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中村保夫 『神保町バブル戦争』 #01 古書街に現れた“乗っ取り屋”の正体

東京キララ社代表の中村保夫が綴る、バブル期、古書の街・神保町を襲った「侵略者」たちの実態。地上げ、詐欺、乗っ取り、洗脳、親族分断。家と故郷を守るために戦い続けた35年間の記録。

 2017920日、見知らぬ番号がスマホに掲示された。電話の主は保育園からの同級生のトシで、中村家とトシの一家とは特別な縁がある。父親同士が千代田区立錦華小学校(現在のお茶の水小学校)の同級生で、何の因果か長男のトシと僕も、次男同士も、長女同士も錦華の同級生だ。

 僕の連絡先を必死に調べてくれたようで、「やっとたどり着いた!」と言ってトシは僕ら錦華小学校107回卒業生の同窓会を計画していると話し始めた。30年以上ぶりとは言え、お互いに小学生の時の、下手すると幼稚園時代のあだ名で呼び合うと、その時代の距離感に瞬時で戻れた。幼馴染って特別な存在だなとあらためて思う。

 この電話の何が凄いかと言うと、その掛けてきたタイミングだった。トシとはお互いに連絡先を交換し、すぐにfacebookでも繋がったのだが、たまたまその翌日の921日は、「東洋経済」のweb版で村田らむさんが連載する「〈非会社員〉の知られざる稼ぎ方」で僕のインタビューが公開される予定日だったのである。そのインタビューで僕は自分の実家が「乗っ取り屋」の被害にあったことを語っていた。僕がfacebookにその記事の公開を告知したところ、前日にトシと繋がっていたおかげで、たった1日で多くの同級生が僕の実家の騒動を知ることになった。

 それから三ヶ月後の201712月。学校の名前は変わっても、当時と変わらぬ校舎に同級生が集まった。もっとも会いたかった越境組の友達が真っ先に声をかけてくれた。

「『東洋経済』読んだよ」

 そう笑顔で話しかけてきたのは新保君だった。かつて、僕は彼から多くの遊びを学んだ。モデルガンに空気銃、そしてスケボー。ちょうど『ボーイズ・ボーイズ』という映画が公開された小学5年の時だ。また、趣味が高じて、どうしても本物の銃が撃ちたくなり、彼の部屋でモデルガンを改造して撃ったことがある。とはいえ、所詮子供の仕業。弾は出ず、凄まじい爆破音とともに真っ白な煙が一瞬で部屋を覆った。そして銃身がボトッと床に落ちた。今思うと火薬の量が違えば、指が吹っ飛んでいたとしてもおかしくない。そんな手荒な男の子の遊びを共有した新保君については拙著『新宿ディスコナイト 東亜会館グラフィティ』にも書いたが、中学3年生の時のクラス会の後に、僕を歌舞伎町のディスコにデビューさせた張本人でもある。

「長いこと会わない間、あんな凄い人生を送ってたんだね。俺なんかとは違う世界の人みたいだ」

 そう言う新保君もまた一筋縄ではいかない人生を送っている。

 同窓会には全クラス120人のうち90人近くが集まり、2次会も大盛況だった。当日来られなかった人たちの中には、仕事で都合がつかない人もいれば、いくら手を尽くしても連絡先が分からなかった人もいるし、この歳になれば当然、亡くなっている人もいる。

 会場には女優の冴島奈緒の遺影が飾ってあった。彼女とは十数年前に偶然、話をする機会があった。東京キララ社特殊顧問の根本敬と冴島奈緒は知り合いで、根本さんがキララ社にいる時にたまたま電話をかけてきたのだ。それ以前に根本さんから「彼女も錦華小学校出身って言ってたし、もしかしたら中村さんと同級生じゃないですか」と言われていたが、本名が分からないので調べようがなかった。そんな状況で、電話は根本さんから僕に渡された。僕の名前を伝えても、彼女は思い出せなかった。それもそのはず、僕は中学受験をして地元の一橋中学に行かなかった珍しい人間で、もっとも多感な中学時代を地元の同級生と共有できていない。

