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ケロッピー前田 『クレイジーカルチャー最前線』 #02 体内に電子機器を埋め込む「ボディハッキング」とは何か? テクノロジーを自らの身体に受け入れるカウンターカルチャーの担い手たち

驚異のカウンターカルチャー=身体改造の最前線を追い続ける男・ケロッピー前田が案内する未来ヴィジョン。現実を凝視し、その向こう側まで覗き込め。未来はあなたの心の中にある。

医療、軍事、IT業界からも注目を浴びているボディハッキング

「ケロッピー前田さんですか?」

 見ず知らずの人から路上でいきなり話しかけられることが多くなった。TBS『クレイジージャーニー』に出演したお陰で、ぼくがずっと追い続けてきたカウンターカルチャーの最先端「身体改造」というものを多くの人たちに知ってもらえたことは嬉しい限りだ。そうは言っても、何気なく街を歩くときもなかなか油断できなくなった。そればかりか、たびたび要望されるのが手に埋め込んだマイクロチップやマグネットを触らせて欲しいということである。

 これに関してもテレビの放送を覚えている人にはわかるだろう。身体改造と言われるジャンルの中でも最先端と言われる電子機器を体内に埋め込む改造を「ボディハッキング」という。その国際会議「ボディハックス」を取材した際、ぼく自身もマイクロチップやマグネットを自分の体内に埋め込んできたのだ。番組のスタジオ収録で、松本人志さんがぼくの手を触って、確かにそれらが埋め込まれていることを確認している。だから誰もが同じように触ってみたいのだろう。

 

マイクロチップ

 

ケロッピーもマイクロチップを埋め込んだ

 

 ボディハッキングとは、5年くらい前から登場した身体改造の新ジャンル。たとえば、マイクロチップを手に埋め込めば、その手をかざすだけで家や車のドアの鍵を開けたり、国によっては電車に乗れたり、買い物ができたりするところもある。また、マグネットを埋め込むことで磁界を感じる“新しい感覚”を手に入れることができる。もちろん、金属片をくっつける手品はお手の物だ。

 さらには皮膚下にLEDで光る機器を埋め込んだり、体温などの身体情報を外部に配信する電子機器などの埋め込むも試みられている。まさにSF映画の世界が現実になりつつあるともいえるボディハッキングは、カウンターカルチャーとテクノロジーが融合して、医学や軍事、IT業界にまで注目されるようになってきているのだ。

 

グラインダーたちのハードな挑戦こそが世界を動かす

 そんなボディハッキングの最前線は、拙著『クレイジーカルチャー紀行』(KADOKAWA)でも詳しくレポートしているが、今回は昨年末に発売されたニナ・プラトーニ著『バイオハッキング』(白揚社)についてご紹介したい。

 

ニナ・プラトーニ著『バイオハッキング』(白揚社)

 

 原書(Kara Platoni “WE HAVE THE TECHNOROGY”)は2015年刊なので、いささか古い情報も多いが、2013年にいまやボディハッキング界のスーパースターとなったティム・キャノンが「サーカデイア」という体温などの身体情報を外部に配信する機器を自らの腕に埋め込んだことについても詳しく書かれているのが嬉しい。

 この本では冒頭からピッツバーグが舞台。ティム・キャノンと彼の仲間がホームセンターでのちに「ノーススター」という名前で知られるようになるLED内蔵の埋め込み機器の試作品を作るための電子部品の買い出しに行くところから始まっている。

 著者のプラトーニは、カリフォルニア大学バークレー校でジャーナリズムを教える科学ジャーナリストである。この本を書くために、およそ1年間学校を休んで取材と執筆をこなしたという。ちなみに、タイトルの「バイオハッキング」は、ボディハッキングと同意語だが、プラトーニは、さらにソフトなバイオハッキングとハードなバイオハッキングという言葉を用い、ティム・キャノンらが実践する体内に電子機器を埋め込む行為をハードなバイオハッキングに分類している。

 冒頭からティムが登場して大いに期待させるが、全体的には彼女がソフトなバイオハッキングと呼んでいる、味覚や嗅覚などの五感の仕組み、時間や痛みといったメタ感覚的知覚についての学術的研究の報告が続く。それでも、失明をカメラに接続した人工網膜で克服しようとするディーン・ロイド、片目の義眼にカメラを装着して「アイボーグ」というプロジェクトを推進するロブ・スペンスらのレポートは資料性もあって面白い。しかし、一般読者からの関心が最も集まるであろうは「新しい感覚」と題された一番最後の章である。

 ティムらは、自らをあえて「グラインダー」と呼ぶ。それはサイバーパンクコミック『ドクター・スリープレス』に登場するDIYサイボーグたちの呼び名だからだ。そのコミック同様に、自宅の地下室に仲間が集まり、体内埋め込み機器の実験開発が続けられることとなる。

