮らしをしておりますが、普段着が伊達男のように洒落者の先生に於かれましては、伊豆での暮らしで、さぞかしスタイリッシュにしているであろうなあと思いをはせるばかりです。きちんと服を選んで外出する、というのは、宗教上の勤めにも似た喜ばしい苦役で、私のような怠け者は、なかなか出来たものではありませんが、幻聴の主との対話が日常的な先生に於かれましては、どちらの先生がきちんと服を選び、着用しているのかが気になります。

 韻については先生の主観上の推移はよく分かりました(大坂口の肉声は、私もツブで確認しました。名文家の音声は調子っ外れなものが多いですね)。私にとって韻は、言語活動上の唯一の諧謔であり、それは多分に絵画に似ています。私がリリックをぺんてるのサインペンで白いノートに書いていること、私が左利きで、文字から文字の意義を半分失って、漫画のような絵に近いこと、ヒップホップの遥か以前から韻を踏んでいる、例えばウイリアム・シェイクスピアなどの英国語を、意味もわからず読み上げたりする趣味があるからでしょう。ザ・ビートルズでさえライミングしており、米国をもし英国人ではない民族が作ったら、ライミングは無かったと思われます。

 先生のように解離性人格障害(一般的には多重人格)もしくは統合失調(一般的には精神分裂)的な、第二の自分が話しかけてくるような状態は、西洋医学では精神病質ということになりますが、私の育ての母(存命中。産みの母は3年前に亡くなりました)は、太平洋戦争の直前から破瓜型の統合失調症で、片脚に障害がありましたので、私と手を繋いで海岸線などを散歩していると、いきなりそこにある瓜ほどの大きさの石を掴んでは私を殴り殺そうとするので、避けるのに必死で、さっきまで私の顔中を舐め回し、親犬が子犬を可愛がるようだったのに、なぜ突然。と思ったものですが、あれは恐らく幻聴を聞いていたのでしょう。彼女はめっぽう喧嘩が強く、実家の飲み屋で酔客が無礼を(特に、私に対して)行った時など、まず割り箸を折って武装し、片脚でピョンピョンと飛び跳ねながら、恐るべき速度で酔客に突進し、折った割り箸を相手の頬に突き刺したりしたものですが、ああいう時は、私を殴り殺そうとする時のような、虚空を見つめて啓示を受けた表情を浮かべなかったので、同じ殺意でも大分差があります。

 ましては自殺においておや、私の幼少期は、育ての母に殺されないようにするのに必死でしたし、多血漢の父親が包丁や下駄で客を殺さないようにするのに必死でしたし、客が客を殺さないように見張るのに必死でしたので、自殺するというのは、東京都に在住する文学者達の表現活動だとばかり思っており、もし現在、我が国が自殺大国なりせば、それは我が国が文学大国であるような気がします。確かに今や誰もが随筆家であり、文学者であるような世界で、SNSという無人の巨大な編集者は、さぞかし仕事が捗るだろうな。と、これは諧謔にしても考えがなさすぎると我ながら呆れるので、これ以上は止めておきますが。

 何れにせよ私が申し上げたいのは、幻聴を聴かなかった産みの母よりも、幻聴を聴いた育ての母の方が、人体としては遥かに元気で生命力に溢れ、病気知らずということです。私が先生に、限りないユーモアと長寿の予感を感じるのは、先生が常日頃から幻聴の話をされており、とうとう作品として発表するに至ったからですが、「全身小説家」は学生時代か紐時代、公開時に鑑賞しましたが、あれは典型的なオブセッション持ちが、自らの死期を知るという幸運に恵まれ、生命力が発狂する記録であって、この作品に感じ入るということは、先生はやはりエロティック、つまり生への欲望が強く、前述しました、おしゃれに使うエネルギーなどは、エロティシズム無しではあり得ないものでしょう。

 ご質問にある、私の死生観ですが、まだ萌芽にも至っていません。たった今も私はスタジオの中でピアノを弾いて、どのバンドのどの曲になるともつかぬその作曲が鵺のようにスタジオを満たしたり、霧散したりするのを必死に追いかけながら、取り逃がした隙を見てこの返信をしたためています。私の予感では、私の死生観はあと5年ほどでやっと触れることが出来る筈で、つまり今は、藻で緑色に染まった金魚鉢の中の金魚のように美しく見え隠れしている、確実な生き物のようであって、いつか綺麗に掃除したバスタブに、透明な水を張って、そこに移し、しばらく凝視したら、金魚すくいの道具を買って釣り上げ、昔の芸人のように、飲み込んだり吐き出したりしようと画策しております。

 伊豆のホテルレストランに来る現代の太陽族たる若者共は、ボーイの意味を、本来なら給仕と訳すべきサーヴィスと取り違えているのではないでしょうか?ダニーボーイやボーイジョージのような、原義に忠実なボーイは、50代になっても色あせない言葉です。むしろ「ジュニア」でしょうね。加齢に抗する侮蔑語は。まあ英語圏での話ですが。

 私は、先生の読者達が、先生の次の作品とともに、今の私と同じ画像、つまり先生に最も近い小説家像として、赤川次郎氏のようなユーモアと生命力が、西洋で精神病と呼ばれる状態を孕んでいるような姿に見えるようになったら良いと思っております。サンドイッチは西洋の食い物であり、私の例えは些か下手糞だったと頭を掻いております。東洋では精神病と呼ばれなず、扱われれないであろう、幻聴や人格の分裂について、先生が(再び)東洋航路を進まれる事を願っています。旅とは回を重ねるものですから。出来ればバンコクや台北でチェット・ベーカーの歌声をお聴きになられますよう。それは東京やニューヨークやロスアンゼルスとは全く違った歌詞にさえ聴こえる筈です。

 

 

✴︎✴︎✴︎

 

 

〈MULTIVERSE〉

「リアルポリアモリーとはなにか?」幌村菜生と考える“21世紀的な共同体”の可能性

「REVOLUCION OF DANCE」DJ MARBOインタビュー| Spectator 2001 winter issue

「僕たちは多文化主義から多自然主義へと向かわなければならない」奥野克巳に訊く“人類学の静かなる革命”

「私の子だからって私だけが面倒を見る必要ないよね?」 エチオピアの農村を支える基盤的コミュニズムと自治の精神|松村圭一郎インタビュー

「子どもではなく類縁関係をつくろう」サイボーグ、伴侶種、堆肥体、クトゥルー新世|ダナ・ハラウェイが次なる千年紀に向けて語る

 

logoimage

PROFILE

檀廬影 だん・いえかげ/平成元年、横浜生まれ。日本人と黒人のハーフ。二十歳よりDyyPRIDE名義でラップを始める。2011年、音楽レーベルSUMMITより 1st ソロアルバム「In The Dyyp Shadow」 、グループSIMI LAB 1st アルバム 「Page 1 : ANATOMY OF INSANE」、2013年、2nd ソロアルバム「Ride So Dyyp」、2014年、2nd グループアルバム「Page 2 : Mind Over Matter」をリリース。2017年にSIMI LABを脱退。現在、小説家。

菊地成孔 きくち・なるよし/1963年、千葉県銚子市生まれ。ソングライター、サクソフォン奏者、ラッパー、文筆家、音楽講師。近著に人気ラジオ番組「菊地成孔の粋な夜電波」(現在終了)のトークを纏めた『菊地成孔の粋な夜電波 シーズン1-5』『菊地成孔の粋な夜電波 シーズン6-8』(共にキノブックス)、新宿区限定リリースの掌編小説『あたしを溺れさせて、そして溺れ死ぬあたしを見ていて』(ヴァイナル文學選書)などがある。