 「誰だか分からないけど、今度会ったら覚悟しといてね」

 後に本名も判明し、小学校1年から3年まで同じクラスだったと分かる冴島奈緒は、いたずら気味にそう言った。彼女が僕と友達のことを書いた当時の文集も見つかった。何を覚悟したら良いか分からぬまま、淡い期待をして待っていたが、彼女は44歳という若さで亡くなってしまい、同窓会での再会は叶わなかった。

 『東洋経済』を読んでくれた幼馴染が、「大変だったね」と声をかけてきた。「でも、みんな同じようなもんだよね」と言って二人でうなずく。バブルの東京では同じような経験をしている人も多いだろうが、実はバブルの象徴とも言える地上げの発祥は神保町なのである。

 それは芳賀書店の裏にあった東洋キネマという映画館跡から始まり、そして、すぐに神保町全体に飛び火した。製本や印刷の工場などは格好のターゲットだ。それまでは資産という感覚はなく、ただ工場を営む上で必要な敷地だったものが、あっという間に土地の価格が数倍に膨れ上がった。坪500万円ほどの地価が、ピーク時には3000万円を優に越した。僕の実家は、戦後の全盛期には50人ほどの従業員を抱えていて、工場だけでなく独身寮や駐車場もあったため、敷地は200坪近くあった。金額に換算すると60億円。人生の狂う金額だ。実際にこれが地獄への入り口だった。

 地上げ屋に不動産屋、詐欺師にヤクザなど、ダブルのスーツを着て金品をチラつかせる怪しげな人物が「うまい話」を抱えてずかずかと自宅や会社に乗り込んでくるようになったのは1980年代の半ば。神保町民の知るバブル時代の幕開けだ。僕らの世代は多感な青春時代真っ盛りにその洗礼を浴びている。損得ではなく善悪で物事を判断できるピュアな年頃だ。実家に出入りする僕の何倍もの人生を送っている大人たちの振る舞いを見るだけで、子供の頃から母親や教師から偉そうに教えられてきた「大人になる」ことが、単なる子供騙しの綺麗事だったと知るには十分だった。

 同窓会では新保君や幼馴染の他にも『東洋経済』の記事を読んでくれたという同級生が何人もいた。彼らは皆すでに神保町を離れている。あの地上げ狂騒で、同級生のほとんどが神保町を後にすることを余儀なくされたのだ。

 僕はここ数年間、平日は東京キララ社の日常業務、週末休日は DJやトークイベントをこなしながら、実の母親との裁判に次ぐ裁判に明け暮れ、心身ともに疲弊していた。母親の背後にいる「プロの事件屋」相手の裁判では勝ち目もなく、僕はいずれペンで闘わざるを得ないことを覚悟していたが、ただそれには尋常ではないパワーが必要だし、いくら酷い仕打ちを受けてきたからといっても、実の母親の悪事を公に知らしめることになる。躊躇しないはずはない。

 同級生たちと小学生以来の再会を果たすと、皆それぞれが様々な困難を乗り越えて50を超す大人になっていた。それでも、会うや否や無邪気な幼馴染の感覚に戻れた。人生が狂わされる前の自分にリセットされた気がした。だからこそ、取り戻さなければならない事柄が明確に確認できた。 

 なぜこのタイミングで、小学校卒業以来初の同窓会が開かれたのか。根本(敬)さんと長く一緒に居たからか「いちいちわざわざ」の重要性は嫌というほど体に染み付いている。同窓会の帰り道、僕は人生をかけた宿敵との裁判外での闘いを本気で決意した。

極左の活動家に籠絡され、夫を会社から追放した実母

 かつて僕の実家は「美成社」という製本屋だった。神田神保町で生まれ育った僕はその三代目、となるはずだった。家を継ぎたいかどうか本人の意志は別として、家業を営む長男としてそうならざるを得ない立場としてこの世に生を受けた。

 幸か不幸か、家父長制度などは遠い過去の遺物とされる現代日本に於いて、家を守らなければならないという強烈な使命感を心底抱き続けて現在まで生きている。しかし、守るべき実家は僕の手元にない。

 僕の実家は、ある男と実の母により乗っ取られている。物理的な意味における家だけではない。後継としての稼業、あるいは家族も含めた中村家というアイデンティティを丸ごと奪われ、そしていまも奪われたままだ。