 

ティム・キャノンとその仲間たち、グラインドハウスウェットウェアにて

 

 この本の素晴らしいところは、ボディハッキング業界の有名人たちがほぼ出揃っているところでもある。「サーカディア」と「ノーススター」を開発したティム・キャノン、ボディハッキングに貢献してきた身体改造アーティストとしてサンパ・フォン・サイボーグとスティーブ・ヘイワース(ハワース)、近年は股間に埋め込むバイブレーター「ラブトロン9000」の開発で知られるリッチ・リー、マイクロチップの製造供給しているアマル・グラフストラ(グラーフストラ)、さらには1998年にマイクロチップを初めて埋め込んだサイボーグ教授ことケヴィン・ウォリック(ウォーウィック)などだ。(※カッコ内は『バイオハッキング』での名前表記)

 

「ラブトロン9000」の開発で知られるリッチ・リー

 

「サーカディア」と「ノーススター」を開発したティム・キャノン

 

「サーカディア」

 

「ノーススター」

 

 ボディハッキングの成り立ちについて、情報源としては役立つものだが、著者のシニカルな視点ゆえに、カウンターカルチャーの担い手としてのティムたちの熱狂ぶりが伝わってこないのはもどかしい。

 とにかく、ボディハッキングは、ティムとその仲間たちのような、自分の意思で電子機器の埋め込みに挑戦しようという人たちが登場してこないとなかなか進歩しないものなのである。大学や企業でも障害を持つ人を被験者として、ハイテク義手や人間とコンピュータのインターフェイスなどの実験が試みられているが、ここ何年かで、ボディハッキングが大きく躍進したのは、ティムのような率先してマイクロチップやマグネットを身体に埋め込むような連中が急増したからに他ならない。

 確かにボディハッキングの技術の基礎は大学や企業、あるいは医学の領域で研究されてきたものだろう。だが、それらの技術は誰かの身体で試されなければ、“ソフトなバイオハッキング”に留まるだけである。だからこそ、ティムたちが現れたということが驚きであり、世界的なニュースになったのである。

 

身体に埋め込まれた「サーカディア」

 

テクノロジーを企業や国家に独占させないために

 そして、もうひとつ、ここでいうハッキングのターゲットは、個人の身体(バイオやボディ)のことでもあるが、同時に企業や国家を持つバイオテクノロジーや身体改変技術の情報でもある。

 日本ではハッカーというと犯罪的なイメージでばかりで捉えられるが、もともとは情報やテクノロジーを誰でも使えるものとして一般に公開していこうという考え方がベースにある。マイクロチップの埋め込みの話が出るたびに、国家や企業による監視に使われることを危惧する声が多い。しかし、ここで理解して欲しいのは、ぼくらの身体にマイクロチップや電子機器を埋め込むようなテクノロジーが実現可能となったとき、そのテクノロジーを企業や国家に独占させないためにも、カウンターカルチャーの担い手たちが率先して、自らの身体にテクノロジーを受け入れ、情報を公開していかなければならないのである。

 手の甲に埋め込んだノーススターが赤い光を放つ様子は、ティムたちのマニフェストである。つまり、ぼくらの身体はぼくらの自由に使っていい。そして、ぼくらは自分の意思で機械を受け入れ、それと融合していいのだ。さらにはそのことが妄想やフィクションでなく、具体的に実践されているからこそカッコいいのだ。

 

「ノーススター」Photo by Ryan O’Shea, Grindhouse Wetware

 

 『バイオハッキング』の著者プラトーニは、電子機器が埋め込まれる現場にこそ立ち会うべきではなかったか。あるいは彼女自身がマイクロチップなどを埋め込んでも良かっただろう。そうしたら、もっと違ったレポートを書いていたのではないだろうか。現場に立ち会う臨場感とは、まさにそういうことだと思うのである。

 

『クレイジーカルチャー紀行』
(著・ケロッピー前田/角川書店)

 

〈MULTIVERSE〉

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PROFILE

ケロッピー前田 1965年、東京都生まれ。千葉大学工学部卒、白夜書房(のちにコアマガジン)を経てフリーに。世界のカウンターカルチャーを現場レポート、若者向けカルチャー誌『BURST』(白夜書房/コアマガジン)などで活躍し、海外の身体改造の最前線を日本に紹介してきた。その活動はTBS人気番組「クレイジージャーニー」で取り上げられ話題となる。著書に『CRAZY TRIP 今を生き抜くための”最果て”世界の旅』(三才ブックス)や、本名の前田亮一名義による『今を生き抜くための70年代オカルト』(光文社新書)など。新著の自叙伝的世界紀行『クレイジーカルチャー紀行』(KADOKAWA)が2019年2月22日発売! https://amzn.to/2t1lpxU