 ここでこの連載について説明しておく。これから僕が書こうとしているのは、神保町という特殊な街で生まれた一人の男の35年間に及ぶ現在進行形の闘いの記録である。確固たる意志と信念を持って闘い続ける決意をしてから35年、その体験が反社会的社会派出版社を自称する東京キララ社の出版スタンスの源流となっている。よくあるリタイアした人が「私の人生、波乱万丈だった」と書く、自己満足や終活のための自分史ではない。地上げ、詐欺、裁判に次ぐ裁判、乗っ取り、洗脳、親族崩壊、そして断絶。とてもヘビーな内容だが、赤裸々にできる限りの資料をお見せしながら、自分が受けた理不尽すぎる悪事の数々を暴いていこうと思う。

 登場人物も豊かだ。詐欺師、ヤクザ、右翼、政治家、乗っ取り事件の主犯格である極左の活動家、有名な悪徳弁護士など、アウトローぞろい。一般的、業界的に名の通った人も多い。

 まるでフィクションのように思う人がいても当然だ。そして「そんなことありえない」と思える人は幸せだ。なぜならば、その人は周りが善人に囲まれた境遇で育ち、人間の本当に醜悪な姿を見たことがないからだ。もしくは自分の経験の範囲内でしか他者を理解できない能力の持ち主か、だ。

 これから始まる連載には、いい意味でも悪い意味でも個性的で香ばしい人物が登場するが、バブルとともに神保町の実家に現れた男たちの中でもっとも印象に残っているのは、当時別の苗字を名乗っていて『突破者』を出す前の宮崎学、そして、増尾由太郎と名乗る男、この二人である。

 宮崎学については説明の必要はないだろう。自称、アウトローの生活者、学生時代は学生運動に明け暮れ、先述の『突破者』以降はその文筆活動において知られている作家。テレビにもしばしば出演しているので、その顔を知っている方も多いと思う。

 一方の増尾由太郎については世間ではあまり知られていない。東大出をことあるごとに吹聴するこの男については、出会ってから十数年、謎だらけだった。しかし現在は、その正体が判明している。本名は下野順一郎。昭和42719日、僕の生まれる3日前に、単独で三菱銀行立て籠もり事件を起こし、当時のメディアから「東大出の事件屋」や「東大出火炎ビン総会屋」などと書かれた極左の活動家である。「乗っ取り屋」とも呼ばれ、後の三一書房労使紛争、ライブドア騒動などにも積極的に関わり暗躍した裏世界の男だ。

 この下野が、僕の実家の騒動に乗じて乗り込んできたのは、僕が高校3年生の時だった。それ以来、僕の順風満帆だった人生は完全に狂ってしまった。

 下野は中村家の会社や私生活に土足で踏み入り、あっという間に母親を洗脳し、まずは自分の奴隷にしてから、従順となった母の肉体を求め自らの性欲を満たした。男と女の関係に持ち込んだら女は弱い。母親を会社の代表に据えると、その背後から乗っ取り行為はエスカレート。下野は両親を離婚させると、父親を始めとした創業者一族を追い出し、さらに「美成社」を創業者である祖父・中村要松の名前から取り「ヨーマツ」と商号変更した。創業者の息子である前社長を追い出しておきながらだ。

 母親からしても、下野からしても、会社を乗っ取るための「大義名分」が必要だった。そのための目くらましとして、正当な血筋を引く僕が利用されているとは、この時は知る由もなかった。彼らが必要としていたのは中村家の財産である。そのためには長男の僕を父親から奪わなければならなかった。もちろん、僕は単なる道具でしかなく、彼らにとって僕の人生や感情などゴミ以下のものでしかなかった。

 家族の問題に警察は民事不介入であることは、聞いたことがあるかと思う。実の親からどんな被害を受けようが、どんな理不尽な目に遭わされようが、殺傷沙汰でもない限り警察は決して助けてくれない。そういった知識を悪用する確信犯の親だって存在する。悲しいながらそれが世の中というものだ。たとえ裁判に至ったとしても、弁護士も裁判官も味方とは限らない。弁護士とは単なる資格の必要な商売であって、正義の味方ではない。自ら依頼した弁護士が敵の弁護士と共謀していることだってよくある話だ。すべての裁判官とは言わないが、キチンとした家庭でお勉強しかしてこなかった人には理解できない事象は山ほどある。弁護士だって警察官だって、正義感があって善良な人はいるだろう。ただ残念ながらこのテキストを打っている今現在まで、そのような人には出会えていない。

 詐欺が絡むと更にややこしい、日本は詐欺の立証が難しく、詐欺天国とさえ言われている。詐欺師は法律を知り尽くし、法律を味方にしているのに比べ、被害者は余りにも無知で無力だ。嫌な言い方だが、すべての人が泣き寝入りしろと迫ってくるものと思ってほしい。それは家族や親族や友人でも同様だ。いくら理は自分にあっても、たった一人で闘わなければならない状況は、言葉では言い表せないほど孤独で過酷なのだ。

 実際、僕の抵抗もむなしく、それから30年以上に渡って僕の実家は、下野に蹂躙され続けている。そしてその共犯者は、タチの悪いことに中村怜子という僕の実の母なのだ。下野は河合弘之弁護士、滝島という税理士、従業員数名を実家に送り込み、事務員一人を残して自分の人脈で固めた。河合弘之とは最近の脱原発訴訟で知る方も多いと思うが、先日亡くなられた岡留安則編集長の「噂の真相」でネタにもなるほどきな臭い噂の多い弁護士で、下野とは同じ東大出の盟友である。後に起こる三一書房労使紛争でも下野は、同じ弁護士と税理士を引き連れて経営サイドに乗り込み、何の問題も解決しないまま三一書房の資産をガジリ尽くした。

 下野は自ら送り込んだ人脈で母を囲むと、それ以外の人物との付き合いを母に禁じた。例え学生時代の友人であってもだ。まともな人間からの忠告を防ぐためだろうが、これを強要する方も、聞き入れる方も、常軌を逸しているとしか思えない。下野はかつて事件を起こした際にも、週刊誌に「ヒトラー崇拝者」と書かれたが、些細なことにも異論を認めず、絶対服従を強いるサイコパスだ。そのためにはどんな手でも使う。

 いまだ、下野と初めて会った日のことは鮮明に覚えている。下野はニコニコと満面の笑みで近づいてきて「こんにちは、保夫君」と1オクターブ高そうな不自然な声で接してきた。それだけでこの男がどんな人物なのかはすぐに分かった。不必要な笑顔は、汚い素顔(本性)を隠すためでしかなく、魂胆丸出しの営業ボイスが揃うと、もうビンゴだ。

「詐欺師だろ?」

 そう思うのに5秒もかからなかった。そして、それに続く下野の衝撃的なセリフで僕の疑念は確信に変わる。

 さて、今回はここまでさせていただくが、この下野順一郎(通称:増尾由太郎)という男の稀に見る屈折した人格と、その卑劣極まりない手口については、次回から詳らかにしていこうと思う。

 なお、もしこの連載を読んでくれている方の中で、下野の被害に遭ったという人がいたら、ぜひ情報を提供してほしい。その気があればともに闘おう。あるいは、これを読んでいただいて、理不尽な被害に遭って困っている人たちを助けたい、一緒に闘いたいという同志が現れてくれることもまた願っている。金と欲望と嘘にまみれた人間の醜悪な姿や行動をしかと見て、もし同じようなことが身の回りに起こっていたら、是非とも被害に遭っている人に手を差し伸べてあげてほしい。

バブル後に唯一残った美成社の敷地「B・F・ビル」。元々は一階が製本工場、二階が男子寮のバラックだった。

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PROFILE

中村保夫 なかむら・やすお/1967年、神田神保町の製本屋に長男として生まれる。千代田区立錦華小学校、早稲田実業中学、同高校卒業。2001年に東京キララ社を立ち上げ、「マーケティングなんか糞食らえ!」をスローガンに、誰も踏み込めなかったカルチャーを書籍化し続ける。書籍編集者以外にもDJ、映像作家として幅広く活動。永田一直主催「和ラダイスガラージ」で5年半レギュラーDJを務め、現在は両国RRRで定期開催されるDJイベント「DISCOパラダイス」を主催。数々のMIX CDをリリースしている。著書には『新宿ディスコナイト 東亜会館グラフィティ』(東京キララ社)、映像作品には『CHICANO GANGSTA』(監督)『ジゴロvs.パワースポット』(監督・編集)などがある。